パンがないだと?
シックス・センスが発売されて一年ぐらい経ってます。ミンティ君はネットの掲示板で叩かれているようです。
「おい! お前何してるか分かってんのか!?」
「何って、そりゃあモンスター狩ってるんですよ」
鈍く光る大仰な鎧の男が声を荒げ、真っ赤なマントの青年が平静とした口調で返す。
「そうじゃねえよ! 俺たちのモンスターを横取りしたんだろうが!」
「このモンスターはあなたの所有物だったのですか?」
男の反駁を意に介さず、という風に青年は答える。そして、右手に持った赤黒い剣で目の前の動物を一突き。そして横薙ぎ。すると、たちまち動物はその身を横たえ、地面に溶けるかのように消えた。
と、ここまでを呆然と見ていた男が再び騒ぎだす。
「……マナーってもんが分からねえのか!」
今にも飛び掛りそうな姿勢でそう叫び、背中の長刀を抜いた。
周りには数人、騒ぐ男の仲間とおぼしき人間がいるが、彼らは内心焦っているようだ。
「や、やめとけってイダイ。こいつ、“血染めのミンティ”だ」
仲間達の制止は、騒ぐ男――イダイには届かず、代わりに別の男に届く。
「そうです。僕があの“血染めのミンティ”です。やめておいた方が身のためですよ――イダイさん?」
ミンティと呼ばれる青年が、笑顔で忠告をする。右手に持つ棒――もとい、剣を構えながら。が、それもイダイには届かない。
「っクソが! コケにしやがって!」
完全なる激高。イダイは長刀を大きく振りかぶってミンティに突撃する。
それをミンティは微笑を崩さぬまま何もしないで、見る。
「死ねェ!!」
とイダイが叫ぶと同時に放たれた刀身がミンティの眼前で、止まった。
そして、一呼吸置いた後、イダイの長刀が粉々に砕け、その体は綺麗に上半身と下半身に分かれていた。
「なン……?」
という不可解の感情が篭った呻きが、イダイからこぼれる。
「さようなら、イダイさん」
イダイが最後に見たのは、狂気の笑みを浮かべる“血染め”の姿だった。
真っ赤な鮮血が飛び散る。それは宙を飛び、地面へ、至近距離のミンティへとかかる。
ミンティの真っ赤なマントをさらに真紅が染め上げる。
その光景を見て、イダイの仲間達は恐慌していた。仲間が一人やられたというよりも、次は自分か、という思いがいっぱいだった。
「うわああ!」
たちまち逃げ出していく人々を見て、ミンティは呟く。
「いいストレス解消になった」
* * *
西暦2045年。世界を震撼させるVRMMOが発売された。とはいっても、VRゲーム自体は前々から発売されていたのだが。数年前から製作が続けられてきたそれは、非常に完成度が高いゲームだった。道の小石を拾って民家の壁に投げつければ、痕が残る。川の水を汲んでNPCにかければ、たちまち怒り出す。
製作者達の苦労と時間の分だけ、現実に近いシステムとグラフィックを作り出すことができたのだ。
これまでのVRゲームとは一味違うVRMMORPG――プレイヤーが第六感に目覚めた能力者という設定――「シックス・センス」に、数々のゲーマーは心引かれた。
ミンティもその内の一人だ。というよりも、製作者の支援企業の御曹司だ。
彼は幼い頃から重度のゲーマーであるにもかかわらず、学校での成績、運動神経の良い人間だった。
そして、性格が悪い。超腹黒。超嫌われ役。性格の悪さの塊。 とにかく、人に嫌われていた。先ほどのイダイとの揉め事も、ミンティがイダイの狩っていたモンスターを横取りしたからだ。
しかし、イダイは普段そんな些細なことで怒る人間ではなかった。では、何故あんなにも激高していたのか。
それは「シックス・センス」のデスゲーム化が要因だった。とはいっても、アバターの死で現実の体が死ぬわけではない。二度とログインできなくなるのだ。それは別の機器を購入しても、アカウントを変えても崩せない絶対的なシステムだった。
唯一のVRMMORPGがプレイできなくなるというのは、世のゲーマー達に不満を募らせ、製作者であり御神カンパニー社長でもある、御神宗助へと非難が集まった。が、良コンテンツの追加と、心躍る強敵との戦い、さらには高度なAI技術によって不満の声は小さくなり、今や世界を巻き込んで大盛況となっている。その数知れぬプレイヤーの数万人の声など掻き消え、日夜さまざまなドラマが生まれている。
しかし別に半デスゲーム化が終わったわけではないので、自分が死なないように必死なのは続いている。
こうして、剣呑な空気の流れる史上最高クオリティの史上最悪のゲームが始まったのだ。
ミンティこと御神爽は、御神カンパニーの御曹司である。
ミンティは勿論、父とその部下が作った「シックス・センス」に目をつけて発売日前にプレイし、その世界を一番最初に味わった。正式サービス開始後は、父の持つマスターアカウントを使ってログインした。コアなゲーマーである彼の魂は充分刺激され、連日重なるゲームの日々と、七つの特典によって、トッププレイヤーの一員まで登り詰めた。
ゲーム中での彼のプレイスタイルは、容赦のない殺戮者。魔物であろうがプレイヤーであろうがNPCであろうが、彼が殺そうと思ったものは殺す。そのたびについた無駄にリアルな返り血で、純白のマントは真っ赤に染まった。
ついたあだ名が。
『血染めのミンティ』
そんな彼に仲間などできるはずもなく。懸賞金がかかっているため兵士のNPCには処刑されるので、一人で主要都市以外をぶらぶらしている。
「暇だなー暇だなー。ヘッズ、今最前線どこだっけ」
僕はそう呟くと、マントの中から拳ほどの黒いマリモが出てきて、宙にふよふよと浮かぶ。いい加減マントの中に隠れてるのやめてほしいんだけどな……。
「オッスおらヘッズ! 今の最前線は第十三の町、通称水の町ベリドゥーナだ。つーか坊主、学生なら休日は友人と遊ぶのが普通じゃないのか?」
やたらと渋い声でそう話すのは、僕の使い魔、ヘッズ。高性能のAIだ。彼は僕のマスターアカウントログイン時に選べる特典の一つだった。ちなみに他の選択肢は、性格の悪いペガサス、色気たっぷりのサキュバス、頼りになりそうなオーガだった。ペガサスとマリモで悩みぬいた末、僕は普通選ばないであろうマリモを選んだのだ。種族は????となっている。
「ありがとう、……なぜか分からないけど僕に友達ってできないんだよ。頭良くて運動できてイケメンなのに。高校生って馬鹿だよね」
「そういう所だと思うが……」
ヘッズには分からない、人間関係なんて。分からないほうがいい……。
と思いつつ、僕は十二の町、ガンデリィ村へと向かう。町なのに村とか言っちゃダメだ。これのせいで多くのプレイヤーが苦労していた。
まあ僕には関係ないけど。馬鹿な奴は勝手に損しておけば良い。
「ガンデリィ村ってなんで十二の町なのに村なんだろーなー。一回自分で分からなくなっちゃったんだよなー」
ヘッズの呟きを聞いて、僕はため息ををついた。お前は馬鹿だったか……。
しばらく歩くと、村が見えた。のどかな農村だ。ここの名産の小麦で作ったパンはおいしい。まあ、味覚が再生されてるだけなんだけど。
僕が村の入り口をくぐると、村人であるNPCがお決まりの言葉を言う。
「ようこそ ガンデリィの 村へ ▼」
じゃなくて。そんな60年ぐらい前に発売されたゲームの、テキストを表示するだけじゃない。
村娘という設定の10代後半ぐらいの可愛い少女が、近所の村人である中年女性との会話を一時中断し。半身だけでこちらへ振り返りながら口元に微笑を浮かばせて、訪問を歓迎する、といった声音で言う。
「ようこそ。ガンデリィの村へ」
うむ。よい。さすが僕の父とその部下が作ったゲーム。完璧だ。もう現実なんていらない。僕AIと結婚したい。だってこんなにリアルなんだもの。
「坊主……顔きもいぞ。せっかくの美形が……作り物の美形が台無しだぞ」
「おい、僕はブサメンキモオタと違って、何時間も試行錯誤して仮想世界ではかっこよくなろうとしてないぞ。僕のこの顔は一切手を加えていない」
失礼な使い魔だ。僕は現実でも整った顔だというのに。でもなんで言い寄ってくる女子がいないんだろう。ラブレターもらうどころかこの前上靴に僕の写真が入っていたよ? 画鋲と違って自分の顔をふむという精神的苦痛が辛かった。気付いたの放課後だし。
「良くソレ言うけどな。手前みたいな顔のがいたらいくら性格が悪くても言い寄る女はいるぞ? だからな。本当の事言っとけ。ここでは本音ぶちまけていいんだ」
「だから不細工じゃないつってんだろーが!」
おっと、思わず声を荒げてしまった。周りの村人がざわついている。立ち去ろう。NPCの無駄にリアルな視線が痛い。あ、でもその前にパン買おう。
僕はなじみのパン屋へ向かう。
「おじさん、いつもの3つ」
「すまんね。もう今日のは売り切れたんだ。なんかちっこい女の子が全部買っていってよ……お前ぐらいの背だ。安らぎの丘で食うっつってたからそこ行けばくれるかもな」
なんだとう。おのれ許すまじ。僕の楽しみを奪った罪は重い。ぶっ殺してやる。あと僕の身長は160ちょっとあるのでその少女はちっこくない。あんんたがでかいだけだ2メートル級。
そう心に誓って僕は農村を駆け抜けて出て、安らぎの丘へと向かう。ここからそう遠くない。腰の武器を抜いておく。
迷剣フルンティング。それが僕の扱う武器の一つ。片手剣カテゴリであり、マスターアカウント特典のレア武器だ。元々は普通に金属の色をしていたのだが、血で赤黒く染まった。なんかめんどくさいのでそのまま使っている。
よし、見えてきた。あれが安らぎの丘……なだらかに隆起する丘のてっぺんに座り込み、呑気に夕日を見ているプレイヤーが犯人だろう。回り込んで畏怖させてから殺してやる。
僕は回りこんで、そのプレイヤー――少女の顔を見た。直後、見なければ良かった、と思った。不細工なわけではない。だが、絶世の美しさ、というわけでもない。
自然すぎた。この子はたぶんアバターをいじっていない。人目で分かる。僕と同じだ。
地味なタイプ。そして、クラスの底辺連中にあの子なら付き合えるかもとレベルが下げられるだろう。
お前らみたいなキモオタには無理だよ。
僕は硬直していた。不覚にも見とれていた。いや、不自然だろ、これ。なんか頭が動かないんですけど……。
「キャアアアア!」
直後悲鳴を上げた少女は、全力で逃げ出した。まあ、抜刀した男が血走った目で回りこんで来たら逃げる。僕も逃げる。
「行っちまったぞ……」
ヘッズはそうう呟くが、関係ないね。僕としてはパンがあれば良い。
「あれ? パンは?」
「全部あの子のストレージだろ」
……。
「行こう」
即決。パンを置いていってもらうのを忘れていた。僕としたことが見とれてなんていたからだ。なぜ? もしかしてこれが……。
「恋ってやつなのか……!?」
「坊主ストーカーっぽいぞ」
ストーカーなんかじゃないんだがな僕は。ただ追いかけているだけで。
「現在位置は?」
こういう時にヘッズは役立つ。こいつは索敵のスキルを持っているのだ。
ヘッズは僕の肩に座り込んでいる。だが急に立ち上がって焦った声を上げる。
「おい……亡霊の森に入ったぞ……」
「あっそう」
極めて興味なく答えると、ヘッズはその小さな口をあんぐりと開ける。亡霊の森にはレベルの高い死霊が出現するため、ヘッズはそれを危惧しているんだろう。知ったことか。僕が信じるのはおいしい食べ物と自分だけだ。
「あの子死ぬぞ? お前の初恋はどうすんだ」
「多分恋じゃなくてあの子のシックス・センスだ。それと僕は他人がどうなろうが知ったこっちゃない」
シックス・センス。それはプレイヤーがこの世界にて持つ個性であり、ひとりひとり違うものを持つ。
おそらく彼女のシックス・センスは他者の動きを停止させたり、思考遅延を起こらせたりするものだろう。そういった類のものは事前に注意しておけば効果をほとんど受けなくなる。ゴミだ。
対して僕のセンスは……。
一時的にステータス一つを7倍、だ。
一時的にステータスを7倍、だ(ドヤ顔)
読んでいただきありがとうございます。未完作品のことはそっちのけでこの作品を更新していきますので、どうぞよろしくお願いします!