覇王女ギルディ
覇王女だけど、少女じゃないです。
その女はたった一人で、強力なモンスターのひしめく狂想迷宮最深部、大罪の石碑の間にいた。
「汝、大罪を欲さんとすれば、地中の試練で己が罪を示せ。大罪は七つの頂点に与えられん……」
腰に差した流麗な剣。それは日本刀と呼ぶにふさわしい。
防具は洒落た着物ひとつ。それを靡かせつつ、女は石碑に近づく。
「全くもって意味が分からない」
女――というより、少女と形容した方がいい背丈の彼女は、刀を抜く。
否、既に斬った。
一拍おいて石碑の上部が斜めに滑り落ちていく。その断面は現実味を帯びさせなく、鏡のようになっていた。
「……」
静かに刀を鞘に収め、更に最深部へと歩き出す彼女の名は、ギルディ。覇王女ギルディと呼ばれる、「平和の使者」のギルドリーダーにしてシックス・センス最強プレイヤーに位置する人である。
* * *
「ぬわーーっっ!!」
「おいスイッチ早く!」
「いや後ろからも来てて無理っすよ!」
「だらしないねぇ! 気張れ!」
「クソがあああああ」
「フレンドリーファイアフレンドリーファイア!」
戦いは混乱を極めていた。四方八方から襲い来るレベル30ほどのモンスターの群れ。一番先頭ではUWサブリーダーのハーケンが一際大きいモンスターと戦っている。
「うどぉりゃああああ!」
周囲はモンスターの攻撃を受けることで精一杯、という雰囲気に対して、ハーケンはその身の丈よりも大きな大剣を振るって前線のモンスター達を圧倒していく。
あの武器はジャイアントソード。普段はばらばらにしておかないと背負えないという明らかに人間用ではない武器だ。
「……すごい馬鹿力だ」
「ククッ。貴様は非力なものだから嫉妬しているのか?」
「ちがうわ!」
僕はモンスターの一体をハルバードで抑えつつ、メヒティヒを見た。
漆黒のマントの少女は連続でクリティカルを発動させ大剣を振るう。その顔は涼しげだ。
僕に軽口を言うくらいには。
「くそが……!」
僕は力任せにハルバードを振り払う。そしてブーツで思い切りモンスターを蹴飛ばし、ハルバードの柄で突き殺した。
既にATK七倍をして七秒経過している。
「おーいミンティ! そっちいった!」
「来させるなよ馬鹿!」
エルガーの拳による強烈なノックバックで、モンスターがこっちに背を向けたまま飛翔してきた。しかも、狂化状態になっていて暴れている。
「毎回こっちになすりつけやがって……自分で倒せ!」
僕は普段滅多に使わない――STR七倍を行いつつモンスターをがしりと掴む。そして、その出鱈目な数値に任せてエルガーめがけて投擲した。
「ちょっ!? ……フン!」
エルガーは仰天しながら、流石トッププレイヤーと言うべきか、冷静にモンスターにとどめの一撃を放った。
「向こうも終わったみたいだな」
「いやミンティ何知らん顔してんだよ。このエルガー様にモンスターを投げつけるたあどういうことだ?」
そもそもお前が吹っ飛ばしたんだろ。とか考えたが、エルガーと言い争うのは面倒なので黙っておく。
だってこいつ自分が論破されてもあーだこーだ言うから鬱陶しいのだ。その信念、見習いたい。
「それはそうよ貴様。先ほどのメヒティヒの華麗な技を見たか? あれぞ奥義、鎮魂歌を捧ぐ……!」
「ただの連続クリティカル……この迷宮のお陰なだけだろ」
「そう言うミンティも、この迷宮だからそんなポンポンセンス発動できるんだよなー?」
エルガーがにやにやしながら僕の肩に腕を置いてきたので、フルンティングで斬り落としておく。が、エルガーは間一髪のところで腕を引き、「あぶねーまた腕がなくなるじゃねえか!」などとほざいた。ウデガー再びはナシか……。
この大罪迷宮では、シックス・センスが大幅に強化される。
メヒティヒのCRI上昇は、CRI絶対発動に。
エルガーのノックバック&狂化は、スーパーノックバック&狂化百%に。
そして僕のステータス一つ七秒間七倍は、時間無制限&連続使用化に。
「まあな……そうじゃなかったら、僕のレベルでここにいないしな」
僕は本来二十はレベルを上げて大罪迷宮に来るべきなのだ。レベル差はこの強化されたセンスが補っている。
「貴様がメヒティヒに追いつくには、あと19のレベルが必要だ……」
「ま、ここに潜っときゃあ勝手に上がっていくだろ」
メヒティヒ、エルガーと横並びになりつつ僕は裏攻略組の中間部を歩く。僕達三人組が前に出るとロクなことがないとかで、この位置におさまった。
僕のことを快く思っていない連中が、前後を挟んで監視している。同じ攻略を志す仲間と言うよりは、少しでも自分達の生存率を上げる為の道具という認識なんだろう。
シックス・センスは、ログアウトできるデスゲーム。そういった関係も生まれてしまう。
「父さんは何を考えてたんだろうか……」
「ミンティ何言ってんだ?」
頭の中の言葉が、誤って口から出てしまった。メヒティヒもこちらを見ている。
「貴様の父……さぞかし悪名高いのだろうな」
「はいリアルの話禁止ー」
今はシックス・センスの世界だ。向こうのことは考えたくない。
あ、そういえば僕風邪引いてるんだった……嫌なこと思い出させるなよ。
「敵発見! 前方から二十三体! うちボス級二体です!」
「よっしゃあ! かかれ!」
偵察役の男が叫ぶ。すかさずハーケンは背負ったジャイアントソードを組み立て突撃した。
「二十三か……どれ、メヒティヒが半数ほど蹴散らしてくれよう」
「ストップ。僕たちはこぼれたモンスター掃除だろ。もしもモンスターが後ろの奴らのところに行って、後ろからも出てきたらどうするんだ」
大剣を抜き、嬉々として走り出すメヒティヒを止める。エルガーはおとなしくとどまっている。お利口だな。
「貴様……やはりメヒティヒがいないとダメなんだな?」
「違う! 仲良死したくないだけだ!」
「仲良し……メヒティヒとは仲良しの先に行ってもいいが、とりあえずフレンドから……」
「さりげなく僕を友達一号にしようとすんな」
僕はメヒティヒの頭に手刀を食らわせた。馬鹿になる? 元からだろ。
案の定メヒティヒはちっとも痛がった様子もなく、不敵に笑う。
「ハーハッハッハ! このメヒティヒの友達一号になれるとでも?」
「まさか……お前みたいな、こっちからしたら扱いづらくて一緒にいることが恥ずかしいのに空気を読まず図々しい変人にフレンドが!?」
やや大げさに、演じるように。
流石にやり過ぎたのか、メヒティヒは通路の隅でうずくまってしまった。
「どーせこんな変人に友達は……いないですよ……」
「おいミンティ、言い過ぎじゃないのか?」
そう言うエルガーは、大笑いして壁にばんばん手を打っている。それがまたしてもメヒティヒの心を抉ったようで、メヒティヒはうつ伏せに倒れた。
「ふ、ふふ……強者は理解されぬものなのだー……」
女の子がこんなに絶望しているというのに、罪悪感を全く感じない。
むしろ、清々しい! 歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だ~。
「おい! 何してる!」
「何って……こぼれ掃除待機ですけど……」
不意に後方から声がかかったので、僕は振り返る。まったく何をそんな慌ててるんだ?
「後方より敵四十七体! 内ボス級六体!」
「よ……」
僕は後方に群がるモンスター達を見て絶句した。
今まで僕は裏攻略に六十階層ほど参戦しているがここまでの数は遭遇したことがない。前方と合わせれば八十体が一挙に現れたことになる。それの全てが、この間リコリス達が倒したボスなんかより数倍強い。
僕はAGIを七倍してフルンティングを抜き、援護に向かう。
「エルガー! メヒティヒ! 両端からやれ!」
「おうよ!」
「命令に従うのは気に食わんが……封じられた禁忌を破りし刻」
後方の攻略組はうまくスイッチをしつつ中央に後退している。
もちろん僕たち三人は連携なんてできないので、個人戦だ。
「多すぎだろ……」
僕はダッシュしながら敵を斬り、逃げ、斬る。こうでもしないとレベル差のせいで簡単に殺されるからな。
他人の為に命を投げ出したくない。別に死ぬわけじゃないけど。
「ウデガー!」
おや? エルガーが断末魔を上げている。腕は肘辺りからなくなっており、鮮血のエフェクトがかかっていた。
エルガーが交戦しているモンスターは剣を持った人型だ。ああ、エルガーが再びウデガーさんに……。
「うぐあああ! 貴様ァ……メヒティヒの希望を齎す存在を……」
走りながらメヒティヒを見ると、地面に転がっていた。無様だ。
どうやら大剣を鹵獲されたようで、ナイトメアキラーとかいうのを持ったモンスターを睨んでいる。
「シュッ!」
「うわ!?」
僕にも危険は迫っていた。このモンスター達、僕の動きに慣れてきている。俊敏さにキレが増し、度々攻撃が僕をかすめる。
「ピンチだな……」
前方の勢いも聞こえない。間違いなく裏攻略組の士気は下がっている。もう逃げるべきか、と僕が思ったその時。
「……まったく、何をやっているのだ。お前たちは」
その姿は小さく、だが確かに僕の目に映った。
「ハーケン。そんな有様だからお前はずっと私を越えられないんだ」
その少女とも思える女性プレイヤーは、攻略組の中間部の壁を壊して現れた。
近くのモンスター三体が襲い掛かる。その爪が、牙が、剣が彼女を襲おうとする。だが彼女は避けるでも、防御するでもなく、斬った。
モンスター三体は自身の武器も、その強靭な肉体すらも真っ二つになり、どさりと崩れ落ちる。
「覇王女、ギルディ……?」
彼女の刀は鞘の中にある。
のではなく、鞘にしまったのだ。一秒を置き去りにする速さで。
僕が戦慄するとともに、戦闘中の全モンスターは一斉に倒れた。倒された。誰に? ギルディに。
気がついた時には、刀を抜いた状態のギルティが、僕の隣に居た。
「やあ。久しぶりだな」