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『アニソンバンドの始め方』  作者: 山中 松竹
2/2

後編


        ***



さて、現在ここにいるのは、またもスタジオに早く着き過ぎてしまった僕と三ノ宮さんの二人だけだった。あれから何度かスタジオ練習して分かったのだが、スタジオ練習の時刻より前に来るのは決まってこの二人だけであり、永野さんはたまに5分前に来たりするが基本的にはいつもスタジオ開始時刻ジャストに来て、瞳はというといつも遅れる。大抵遅れる。しかも大幅(おおはば)にだ。

だから、スタジオの中に入るまではいつも三ノ宮さんと二人きりになる。三ノ宮さんみたいな可愛い女の子と二人きりになれることは大変喜ばしいことなのだが、どうも三ノ宮さんは僕に対しての態度がきつい気がする。

そして、僕は気まずい雰囲気にしないように三ノ宮さんに話を掛けることが多い。

しかし今日は違った。今回、先に声をかけたのは僕からでは無く三ノ宮さんからだった。珍しい。

「そういえば、宮野さんはどうしてアニソンバンドに入ろうと思ったんですか?」

「あ、えーっと…………」

 突如(とつじょ)聞かれた質問に対して慌てて答えを探す。

そして、なんかこの手の質問は前に一回受けたように感じるのだけども。

いきなりどうしたのだろうか?

「確かアニメとかアニソンに興味無いって言ってましたよね?」

「うん、そうだね」

「だとしたら、もしかして一条さんですか?」

「はい?」

 問われている事の意味が分からなかった。

「その――女の子と一緒にいたいとか不純な動機だったりするんじゃないんですか?」

と、三ノ宮さん。

「い、いや、流石にそんな理由じゃないよ!」

「あわてて、否定するところがまた怪しいです」

そんなこと言われてもとにかく否定するしかない。

「ん、なら一体何ですか?」

 (まゆ)を寄せてむっと唸る三ノ宮さん。

「宮野さんはオタクでも無いって言ってましたし、アニソンにもあまり興味無いみたいですけど……だとすると残りは不純な動機しかありませんよ」

 何処と無く(とげ)のあるような言い方だ。僕がメトロ☆ぽっぷに入る理由がアニメ好きか、不純な動機の二択しかないというのが侵害(しんがい)だ。かなり侵害だ。

「えーっと、三ノ宮さんは僕をどんな目で見てるの?」

一体どんな視点から見れば、僕が瞳を目的とした不純な動機でバンドに入った事になるのだろうか?

「そうですね。雰囲気がパンピーでリア(じゅう)臭いです」

「え、なにそれ?」

 パンピー?

 リア充?

 何の事だろう?言っていることの意味が分からない。

 やっぱり、三ノ宮さんは顔は凄くいいけど正確が少しキツイ気がするな。と、三ノ宮さんの顔を見ながらそう思っていると。

「何じろじろと顔を見てるんですか。(うった)えますよ」

と、三ノ宮さんは顔を赤くしながら言う。

「ごめん、ごめん」

「…………」

三ノ宮さんは無言で僕から顔をぷいっと背ける。

「もしかして、三ノ宮さんって、僕のこと嫌いなの?」

「嫌いになる理由なんかないですよ」

「あ、そうなんだ」

内心ほっとする。

「ま、好きになる理由も無いですけどね」

内心がっかりする。

「……べ、別に貴方のことなんかこれぽっちも思ってないですからね」

「あ、うん」

そんなこといちいち言われなくとも分かっているのだけども。

「あ、でも、僕は好きだよ」と、僕は言い返すと、

「えっ!なっ―――、なに言ってるんですか!いきなり!」

顔を急に真赤にする三ノ宮さん。

あたふたあたふたと動揺を見せる。なんか凄く可愛い。

「あ、いや、ごめん!言い方が悪かったね。僕が好きなのは三ノ宮さんのギターの話で」

「えっ?ギター?―――ぎたー?」

「うん。三ノ宮さんの弾くギターは好きだな」

 そう。三ノ宮さんのギターは上手だ。エフェクターの使用の仕方がとても絶妙に上手く、安定感のある。

 桜もまたギタリストであるが、桜のギターサウンドとは異なる。ま、ギタリストが異なれば勿論同じギターでも異なるサウンドになるのは当たり前の話である。十人十色だ。

 桜のギターサウンドも僕は好きだけれど、三ノ宮さんのギターもまた好きだ。

「あ、そうですか……。ギターの話ですか」

 何故か少し残念そうにつぶやく三ノ宮さん。

「そうギターの話だよ。三ノ宮さんのギターは聴いてて気分がいいよ」

「そうですか――――ありがとうございます」

 三ノ宮さんの頬はまだ朱色(しゅいろ)に染めていた。

照れているのか、顔を下に向けている。

つい、可愛いなと思ってしまうのには十分な姿だった。

「ま、そんなことはどうでもいいですけど、宮野さん」

「ん、何?」

「宮野さんってもしかしてロリコンだったりしますか?」

「ぶっ!、ごほ、ごほ、ごほ、ごほ!」

 またも予期せぬ質問に対して思い切り()せた。

「えっと、一応聞いておきますけど何でそう思ったんですか?」

「え、ですから、一条さんのこと好きみたいですからそう思ったんですけど」

「僕が瞳を好きですか?」

 思わず聞き返してしまう。

「違いましたか?」

「違います!あ、いや、違わないですけど違います」

「どっちですか?」

「てか、何ですか?さっきからの質問は?」

 訳が分からないんですけど。

「わ、私は別に関係ないんですけど、同じバンド内で変な間違いとかが起こらないようにと思ってですね!」

「変な間違いってなんですか?」

「うぅ……」

 小さい声で(うな)り、はずかしそうに押し黙った。小動物みたいだ。

「とにかくです!宮野さんは一条さんのことをどう思っているんですか?」

「んー、まあ、そうだね。瞳は変な奴だけど面白いと思うし好きだよ。でも、この場合の好きは友達やバンドメンバーとして好きって意味だね」

 僕は質問に答える。

「たぶん三ノ宮さんが思っているようなことは断じてないです」

 それに、瞳は精神的にアレでも一応十八歳なのだから万が一、万が一という例えの話で僕が瞳を好きになったとしても僕をロリコンという分類分けするのは少し可笑しいような気がする。

「……そうですか。ならいいですけど。あ、宮野さん、そろそろスタジオに入ってもいい時間になりますから行きましょうか」

「あ、本当だ。なら、行こうか」

 三ノ宮さんの質問の意図はいまいち分からないが、向こうから話掛けてくれたのは素直に嬉しかった。少しは僕のことを好きになってくれたのだろうか。

 そうであれば本当に嬉しい事だ。

 そうして今回も、僕と三ノ宮さんは二人先にスタジオに入ったのだった。



        ***



メトロ☆ぽっぷのスタジオ練習は毎週水曜の夕方からと土曜の朝から行っている。

バンドによって練習の頻度(ひんど)は異なるが、バンドの平均的には週に一回から二回が妥当(だとう)なところであろう。ちなみにモニュメントの練習は週一回で、曜日は特に決まっていない。三人の都合のついた日に適当に入れている。これはスリーピースバンドで人数が少ないという利点からできることだろう。

ちなみに今日は水曜日。

現在、制服姿の瞳に永野さん、私服姿の三ノ宮さんに僕がスタジオの中に存在する。

見たところ、瞳と永野さんは同じ高校の制服を着ている。どうやら、二人は同じ高校の生徒のようだ。ちなみに高校は北高。このスタジオから歩いて10分程度の近い場所に立っている私立高校だ。北高だなんていかにも国公立や県立学校のようなネーミングの(くせ)に、私立高校という。僕としては謎な学校だ。

そして、三ノ宮さんの格好はというと白のワンピース着用。

清楚(せいそ)可憐(かれん)。そんな感じが三ノ宮さんから出ている。桜のスタジオでの格好とは大違いである。桜はスタジオでは動きやすいからという理由でジャージやトレーナーみたいなラフな格好が多い。色気の無い分、(はな)も無い。しかし、その分男友達といるみたいで接しやすい。だけども三ノ宮さんの場合は色気は十分な分、目のやり場に困る。女性を意識するなといわれても無理がある。

ま、そんな可憐な三ノ宮さんだが、

「宮野さんには愛が感じられないです!」

 そう唐突(とうとつ)にそう言い出した。

「…………えっと何が足りないって?」

ベースを握っていた僕はベースをスタンドにかけてそう言った。

「だから愛です。愛!!」

 良かった聞き違いでは無かったようだ。いきなり愛だの言われて少し戸惑(とまど)ってしまったが、しかし――――。

「えっと何でいきなり愛なのかな?」

 僕は聞き返す。

 そんなに三ノ宮さんに対して嫌われるような行動を起こしたつもりは無いのだけど…………。ま、好かれるようなこともしたわけでも無いのだが。

「ふむ、何か勘違いをしているようですね。別に私に対する宮野さんの態度なんてどうでもいいんです。私が言っているのは曲に対する愛……大きく言えばアニソンです。アニソンに対する情熱(じょうねつ)が足りないのですよ」

「アニソンに対する愛ですか?」

「そうです。アニソンに対する愛です。私には宮野さんのアニソン愛が全く感じられない」

 鬼気(きき)した強い口調で三ノ宮さんは言う。

「なるほど。確かにそうかも知れないね」

 それに対して賛同(さんどう)してきたのは瞳。

「浜登君はベースの技術はかなりあるけど何処か抜けたようなベースなんだよね」

 抜けたようなベース……。

 ナチュラルで悪気は無いのだろうが、何気(なにげ)に傷つく言葉だ。

十年のベースキャリアを()て最近ではライブの度に『凄く上手いです』、『綺麗な弾き方してますね』などの言葉をよく言われたりするようにもなってきたものの、一方では抜けたようなベースですか。結構、いやかなりショックだ。

「そうだね。アニソンに対する愛か……確かに浜登君には感じられない気がしますね。ねぇ、今私たちが練習してる二曲だけど、何のアニメの曲だか分かります?」

 何のアニメの曲か、という問いに僕は、

「いや、なんとかマルマってやつだろう……」

としか答えられない。

「うん、そうだね。ならそのアニメを観たことあります?」

 勿論アニメを観たことがある訳がない。

それどころか、この原曲を聴いた回数もそんなにあるわけではないのにアニメなんて見ている時間はどこにも無い。この現在練習している二曲に対してもまだスタジオ練習の為に急いで形だけでも通して弾けるように準備したに過ぎないと言っても過言(かごん)ではない。

 よって原作アニメについてなんて何も知るわけがなかった。

 それに対して、


「「「何であの名作を観てないの(ですか)!!!」」」


と、三人娘の声が同時に飛んでくる。凄い勢いだ。

瞳、三ノ宮さんに加わり永野さんまでも会話に入ってくる。

「今練習してる曲は『魔法執事マルマ』のOPとEDでオリコン1位と2位を独占中の超有名なアニメの曲なんだよ」と瞳。

凄い熱意の入った感じだった。入り過ぎて怖いくらいだ。

「へぇ…………そうなのか」

 オリコン1位と2位……マジでか……と、思ったが口には出さないでおこう。何やら面倒(めんどう)(くさ)そうなことになりそうだから。

「しかし前から思ってたんだが魔法執事って何だ?」

「魔法執事は魔法執事だよ」

と、永野さんが答えた。

が、僕の求めた解答は何も得られない。

「いや……待ってくれ。魔法と執事の組み合わせが僕にはいまいち分からないんだ」

魔法戦士とか魔法少女とかはよく耳にするけども魔法執事は聞かない。魔法を使う執事の話なのは文字から予想するからに分かるのだけども、想像は出来ない。

そもそも執事が魔法を使う状況がいまいち分からない。やっぱり執事も悠々(ゆうゆう)と豪邸(ごうてい)暮らしで過ごせないようなご時世なのだろうか。魔法の一つや二つくらい使えないと仕事にならないのだろう。大変だな。凄く不景気なご時世に生きているんだな。うん。

「宮野さん、本当に観てないんですね。あの最高(さいこう)傑作(けっさく)を」

「そんな…………浜登君のこと信じてたのに」

「もう君にはガッカリだよ」

 退()かれた…………。何やら物凄く退かれた。

 いや、この状況は可笑しいって……。何でたかがアニメを観てなかったくらいでこんなにも女の子たちに退かれないといけないのだろうか。

 いや、またコレを発言してしまうと何やら面倒なことになりそうだから発言しないが……、というか今の状況は僕にはほとんど発言出来ないような地雷ばっかりの会話だ。

とりあえず地雷を踏むような発言は避けよう。

「とにかく観てないなら速く観ないと!今すぐ観ないと!速く観なさい!」

 瞳が(せま)るような勢いで言う。

「ああ、わかった。時間が空いたら観るから」

「時間が空いたらって、全然分かって無いじゃない無いですか!」と今度は三ノ宮さん。

「宮野さん、人間はみんなアニメから育って、アニメで社会(しゃかい)情勢(じょうせい)を知って、アニメで大人になるんですよ。分かってます?」

「ああ、勿論分かってるよ」

勿論分かって無い僕が言う。分かるはずがない。

「宮野さんはアニメを観ないでどうやって過ごしてきたのかが謎だね」

今度は永野さん。

「アニメ観ないとそんな(あつか)いなの?」

「アニメ観ないと立派な大人になれないよ」

あれ?その言葉変じゃない?普通、「アニメばっかり観てると立派な大人になれない」じゃないっけ?と思ったが、どうやらこの人達は普通では無いみたいだ。一般(いっぱん)常識(じょうしき)が通じない。

常識を外れたアニメオタクだもだった。

普通にしてたらこの娘たちは超がつくほどの美少女なんだからまた勿体無い。

三人ともなんかもう―――少し残念だった。

「宮野さん、今変なこと考えませんでした?」

三ノ宮さんが僕の思考を感じ取ったのか、少し怒ったように言う。――鋭い。

「いやいや、何も。全く何も考えてません。そんなことより練習時間勿体無いよ。練習しよう!」

僕はベースを持ち上げながら練習を催促(さいそく)させる。

というか、逃げた。

「んー、まあ、そうですね。とりあえず練習しましょうか」

 内容がやっと変わってくれると思って僕はホッとした。しかし、

「でも、浜登君、ちゃんとマルマを観ることは忘れずにね」と、最後にちゃんと念を押してくる瞳。妙なところはしっかりとしている。

 ま、そんなことで僕はこの日の帰りに『魔法執事マルマ』のDVDを全巻レンタルビデオ店で借りて帰るはめとなった。



        ***



「それはちょっとね……」

 永野さんが退いた。

「キモいですね」

三ノ宮さんが冷たく僕に吐き捨てた。

「何でそんなにやつれているのかっていう理由が寝ずにアニメを観てたなんて…………何処のキモオタなんですか」

「そんなことっ……」

 そんなことはない――と言い返そうと思ったが、確かに寝ずに深夜までアニメをずっと観てたなんてただのアニメオタクだった。言い返さない。

 ことは先週、借りたアニメ『魔法執事マルマ』の話に(さかのぼ)る。最初は僕もまさかこんなになるなんて思ってもいなかったことだった。


――練習帰りに言われたとおりに僕はマルマのDVDを借りて帰った。とりあえず日課であるベース練習を行い、もう夜の12時を回っていたのでそろそろ寝ようとしていた。しかし、メンバー三人があそこまで熱狂的(ねっきょうてき)(すす)めるのでとりあえず一話だけでも見ようと思い軽い気持ちで僕は魔法執事マルマを見始めた。

 一話が終わり、中途半端に後に引く終わり方だったのでモヤモヤが消えず仕方なく二話目に突入。

 二話目が終わり、どうせならDVD一巻に収録されている四話分を全部観てしまうかと思い立て続け に三話目、四話目を鑑賞。

 ここらへんから物語を理解し始めてなかなか面白くなってきて、そのままDVD二巻へ突入。

そんなこんなで…………。

 気が付くと朝。

 昼間は学校。

 学校から帰って、ベース弾いて、アニメ鑑賞、朝になって学校、帰ってベース、アニメ、学校、ベース、アニメ…………の繰り返しの一週間だった。


「で、寝不足でそんなになったわけですか」

 三ノ宮さんはすっかり(あき)れた様子だった。

「うん、一回全部見終わった後にもう一回通して見たから一週間丸々時間が掛かってしまったんだよね」

「え、なら二回も通して観たんですか!?」

呆れていた表情が驚きに変わった。凄く驚かれた。

「うん、そうだけど」

「魔法執事マルマは4クールアニメですよ!」

 クール?なんだそれは?また分からないような言葉が出てくる。ここ最近未知(みち)の言葉が沢山出てくるなと思う。リア充だとか、ネカマとか、ネラー、ボッチなどなど。

ま、どれも今は未だに分かっていない。

「えっと、4クールってどういうこと?」

「クールも知らないんですね。まあ、パンピーならそうでしょうけどね」

また出たパンピー。これも僕としては未知用語だ。でも推測は出来る。

パンピー。パンとピーナッツという意味であろう。パンとピーナッツバターは給食では定番メニューだ。――――ま、それが僕とどう関係しているかは謎だ。まだまだ推測の余地がありそうだ。

「アニメはですね、基本的に一年を4つに分けて4つのクールで構成してあるんです。で、通常はその定まったクール期間は放送される仕組みになってます。あ、打ち切りになったアニメとかは別ですよ」

「うーん…………アニメの放送は一年間を4つに分けられて放送しているってことでいいのか?」

「まぁ、そんな感じですかね。アニメの四季みたいなものですよ。季節の終わりはアニメの終わり、そして新しい季節の始まりに新しいアニメの始まりなんです。胸がときめきますね」

 それはまだいまいちよく分からないが――――どうやら胸がときめくらしいです。

「で、4クールアニメは一年を通して放送されたアニメで話数は50話近くの話数があるはずです。それを二回通すなら100話近い話数を一週間で観たことになりますよ」

「そうかもしれんな……気が遠退(とおの)くほどアニメを見た気がする」

 生まれてから一週間前まで見ていたアニメの量とこの一週間で観たアニメの量はもしかしたらこの一週間で観たアニメの量が多いかもしれないと思うほどにアニメを見た気がする。

「やっぱり馬鹿なんじゃないんですか」

 この()は敬語で話すが言葉は汚い。そして僕に対して冷たい。

「いやでも、浜登君凄いですよ。いくら私でもそんな馬鹿なことしませんもん」と瞳。

「ごめん。お前に馬鹿と言われるのが凄く腹立たしい」

「でも、観たんでしょう?一週間で100話」

「ああ、多分見たんだろうな」

「へへっ、どうでした?感想は?」

 嬉しそうに少女は聞いてくる。青色の瞳をクリンとさせて、

「うーん―――感想か……。僕はアニメを沢山観たことある訳じゃないからよくは分からなかったけど、時間感覚を無くすほど観入ったってことは、やっぱり楽しかったからじゃないかなっと思うよ」

「へへっ、やっぱり浜登君は素質があるよ」とニカっと頬笑み、

「ようこそアニソンバンドへ!」と上機嫌(じょうきげん)のご様子だ。

 しかし、このタイミングで普通いうか?その言葉を――――僕は苦笑(にがわら)いした。



        ***



 ようやくと言った方がいいのかもしれない。

 人間その時に即座(そくざ)に言えることは言っておいた方がいいとはまさにこのことだろう。

何故なら――――。

「そういえば僕はアニソンバンドに入ることにしたから」

そう告げた僕の言葉の後、空白の間が起きたからだ。

 空白の時間。静寂(せいじゃく)の間。

 静寂。停止して動かないのは桜とイガさんだ。

そう。僕はアニソンバンドを始めたことをイガさんと桜に今の今まで報告するのを忘れてしまっていたのだ。いや、忘れていた訳では無いのだけれども、伝えないといけない大切なことであるのは間違いないのだけども、何故か言いそびれていた。

理由があるとするならそれはおそらくここ連日ずっと観まくっているアニメの存在だ。ここ最近は暇があれば部屋に閉じこもってアニメを見ている。故にイガさん、桜に対しての報告が遅れてしまったのだ。

 そして、現在、久々にモニュメントのスタジオの後にやってきた喫茶店でやっとその話をすることが出来た。話を聞いたイガさんと桜はというと、一瞬…………いや、かなり長い間固まっていた。

そして時は動き出す。

「―――――え、な、なんだって」

 先に硬嫡(こうしちゃく)からイガさんが解けて動揺(どうよう)を口にした。普段、ドンと構えていて不動明王(ふどうみょうおう)みたいなイガさんにしてみればかなり希少(きしょう)な反応だったとも言えるだろう。

「だからアニソンをやることになったんだ」

「アニソンバンドって――――誰が」

「今の話からして僕以外に誰もいないだろう」

「お前がか?」

「意外ですか」

「いや、意外じゃないが――――って、いや!意外だよ!かなり意外だ。凄く意外といか意外以外の何者でもねーよ」

 珍しく一人で乗り突っ込みをいれるイガさん。

「しかし、意外以外って意外と言葉って使わないよな。二重(にじゅう)否定(ひてい)みたいな」と僕。

「すまん……イガイイガイイガイガイガ言って良く分からなくなってきた…………」

 そして、いつも冷静なイガさんがあろうことか冷静さを()いてきている。

「イガさん、自分の名前は?」

「ガイ!」

「男だね」

()けるなんて更に珍しい。

「はあ、僕がアニソンバンドに入るって言っただけでそこまで動揺するもんか?」

「まあ、そりゃあな。アニソンなんてお前、興味全く無かっただろう。そんなお前がいきなりアニソンバンドに入るだの言い出したら流石(さすが)(おどろ)くだろう」

 まー、確かにそうだろうけどそこまで動揺されるとこっちも困る。

 イガさん達にとっては昨日まで意地悪だった奴が今日になったら、いきなり親切になるようなものなのかも知れない。確かにそれは驚きを隠せないのも分かる。

 もし明日になってイガさんの体型がガリガリの細めがねみたいになっていたら僕は言葉を一時間ほど失ってしまうことであろう。

 そう、今の桜のようにだ。

「おい……桜」

 僕は桜に顔を向けて声をかける。

 返答は無い。

 どうやら桜はさっきから一ミリも動いていないみたいだった。まるで、石になったように静止…………というか硬嫡(こうちゃく)しきっている。

「おい、桜。本当に大丈夫か?」

 隣にいる桜の肩を二、三回揺らしてみる。

「固まってるな…………」

「桜にとって僕とアニソンの関係って一体何なのだろう――――」

 これは重症(じゅうしょう)だろう。まるで恋人を恋敵(こいがたき)に取られてしまって放心中のよう。

「いや、まあ、桜にとってはお前とアニソンの関係がどうこういうよりもお前がアニソンバンドに行ってしまった後のこのバンドの存在の方が問題なんじゃないのかと思うが。実際、俺も気になるしな。結局、お前はどうしたいんだ」

 イガさんは真面目な顔つきでそう言った。

「別にこのバンドを辞めるわけではないよ」

「ほう……、なら掛け持ちか」

「そうなる」

「ま、お前の腕ならニバンドくらい掛け持ちしてても全く問題無いだろうな」

「なら――――」

「ああ、俺は別に全く構わない。好きにやりたいだけバンドを組めばいいと思う」

 イガさんは納得したように承諾(しょうだく)してくれた。

 しかし――――。

「だけど、桜は何て言うか分からないぞ」

「桜はアニソンバンドに僕が入るのがそんなに嫌なのか?」

「アニソンバンドっていうよりお前を取られたくないんだよ」

と、面白いものを見るようにイガさんは笑う。

「いや、だから僕は別にモニュメントも辞めたりなんかしないし」

「お前も大概(たいがい)鈍感のレベルが過ぎてるな…………普通は気付くだろうに。桜も(むく)われないな」

「え、何て?」

 何故か上手く聞き取りにくかった。

「いや、お前はそれでいいと俺は思うがな。見てる分には飽きない」

「さっきらイガさん、何言ってるんだ?」

「ははっ、何でもないよ。ところで浜登、お前が組もうとしているアニソンバンドって言うと何なんだ?」

「ああ、メトロ☆ぽっぷだよ。この前に対バンしたバンドにアニソンバンドがいたろ。あそこのバンドだ」

 そう言ってコーヒーに手をつける。

「なるほど、そうなると本当にまずいな。…………何だ?気のせいかと思っていたが、本当にあのメンバーの誰かに()れたのか?」

と、イガさんが言った瞬間、僕は口に含んでいたコーヒーを吐き出しそうになった。

「むっぐっ!ごほっ、ごほっ!いきなり何を!」

 いきなり何を言い出すんだこの人は…………。

「だって、アニソンに興味が無かったお前がいきなりアニソンバンドだ。何かあると思うのが普通だと思うがな。それになによりあのバンドだろ。あのバンドの三人とも正直かなりレベル高かっただろう?」

「確かにみんなが凄く上手なのは確かだけど」

「馬鹿なのか、お前は?俺が言ってるのは楽器の腕前の話とかじゃなくてな容姿の話だ。容姿」

言い聞かせるように容姿と最後に繰り返して言う。

「その様子じゃ、そんな如何(いかが)わしいような理由でアニソンバンドに入った様子では無いみたいだけどな、相手は凄いレベルの美少女たちだろう?だから(かえ)って問題なんだよ。とくに桜にとってはな」

 更に面白そうに笑うイガさん。

桜にとっては?イガさんの言っている意味が分からん。桜にとってそれがどんな問題なんだろう?

疑問に思う。

 その瞬間。


 がたん!


 机が動いた。いや――机が動いたわけじゃない、動いたのは――。

桜だった。

 握り拳を作った手がテーブルに叩きつけられている。

「は・ま・とぉ………!」

 怖かった。桜が僕を呼ぶ声がとてつもなく怖かった。まるで、ターミネーターみたいだ。

「えっと……桜さん。な、なんでしょうか?」

「詳しく聞かせて貰おうかしら……詳しく!」

「な、何を?」

「浜登は誰に気があるのかしら?あの小娘たちの中で誰に気があるのかしら?」

 笑っているけど全然笑ってない理不尽な笑顔が向けられている。

「桜、小娘って…………お前は、どこの昼ドラの(しゅうとめ)なんだ?」と、イガさんが突っ込みをいれる。

 イガさん、そこは悠長(ゆうちょう)に突っ込みをいれていないで助け船を出すところのはずだろ!

 そう心の中で叫んでみるが心届かずに悠長にこの様子を笑って傍観(ぼうかん)しているイガさん。

「桜さん…………僕は別に……ね」

「なるほど……ボクハベツニさんね!」

 え、ボクハベツニさんって何人なの?ボク・ハベツニ?墨羽部津二?

「いや、桜さん、そんな人は居ないから……。というか僕は別に誰も好きなんかじゃな――――」

「そんなに!そんなにボクハベツニさんが好きなの!?」

 後ろからゴッゴッゴッゴッと効果音が出て、何やら黒いオーラを(まと)っている桜。

そして、いつの間に取り出したのか分からないがギターを構えている。ネックを鷲掴(わしづか)みにして――――。いや、リアルに滅茶苦茶(めちゃくちゃ)怖いんですけど。

「ちょっと、桜?何処にいくの?」

「ボクハベツニ!ぶっ殺す!」

不吉な単語が聞こえる。

ぶっ殺す?何で?過激だ。

「桜!そんな人はいないからって!ちょっ!ギターを無暗(むやみ)やたらに振り回さないで!てか、それ大事に今まで使ってたギターでしょう?危ないって!てか、なんでぶっ殺すの!」

怒り狂う桜の姿がそこにはあった。

 結局、桜には話をまともに聞いては貰えず、興奮(こうふん)して歯止めが効かなくなった桜を止めるのに30分ほどの時間を(つい)やしたのだった。

 その間、イガさんはというとコーヒーを片手に僕らを笑いながらずっと見ていた。全く、イガさんも見てるだけでなくて止めるのを手伝ってくれればいいのに……。傍観(ぼうかん)して見て見ぬふりをするのは一番嫌らしいことだなと思った。いじめを見かけたら見て見ぬ振りは辞めましょう。



        ***



この日、僕はスタジオの前で一人で待たされていた。

変だ――――。

 これは非常に変だ。

 何故かと言うと、スタジオ練習なのにスタジオが予約されていなかったということだ。

スタジオ練習なのにスタジオが予約されていないなんてどんな手違いなのだろうか?何故だろうかと考え、一度状況を整理してみることにしよう。

 待ち合わせは十一時、僕は待ち合わせ通りに到着した。

 そして、十一時までスタジオの前で残りのメンバーを待っていた――――が、しかし、残りのメンバーは誰一人として十一時を過ぎても集まらない。

 この時点で疑問が生まれる。

 ある一人のメンバーを除いて他の二人のメンバーが遅刻というのは非常に(めずら)しいことだった。ま、まだ僕は彼女たちとの付き合いも短く詳しいことは知らないが(ゆえ)にスルーすることにした。

 たまたま、今日が皆にとって遅刻し安い日だったということなのだろうと(なか)ば強引に解釈(かいしゃく)をする。

 そして、せっかくスタジオを借りているのだから時間を無駄(むだ)(つい)やすのも勿体無いと思い、僕は一人先に スタジオに入ることにした。

 ここで二つ目の疑問にぶつかった。それは何かというと。

 スタジオが予約されていなかった。

 僕らが利用しているスタジオは予約会員制である。前日に(まえ)(もっ)て連絡してスタジオを予約していないと使用できない。

 にもかかわらず、今日の十一時からの時間帯に僕らのバンド、メトロ☆ぽっぷの名前は入っていなかった。

 一旦(いったん)外に出て、考える。

 何故だろうと――――。

 ちなみに僕はスタジオ練習の日を間違えたりしていない。いくらなんでも、それは無いと思う。

 しかし、現に今間違えてしまった感じになっている。

 これは何故か――――と考える。

 すると、一つの解答らしきものが浮かんだ。

 解答らしきものといってもこの解答は十中八九正解だろう。

 何故、僕が間違えたのかというと――――。

「あ、浜登君!待った!おはよーう!」

 今現れたコイツのせいだ。

 茶髪の髪を(なび)かせてこちらへと近づいてくる。十一時三十分。三十分遅れで一人の少女がやってきた。

 陽気にへらへらと笑ってだ。

「何が――――おはようだ!」

 そして僕は怒鳴(どな)るのであった。


 昨晩。

 風呂から上がった丁度のタイミングで携帯電話が震える。

「はい、もしもし」

『もしもし、浜登君こんばんわ』

 電話でも律儀(りちぎ)挨拶(あいさつ)を交わしてくる女性の声。夜なのに元気の良い声。

「あー、こんばんわ――――そして、お休みなさいだ」

『ちょっ!待てコラァ!いきなりそれは酷いじゃないかな!そして、少しだけカッコイイという――――アニメの台詞みたいで』

と、電話を切ろうとするのを阻止(そし)される。残念だ。

「ちっ」

『今、舌打ちしませんでした?』

「いやしてないが。気のせいだろう」

『いえ、しましたよね?私の聴力は2.0ですよ!』

「――――それは聴力じゃなくて視力を測るときの数値じゃないのか?」

『ふふっ、さすが分かりにくいボケに対してナイスなツッコミを入れてきますね。そのツッコミを買ってバンドに入れただけのことはあります』

「え、僕は楽器の腕前じゃなくてツッコミを買われてたの!?」

 衝撃(しょうげき)の事実だ。

「ははっ、なら僕は今度からベース担当では無く、ツッコミ担当で名乗るべきか?」

と、冗談で返す。

『あー、ならツッコミ兼ベースということで』

「まさか本気で言ってるのか!?しかも、ベース兼ツッコミじゃなくてツッコミ兼ベースなのか?ツッコミがメインでいいのか!?」

『だって浜登君といえばツッコミでしょう。宮野浜登=ツッコミ担当の方程式は高校の教科書にも()ってますよ』

 嘘つけ。それなら、お前は一条瞳=ボケ(担当)だ。

 そして、そんな教科書を使ってるからいつまでもゆとりが抜けないんだ。

「あー、もういいから用件はなんだ?」

 本題を急がせることにする。いつまでもコイツの馬鹿に付き合っていられない。

『あ、そうそうスタジオ練習の予定ですけど変更して明日になりました』

「明日?どうせ暇だったし別にいいけど何時からだ」

『えーっと――なら――――』

「何故に今現在考えたように言う?」

 スタジオは予約制で決まってるんだろう?

『えっ、あ、なんでも無いですよ。ただ何時だったのかなーって思って思い出してるんです』

「――――ならいいけど。で、明日は何時なんだ?」

『明日はですね。十一時からです。十一時にスタジオの前に集合しましょう』

「ああ、分かった」

『ふふっ、楽しみですね。ならまた明日』

「明日な」

 上機嫌の様子で電話を切る瞳に違和感を感じたけども、それだけスタジオ練習が楽しみなんだろう。

 そう思って僕はベースの練習を始めることにした。

 それが昨晩の話。


「で――――」

 僕は瞳に言葉を発する。とても短い言葉だ。いや(むし)ろ言葉とも言えない。文字を一言“で”と――――。

「ん、何かな?」

 それだけでは伝わらないと言った感じだろうか。瞳は不思議そうにこちらを見る。

「何がもなにもないだろう…………」

 はあ、と溜め息をついて、

「どういうことなんだ?」

 僕は問いかける。

「どういうことって、昨日ちゃんと言いましたよね?」

「いや、そのちゃんと言ったのが正確だったらいいんだけどな。ちゃんと伝わっていないから問題なんだ」

「問題ですか――――。ま、そんなに細かいことは私は気にしないですから」

「そっか、お前はおおらかだな。でもな、お前が良くても僕が気にするんだ」

「浜登君はみみっちい人ですね」

「ごめん。お前に言われると腹立つな」

「こんなことで怒るなんて器が小さいですね」

「そっか、ここは怒っていいところなんだよな?」

「短気ですね」

 どちらかといえば僕はおおらかな人間な方なのだけど。(むし)ろかなりおおらかだ。僕が短気なら人類の八割は短気だと断言しても構わないと言えるぐらいにおおらかだといえよう。

 そんな僕を前に、瞳はこう切り出した。

「じゃ、そろそろ行きましょうか、みみっちい浜登君?」

「よし、僕の怒りの鞭を食らえ!」

「あいた!何するんですか、いきなり!」

僕は瞳の頭を軽くぽかんと殴った。

何するんですかだって?自分で考えろ。

「しかも、怒りの鞭ってなんですか?ただの腹いせじゃないですか!」

と、瞳がなんか言っているがとりあえず無視して、

「で、――すまん。そろそろ行くって、どこに行くつもりだ?」

 未だ状況説明をされずに状況把握(はあく)出来ない僕を何処に連れていくつもりなのかを(たず)ねる。

「何言ってるんです?どこって、勿論デートにですよ」

「はい?」

 首を(かし)げた。

 瞳こそ何を言っているのだろうか。何が勿論で何がデートなのかを聞きたくなる。

 理解が出来ない。

「お前な――――、昨日はスタジオ練習って言っただろう」

「そんなこと言いましたか?」

(うそ)白々(しらじら)しいな――――。ま、今更別にいいけど。で、何の冗談か知らないけどデートって何だ?」

「冗談?デートはデートですよ!」

 顔をプクッと膨らませて怒る瞳。

「知ってるか?デートってデスノートの略なんだぜ」

「がううううううううう!」

いきなりトラのように(うな)り始める瞳。

からかいがいのある奴だ。

「はいはい、デートね。今日は二人は来ないのか?」

「だからデートですから!なっちゃんたちが来たらデートにならないじゃないですか」

「なら瞳と二人か。で、今からどうするんだ?」

 僕としては、今日はどうせ学校も休みでやることが無かったから暇潰しになるので丁度良いと言えば丁度良かった。

「デートなのに全く計画性の無い甲斐性(かいしょう)なしですね」

「――――いきなり言われて計画性も何もあったものでもないけどな」

「いいえ、きっと孔明様なら瞬時に今日の気象を察知(さっち)してデートのベストプランを立てることが可能なはずです」

「そんな孔明なんか見たくないぞ。なんか凄く遊んでそうで、チャラチャラしてそうだ」

「とにかくです。デートです。今日のところは仕方ないです。特別に私がデートの基本を教えてあげましょう」

と、瞳は(あや)しげにほくそ笑んだ。いやはや、孔明じゃないけど何やら風行きが怪しくなってきたようだ…………。


 安心した。ホッとした。

 よかった、よかった。

 最初はどこに連れて行かされるかが心配だったが、現時点では何も問題はなかった。

 逆に言えばここは自分にとっても嬉しい場所だろう。

 僕らは現在、楽器屋にいる。バンドマンが行って楽しい場所と言えば楽器屋。後はCDショップとかだろう。

 別に僕はそれなりにオシャレとかに気遣(きづか)う方でもあるので、デートらしく服屋巡りになることは嫌ではなかったが、しかし、男女一緒に服を見るとなるとやはり面倒だ。

 服は勿論男女別物。一緒に見て楽しいかと言われたら僕としてみればそうでもないと思う。

だから、デートで男女が服屋を回っているのを見ると、たぶんどちらかが遠慮(えんりょ)してるのだろうなと思った目で見てしまう。ま、男女のデートで大概(たいがい)遠慮してるのは男性のほうだろうけども。

「浜登君!あのレスポールの色がヤバい!」

 瞳が指差す先には赤のような茶のような色をしたレスポールがあった。

はしゃいだように駆け寄って行き、

「あれ、私の髪色にちょっと似てないですか?」

と笑みを作って振り向く。

こうしてみると普通の女の子みたいで新鮮だ。

 ちなみに、レスポールとはギターの種類の一つ。

 ギターを大きく分けたときにレスポールタイプ、ストラトキャスタータイプに分けられる。音色、重さなど細かいことは色々違ってくるが大きな見分け方は形だ。

 ギタリストは結構頑固者が多くレスポール好きはレスポールしか使わない、ストラトキャスターが好きな人はストラトキャスターしか使わないという人が多々見受けられる。

「そう言えば瞳が今使ってるのもレスポールだったよな。やっぱり次に買うときもレスポールがいいのか?」

 茶色のレスポールを見上げている瞳に対して質問を投げる。

一応、瞳はボーカル担当ということになっているが曲によってはギターを持つらしい。今のところギターを二本使う曲は無いので瞳はボーカルに専念しているが、スタジオにはきちんと毎回愛用のレスポールを持ってきているのを見かける。

一応、ギターも弾けるようだ。どれぐらいの実力なのかは分からないが。

「んー、いや、私の場合はそうでもないですね。ストラトも好きですよ。一番は可愛さ重視です」

「見た目ってことか」

「そうですね。見た目が可愛くないとダメです」

「音色はどうでもいいのか?」

「音色は綺麗な音が出るのなら何でも大丈夫です。あえて言えば私ってかなりエフェクターを乱用しますから、それに耐えてくれて、かつエフェクターが掛かりやすいのがベストです」

「なるほど、そんなもんか。ま、僕はベースしか知識無いからギターの選び方なんて全く分かんないからな」

 ベースが弾けるからといってギターが弾ける訳じゃないし、ギターが弾けるからといってベースが弾ける訳じゃない。

 同じような形で弦が張ってあるが演奏のやり方は違っている。

 ま、考えてみれば簡単に分かるはずだ。音色の担当が異なる楽器なんだ。役割が違うなら弾き方も勿論違うということだ。

僕はギターなんて弾けない。弾けるのはベースだけだ。

「ね、そう言えば浜登君は、なんでベース始めたの?」

 ギターから目を離して瞳はこちらを向いた。

そして、唐突にベースを始めたきっかけを聞いてくる。

始めたきっかけね―――。と僕は間を一度置いて、

「とくにこれといった理由は無いよ」と答える。

「えっ?」

 拍子抜けた声で瞳は驚く。

「理由が無いんですか?そんなこと無いんじゃないんですか。いくら浜登君がずぼらで抜けているからといってベースを始めた切っ掛けくらいはあるでしょう?」

 何気なく人をずぼらとか抜けていると評価してくる瞳。ま、今回だけは見逃しておこう。

「なら、お前は何かバンドを始めた切っ掛けて言うものがあるのか?」

「私――――ですか?うーん、そうですね。私の場合はアニメからの影響でしょうね。とあるアニメの中でバンドをテーマにしているアニメがあるんです。それを観てからですね。私もバンドを始めたいと思ったのは」

 アニメのバンドを観て、それを切っ掛けにアニソンバンドを始めるか。最もらしい。やりたいことがハッキリとしている。

 それに比べると、

「僕はモニュメントでロックを中心にバンドをやってるけどジャズもテクノも好きだからな…………これといった何かを特出(とくしゅつ)して好きだってものが無いんだよ」

「そうですか。でもきっと何かしらの理由があってベースを始めた訳ですから浜登君が進むべき道はいずれハッキリと分かってくることだと思います」

「だといいんだがな」

と、僕は苦笑(くしょう)する。



       ***



 楽器屋を出た後に僕は瞳に引っ張られて店をまわった。(ぞく)にいうウィンドショッピングというやつだ。

 結局、服屋や雑貨屋(ざっかや)巡回(じゅんかい)

 女子高生ということだけあってこういうのはやっぱり好きなのであろう。いつもに増してテンションが高い。 見る分には飽きないが一緒にいると正直かなり疲れるというのが本音だ。

 どこへ行くのに対しても瞳のボケは炸裂(さくれつ)する。その度に僕はツッコミ役を(てっ)する。これだけを見れば僕は確かにベース要員というよりツッコミ担当の役職が適していそうだった。

「あー、次は何処に行くんだ」

と、僕は前方を楽しそうに歩く少女に声をかける。

 少女はるんるんと歩いていた足を止めてこちらを振り返った。

「あ!また気だるそうに言う!可愛い女の子とデートなんだからもっと楽しそうにするべきだと思いますよー!」

 もー、と(くちびる)()り上げる。

「そう言ってもな――――」

 気だるそうでは無くリアルにダルかった。一体何時間歩いたと思っているのだろうか?

 足が(ぼう)になりそうだ。

「さっ、次は向こうです!」

と、再び歩き出そうとする瞳。

「はあー、で、次は何処に行くんだ?」

「へへへっ、実はもう着いてますよ」

と、瞳は足を止めた。そして指差す。

「何だこの店?」

「アニメイトですよ」

「それは読めば分かる」

「なら何が知りたいんですか?」

「多分、どうもお前の常識と僕の常識はかなり根本的な所から食い違っているような気がするんだ。お前が当然と思って話すことは一般常識(僕)からすれば当然じゃない」

「ふーん、そうなんですか?」

 特に動じた様子は見せない。変わらない様子で、

「じゃ、行きましょうか」と、笑顔で促進(そくしん)する。

 全く……僕はアニメイトがどのような店なのかを尋ねたのに、それが分かっていない。

 ま、しかし、行ってみれば分かることだ。

 そう思い瞳に遅れないように後を追った。


 アニメイト。

 そこは楽園があった。そう、まさに楽園と呼ぶに相応しい場所であろう。

 ただし――――オタク限定。

「うわっ――――」

 瞳が嬉々した目を輝かせる。

「うわっ――――」

 僕が思わず一歩後退りする。

 同じ言葉で異なる反応をそれぞれ行う。

「ここがアニメイトなのか?」

「ここがアニメイトですよ」

 これは、なんと言うか。

「凄いな……」

 その一言に尽きる。

 アニメや漫画のキャラクターが所々……いや店全体を埋め尽くしている。何処に目線を向けても二次 元のキャラクター。

アニメイトはアニメ、漫画、ゲームの専門店。これはオタクにとっては嬉しい店なのかもしれない。

しかし、僕にとっては刺激が強すぎた。理解が出来ない。頭の受容量を軽くオーバーしてしまう。

 1レベルのゲーム開始したばかりの勇者が間違えてラスボスの城に足を踏み入れたような感じだ。未知との境遇(きょうぐう)

 勿論、スカーンとものの数秒で亡きものとされてしまう。

「浜登君、あそこにマルマのグッズコーナーがあるんです」

 瞳が指差して何かを僕に伝えている。

「浜登君、で、あっちがアニゲーのCDコーナーです」

 アニゲーって何!?

 ああ、分かったぞ。たぶん兄ゲームの略だな。12人のお兄ちゃんたちと過ごすゲームがあるって誰かが言ってた気がする。

 ん?

 兄じゃなくて妹だった気もするが――――まあ、いい。

 考えが浮かばない。

「浜登君、浜登君――――」と、僕の体を揺さぶりかける瞳。

「さっきから人の話を聞いてますか?」

「聞こえてはいる」

 僕は断言する。

 でも、理解は出来ていない。話を()(くだ)いてない。

「なら、いいんですけど……て、浜登君!なんかフラフラしてますよ!千鳥(ちどり)(あし)になってますよ!?」

「いいから……俺に構わず……いけっ」

「浜登君!キャラ違います!僕キャラだったはずの浜登君の一人称が俺に変わってますよ!?」

 そんな感じで僕にとっての初アニメイト体験は半ばリタイアという形で幕を閉じた。


「もう!浜登君はたったあれくらいでダウンするなんて情けないですね。クンフーが足りてません」

 僕と瞳はアニメイトを出て、既にもう帰路の途中であった。

「仕方ないだろ。お前みたいに無尽蔵の体力と気力は持っていないんだから」

「無尽蔵の体力なんて私も持ってませんよ」

 嘘をつけ。あんなに一日中歩いて回ったのに今もこう平然として歩いてられるなんて無尽蔵の体力を持ってないと無理だ。

しかも、今も無駄に元気にスキップしているし。なんでそんなに楽しそうなんだろうか?

「でも、浜登君には本当に感謝してます。浜登君がバンドに入ってから毎日がとても楽しいです」

 そして途端に、そんなことを言い出すのだから参る。

「別に感謝されるようなことしてないぞ」

「でも、今日も私のわがままに付き合ってくれたじゃないですか」

 わがまま。ま、わがままと言えばわがままなデートだっただろう。スタジオ練習と嘘呼びだしされてのデートであったし。しかし、

「ま、別に気にすんな。どうせ暇だったしな」

 と僕は返す。

 その言葉を聞いてか瞳は笑った。

「もう、本当に優しいんですから、浜登君は。そんなんだから天然ジゴロウだと言われるんですよ」

「天然ジゴロウ?そんなこと言われたこと今まで一度もねーよ」

 というか、意味わかんねーし。

「ふふっ、まあ、いいですけど」

 瞳はこちらを向く。

「今日は楽しかったです。また二人でデートしましょうね」

 そう微笑む姿は本当に可愛く思えた。



        ***



大学生というものは学生という部類の中では比較的楽な生活をしているだろう。いや、言い方が悪かった。大学生は大抵、暇人である。ある意味最も楽な生活をおくることが出来る身分であるであろう。

 いやいや、俺は大学生だけど毎日忙しいぞって言っているやつの大半は無理なバイトシフトを入れたりして自分で自分の首を()めているに違いない。実際、バイトなどをしないで本職である学生。この場合は大学生という仕事を(まっと)うするだけならかなり楽な生活を(おく)れるはずだ。

 そんなこんなで、僕。宮野(みやの)(はま)()

現在、大学二年生はバイトなどしていなく暇人的な生活をおくっている。

しかし、バイトはしていないとは言ってもサークルには所属していて、ロック研究会、通称ロッ研の一員といえば一員なのだ。

 佐藤桜、五十嵐透とバンドを組む切掛けというのも元を辿(たど)れば、このサークルが切掛けだった。

 ただし、サークル内での定期的に行われる演奏会だけでは活動として僕らにとっては不十分、不満足に感じたためサークルという(わく)を越えて一般のライブ会場に足を踏み入れた。外でのライブを初めて以来、僕らのバンドはサークルのバンドというより主にサークル外で活動している。だからモニュメントはサークルバンドよりもサークルの外、『外バン』と呼ばれる方がしっくりくるような気がする。

 まー、何が言いたいのかというと結局のところサークルに所属しているがサークルにはあまり顔を出してない幽霊部員(ゆうれいぶいん)といった感じが(いな)めない。

 サークルには所属しているが僕は結局のところ暇人なんだ。

 だから、今もこう――――、

 行きつけの喫茶店で僕はコーヒーを片手にiPodで音楽を聴いていた。

 平日の午前中にだ。

 時間の無駄使い。

 そして金の無駄使い。

 年配や、ご老人の方からして見れば若いのに昼間から何をしているんだ。と、怒られてしまいそうな感じがする。

 しかし、これは僕にとって至福なような一時であってこの至福の一時を邪魔されることがあればいくら温厚(おんこう)な僕でも黙ってはいない――――。

 すると、

「浜登」

 僕の名前を呼ぶ声がした。

 僕の至福は簡単に介入(かいにゅう)されてしまった。桜やイガさんが良く使う言葉で言えば武力介入を行われたともいうべきだろうか。

 介入してきたのは誰だ?

 僕は声の主を探す。

「何してるの?一人?」

「なんだ桜か」

 声の主は桜だった。

 明るく染めた金髪の髪を(なび)かせてこちらへとやって来た。

 僕はiPodの曲を止めて、イヤホンを外した。

「何聴いてたの?」

 何聴いていたのか。

 その質問はごく普通な簡単な質問。だけども、この時の僕は少々答えにくい状態にあった。

「別に何でもいいじゃないか」

 まるで親には見つかってはいけないものを必死に隠している子供のような返答。

「何、その反応。感じ悪いよ」

 確かにその通りだった。

 しかし、今のは仕方ない反応なのだ。

 何故なら僕が先程まで聴いていた曲はアニメソング。理由はよく分からないが桜は僕がアニソンバンドに入ったことをあまり…………いや、とても良く思っていない。とても悪く思っている。

 実際、この前にアニソンバンドに入ることを告白した僕を否定し続けた。実のところまだ桜からはアニソンバンドに入ることの許可は下りていない。

しかし、何故そんなに否定するのか分からない。それだけアニソンが嫌いなのかもしれない。

「そういや今日、イガさんは?一緒じゃないの?」

「イガさんは今日はDJのほう」

「ああ、そっか。前に言ってたね」

 桜は頷いた。

「イガさんはああ見えて多忙だからな」と僕。

 イガさんはドラマーだけが本職じゃない。DJとしてクラブで曲を流したり、あのゴツくてデカイ姿に似合わず将棋が趣味で週に一回研究会のようなものにも通っているらしい。結構(けっこう)多趣味(たしゅみ)だ。

「それを言うなら浜登も今はそれなりに忙しくなってきたんじゃないないの?」

 桜は、そう切り出してきた。

「別に」

「嘘つき。バンドが一つから二つになったじゃん、一つから二つに」

 妙にアクセントの掛かった(とげ)のある言い方だ。まだ根に持っているのだろうか。というか根に持っているのだろう。

結局、以前桜にアニソンバンドのことを話した時はあやふやなまま話は途中で終わってしまったわけだしまだ根に持っていることは確かだ。

「いや、桜も知っているだろう?僕のバンド歴の中では一つも二つもどちらかと言えば少ないってこと」

「そうだったわね。一番多いときで6バンドを同時に所属してたときがあったんだっけ?モテる人は違いますね」

 皮肉たっぷりと感じられる。

「桜、お前はそんなにアニソン嫌いだったのか?」

「へ、アニソン?アニソンか。そうね、ついこの間から大嫌いなジャンルになったわ」

 禍々(まがまが)しい感じのオーラを放ちながら話す桜。ついこの間からって桜とアニソンの間に何が合ったのだろう?

「…………えーっとな、桜」

「何よ?」

「言っとくがアニソンはジャンルじゃないらしいぞ…………」


 ガンっ


 テーブルが揺れる。テーブルの上に置かれていたコーヒーが波をたって(こぼ)れ落ちそうだった。

「は・ま・と、それがどうしたのかしら!」

 どうやら今の桜の言葉に指摘(してき)などをすると反って怒らせていくばかりのようだ。なるべく言葉を(つつし)まないといけないな…………。そう思ったが。

「それがどうしたって簡単に流してはいけませんよ!」

 元気で明るい声。

「えっ?」

僕は声のした方に顔を向けた。

 すると、そこには僕、桜をトライアングルにするように第三者が存在した。

「アニソンはジャンルじゃない!これはなるべく多くの人に布教(ふきょう)するように私の決まり文句にしないといけないですね。いや、でも、浜登君、君が私の代わりに他人に布教してくれているとは思ってなかったですね。浜登君もアニソンについて良り意識を高めてくれているというのが見受けられていてとても嬉しいです。感謝感激感無量です」

 早口言葉を唱えるかのようにベラベラと喋り出す第三者は茶色の髪に碧眼の少女。

「ん、おや、浜登君?あとそちらは佐藤さんでしたか?口をポッカリ開けてどうしたんですか?まるで幽 霊でも見たかのようなリアクションですね」

 第三者はよく喋る。

 そう、第三者は一条(いちじょう)(ひとみ)だ。

「瞳!?」

 僕が彼女の名を呼ぶと「はぁい?」と気の抜けたような声で返事が返ってきた。

と、同時に何故か桜の(まゆ)がぴくりと動いた気がする。

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「え、どうしてって?」

 きょとんとした顔をして質問の意図(いと)が分かっていない様子。

「どうして貴女がここにいるのかを聞いてるのよ、一条さん…………」

 桜が代役として再び聞き直してくれた。その言葉は普段と少し違って(あら)いもののような気もする。

「どうしてって自分の家にいるのがそんなに不思議なことですか?」

「はっ、自分の家?」

「そだよ。ここは私の家だもん」

「ここ喫茶店だぞ」

「この喫茶店が私の家ですが何か?」

「え、いや、お前、――――この喫茶店の娘だったのか!」

 驚きの声をあげる。

 瞳は「そだよ」と、楽しそうに笑った。

 ビックリした。まさかスタジオ帰りに良く利用する喫茶店の娘が瞳だったなんて。

「というか、それをもっと早く言ってくれ」

メトロ☆ぽっぷでもこの喫茶店は練習後に頻繁(ひんぱん)(おとず)れているのだから言うタイミングなんて沢山あっただろうに。

「いや、隠しておいた方が面白いと思いまして」

「そんなこといちいち思わないでくれ」

そして何も面白いことは無い。

「でも、このタイミングで告げられるとビックリしたでしょう?」

ま、そりゃあビックリしたよ。色んな意味で。

「じゃあ、なら…………あそこの人は?」

 僕はカウンターの中に立つバーテン姿で渋めの雰囲気の叔父さんに目をやった。

「うちのお父さんだけど。何かな?うちのお父さんに用でもある?なんなら呼んで来るけど」

「――――いやいい」

 似てない。親子全く似てなかった。

「それより瞳――――」

「ん、何かな、浜登君?」

「いや、さっきは驚きでスルーすることになったんだが、今日は平日だぞ。いくら自分の家とは言ってもこの時間にいるのは可笑しいと思う」

 (ちな)みに現在ちょうど12時になった。店内に飾られている振り子時計がゴーンと音を鳴らす。てか、なんかこれ既視感(デジャブ)だな。こいつは結構、平気で学校をさぼるタイプのようだ。

「へっ?はっ?あ、いや…………それはだね」

「それはなんだよ」

 たじたじといった様子で……。

「……ふふふっ、よくぞ気がついたな、人間風情(ふぜい)」と、またもや何故か邪気(じゃき)(がん)を発する瞳だった。

「もうそういうのいいから」

「なっ!せっかく人がキャラ作ってるのにそんなこと言わないで下さいよ!」

そして、相変わらず、なんとも(もろ)い邪気眼だ。

「で、学校は?」

「学校?何それ美味しいの?」

「…………」

「う、嘘ですよ。冗談です。ほ、ほら、今はちょうど昼休みだったんだ。昼休みだからちょっと忘れ物を取りに家に帰って来たんだよね」

「ほう、昼休みか」

それも嘘であろう。

 12時に昼休みとはまた自棄(やけ)に早い。

 夕方の最終限目にはまた腹が減りそうだ。そいうか嘘をついているのはバレバレだった。だけども特に怒る理由も無い。理由はどうであれ親(カウンターにいる叔父さん)もこうして黙認(もくにん)している訳であるし他人である僕が口を挟むまでもない。

 しかし、

「何言ってるの!ちゃんと学校にいきなさいよ!」

と、躊躇(ちゅうちょ)なく口を挟んだやつがいた。

 勿論、僕じゃない。桜だ。

「ほら、浜登も何か言ってやりなよ」

と言われても困る。

「あー、別にいいじゃないか。瞳の勝手だろう」

 そう僕が言うのに対してまたも桜の(まゆ)が揺らいだ。

「…………ね、さっきから瞳だの浜登君だの言い合ってるけど……さ……何なの?」

「何なのって言われてもな。ただ名前を呼んでるだけだけど」

「な、なら!別に苗字(みょうじ)で呼びあえばいいじゃない!?」

「何を言ってるんだ?桜とだって下の名前で呼びあってるじゃないか」

「わ、私とは別にいいじゃん!仲良いんだし、幼馴染みだしさ!」

 何故かよく分からないけども顔を赤く照らせて桜は言う。

「いや、瞳とだって仲は良いと思うぞ」

 間違っても悪くはない。

 しかし、桜の顔が引き釣り。

「……も、もしかして、もうそんな仲なの?」

 焦るように、(ふる)えた声で桜は問いかける。

 そんな仲ってどんな仲のことを言うんだろうと考える。

 その(すき)を見て、

「私と浜登君は凄くいい関係です。超良い雰囲気の仲であるということは間違いありませんね。この前なんて二人っきりでデートもしましたし」

 瞳が言った。

 多少、言い方にオーバーな点があったが間違いではない。「ああ、そうだな」と僕は(うなず)き、

「浜登…………、どういうことかしら?」

 ごめんなさい。

 桜さん、凄く怖いんですけど。

「分かったわ!やっぱり浜登はあのアニソンバンドにいることは納得できないわね!そんな不純な動機でバンドをやるなんて間違ってると思うわ!」

 そう言い始めた桜さん。

「な、何でいきなり!?それに不純な動機て何だ?」

 不純な動機なんてこれっぽっちも無いのだけれど。

 弁解しようと思ったが桜は止まらない。

「不純な動機は不純な動機よ。不潔(ふけつ)だわ。不潔!女の子の中で一人男なんて信じられない。バンドに男と女が存在するのは可笑しいわ!」

あれ?男と女が存在すると可笑しいというならモニュメントもアウトになってしまうんだが?

そんなこと自分が言っていることの可笑しさにも桜は気付いていない。

「いや、待て、落ち着けって、僕が入った理由はそんなんじゃないんだ――――」と桜を落ち着かせようとしたが、

「女の子の中でバンドなんて浜登にとって利は無く害しかないわ!」

桜は話を聞かずに暴走する。

 更に、更に。

「それにアニソンバンドなんて浜登に似合わないっての!浜登はアニメなんて見てないし、アニソンも聴かないでしょう?どうせスグに飽きてしまうのが落ちだから」

 酷い。酷い言われようだ。そのとき、


「そんなことありませんよ」

 

それを否定する瞳。

「浜登君はアニソンバンドをやる素質を持ってます!」

「素質?」

「そうです。浜登君がアニソンバンドをやったら多分凄いことになります!」

 力強く、堂々とした口調で瞳は語る。

「確かに今はアニメの知識もアニソンの知識も無いかもしれませんけど、浜登君にはアニソンバンドをやる 素質は十二分にあると思います」

「――――どうしてそう思うのかしら?」

 確かに…………もし僕にアニソンバンドをやる素質というものがあると思うのなら、それは何故なのか?気になる話だった。

「それはですね――――」

 瞳はじらすように間を開けた。そして、

「勘です!」

「はぃ?」

 僕は思わず首を捻った。

 こいつ……ハッキリと勘と言い切りやがった。

「カン?」

「はい、勘ですよ!」

「勘?ははっ、果たしてその勘は当たるのかしら?」

 バカにしたように桜は笑った。ま、バカにされるのは仕方ないよな。実際にコイツがバカなのは僕も同意する。

 しかし、

「じゃあ、実際に見に来て下さい。12月20日、私達新生メトロ☆ぽっぷのライブを」

 自身満々に瞳は言うのだった。

 楽しそうに笑みを浮かべて――――。


と同時にライブの告知を知る僕だった。て、いやいや、ちょっと待て、僕はライブの予定なんか全く聞いていないぞ。

 しかも12月20日って後一週間後じゃないか!?


 そんな感じで僕のアニソンバンドの初ライブの日程は決まっていったのだった。



        ***



僕がライブの参加を知ってから初めてになるスタジオ練習。

この日は珍しく瞳は遅刻(ちこく)せずにスタジオに来ており、現在四人のバンドメンバー全員が(そろ)ったところだった。

 しかし、まだ練習は開始していない。練習を開始する前に、

「さて、待ちに待ったライブがいよいよ来週に(せま)ってますね」

 瞳が皆に向けて話を始めた。

 まるでずっと前から予定を立てていて、準備や練習を積み重ねた文化祭を楽しみにしているかのように言うが、実際ライブの参加を聞かされたのはつい昨日の話だ。いきなり過ぎる。

「さて、ここで少々問題が出てきたんですよ」

 予定していたプログラムが(くず)れたかのような言い方。しかし、恐らくコイツ(瞳)には全く予定とかいうものは存在していなさそうだ。行き当たりばったり。そんな感じの人生を過ごしてそうな気がする。

「で、問題って何なんだ」その問題とは何かを僕は問いかけた。

「ま、あまり気にすることは無いんですが、ぶっちゃけた話。まだうちら二曲しか練習してないでしょう。どうしましょうか?」

「…………」

 僕は言葉を失ったね。

 そうまだ僕らは二曲分の曲しか練習していない。用意出来てない。それなのにライブに出ようとしてたのか、こいつは。

 対バン形式は複数のバンドでライブをする形式なので一バンドの持ち時間は決して多いものではない。が、しかし、30分から40分程度の演奏時間は与えられている。

「いくら何でも2曲だけ演奏して、後はMCで繋ぐなんてことは出来ないよね」

 あははっと乾いた笑いをしながら永野さん。

「なんでそんな状態なのにライブの誘いを受けたんですか?」

 真っ当な(するど)い突っ込みを三ノ宮さんが入れてくれる。

 確かに――――。しっかり5、6曲くらい持ち曲を作ってからライブをすれば良かったというのにと思う…………。

「いや、それは話せば長くなるんだけど――――」


 トゥルルル、トゥルルル

「はい、一条です。――――。あ、こちらこそ、お世話になってます。――――。今、大丈夫ですよ。――――。え?ライブに空きが出来たから良かったら出て欲しい?いえ、大丈夫です!出ます!――――。いきなりで申し訳ないないっていえいえ全然大丈夫です!――――。はい、よろしくお願いします」

ピッ、

「ふー、よし」



「ていう感じだったんだけど」

 何故かいきなり回想を語り出した瞳。そして電話の会話で片方しか何言っているのか分からないので非常に分かりにくい回想だ。わざわざ回想シーン導入する必要も無いような気もする。

 しかも、別に話せば長くなるようなややこしい話は全く見当たらない。ただ、ライブの誘いに、勝手にそのまま参加の返事を返した瞳の会話でしかない。

 メンバーに断りを無しにライブの予定を作って、もし僕らの中で誰か出れないような人がいたらどうするつもりだったのかが気になる。

「まぁ、そんなわけだから仕方ないですよね」

 何故か同意を求めた感じにこちらを見てくる。今の話の中の何処に仕方ないで済まされるようなものがあっただろうか、いや何処にもない。

「しかし、参加が決まったものは仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないな」

「そうですよ。昨日、佐藤さんにもあんなこと言ってしまったんですし、後には簡単に引き下がれないですよね」

「何で、そこで僕の方を見てくる。桜にあんなことを言ったのは僕じゃなくてお前だろ」

「でも、佐藤さんには説明するより身を持って実感させた方が効果的だと思って、ああ言ったんですよ」

「――――…………」

 ま、僕のためを思っての言動だったのだろう。確かに桜は聞く耳を持たない様子なので、アニソンバンドとしての僕のあり方を示すのには実際にその目で見てくれた方が手っ取り早いのは確かだ。

「こうなった以上は佐藤さんが納得するようなライブをするしかないんです。もうつべこべ言ってる暇は無いです」

 こんなときだけ(まと)を射ていることを言う。

「何か、色々理由もあるみたいですね」と三ノ宮さんが会話に割り込む。

「それに、どうせ結局のところライブは辞退(じたい)なんてする気はないのでしょう?」

 三ノ宮さんは呆れたように言う。

 はあー、と大きな溜め息をつく。

「勿論ですよ」

 対して瞳はどこまでも純粋(じゅんすい)な笑顔を作ってみせる。真っ直ぐ、心は毅然(きぜん)としており最初から決められていたようだ。

「なら仕方ないですね」

 (あきら)めるしかないな。と、手のかかる子供と接するような三ノ宮さん。

「ふふっ、素直じゃないな、なっちゃんは」

「な、何を言ってるんですか」

「何だかんだ言ってなっちゃんもライブには出たかったでしょう?」

 ニヤニヤと笑う瞳と恥ずかしそうに顔を赤らめる三ノ宮さん。この二人は性格的にはかなり違うが相性はそれなりにいいのかもしれない。

「出るのにはボクも賛成(さんせい)だよ。ライブは楽しいからね」

 永野さんも同意を表明する。と、同時に、

「でも現時点で四人で演奏出来る楽曲は2曲でしょう。あと3曲くらいどうしようか?」

 問題をぶつけてくる。

 しかし、それに対して、瞳は僕に体を向ける。

「それは、浜登君次第ってことになるよね」

「どういうことだ?」

「今から一週間で残り三曲をゼロからスタートするのはいくらなんでも無理があるでしょう」

「ま、そりゃあそうだな」

「なら私達が三人の時からやってる楽曲を使うしかないでしょう」

と、言う瞳に対して、「まあ、それが一番無難(ぶなん)な案でしょうね」と三ノ宮さんも頷いた。

「そうしたら、後はベースの宮野さん次第ってことになりますね」

三ノ宮さんもこちらに顔を向ける。

「おい…………まじか…………」

 一週間で全く未練習の曲を3曲やってくることは決して簡単なものではない。

 むしろかなり大変だ。

 やる曲はもちろんアニソンだ。僕は未練習の前にたぶん今からやる曲の原曲を一度も聴いたことすら ないだろう。

 しかし、

「浜登君、残り一週間も時間は無いけど三曲仕上げて下さい」

 真剣な目で瞳はこちらに要求した。

 要求(ようきゅう)された。

 気づけば、永野さんも僕に目線を向けている。

 永野さん、三ノ宮さん、そして瞳は僕の返事を待っていた。

「他に何かいい案は無いのか?」

「ありませんね」

「でも一週間も残り無いのにか?」

「仕方ありませんよね」

「三曲練習して来いってか?」

「はい。そうです」

「―――――」

 僕は溜め息をついた。

「なら、仕方ないよな」

 静かに言う。

 そう、仕方ない。そもそもライブは(すで)に予約されている。今更キャンセルするとライブハウス側にも迷惑(めいわく)がかかる。

 僕が一週間で三曲を練習して演奏できるように仕上げてしまえばいいだけの話だ。

 なら話は簡単なこと。話は簡単だけどもやるのには少しばかし苦労するってだけのこと。

 それだけのこと。

「よし、ならライブやろうぜ」

 僕は言った。

 言い切った。

 瞬間、後には退けない。やけくそだ。

「ありがとう!浜登君!」

 瞳の顔が嬉しそうに緩んだ。

「やりましょう!」

 永野さんもまた笑顔で言った。

 三ノ宮さんは何も言わなかったが微笑でいる。

 凄く大変なことになったはずで、いつもの僕なら一週間で三曲も練習するのは面倒だ――と思ったことだろう。

 しかし、不思議とそうは思わない。

 むしろ逆。やってやろうか。そんな気持ちが芽生える。

「へへへっ、実は昨日セットリストを考えてきたんだ」

と、鞄から一枚の用紙を取り出した。

用意がいいことだ。最初からライブを辞退する気なんて考えていなかったということだろう。

 瞳は、「はい」、と三ノ宮さんに用紙を手渡す。三ノ宮さんはそれを受け取りざっと目を通して、

「うん――、残り三曲はこれでいいと思うし、曲順もこれで問題無いと思う」と了解する。

 続いて永野さんも、

「私も問題ないよー」

と、すぐに答える。

「よし、ならライブに向けて練習しようか!今日はまだ二曲しか合わせられないけどね」

僕らはライブに向けて練習を開始し始めた。



        ***



僕に課された課題は一週間でアニソンを三曲完成させることだった。実質、もう一日過ぎているので残りは6日。一曲、二日のペースで覚えないといけない。

 しかし、これは然程(さほど)凄い問題ではない。勿論ベース歴が浅いプレイヤーにとってみればキツイ課題であるかもしれないが、僕もそれなりにベースをやってきたものであるからこれくらいは出来る。

 なら何が問題かというと、弾ける、弾けないじゃなくて完成度の問題なのだ。

 一週間で三曲は恐らく練習すれば弾けるようにはなる。でもそれはただ弾けるというだけで内容が無い。内容の無い演奏なんて聴くのに耐えられない。少なくとも(バンドマン)の耳は誤魔化(ごまか)し切れない。

 大学のレポートでただ提出すればいいだけなら適当に余白を埋めてしまえばいい話だ。しかし、その適当に作ったレポートを見て採点する先生はどう思うだろうか?

 恐らく点数は伸びない。そんな感じだ。

 それはライブでも同じだ。ライブで楽曲をコピーするバンドに置いては完成度が重要になる。

 (なま)半端(はんぱ)な完成度で演奏されても客の心には響かない。より実の高い演奏が求められる。

 三曲をただ弾くだけなら簡単なこと。

 僕の本当の課題は一週間後までにどこまで煮詰(につ)めていけるかという点だ。


 現在もベースを片手に僕は練習している。

 アニソンは癖が強い曲が多い。それは次のライブで演奏する楽曲の殆どが電波ソングだからというのもあるだろう。

 リズムがとてもユニークなものだったり、ベースがメロディーラインを弾いたりする曲が多々存在する。

 しかし、ひたすらに。ただひたすらにベースを弾く。

 一日過ぎて、また一日が過ぎる。

 こんなにベースを触ったのは久々な気がする。

 ある程度上手くなったと自負(じふ)していたのであろう。いつからかあまりベースで基礎練習をすることが無くなった気がする。

 今思えば、ベースを始めたばかりの頃はどうだったのだろうか。

 毎日、時間の許すだけベースを持って、ひたすらベースを練習していた。


練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習、練習。

 

手に豆が出来て、それでもベースが弾きたくて仕方なく、豆が潰れ、それでもベースを弾いて――――。

それが何よりも楽しいと思えた。

 ベースを弾くことが楽しくて仕方なかった。

 それを思い出す。

 今、正に僕はそれだった。ベースを弾いていて楽しい時間を過ごしている。

 練習しることも楽しいが、何よりも楽しみにしているのはライブ。

 アニソンバンド、メトロ☆ぽっぷのライブ。

 楽しみだった。

 成功させたいという気持ちは強い。

 だから僕はベースを練習する手を止めない。

 「やってやろう――――」

 独り言を呟いた。

 思わず心の声が口になったのだろう。

 やってやろうか――――。うん――。

言葉を噛み締めた。

 やってやろう!



       ***



 ライブまでいよいよ後3日に迫っていた。

 この日はスタジオ練習が入っていた。

 流石にライブもかなり近いし、遅刻してくる奴はいまいと思ったが、結局全員が(そろ)ってスタジオ練習が開始されるのは30分ほど遅くなった。

「瞳、お前は何で毎回毎回遅刻するんだ」

 呆れてしまう。

「わ、私だって別に好きで遅刻してるわけじゃないんだもん」

「いや――だもんと言われてもな」

 反応に困る。

「大体なんでスタジオ練習を夜に入れるの?眠いですよ」

「仕方ないだろ。平日だから、朝には入れられないだろ」

今日は水曜日のスタジオ練習だった。故に練習は夕方以降となる。

「私は朝でも構わないです!」

「――――……いや、普通に考えて駄目だから」

 学校に行けよ。と、ツッコム。

「宮野さん、瞳が遅刻するのは日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)ですから」と、口を挟んだのは三ノ宮さん。

「この娘は私がなんど言っても治らないんですよ」

「うぅ、でもなっちゃん、私もちゃんと悪いとは思ってるんだよ」

「「なら、遅刻するな!」」

 僕と三ノ宮さんの声がハモった。

「うぅ――――」

 瞳は小動物のように項垂(うなだ)れる。

「とにかく、時間もあまり無いから練習を始めましょうか」

 そんな感じで練習に移る。

「宮野さんはもう一通り曲は通せるようになりました?」

「まあ、大体はな」

「なら一回セットリスト通りに通しましょう」

「了解」

もう後三日しか残って無い。

時間が無い。

しかし、焦りは然程無い。ただ、ひたすら楽しみに三日後を待ち望んでいた。



      ***



ついにライブ当日となる。

一週間という月日が短いようで長いようでやっぱり短いように感じる。

 ま、ただボーッと過ごす一週間に比べたら確実に充実した一週間を過ごしただろうと断言出来る。

 しかし、その充実した一週間の内容がアニソン聴いて、ベース弾いて、アニソン聴いて、ベース弾いて、アニソン聴いて、ベース弾いて、アニソン聴いて、ベース弾いて――――の繰り返しだというのは如何なものかと思うが。

 だけども、この一週間で課題はなんとかクリア出来た。なんとか間に合わせることが出来たと言った方がいいかもしれない。間に合わせた。間に合った。

 今日、僕らが演奏するのは全部で5曲。

 勿論5曲ともアニソン(らしい)。ま、アニソンバンドだから当たり前なのだろうが、5曲もアニソンを弾くのかと思うとやっぱり変な感じもする。

 ま、とにかく今日はライブ。

 そろそろ起きてライブ会場に向かおうかと思う。


 ライブ会場に着いた時間は到着の予定よりも30分ほど早く着いてしまった。

楽屋にはまだ誰もいないだろうな……。そう思って楽屋まで向かった。

 しかし、予想外に先客は存在していた。

 しかも、何やら予期せぬ嫌な感じが(ただよ)っていた。

「アニソンを馬鹿にしないで!!」

僕が楽屋の中へ入ろうとしていた時、中から大声が鳴り(ひび)いた。それは瞳の声であるとすぐに気付く。

「な、なんだっ?」

 急いでドアノブに手をかけて中へと入る。

 中に入ると血相を変えた表情の瞳と見覚えの無い男性が二人いて対立するように向かいあっていた。これだけ見ても何が起こっているののかが分からない。

「お、おい!瞳、何やってるんだ?」

 急いで僕は瞳に()け寄る。

 瞳はこちらを見向きもせずに向かい合った男を(にら)み歯を食い(しば)っている。

 怒っている?

 瞳は凄く苛立(いらだ)っていた。今まで見せることの無いような喧騒(けんそう)の顔。

「なんだ?お前もこいつと同じアニソンバンドのメンバーか?」

 男は僕を観て鼻で笑ってそう言った。

「そうだけど……」

 僕は質問された問いに答える。

「ならお前もオタクって奴なのか?子供が観るようなアニメを観て楽しんでいるって奴なのか?」

何だ。こいつは。そう思った。

人を小馬鹿にしたような言い方。いきなり見ず知らずの奴にこんなことを言われたら非常に不愉快(ふゆかい)になる。

「子供が観るようなアニメですって、馬鹿にしないで!」

 対して瞳が食い縛っていた口を開き大声をあげた。凄く怒っているのが分かる。普段の能天気(のうてんき)な瞳の物言いとは打って変わっている。

「アニメにはね。子供、大人……老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)なんて関係無いのよ!」

「そう思ってるのはお前たちオタクだけだぜ。所詮オタクなんて世間ではハブられてるような存在だよ。よくそんな奴らがライブでステージの上に立とうなんて思うよな。悲しい趣味を人前で暴露(ばくろ)するのがそんなにいいのかね……まるで恥女だ」

男の口から出た物はアニソンに対する暴言だった。

酷い。この男はアニメを馬鹿にしきっている。そして、アニメ好きの人間を馬鹿にしている。

 なるほど――――これは瞳が怒るはずだ。

怒らずにはいられないだろう。

 アニメのことを馬鹿にされてアニメ大好きのコイツが普通でいられるはずがない。正直、瞳でなくアニメの知識にまだ(とぼ)しい僕ですらこの態度には苛々(いらいら)してくる。

「悲しい趣味ですって!?」

 更に歯を食い縛って、握り(こぶし)を作る瞳。

 これはやばい……。喧嘩(けんか)沙汰(ざた)にするのは非常にやばい。

「おい、瞳止めろ!!」

 僕は瞳の肩を押さえて動きを止める。

「放して!!退いて!!」

 腕の中で勢い良く暴れ始める瞳。その様子を馬鹿にするように男は微笑して眺めている。

 クソッ、こいつは……。

僕は男の顔を睨みつけた。

「ふん、アニソンバンドなんてどうせヘロヘロと薄っぺらい演奏しか出来ないんだろうな」

 更に挑発して瞳を(あお)ってくる。

 ああもう!こいつは何がしたいんだ。苛々する。非常に不愉快だ。

「そんなこと無い!!」

 瞳が僕の腕の中で暴れながら反論する。

「浜登君!いいから放して!何もしないから!」

「嘘つけお前を今放したら殴りかかるだろ!」

「そりゃ、殴るわよ!コイツを殴らないと気がすまないわ。殴り殺さないと」

 いやいや……コイツも言ってることが滅茶苦茶だ。相当頭に血が(のぼ)っているみたいだ。

「殴るのか?別に殴るなら殴りなよ」

と、男。

「でも――」

 男は目線を(とびら)に移す。

 扉が開き中へ他の対バンの人たちがやって来ていた。

「人前で殴ったら騒動(そうどう)になるぜ。せっかくの楽しいライブが一人のアホな行動で台無しだ」

 そう言い笑う。凄く不愉快に。

「瞳…………今は(おさ)えるんだ」

他の人たちにこの様子を見られるのはやばい。危険だ。折角のライブがそれこそ台無しになってしまう。

「うっ…………!」

 瞳は(くや)しそうに拳を収める。

「ふっ、今日のライブも楽しみだな。よろしくお願いしますね。対バンの皆さん」

 嫌みのような言い方だ。

男はそう言って僕らの目の前から後にした。僕はその男をじっと睨みつけたまま瞳と共にその場に立ちつくした。それと同時に他のバンドマン達が僕たちの元へとやって来て、

「おつかれさまです」

そう他の対バンのバンドマン達が言うのに対して、弱弱(よわよわ)しくも「おつかれさまです」と返す瞳の姿が凄く痛々(いたいた)しくてしょうがなかった。


 その後、ライブハウスの外の裏側でうずくまっている瞳を見つけた。

「瞳……」

 最初は泣いているかのように思って声をかけるのに戸惑(とまど)ったがとにかく声をかけてみることにした。

「あ…………浜登君……」

 振り返ってこちらを見る。どうやら泣いている様子では無かったが今にも泣きそうなほどに顔が(ゆが)んでいる。いつもニコニコしている彼女にもこんな表情があるのかと場違いであるが一瞬ドキッとしてしまう。

「お前が他人とあそこまで言い争いになるなんてビックリしたぞ。やっぱりアニメのことを悪く言われるのは嫌なのか」

 しかし、瞳はそれに対して首を振った。

「違うよ。アニメの悪口を言う人なんて慣れてるから……今じゃオタクをアンチする人も多いし……それで怒ったわけじゃないよ」

「そうなのか?」

 なら何故にあそこまで喧嘩(けんか)になるほど怒ってたんだ。

「だってあの人、バンドの悪口言ってたでしょう……アニソンバンドなんて(くず)だみたいに…………。それが許せなかったんだ。私だけならまだいいけどなっちゃんや四季ちゃん…………浜登君のことを馬鹿にしてるのは許せないよ。私のバンドメンバーは下手くそじゃない。上手だし、私が歌いやすいように演奏してくれるのに…………」

「お前…………」

この娘が怒った理由は全てはバンドのため。アニソンバンドの悪口。

「それに浜登君が加入して私達の新たな第一歩のライブなのにやる前からあんなことを言われて腹が立つじゃんか」

 この娘の事を再認識し直さないといけない。

 この娘は馬鹿なことを言ってアホに見えるかもしれないけど凄くいい娘なのだ。

バンドのことを凄く大切に思っているのだろう。

「それにあの人、前に一度会ったことがあるんです」

「そうなのか?」

「うん。まだ私達が結成して間もない頃ね。ファーストライブの時の対バンにあの人がいたの。あの人は楽屋でずっと私達のことを嫌らしい目で見てきてセクハラ発言ばっかりしてきて…………それは別にいいんだけどアニソンやアニメのことを前にも小馬鹿にして…………許せなかった」

「だからさっきみたいな口論になってたわけか」

「うん――許せないよ。凄く許せなかった」

 瞳は悔しそうに唇を噛んだ。噛み締めている。小さな唇を自らの歯で食いちぎりそうに力強く噛み締めていた。

「ね、浜登君、アニソンバンドって一般人から観たらどう思うのかな?」

「一般人?」

「オタクじゃなくて普通の人達からしたらってこと。浜登君は元々っていうかついこの前まではアニメも何も知らないし、アニソンも何も知らない感じの一般人だったでしょう?」

 そう瞳は僕に答えを求めるが、

正直な話、以前の僕はアニソンバンドのことはあまりよく思っていなかった。「アニソンなんて」という気持ちが強かった。それを今の瞳に正直に話すことはできない。

今の瞳は凄く弱っているみたいだった。そんな瞳にそんなことを僕は言えない。

「やっぱり気持ち悪いとか思ったりしてた?」

「――――」

僕は無言だった。答えられない。

しかし、胸はどきっとする。もしかしたらそう思っていたのかもしれないと答えている。

「ねえ、浜登君――」

 無言の僕に瞳は更に話を続ける。

「浜登君は私たちとはまだ違います。だから、もし嫌なら辞めてもいいんだよ」

 唐突だった。最初、何を言っているのか分からなかった。

「辞めるって何を?」

「だから―――」

いったん瞳は言葉を止めて、

「メトロ☆ぽっぷをだよ」

そう言った。そう言いやがった。

一瞬、僕の中の時が止まった。

何を言われたのか分からなくなった。

そして、

「お前何を言ってるんだよ!」

怒鳴(どな)った。怒鳴り上げた。自分でも驚くほどの声で。話が急過ぎる。意味が分からなかった。

話がいきなり過ぎだった。

辞める?

なんで、瞳が僕にアニソンバンドから辞めてもいいよなんて台詞を言うんだろうか?

訳分からない。

それに対して、瞳は静かな声で答える。

「浜登君は知らないんだよ。オタクの存在は世間体(せけんてい)では良く思われていないってことを。アニソンバンドをやってたらまたさっきの人みたいに馬鹿にされることもあるんだよ。さっきは一人からだったからまだ良いけど次は大勢かもしれない。沢山の人に色々言われるかもしれないんだよ」

 は?どういうことだよ。意味が分からない。いきなりどうしてそんなことを言うのか――僕には理解できない。

「ふざけるなよ!」

僕はまたも怒鳴った。

「いい加減にしろ!いつものお前らしくないぞ!」

瞳らしくない。こんなネガティブなことを言うなんて瞳らしくない。僕の知っている瞳と言う女性は明るくて堂々としていて、いつも凛とした声で話す少女だ。

確かにさっきアニソンを馬鹿にされたばかりで気分が落ち着かないのは分かるが、少し様子が可笑し過ぎた。いくらなんでも『もう辞めていいよ』なんて普段の瞳だったら口にしないだろう。

「ね――浜登君、私らしいって何?」

 少女の声は已然(いぜん)(くも)っている。力の無い声。僕は彼女のそんな声を知らない。こんな顔を知らない。

 今の彼女はとても弱弱しい。

「浜登君には分からないよ。だって浜登君は違うでしょう?」

「何が違うっていうんだよ!僕は僕の意志でこのバンドに入ったんだ。それを快く迎えてくれたのはお前だろう?僕も列記としたアニソンバンドの一員のはずだ!」

 僕は大声で言う。

 そして、瞳もまた、

「違う!オタクは罵倒(ばとう)されるんだよ。クラスの皆から、罵倒されて、オタクは学校来るなって言われて、嫌われて――――だから浜登君はそうなっちゃいけないの!」

 そう声で言った。

 その言葉で僕の心が締め付けられた。凄く強く締め付けられた。

学校―――学校というキーワード。

「瞳……お前―――――――――」

 そうか、と納得した。

瞳が制服姿で平日に良く見かけるのも納得がいった。

瞳は学校に行かないのでは無くて行けないのだ。理由は詳しくは分からないけどオタクだということで色々あったのだろう。いじめを受けているのかもしれない。

だから、瞳は恐れている。自分がじゃなくて僕のことで―――。一緒にいたら僕もオタク扱いされて自分のように酷いことを言われるんじゃないのかって恐れているのだ。

自分がそうだったように僕がそうならないようにと――――。故に苛々した。

「馬鹿野郎――お前は大馬鹿野郎だ!」

 なんでそんなことを黙っていたのか。今まで秘密にしてきたのか。

 あのいつもの笑顔の裏にあるものを隠してきたのか。

 それを隠していた瞳に怒った。

 それを知らなかった僕に怒った。

「でも―――」

「でもじゃない!いつもみたいに『私、野郎じゃないよ、女だから』くらいの惚けた発言しやがれ!僕はな、別に嫌でアニソンバンドやってる訳じゃない。嫌々バンドしているわけじゃない!好きでアニソンバンドやってるんだ!まだ一カ月そこらしかたって無いから勿論まだ何もオタクの情勢(じょうせい)とかアニメのこととか、アニソンのことだって知らないけどなどな―――」

 だけど――――。

「僕はもうメトロ☆ぽっぷのメンバーなんだよ!だから辞めない!アニソンバンドっていう肩書を背負ってライブするくらいの覚悟は最初からできてるんだ!舐めるな!」

 だからな、と続ける。

「あんな奴に負けるな」

 気が利かないなと思った。こんなときに僕は気の利いた台詞の一つも言えない。

本当に馬鹿だと自分で思う。

けど、これは伝えないといけない。

「お前はあんな奴らに負けちゃいけない。アニソンを馬鹿にするような奴らに負けちゃいけない」

 それでも僕の思っている気持ちをとにかく伝える。

オタクを馬鹿にされようと、アニメを馬鹿にされようと、バンドを馬鹿にされようと、それでも負けてはいけない。自分を信じる仲間を信じて、自分の信じる自分を信じろ。

「僕はアニメを見るのが可笑しなことだとは思わない。まだ、そんなにアニメも見たこと無いけど、この前見たマルマは正直言って面白かった。アニソンバンドをやることも他人に否定されるようなことじゃないと思う。オタクの趣味を持っていようとも馬鹿にされる事は無い。自分の趣味に誇りを持っていいと思う」

 自分でも何を言っているか分からない。しかし、僕は話を続ける。

「僕はアニソンは分からないけどこのアニソンバンドでの練習は凄く楽しいと思う。他のアニソンじゃなくてメトロ☆ぽっぷというアニソンバンドだから僕はこのバンドに入ったんだ。お前らと一緒に演奏がしたい」

 だから―――、

 瞳!

「一緒にライブしようぜ」

 僕は瞳に言う。

「――――――――」

 瞳の反応を待つ。

 彼女は何も言い返してはこなかった。ただ、

瞳はただ頷いた。しかし、その頷きは力強いものだ。

もうその眼差(まなざ)しは死んでいない。

 碧眼はもう迷ってはいない。生き返って来た。

彼女はもう大丈夫。そう思った。



        ***



リハーサルも終了して後は出番を待つのみとなった。ちなみに今回のライブはトリを務める。対バン数は5バンドで僕らの演奏は一番最後。演奏まではまだ時間があった。

途中、楽屋内で、あの瞳に暴言(ぼうげん)を吐いた奴と何度か目があった。その度に向こうは馬鹿にしたようにこちらを笑ったが僕としてはもう何も関係ない。ただ、いちいちやり方がガキだなと思った。

きっと瞳はもう大丈夫だ。もしまた何か言われてもきっと動じないはずだ。

そんなことよりも、それとは別に、僕の体が変な感じがした。体に負荷(ふか)かいを感じる。

 あれ…………おかしい。

 体が震えている。手が震え、足がまともに立ち上がらない。

緊張しているのだろうか?これは緊張なのだろうか?ライブってこんなに緊張するものだったのか?

 ライブ前にこんなに緊張するなんていつ以来だろう。というかこんなんでベース弾けるのか?

 不安になる。

焦る。せっかくの――僕にとってのメトロ☆ぽっぷでのファーストライブなんだ。失敗は許されない。

「浜登君?」

 そんな僕の名を呼びかける少女の声がする。

 彼女の方に体を向ける。

「瞳か」

「浜登君、さっきはごめんね」

「いや別にいいんだ。――その様子じゃあ、もう大丈夫みたいだな」

僕が知っている瞳の姿がそこにはあった。瞳はいつもの明るい眼差しで僕を見て、

「うん。私はもう大丈夫だよ」

そう言う。

「そっか」

「でも、あれ?私はもういいけど――もしかして浜登君、緊張してるの?」

 と僕の様子を見て、僕が緊張していることを(さと)った。

どうやら他人が気付いてしまうほどに僕は緊張しているのだろうか。

「ん……ああ、そうかも知れない」

「そうかもしれないって、曖昧(あいまい)な答えだね」

 曖昧。曖昧な答えしかできない。何故なら僕にもよく分からないからだ。

「でも意外だね。浜登君って緊張しないタイプだと思ってたから。前にライブで見たときは全く緊張している風には見えなかったし」

「そうだろうな……」

 最近はライブ前に緊張するなんてこと滅多(めった)に無かった。

 ライブをするのに慣れてしまっていたからだと思っていたけど、どうやら違うようだ。今、僕は(まぎ)れもなく緊張している。ライブ前に緊張するなんて馬鹿みたいだ。

 しかし、

「でも緊張して良かったね」

 彼女から発せられた言葉は意外なものだった。

「良かった?」

「うん。良かったよ。前に浜登君のライブ見たとき、緊張は全くしてなくてスムーズに演奏出来ていたけど全く楽しそうじゃないんだもん。緊張してるってことはライブをそれだけ楽しみにしてるってことだよ」

「ライブを楽しみにしている…………」

「そうだよ!浜登君、楽しみにしてるでしょう?」

「…………」

――――。

そうか……。

 今思えば僕が中学一年の頃にもライブ前に緊張しまくっていたことがある。

その時は確か僕にとって生まれて初めてのライブだった。

 上手くやれるか不安で一杯だった。

 けど、同時に僕は初めてのライブで初めてのステージというのを楽しみにしていたんだ。

 始まる瞬間が待ち(どお)しくてだけど緊張でいっぱいで…………そんなライブだった。

 そんな忘れてはならない大切なことを僕は忘れてしまっていたのだ。

 ライブは常に新しい舞台なのに。今日のライブは今日しか出来ないものなのに。

 その日に出来る演奏は良くも悪くもその日にしか出来ない。だから僕らはその日に出来る限りの演奏をしなくっちゃいけないんだ。それがライブでそれが出来るのがステージに立つバンドマンだ。

 そっか――僕がこのバンドに引かれた理由は…………

「ははっ、そうだよな」

 僕は笑った。

「ん?あれ、どうしたのいきなり?私、変なこと言ったかな?」

「いいや、お前は凄いよ」

 僕はポンッと瞳の頭に手を置いた。

「な、何かな!?いきなり!?」

 瞳は急に頬を赤らめる。

「全く何やってるんですか?傍からみたらセクハラですよ」

「!?」

ビクッとする。僕は瞬時に瞳の頭から手を放した。

 いつの間にか、三ノ宮さんが僕らの元へ寄って来ていた。

「なっ、セクハラっ!そんなことしてないだろ!」

「十分セクハラに見えますよ。気を付けてください……じきに捕まりますよ」

「ははっ大丈夫だよ、なっちゃん。私は浜登君ならどんなセクハラプレイも許してあげちゃいますから」

「いや、ちょっと待て」

 セクハラプレイってなんだ?僕はそんなこと断じてしてないのに。

「こらこら、二人とも宮野さんも困ってるよ」

と、永野さんも笑いながら隣にやって来きて、メンバー四人が揃う。

「そうだね、からかうのもひとまずこれくらいにしておこうか」と瞳。

 ひとまずと言う言葉が引っかかるが、とにかく今はライブに集中したい。

「そういえば、お前たち、ライブの時はいつもそんな格好するのか?」

 僕は三人の少女たちの服装を指摘した。

 前回の時と同様に瞳がゴシック姿、三ノ宮さんが巫女、そして永野さんがナース服を着用している。

「今回本当はアニメのキャラのコスプレがしたかったんですけどライブが急な話だったから用意出来なかったんですよね」と瞳。

「今度は浜登君も衣装を()らして、四人でコスプレしてライブしましょうね!」

「あ、それいいね!宮野さんは男でもかなりスタイルいいから見栄えするよ!」

 と、永野さんも変な事を言い出した。

「ははっ―――なら次回な……」

 僕は適当な感じで愛想笑った。

「もうそろそろ時間ですね」

「ん、それじゃあ、そろそろメトロ☆ぽっぷ出撃しますか!」

 そう。いくらでも緊張していいのだ。

多少、失敗しても全く構わない。

ただ、ライブというものは楽しむものだ。ライブは楽しまないとライブでは無いのだ。

だから、このライブを全力で楽しもう。


        ***



そして、

僕にとってのアニソンバンド初ライブが開演する。

アニソンを全く聞かなかった一ヶ月前の自分がこうやってステージに立つなんて凄く意外だと思う。

 一ヶ月前の自分に言っても「冗談だろ?」と鼻で笑って信じないはずだ。

 いや、信じることは出来ないはずだ。

 僕にとってのアニソンバンドの始め方は異例だったのだと思う。

 アニソンが好きじゃなかった状態から興味(きょうみ)本意(ほんい)で足を踏み出して行った。普通ならアニソンを良く聴く人が勇気出してバンドをやろうとしアニソンバンドを始めるのがオーソドックスと言えるであろう。

 だから僕の場合は異端な話だ。

 アニメを見ないし、

 勿論アニソンも聴かない、

 オタクでも何でもない、

 ただのベーシスト。

 それがアニソンバンドをやるんだから可笑しな話である。

 でも、可笑しな話だけど僕は実際にアニソンバンドを始めた。

 切掛けになったのは一つのバンド。

 今僕が所属する一つのバンドの演奏。それに魅せられたからだ。

 彼女らの演奏を観てから思ったんだ。

 アニソンというものを知りたいと。

 アニソンというものをやりたいと。

 だから僕はアニソンバンドを始めた。特に大きな理由は無い。ただやりたいと思ったから始めることにした。もしかすると、僕がベースをやる切掛けもこんな感じだったのかもしれない。

 ただやりたいと、ベースを弾いてみたいと――――そう思ったからやり始めたのかもしれない。今となっては分からないけど、たぶんそうだ。

 何かを始めるのに理由はある。始める理由はちゃんとあったんだ。

 だけど日がたつにつれてその理由は(うす)れていく。いつの間にか目的は元々なんだったのか忘れてしまうときがある。

 僕はベースを始めた時の切掛けを忘れていた。

 切掛けは確かに何となく家に置いてあったベースを触ったから――――だったのかもしれないが、僕が尚も――今までベースを続けてきたのには理由がちゃんと存在したのだ。

 理由――――それは、


 僕はベースを弾くことが何よりも好きだからだ。


今なら断言できる。曖昧な答えでは無く。

 そんな単純なことに気付かないでいたなんて僕はどれだけ馬鹿なんだろう。瞳に馬鹿と言っておきながら 僕はもっと馬鹿だった。大馬鹿野郎だ。

 僕は――――、

スタジオで練習することが好き。

 ベースを弾くことが好き。

 ライブをすることが好き。

 バンドをすることが好き。

 皆で演奏することが大好き。

 彼女たちとアニソンバンドをする中で大切なことに気付くことができた。楽しそうにライブをする彼女たちに()かれて、明るくスタジオで一緒に練習してきて、そうやって気付いたんだ。

 そして、今から同じステージで彼女たちと初ライブをする。

 緊張する。

 ステージに立ってから幕が上がるまでの時間が長い。まだ幕は上がらない。

 鼓動は少しずつ速くなる。緊張が強まっているのか?

 いや、そうじゃない。

 これは興奮が強くなっている鼓動だ。少しずつ少しずつ、時間が過ぎる度に僕のわくわくは強まっている。

 早くライブがしたい。そう体が言っているかのようだった。


 そして――――、


 幕があがった。


 ドクンっと心臓が波打つ。会場には沢山の観客。全ての目線がこちらへ向けられている。

 ドクンっ――――、

 静寂の時間が流れる。

 僕は後ろを振り返る。最後尾にはドラム、永野さんの姿。

 僕と永野さんの目線が会った。永野さんは明るい笑顔を作った。僕は無言で頷いた。

 体を横にずらすと三ノ宮さんと目が会った。三ノ宮さんもまた笑った。とても優しい笑顔。

 三ノ宮さんもこんな笑顔が出来るのかと驚く。ライブが終わった後に「あの時の笑顔、凄く可愛かったよ」とか言ったら多分この人は凄く怒るだろう。だけど、いったいどんな顔で怒るのかを知りたくなったから覚 悟の上で言ってみようかと思う。

 そして――――、

 瞳と目があった。

 瞳の目には力があった。しっかりとして揺るがない、凛とした目。

 こいつ、カッコイイな。

 本当にそう思った。

つい一時間前はボロボロで半泣きだった瞳の姿はもう無い。

 瞳はそのまま表情を変えずに僕から目線を外す。そして正面を向く。

 瞳に遅れて僕も同じように正面、観客へと体を戻した。


 さあ――――始めようか。


 カン、カン、カン、カン!


 ドラムのスティックが四回弾かれる。

 ギター、ベース、ドラムの三人がイントロを弾き始める。

 演奏が始まる。

 僕は指でベースの弦を弾く。ドラムのリズムに合わせるように正確に演奏をする。

 丁寧に丁寧に音を奏でる。リズムが狂わないように丁寧に。

 照明の灯りがやけに眩しい。ステージに立つ僕らだけがスポットライトに当てられている。

観客席はこちらから見ると薄暗い。見た感じまたもあの異様な振り付けで踊っているものたちが目に映る。

 隣では瞳が歌を歌っている。

 綺麗(きれい)な歌声。しかし、しっかりとしていて力強い。

 (りん)とした歌声。

 僕も負けじとベースを(かな)でる。弦を弾く指につい力が余計に入ってしまう。

 普段ならもっと冷静に演奏するところだろうが仕方ない。

 本当に仕方ない。

 こんなに楽しいライブをもっと楽しまないでどうする!

 僕はあるがままにベースを弾いた。

 全身でライブを楽しむように音楽に身を(ゆだ)ねながら演奏をする。

 ははっ、

 僕は笑った。

 このバンドをやって良かったと――――。

 僕はまだまだ上手くなれる気がする。成長できる。

 アニソンバンドを始めた切掛けでもっと上手くなれる気がする。

 アニソンってスゴいな。

 聴いたものを(とりこ)にする魔性の音楽とはよくいったものだ。中毒性(ちゅうどくせい)が半端でない。

 昔の僕に言ってやりたい、アニソンバンドって凄いんだぜ。

 馬鹿にするなよ。アニソンバンドはたいしたものだよ。

 手始めに教えてやろう、



 アニソンバンドの始め方は――――――――、



***



『タクティクス』  魔法執事マルマOP


主の為ならどんなことでもやれる気がする

無限大に広がる魔法はあなたの心が欲しい


執事の力を見せてやれ

偉大な魔法を見せてやれ

朝から晩まで主の為に貫くこの精神に

あらゆるところで全力パワーでエスコート


ファイナルファンタスティックファンタジー

私と主と魔法をこの戦略で

執事とあなたと魔力をこの戦術で

急接近!


あなたの為なら何処へでも行ける気がする

照れ笑いしてはにかむあなたの顔がみたい


料理の腕を魅せてやれ

掃除のコツを魅せてやれ

春から冬まであなたの為に働くこの身に

あらゆるところで全力パワーでアドバイス


ファイナルファンタスティックファンタジー

私と主と魔法をこの戦略で

執事とあなたと魔力をこの戦術で

急接近!



変な歌詞だ。

全くもってふざけている。

でも、そんな馬鹿みたいな歌詞でも口ずさんで見ると妙に気持ちも良くなる。

これもアニソンの魔力。



        ***



ライブ会場から出ると桜の姿があった。

「桜」

 僕は彼女の名前を呼ぶ。

「おつかれさま、浜登」

 彼女はこちらを向いて優しくそう言った。

 今日はとても落ち着いている様子である。

「ああ。わざわざ見に来てくれてサンキューな」

「見に来なかったら戦わずして負けたようなものじゃんか。そんなことしないよ」

「戦うって何と戦ってるんだよ」

「勿論、アニソンバンドと私達のモニュメントがだよ。浜登にとって相応(ふさわ)しいバンドがどっちなのかって勝負」

 そう言った後に桜は(さび)しそうな顔を見せる。

「でも、駄目だな。――――今日は完敗だよ」

「完敗って――――」

「完敗は完敗。だって浜登があんなに楽しそうにライブに出るんだもの……あり得ないものみちゃった感じだよ」

「僕が楽しそうにライブするとありえないのか?」

 まるで僕が無愛想な人みたいじゃないか。

「だって浜登って、今までライブで笑わなかったし」

「そうだったか?」

「そうだったよ!」

 力強く念を押された。

「全く浜登の無自覚もいい加減にしないと駄目だと思うよ」

 無自覚って……別に僕は自分のことくらいしっかりと自覚してるが。

「はぁ――――自分が無自覚のことすら自覚してないみたいだからね、浜登は――――」

 桜は溜め息をついた。吐いた息は白い。

「でも今日のアニソンバンドのライブ良かったよ。凄くね」

「ああ、ありがとう」

 素直に嬉しい。

 最近は自分の納得がいかないライブで『よかった』と言われて逆にイライラしていたが、今回のライブでの『よかった』は素直に嬉しい。

「ね、浜登、まだアニソンバンド続けるんでしょう?」

「ああ、今のところはまだアニソンバンドもやっていくつもりだよ。て、言っても勿論モニュメントでの練習も手を抜くつもりは無いから安心してくれ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ、まだアニソンバンド続けるならまだ勝負出来るからね。浜登が本当に相応しいバンドはどちらか――――勝負はまだ終わってないよ!」

 桜は元気良く言う。

「でもな桜。僕にとって相応しいバンドを比べるなんて意味の無いことだと思うよ」

 僕がそう言うと桜は「何で?」ときょとんとした顔をする。

 ふっ、とそんな桜の様子を見て、微笑して、

「僕にとってモニュメントもメトロ☆ぽっぷも同じくらい大切なバンドなんだ。どちらも僕というベーシストにとってかけがえのないものだと思うよ」

「――――」

桜は(しばら)くの間無言だった。そして、

「――――ズルいや。私の完敗のままでこの勝負終わらせてしまうなんてズルい。でもね。浜登!私の勝負はバンドだけじゃないのよ。浜登は誰にも渡さないんだから!」

 そう言って桜は僕から背を向けた。僕には彼女の言っていることの意味はいまいち分からなかったが、彼女のやる気はしっかりと確認することができた。

「桜?」

「もう帰る」

「送って行こうか?」

「打ち上げとかあるんでしょう。いいよ。またね」

 そう言って桜は歩き出していた。

 何なのだろうか?

 自棄に張り切った様子で桜は歩いていく。

 僕はその様子を暫く見つめることにした。

 外は寒い。この冬一番の冷え込みかもしれない。


「おつかれさま」

僕の背後から声をかけて来たのは瞳だった。

「おう、おつかれさま」

「楽しかったね」

「ああ、久しぶりだったよ、こんなライブは」

「ふーん、そうなんだ」

 いつもの笑みで彼女は言った。

「そういえば気になってたことがあるんだけど」

「なんですか?」

「この前もそうだったけど、ライブの最前列の人達が何かよく分からない踊りをしてたじゃんか。あれって何なの?」

 前回のライブに続いて、今回のライブでも観客席で怪しげな動きを見せる集団が存在していた。あれの意味が分からない。

「ああ、オタ芸のことですか」

「おたげい?」

 また聞き慣れない言葉だ。

「オタクがコンサートなどで行うパフォーマンスみたいなものですよ。アニソンバンドのライブでは結構オタ芸をうつ人が多いですね」

「ああ、なるほどオタクの芸って訳か。でもオタ芸をうつって何だ?オタ芸を披露(ひろう)するじゃなくて何で今うつって言ったんだ?」

「オタ芸はうつものなんですよ。披露するものじゃないんです」

 よく分からん。

「せっかくアニソンバンドに馴染(なじ)めてきたかと思ったがまだまだよく分からんことばかりだ」

 どうやらアニソンってまだまだ奥が深いようだ。

「ふふっ、浜登君が覚えたアニソンの知識なんてまだまだほーんの一部に過ぎないですよ。そんなにアニソンは甘くありません」

 そのようだ。

「あ、そうだ!ライブ前に私に(から)んできた人いたじゃないですか!」

「ああ、あの()()かない野郎ね」

「あの人、演奏が終わった後に私と目があったんですよ。でも、おろおろした様子で逃げ出すように帰って行ったんです」

楽しそうに瞳は話す。

そう言えばライブが終わった後の楽屋で姿を見なかった気もする。僕らの演奏をあれだけ(けな)した言い方をしていたからな。僕らの今回のライブを見て何も言えなくなってしまったのだろう。それぐらいに僕らの今回の演奏は凄かった。自分で自分を誇れるくらいに。

「私、浜登君に言われたとおり負けません。だから学校にも行くことにします。四季ぽんも同じ学校だし、もう大丈夫です」

「そうか」

 僕もまた、しばらくこの環境の中で身を置くことだろう。アニソンバンドというまだまだ未知の領域へ。だから 納得が行くまで続けよう。

 もしかしたら十年、二十年と続くかもしれない。それでも僕はベースを弾こうと思う。

 この瞬間、瞬間の楽しさを噛み締めながら、

「浜登君」

「ん?」


「ようこそアニソンバンドへ」


 瞳は(あお)く、凛とした声をあげる。


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