覇と血の決闘
地下っていれてないけど階層は地下です!
覇王女ギルディが大罪迷宮に現れてから数分後。九十一階層ボスは倒され、九十二階層への扉が解放された。
僕は――というかギルディ以外の裏攻略組は、全員ギルディについていくだけだった。
不可解なほどの速さで疾駆し、一刀で大群を斬る彼女はまさしく覇王と呼ぶにふさわしい。
「どれ、こんなものか」
「リーダー……攻略に参加するなら先に連絡してください……」
一人九十一階層への扉前で涼しい顔したギルディに、道中鬼の如き形相を見せていたハーケンが言った。
「サプライズ感を考えたんだ。驚いただろう?」
ギルディはたった一人でボスを討伐することができた。それに巻き込まれないよう逃げ回っていた僕たちだったが、当の本人はあまり気にしていない。
「クソババアが……」
「役立たずのミンティは、殺されたいのか?」
僕が隣のエルガーも気づかないほどの音量で漏らした悪態も、ギルディは耳ざとく聞いて一瞬で間合いを詰めてきた。
彼女の耳はシステム的におかしい。速さもおかしいしダメージもおかしい。もっと言うなら本人自体がおかしい。
「失礼なことを考えるな。そして、私はまだ二十代だ」
「アラサぐふぅ!」
ぼやいたエルガーがギルディの拳一つで吹っ飛んだ。壁に叩きつけられ、僕の視界に表示され続けているエルガーのHPバーがぐーんと減少する。
なんてSTR値だ。チーターか?
「さてミンティ。ボスドロップをやろう」
「いりませんよ」
と、僕が言った時には装備品はオブジェクト化されていて、地面に転がっている。ギルディは何もかも速すぎる。
「お前の片手剣、一年前から換えてないんじゃないのか? ……いいから使えよ」
「……まあ、ありがとうございます」
ギルディが刀を半身ほど抜いたので、僕は九十一階層ボスドロップ――断罪の剣を手に取った。
「フルンティングが黒でそれが白。黒衣だし、二刀流したらお前無双できるんじゃないか?」
「僕はあんなに格好良くありませんよ」
断罪の剣は、刀身から柄まで真っ白だ。迷宮のかがり火を跳ね返し、静かに存在感を放つ。
こんな真っ白なのを差してたら目立つな。鞘は黒色にしてもらおう。
「さて、ミンティ。ここで一つ、剣の代償として要求がある」
ギルディは唐突に言い放った。周りの裏攻略組もなんだなんだと座ったまま見つめている。
「……決闘を、してもらおう」
「……は?」
僕は断罪の剣を手から滑らせた。迷宮のボスエリア特有の、堅い石の床に盛大な音を鳴らす。
慌てて僕は剣を拾い上げ、ギルディが冗談を言っているわけではないことを確かめた。
「ほれほれ」
「ちょ……アンタなんかとやったら、僕が瞬殺されますよ」
ギルディは前回六十七階層攻略時に教えてもらったレベルが75だったはず。僕と40以上の差がある。
「じゃあ、ハンデとして……シックス・センスを使わない。お前はこの迷宮でセンスが強化されているから、同じくらいの強さにはなるだろ」
「いや、なんですけどね」
「ほう。さらに条件をつけろと? そうだな……じゃあ、武器は使わないでやる」
「何でこの人こんなに決闘したがってるんだ……」
ギルディはまるで拒否を許さないといった顔だ。
とはいえ、武器も、センスもないギルティなら、倒せるかもしれない……。
「あ、僕まだ死にたくないです」
「安心しろ。手加減はしてやる」
本当に手加減してくれるんだか。
もっともここで断ったとしても、問答無用で斬り捨てられるだけだろう。
「なら、こっちが殺すまでだ……」
決闘開始のカウントダウンが始まる。その声は空間いっぱいに広がり、周りの者は壁際に寄っていく。
視界に、メヒティヒとエルガーが見えた。応援してるような、死んでしまえと言われているような。
「よそ見とは、余裕だな」
「戦闘開始までは動かないで下さいよ」
間合いなど無いかのように、ギルディが距離をつめていた。残りカウントダウンは五秒。僕はギルディの方を向きつつ後ろへ下がる。
これは殺し合いだ。死ねば確実に失うものがある、やり直しのきかない闘い。
「ふー……」
耳に聞こえるカウントダウンも小さくなっていく。なんと言っているのかよく分かっていないが、決闘が開始したのは理解した。
「らあっ!」
「……!」
開幕と同時にAGIを七倍。向こうが様子見に興じている間に決着をつけるつもり、だった。
僕の新たな相棒――断罪の剣は、ギルディの片手に受け止められていた。
「どんなDEXだよ……!」
「日ごろの修行の賜物だな」
すぐさま僕は飛び去る。と同時にATKを七倍。地面の堅い石――の間に突き刺す。たちまち地にひびが走り、所々隆起した床が出来上がった。
少しは足を崩してくれるかと、淡い希望を抱いたのが間違いだったかもしれない。
ギルディは隆起した足場から水平に跳躍してきた。
「お前はセンスを、まるで使いこなせていないな」
ギルディの拳が近づいた。僕は咄嗟の防御を繰り出す。
剣は押し切られ、精一杯身をよじり躱したと思ったら、フルンティングが盗まれていた。
「驚いている暇も与えん」
フルンティングの切っ先が僕の体を貫こうとし、僕は腕で攻撃を受ける。
声を出す間もなく、僕はギルディが次の行動に移る前にAGIを七倍して飛び去る。
「強すぎだろ……」
「相変わらずATKとAGIしか使わんな。他をやってみろ」
ギルディはフルンティングを構えたまま静止した。
僕に他の手を見せさせるつもりらしい。
「……じゃあ、と言いたいところですが、僕は二つしか使えませんよ」
「嘘をつけ」
STR? 戦闘では役に立たない。
「本当ですよっと……!」
僕は七秒経たない内にギルディを急襲した。断罪の剣を逆手に持ったまま。
一定の距離まで詰め、STR七倍、そして投擲。
「何を……」
ギルディはフルンティングをで断罪の剣をはじき返した。武器使わないってのはどうした。
「ここでDEXを七倍ですよ」
僕は半端ない器用さの左手で空中の断罪の剣を掴む。とともに、右手でフルンティングを盗み取った。
「な……」
ギルディが僕の新たな行動に一瞬でも不意をつかれてる間に、僕はCRIを七倍した。
無様な二刀流での連続攻撃を浴びせる。たまに発生するクリティカルのエフェクトが眩い光を漏らす。
「……ちっ!」
「おっとぉ!」
ギルディの力任せの本気パンチ。食らえば死ぬ。
なのでDEFを七倍、二本の剣をクロスさせて受け止めたのだが、HPが三分の一ほど削られた。
「そして……!」
ここでVITを七倍しても意味はない。
なので僕は残る一つ、LUKを七倍して運に任せた。何も考えてないぞ!
「せい!」
「なっ……」
僕はなるべく無心で振った。
LUKはゲーム中最も信用してはならない要素だ。なので僕は、期待をしない。
僕の振ったフルンティングはギルディの足を掠めた。ただそれだけだった。
「……これで終わりか?」
「そうみたいですね……」
万策尽きた。とは言っても、思い付きだったが。
ギルディが覇王女と呼ばれる所以に、彼女自身の身勝手さというものがある。刃向かう者は殺し、覇道を突き進んできた。
目の前の剣客みたいな人も刀を抜いてるし、僕は死ぬのだろう。
「手加減は?」
「やはり、殺しておきたくなった」
ギルディが刀を振り上げた。
ああ、こんな1プレイヤーの気まぐれで、この世界の僕は死ぬのか。
「……ん?」
「足が……動かん……」
ギルディは僕の目の前で刀を落とし、へたりこんでいた。
「どうやら偶然脱力の状態異常がかかったようです」
ハーケンが近づいて言った。
脱力の状態異常なんて聞いたことないが、どうやら幸運にも偶発したらしい。
「じゃ、引き分けですかね」
「かなり不本意だが、そういうことにしておいてやろう」
こうして僕とギルディとの決闘は幕を閉じた。
この決闘が後に波乱を生むことになることを、プレイヤーは知らない。