VSスケアリー・サーティーン
ボスなんてこんなもんですよ!
三人と一匹の背を見送る。濃い霧のせいで視界は悪いが、人影と、奥の大きな影はかろうじて認識できる。
レベル的には倒せるので、心配はないと思うが……。
あの奥の大きな、蛙の形をした影を見ると、言いしれぬ不安が湧きあがってくる。
* * *
短剣を構え重心を低くするリコリスと周囲の探知をするヘッズを先頭に、その後ろにラプラスが矢を番えたまま弓を構え、慎重に歩く。最後尾には柔軟に対応できるようウィステリアが片手剣を抜いてついてきていた。
ヘッズの表情が真剣なものとなる。
リコリスは大きな影の頭上に浮かぶ、文字列を見つけた。
「スケアリー・サーティーン……」
ラプラスがいつもと変わらないその目で影の姿をはっきり捉えた。
灰色の、ぱっと見ざらざらとした質感の蛙。その体は石でできている。
「ゲコォォォォオオ!」
強烈な咆哮。もはや蛙のそれではなく、三人は思わず耳を塞いでその場で固まる。
「蛙はこんな鳴き方じゃないわ……よ!」
ラプラスは初手に毒矢を放った。このシックス・センスというゲームでは、いわゆるスキルや必殺技と言ったものが存在しない。故にプレイヤー達は己のセンスと武器を活かしたスタンスで戦う。
だが、弓を使うプレイヤーには幾つかのバリエーションがある。矢への付属効果だ。毒、麻痺、混乱、幻惑、狂化。様々な付加を加えることができる。
今ラプラスが放った毒矢も、弓使いの初撃としてメジャーな矢だ。
が、スケアリー・サーティーンに毒は効かなかった。矢は蛙の腹部に突き刺さったが、毒状態のエフェクトは出ない。
「毒は効かない……なら、他を試すまで!」
次々と様々な矢を撃ってくるラプラスを、スケアリー・サーティ―ンは標的に選び、進みだす。
「ラプラスさんの所には行かせない!」
すかさずリコリスが足止めをする。純粋な防具の守備力で言うならば、彼女のはラプラスよりも低い。が、リコリスには短剣という手軽な装備があり、敵の攻撃を受け流すことも、多少は防ぐこともできる。それらは一週間で身に着けた技能だ。
リコリスは硬そうな石蛙の腹や足ではなく、所々のひび割れに愛別離苦を突き刺した。石像にも痛覚はあるのかスケアリー・サーティーンは悲痛な声をあげ、リコリスをその前足で叩き潰そうとする。
それを彼女は軽装を活かした素早い動きで攻撃を躱した。
「こっちも忘れんなよ……!」
ウィステリアがスケアリー・サーティーンの死角から急襲する。片手剣を目いっぱい振り上げ、渾身の一撃を叩き込んだ。斬るではなく叩くような攻撃で、蛙の背の一部は破砕した。
「いけるぞぅ……!」
ヘッズはウィステリアの傍について状況を観察している。もしも不測の事態が起これば、最もステータスの低いウィステリアを即座に下がらせる算段だ。
ヒット&アウェイを繰り返す。順調かと思われたその時に、それは突如として起こった。
「ヴヴヴヴヴっヴヴっヴヴァ!」
石の皮膚もぼろぼろに砕け、ひび割れが至る所に入った瀕死そのものの状態で、スケアリー・サーティーンは最後の気力を振り絞るように叫んだ。
瞬間、前衛として前に出ていたリコリスも、ヘッズと共に下がったウィステリアも、離れて弓を構えるラプラスも、その動きを止めた。
ではなく、止められた。
ボスモンスターは強力なセンスを持っている。ラプラスは、パーティ全員のステータスバーに、石化の状態異常を示すアイコンを見つける。足を見下ろすと、防具ごと石と化しつつあった。
「くっ……」
ラプラスは何とか動く両手で最後の矢、状態異常鈍化を番えすぐさま放った。
鈍化は劇的に対象の行動を遅くするわけでもなく、効果時間も毒に比べれば短いものだが、予想外の展開時には放つよう訓練していた。
幸い矢はスケアリー・サーティーンの眉間に刺さり、鈍化を示すエフェクトが見えた。
石蛙はゆっくりと動く。それは鈍化だけのものではなく、本来も遅い行動なのだろう。
ラプラスの手先はもう動かない。石化はもうすぐそこまで達していた。最後にその眼で、蛙の周囲ごと注意深く見る。
それは、スケアリー・サーティーンがリコリスを飲み込むシーンだった。
「……!」
リコリスは声を発することができなかった。目の前に大きく開かれた口に、圧倒されていた。
短剣を構えた姿勢のまま体は固まっている。自分にはどうすることもできない。
ただここで死ねば、シックス・センスが繋ぐ月風彩香と御神爽の関係が消えてしまうということを考えていた。
嫌だ。まだ終わらせたくない。
だが現実は非情で、リコリスはスケアリー・サーティーンの胃袋へと飲み込まれたのだった。
――声が、聞こえた気がした。昔、自分を助けてくれた声。
自分勝手を振る舞って、確かな優しさを届けてくれた。
「リコリス!」
「……ミンティ、さん……?」
石蛙の胃の中にいるはずのリコリスの目の前に、エリア前で待機しているはずのミンティが現れた。
あろうことかミンティはスケアリー・サーティーンの口の中に突撃し、リコリスを助けに来たのだ。
「他は助けた。ほら、僕に掴まれ!」
差し伸べられた手を掴む。が、すぐさま離された。
「えっ!? ミンティさん、手……」
「やっぱ待て、助けるの面倒くさい。……よし、愛別離苦を刺し続けろ」
ミンティはそう言い残して出て行ってしまった。
リコリスはなくなく言われた通り愛別離苦を胃の壁に突き刺した。
しばらく刺し続けていると、蛙の体力が奪われるエフェクト。愛別離苦の効果だ。途端にスケアリー・サーティーンは動き回り、リコリスも胃の中で転がりまわる。だが、短剣は絶対に離さない。
「うう……気持ち悪いよぅ……」
十数秒も経つと、蛙の動きは完全に止まり、リコリスはべちゃっと吐き出された。
「お疲れさま。リコリス。大健闘ね」
「くそー! 俺がとどめさしたかったぜ……」
ラプラスもウィステリアも石化は解けてリコリスを労う。
「リコリス、ぬめってるな」
「……胃液ですかね……」
ミンティが若干引き気味に言ってきた。確かにリコリスは胃液まみれだ。
「で、でも何はともあれ、ボス討伐とギルド結成ですね!」
「ああ! よっしゃミンティ! さっそくいこーぜ!」
リコリスとウィステリアは盛り上がっている。
ラプラスとミンティはため息をついた。
「私、弓の攻撃力が少し減ったわ……」
「僕はレアアイテムがロストした……」
適正値ではないレベルでボス討伐パーティにいる二人は、沈んだ様子を見せている。
「わ、私もレベルペナルティがあるはず……あれ? ない」
「リコリス。ラストアタックを決めたプレイヤーにペナルティはないんだぞぅ」
それを聞いてリコリスはいたたまれぬ気になった。
戦利品には十三番目の指輪というユニークアイテムがある。
「まあレベルなんて勝手に上がっていく。帰ろう」
「勝手には上がらないのでは……」
リコリスは軽いつっこみをいれつつ、指輪をはめた。翡翠色の宝石がはめ込まれた綺麗な指輪だ。
それを見つめてリコリスは、もう一つ欲しいと密かに想うのであった。
次から新章がはじまっちゃいます。何を書くか全く決めてません。