いざ、虐殺戦
全プレイヤーの平均レベルは18くらいです。
「というわけで、今日は日曜日です」
「小僧よ。急にどうした」
ミンティはとある小屋に立っていた。傍らの丸机にはヘッズが座っている。
そしてもう一人。
「俺この後部活あるから早くしてくんねーかな……」
椅子に腰かけてぼやくのは簡素な皮鎧と腰にショートソードを吊るす青年。ウィステリアことウィスだ。
「午後から部活とはご苦労だなリア充」
「ほんとだりー」
そう言ってウィステリアことウィスは背もたれに全体重を預ける。
「約束の時間は来てるのに……おかしいな」
現在午前九時前。ミンティ、ウィス、ヘッズは十三の町から南の石の湿原の外れの小屋に来ていた。
というのも、先日のマウロの挑発後、一人で第一の町郊外で戦闘をしていたウィスに、挑戦状もどきがマウロの取り巻きにより渡されたのである。
そのことを学校で聞いたミンティは、約束の時間である午前九時に小屋にいるというわけだ。
「というか、馬鹿正直に小屋に来てよかったんだろうか……ヘッズ。周りのプレイヤーは?」
「小屋周辺にはいないぞぅ。まあ、いるとしても血染めには近づきたくないだろぅ」
ヘッズはすぐさま索敵能力のセンスを発動させる。だが、感じる半径30メートルの気配は小屋の二人だけだ。
「それだよ、血染め。昨日も第四の町でレベル上げしてたら、知らねえ女の人に聞かれたぞ。血染めがどこか知らないかって」
「お前もうデバでレベリング? 今いくらだ」
第四の町デバーナード、別名死の町。死の名前の通り毎日バタバタと人が死んでいく……というわけではなく、昔大量虐殺事件が起こったという設定の町だ。
ミンティは虐殺者としてデバーナードに親近感を持っているが、この町の衛兵は特段正義感が強いのでミンティは入ることができない。
「5だけど」
「ふっ。僕は29だ」
「そりゃあ坊主は一年早くはじめたからだろうが……」
レベルの基準としてはボス攻略可能レベルが町の数字と同じで、ミンティは実に16レベル分もの余裕を持っている。これはミンティのゲーム依存っぷりを表していると言えるが、トッププレイヤーにはレベル50を超えるものもいる。
ちなみに、最前線の町と同じレベル以上では、経験値取得時に大幅な減少補正がはいる。
「29……マウロだったけ? そいつも簡単に倒すんじゃないのか」
「倒すじゃないぞウィス。殺すんだ」
ミンティの訂正にウィステリアはげんなりしているが、ミンティは自信げだ。
「まあ、どーせ簡単に殺せる。だって僕は最強だから!」
「小僧、それ自信やない。死亡フラグや」
そうこうしていると、唐突にドアがノックされた。
「……来たか」
ミンティの声に反応したわけではないだろうが、ドアがかなり乱雑に開けられた。
「血染めはどこ!?」
「そ、そんないきなり……」
荒々しい声。だが、透き通ってよく響く、美しい音。それに続く弱々しい声。
入ってきたのはミンティ達の予想と大幅に異なる、二人の少女だった。
「あれ? あの人は……」
ウィスは扉を開けたであろう、金髪碧眼、長弓を手に持ち殺意を小屋中に向ける女性を見た。
「な……」
ミンティは二人組の後ろのプレイヤーを凝視する。
装備は以前と変わっている。が、腰に差すあの禍々しい黒の短剣は見間違えるはずがない。
「ミンティ、さん……」
「リコリス……」
およそ一週間ぶりの再会。長期休暇に比べれば短い期間だが、二人にはそれぞれ時間以外の溝が広がっている。
「ミンティ。知り合いか?」
「あ、ああ……」
ウィスに尋ねられ、ミンティは間の悪い返事をする。
ミンティの中では知り合いというものの定義が曖昧だ。果たしてリコリスを知り合いといってよいのか。
「……血染めのミンティ、ここで殺す」
きりりとした顔つきの金髪の女性プレイヤーは、突っ立っていたミンティに至近距離から矢を放った。
ミンティは最初気づいていなかった弓の殺気に、本能的に回避して難を逃れた。
「……何者ですか。殺すというなら僕は加減しません」
「上等よ。今ここで死んでいったプレイヤーの屈辱を晴らさせてもらうわ」
にらみ合ったままお互いの武器を構える。小屋の中で唐突に始まった戦いは、場に緊張感を持たせた。
動けば死ぬ。そのような空気の中で最初に動いたのは、ヘッズだった。
「まあまあお姉さんよ。まずは話しましょうや」
「何を……この男は何人ものプレイヤーをって可愛い!!!」
「んむぉ!?」
女性はミンティへの殺意を放ちながらヘッズを見るなり、殺意を好意に変えヘッズを握りよせた。
ヘッズは手の中で必死に逃げようとしている。
「ラプラスさーん……?」
「……あ、ミンティがどこにいるか聞いた人だ!」
「……とりあえず、僕に矢を放った罪で殺すか?」
ラプラスと呼ばれた女性プレイヤーは、ミンティの声でヘッズを放し、ミンティの方を向いた。
「そ、そう! 私は血染めを殺しに来たのよ! 覚悟!」
「待ってくださいラプラスさん!」
ラプラスの声を遮ったのは、意外にもリコリスだった。
「……リコリス。私は血染めを殺す為に探してたのよ。偶然目撃情報を聞いて、フィールドを探し回ってここにいるのよ。何故止めるの?」
「すみません、ラプラスさん。ミンティさんを殺すというのならば私があなたを殺します」
リコリスは背後から短剣――愛別離苦をラプラスの背中につけた。
「なっ……」
「とりあえず、話しませんか?」
* * *
「おれぁヘッズ。こいつの使い魔だ」
「こいつことミンティ。アンタに敬語はなしでいいよな?」
ミンティはそう言ってラプラスを見る。ラプラスは不服そうな顔をしつつ頷く。
「……いいわよ。私はラプラス。血染めを殺すつもりよ」
「まあ後で決闘受けてやるよ」
相変わらず視線で小競り合いを続ける二人を見かねて、リコリスが口を開く。
「私はリコリスと言います! ラプラスさんとミンティさんを探していました!」
ミンティは改めてリコリスを観察する。装備は新調されていて、一週間でゲームに慣れたのか佇まいもしっかりしている。もう初心者のリコリスではないようだ。
「俺はウィステリア。この前始めた初心者だ」
「わあ! 私と一緒です!」
リコリス的にはまだ自分は初心者のようだ。まあ、どこから初心者じゃないというのか分からないが。
「五人それぞれ分かったぞ。リコリス、これからどうするんだ?」
ラプラスは苛立った声音で言った。
「え? じゃ、じゃあ…………ミンティさんは、なんでここにいたんですか?」
「果たし状貰ったから」
「何!? つまり血染めを殺そうという人がいるということね。その人と是非とも協力したいわ」
「うわーこえ……」
「ウィス。ミンティと一緒に行動するならこういうイベントはよくあるぞぅ」
やかましい。五人揃えばやかましい。
「ラプラス? だっけ。お前、なんで僕を殺そうとするんだ? 僕はPKをしただけ。問題なし」
「大問題よ! 一体どれだけの人が被害を被ったと思っているの? あなたの行いは許せないわ!」
ラプラスは中々に正義感が強い。それが彼女の強みであり、弱点だ。
「その通り。許せねえなあ、血染めさんのした事は」
扉の開く音。小屋に侵入してくる五人の男。小屋は八人と一匹でひしめき合うこととなった。
「……遅かったですね。マウロさん。待ちくたびれましたよ」
「準備に手間取ってな。外、出ろよ」
ミンティの言葉にマウロは悪びれる様子もない。
マウロと取り巻き四人は小屋を出て、ミンティ達に外に出るよう促す。ミンティに続いて三人は小屋を出る。ラプラスはマウロに近づくと、その眼で睨む。
「あなた、山の守り手のマウロ?」
「そうだぜ。あんた上玉だな」
マウロは下衆の眼でラプラスを見る。が、ラプラスは物怖じせず通り過ぎた。
だが、小屋の外の光景には、ラプラスはじめリコリス、ウィスも驚愕した。ただ、ミンティはいつもの顔だ。
「お前を倒すって言ったらこんなに集まってくれたぜ……血染めの悪名が、伺い知れるなあ」
「……」
マウロはげらげらと笑う。彼もまた被害者の一人ではあるが、同時に悪質な、モンスターPKを得意とする悪質なプレイヤーでもあった。
ミンティはただ、考えていた。数百人のプレイヤーを、どう排除するか。
「お前ら、やれ」
マウロは手を上げて合図を出し、取り巻きと共に集団の中へと去っていく。そして、数百人の集団は鬨の声を上げて一斉に突撃してきている。
「ミ、ミンティさん……!?」
「ミンティ、大丈夫だよな……」
リコリスとウィスの初心者組は小さな悲鳴を上げながらミンティを見る。が、ミンティは気にせずラプラスに近寄った。
「おい、こぼした奴は任せたぞ」
「何故私が指図を……ちっ、分かったわ。」
ラプラスは長弓に五本もの矢を番えた。
「さて、僕も頑張りますかね」
ミンティは迷剣フルンティングを抜き、両足を肩幅に開く。そして両手で剣を握り、高く掲げ――。
「ATK七倍……」
そう呟くと同時に剣先を地面に突き刺した。
圧倒的数値の攻撃ダメージが、地面というオブジェクトに処理される。地割れが起こり、ミンティ達のいる場所を起点として円形にひびと衝撃が伝わる。
海を伝う津波のような衝撃は、遠く離れたところほど強く伝わった。人々が宙を舞い、地に沈む。
だがミンティは、手を止めなかった。
「もういっちょ」
ミンティは再度剣先を突き刺す。伝わる二度目の衝撃。立っている者は少なくなった。
「……ふっ」
なおもミンティを殺さんとする者達も、寸分の狂いのない正確無比な矢に貫かれ、絶命していく。
ラプラスのセンスによる補正は凄まじく、立っているのはマウロのみとなった。
「七秒しかもたないから、すぐ終わらせますね」
「ひっ!」
眼前に立つ、赤黒いマントの少年。その笑みは狂気を含んでいた。
マウロは、血染めの恐怖を目の当たりにした。これは、殺される寸前にしか分からない透明な恐怖。
「さようなら」
マウロは真っ二つに斬り捨てられ、血の海に沈んだ。
戦闘描写が短いのは能力が七秒しかもたない主人公が悪い!