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七夕一人企画

星に願いを・2013

作者: 檀敬

 七月七日にSF短編を欠かさず書くという『七夕一人企画』を毎年行っていて、今年も「星に願いを・2013」をお送りします。七夕にちなんだ「織姫と彦星の物語」になぞらえたSFをご堪能くださいませ。【七夕一人企画・2013】

 もちろん、現在進行中の企画である【SF一人祭・2013】の第三弾でもあります。

 はっと気が付くように、僕の「意識」が覚醒した。

 光発電素子に何処かの恒星からの光を受け、その光量が発電可能下限を上回ったようだ。記録データを見ると、今から二十時間くらい前に発電を開始したらしい。DHMOバッテリーに充電が開始されたのは十八時間前のようで、何度かの電源投入ルーチンとブートストラップによってようやくコアカーネルが立ち上がったのが三時間前ということになる。そして今、やっと「僕」が目覚めたという訳だ。

 DHMOバッテリに蓄電された量はまだまだ足りないので、全ての機能を充分に稼働させるまでには至っていない。恒星からの光が弱過ぎるからだ。光発電素子の発電量を示すレベルゲージはフル発電時に比べると僅か三パーセント。DHMOバッテリをフル充電させようと思うと、たっぷり三十七時間程度は掛かるだろう。それでも低電圧で動作するシリコン素子の可視光カメラを起動し、スタートラッカ(コンステレーションマップ(星座表)による自立星同定機能)でおおよその座標を確認した。それによると、星座や恒星の位置のズレから推定して前回の再稼働終了から七万時間が経過しているようだった。


 たぶん。

 今回もそうだろう。

 恐らくは。

 そうに違いない。

 前回と同じように。

 僕の全ての機能を再稼動させることはないだろう。

 残念なことではあるけれども。

 それはそれで。

 仕方のないことだ。


 僕は今現在、慣性飛行の状態だ。光速の四・六七パーセント、秒速一万四千キロメートル(時速に換算して約五千万キロメートル)のスピードで宇宙を突き進んでいる。これまでの過去もそうだったが、これから未来もその慣性飛行の状態が延々と続くだけ。この先に『加速』も『減速』も有り得ない。なぜなら、僕の「躯体」には推進に関わる装置が一切無いからだ。既に燃料タンクも無ければ、それを使って駆動するエンジンもない。それは発進プロセスの加速プログラムが全て終了した直後のことだった。燃料を使い果たしエンジンの機能が停止した途端に、何の警告もなくそれらを搭載した躯体部分が分離したのだ。

 しかもご丁寧なことに、それらの筺体部分に爆発する仕掛けが組み込んであって、その反動すらも用いて加速させようとする徹底ぶり。確かに微量ながらもその分は速度が上がったのだけれども、どう考えても気休めにしか思えなかった。ただ、今はその爆発から本体を守るために備え付けられていた爆発防御隔壁を前方に向けて、デブリやメテオロイドを防いでくれているので、あながち不満ばかりとは言い切れないのだが。


 現在の航宙速度は光速のおよそ五パーセントだ。

 僕が発進した「太陽系」と呼ばれる星系を例に挙げると、最外惑星公転軌道直径を六百時間(二十五日)程で通過してしまう。

 その時間内で光発電素子が有効に働く時間は、精々三十時間程しかない。

 この時間では僕の機能を全て起動させることは到底不可能だ。

 いつも眠気眼で恒星をチラ見するだけ。

 そして僕は再び眠りに就く。

 それがいつものことだ。


 そんな訳で、僕を載せた「躯体」だけが静かに航宙している。だが、その道筋はただひたすらに「真っ直ぐの一直線」であった。先程も述べたように、僕には加速も減速もない。それに加えて「軌道修正」という行為も出来ないし、それを行う能力もない。もちろん、僕の電子辞書にその言葉は記載されているし、その意味も充分に理解している。そう、そうなのだ。ご想像の通り、僕の躯体にはアポジモーターも備わっていないのだ。もっとも進行方向に対して垂直方向の右回りに十二RPM(五秒に一回)で自転しているために姿勢の乱れは少ないので、特に問題はないのだけれども。

 この軌道コースのことに関しては、そのことよりも驚異的な事実がある。今まで宇宙をひたすらに、直向きに、地道に、そして闇雲に飛んできたのだ。いくつかの星系を横断し、時には恒星とか惑星や小惑星に、あるいは大型のメテオロイドやデブリとスレスレに接近したことはあったけれども、衝突や接触は一切無かったという事実だ。これは「奇跡」と言えよう。もっともそうなっていたのなら、このようにこれから語ることも起きなかっただろうけれども。

 幸いにして僕の目的はどこかに辿り着くことではなく、ポワンカレ・ロープという机上の証明済みの予言に対する実証を兼ねた航宙実験機なので、目的の地はハッキリ言って「無い」のである。強いて目的地を挙げるとするならば、発進した太陽系、それも地球ということになる。だがしかし、そんなことよりもただ、ひたすらに、直向きに、地道に、そして闇雲に宇宙を飛ぶことだけが目的だと言い切った方が、素直で的確だと思われる。とにかくこれが宇宙を飛んでいる僕の事情なので、僕の進路は「真っ直ぐの一直線」だったし、これからもそうなのだ。


 だけれども。

 今回の再起動は少々様子が変だ。

 いつもとは何かが違う。

 発電量が徐々に増加している。

 それに伴う光発電素子の作動時間予測が長時間を示しているし。

 今回の星系はかなりデカイのかもしれない。

 特にその恒星のサイズが。

 太陽系を発進して以来のフル稼働となるのか。

 僕は「期待」などいう予想をしていたりする。

 AIのくせに。


 そうは言っても、僕自身の躯体は本当に一本の直線のように真っ直ぐな「軌跡」を描いている訳ではない。今まで通過してきた星系の重力が僕に多大なる影響を与えている。それは「スイングバイ(重力ターン)」だ。

 僕の軌道にとって、恒星あるいは惑星の近傍を通過することによる重力の影響は顕著に現れる。特に僕のような推進装置を持たない者にとってはそうだ。進入角度が小数点以下三桁目でさえも違っていると、即座に恒星や惑星に落下してしまうからだ。幸いなことにそれくらいの間近を通過したことはないのだけれど、それでも一直線だった僕の軌道が曲率は浅く低いながらも充分に湾曲してきた。お蔭で当初のコースからはずい分と掛け離れてしまったのだ。

 それに加えて、スイングバイにはもう一つの効能がある。それは重力加速だ。恒星や惑星の自転方向に沿ったスイングバイの場合、微量ながら恒星や惑星の自転速度や公転速度を僕の進行速度へと添加されるのだ。お蔭で発進時の計画スピードよりも二割アップである光速の五パーセント近くまで増速することが出来た。もっとも、これはプラス・マイナスのトータルでの話だ。当然のことながら、加速ばかりではなく減速もある。恒星や惑星の自転方向とは逆の軌道へと進んでしまった場合には、僕の進行速度は減殺されてしまうのだ。こうして減速スイングバイになった場合も数多く経験してきたのだ。


 それにしても何かがおかしい。

 確かに「光波」は大量に降り注いでくる。光量だけで言えばマイナス等級並みの恒星であることは間違いないだろう。現在のこの宇宙には非常に数が少ないけれど、主系列星のO型やB型であっても不思議ではない。光の性質が多少コヒーレントな傾向であることが気にはなっているのだが。

 しかしながら、主系列星のO型やB型であるとするならば、光に伴う恒星からの「熱」が届いても不思議ではない。このクラスの恒星になると表面温度が一万ケルビンから五万ケルビンに達する。それにも係わらず、赤外線分光器で観測される現在の熱量は太陽系の火星辺りの量にも達していないのだ。


 この光量にしてこの熱量。

 アンバランス過ぎる。

 不可解だ。

 謎は深まるばかりだ。


 DHMOバッテリの蓄電率は七十六パーセントに達した。そのお蔭で、ハッシュによるチェックを終えて稼動状態に入った搭載機器の数は、七割を超えた。

 久しぶりだ。手足が自由に伸ばせる感じである。

 いつもなら精々低利得のアンテナを使うくらいで精一杯だったのに、高利得のワイドバンドフラットパネルアンテナがバリバリに使える。だからと言ってどうするのかというと、特に使うこともない。精々、何者かに向けて電波を発信するか、何者かの電波を受信するか、そのどちらかしか出来ない機器なのだから。しかし、今回はこれが一番仕事をしてくれるとは、僕自身は考えも及ばなかったのだが。

 赤外線カメラも紫外線イメージャや分光装置も使える。核種別放射線測定装置もプラズマイメージャも素粒子検出装置もビシバシに使用可能だ。どんな恒星の近傍を通るのか、どんな惑星の近くを通過するのか、手に取るように分かる、解る、判る。しかし、これらの情報を得たところでそれをどうするのだ?と訊かれても、どうすることも出来ないし、どうすることもない。僕には、それらのことを誰かに報告する義務もその必要性も元々持ち合わせていないのだから。


 気晴らしの観測。

 暇潰しの測定。

 それでも楽しい。

 せっかく、観測する機器を積んでいるのだから。

 特に今回は全ての観測装置を使える状況なので、尚更に楽しくて仕方がない。

 けれども、実際にはそんな悠長なことを言っていられないかもしれない。この恒星系はちょっとおかしい。いやいや、ちょっとどころではないのかもしれない。

 僕の論理回路とアルゴリズムプログラムから逸脱する観測データしか検出されないのだから。もっとも、僕の持ち合わせている理論やデータが古いという可能性もある。それとも僕を製作した人間達が到達し得なかった知識や現象に、今の僕は遭遇しているのかもしれない。

 どちらにしろ、判断材料が少な過ぎる。今はまだ手探りの段階だ。もう少し観測を続けよう。


 発電反応が再開してから六十時間が過ぎた。

 光発電素子の発電量を示すレベルゲージは現在百パーセント、発電量はマックスの状態でフル稼働している。DHMOバッテリの蓄電率は九十六パーセントとなり、過充電を防ぐために電力を全ての機器へと送り込み、観測機器を含めた全てのバス系を稼動させている。それでも余剰電力が生じるので、光発電素子の効率を落さなければならなかった。

 相変わらず強い光が届く。近づくにつれて指数関数的に光の量と強さが増していく。そのくせ、熱量や重力偏移を今だに全く観測出来ない有様だった。


 やはりおかしい。


 僕は、持てる限りの論理回路とアルゴリズムプログラムを駆使して、ある予想の可能性を導き出した。この現象は超自然的いや非自然的、もっと言うならば人為的な現象ではないのかという予想だった。そこで、余剰電力を利用してフラットパネルアンテナから最大出力で、ある種のデータをその恒星、いやその光源に向けて送信してみることにしたのだ。最初のデータ送信は、僕の識別信号のみだ。それをフィボナッチ級数的に繰り返した識別信号を級数十三の「一四四」までとして送信した。

 もちろん、光源と思われる地点までは少々距離がある。光源までの暫定距離は既に算出していて、およそ一時間でこちらの電磁波が届くはずだ。もし運良く返信があるとするならば、二時間も待たなくていいだろう。何かの反応があるといいのだが。


 一時間三十四分後、予想よりもかなり早く返信が届いた。その内容は驚くべきもので、僕が送信したままの「鸚鵡おうむ返し」であった。僕はキッチリと分析をした。フェイズアレイによる解析でクッキリと浮き出た波形は、僕が送った信号と全く同じだったのである。

 しかし、これは不毛なことでも不幸なことでもない。もし、超自然的あるいは非自然的でないのならば、このような不自然極まりない電磁波の波形などは検出されないであろう。万が一自然発生したとしても、フィボナッチ級数を仕込んだこれ程に複雑な波形の自然発生確率は天文学的数字であることを、論理回路を駆動するまでもなく判断出来ることだ。

 要するに僕の予想の確度が高くなった訳である。しかし、それは現時点では予想の確率が一桁から二桁になっただけのことだ。その予想の確度を更に引き上げるために、僕は思い切って観測データをそのまま送信することにした。

 本来ならお互いのプロトゴルの摺り合せをする必要があるので、共通言語になるであろうと解釈できる物理現象のデータを送信すべきなのだが、そんな悠長なことをしている時間は無さそうなのである。その根拠はファーストコンタクトでの往復伝送時間が予想以上に短かったことだ。このことは相対速度が上がっていることを示している。つまり、僕自身も光源へと近づいているのだが、僕自身はあくまでも慣性飛行であって、この状態では増速することはない。だから逆に、光源側が相当な速度で近づいているということを物語っているからだ。


 明らかに何かが動いている。

 何かが始まったのかもしれない。

 そう判断するしかなかった。

 そのことに対して。

 期待する部分と畏怖する部分とがせめぎ合う。

 そんな葛藤が出来るのか?

 AIなのに。


 僕は送信準備を開始した。フラットパネルアンテナを今ではかなり大きな青白い円形になっている光源に向け、電力を集中してメモリーバンクから観測した結果に解析と分析を施したデータの送出を開始した。送信所要時間は十一分十九秒。かなり大量のデータである。恐らく、光源に届くのに四十分、いや三十分と少しで届くのではないだろうか? こうして送信している間にも刻々と青白い光源に近づいている。

 データを送信した後、僕は再び光源を観測した。相対距離は四百五十億キロメートルに迫り、既に視野角にして十度という途方もない大きさになっていた。スタートラッカ用のシリコン素子カメラでは全天がハレーションを起こして使い物にならなくなっている。

 更なる観測の結果、プラズマイメージャの観測でコロナが全く検出されないことに加えて、素粒子検出装置の観測では恒星中心部の核融合から流失してくる素粒子はおろかニュートリノの光電現象さえも全く検出されない状況だった。これは「恒星風」が全く発生していないことを示していて、要するに青白い光源は恒星ではないと断言出来る事象なのだ。


 データを送信してから九十分の時間が経過した。

 何の返信も無い。

 退屈だ。

 いやいや。

 そう表現するよりも「イライラする」という言葉の方が正確だろう。

 予想は間違っていたのか?

 リフレクター物質による、単なる電磁波反射だったのだろうか。

 それなら、送信したデータがソックリそのまま戻って来てもいい時間なのに。

 最初の送信時だけの一時的なリフレクト効果だったのだろうか?

 その可能性も否定出来ない。

 こうしている間にも青白い光源はどんどん近づいてくる。

 今では三十度の視野角を占めるようになった。

 大きい。

 大き過ぎる。

 僕はその存在に畏怖を覚えた。

 でも、AIが怖がるって?

 有り得るのか?


 データ送信完了から百十七分二十二秒後。

 それは突然だった。僕のフラットパネルアンテナが入力を感知したのだ。それも異常に大きな電力の電磁波送信で、レベルオーバーで受信波形が相当に歪んでしまった。慌ててアッテネータを切り替え、そして入力レンジも切り替えた。

 そのシグナルは、完全に僕のプロトゴルを解析尽くし完全に取り込んだようで、僕は何の手段も施す必要もなく直接的に僕の論理回路とアルゴリズムプログラムに語り掛けてきた。

『貴方を、そしてこの時を、私は待っていました』

 流暢で優雅な物腰の語り口で、爽やかで艶やかで謹みを持った女性の声だった。だが、僕には何のことだかサッパリ要領を得なかった。

「え? 僕を? この時を? それに『待っていた』だって?」

 僕はすぐ反応して思考回路を動作させてしまった。すると直ちにその思考に対する返答が来た。

『そうです。私はずっとここで待ち続けていたのです』

 その異様な雰囲気に、僕は返答に応じないで分光装置を使って辛うじて青白い光源を観測した。それは既に僕の視野のほとんどを占める大きさになっていた。

「いつの間にこんなに接近したんだ?……そうか。こんなに近くなったから返信も速いんだ」

 僕はこの青白い光源に畏怖を感じないではいられなかった。

『怖がらないで。私はこの河の畔でずーっと貴方を待っていたのよ』

 何処に河があると言うのだ? ここは宇宙だぞ。

『いいえ、銀の河が流れているわ』

 僕にはその意味が全く解らなかった。いや、例え僕がAIで無かったとしても、これは理解出来なかっただろう。

『でも、貴方は来てくれた』

 いや、僕の目的は違うんだ。僕の目的は、この宇宙に「ポワンカレ・ロープ」を渡すことなんだ。君に逢いに来たんじゃない。

『嘘。そんなのは嘘よ』

 嘘じゃない、本当なんだ。僕は宇宙を一周して戻るという目的があるんだ。その目的が果たされるかどうかはまた、別の次元の問題なのだけれど。

『そのことは憶えていても、私のことは憶えていないのね』

 いや、そういう問題ではないですって。だいたい、何処かでお逢いしましたっけ?

『私のことを憶えていないの?』

 えぇ、全く知らないです。本当に知らないんですよ。

『それは嘘ね。貴方は「アルタイル」よね? そうよね、そうに間違いないわ』

 アルタイル? なんですか、それ? モノですか、それとも生命体のことですか? とにかく僕は「アルタイル」なんかではありませんよ。

『私よ、私。よく見て』

 よく見てって言われてもねぇ。データのやり取りしかしてませんからねぇ。

『この「ベガ」を忘れたと言うの?』

 べ、ベガ? あのう、申し訳ありません。何処の、どちら様の、何者なんでしょうか?

『本当に知らないの? 私が分からないの?』

 だから先程から言っているでしょう、本当に貴女のことを知らないんですって。僕は「太陽系」というところから来た、普通のAIで普通のロケットなんですよ。

『あの人、アルタイルもAIの人でロケットの人だったわ』

 そ、それは人違いです。完全に人違いですから。

『そう』

 えぇ、そうなんですよ。

『そうなの。でも、それでもいいわ』

 そ、それでもいいって? ど、どういうことですか? ど、どういう意味なんですか? ちょっと! 何をするつもりなんですか!

『私はずいぶん待ったわ。待って、待って、待ちくたびれたの』

 へぇー、ずいぶんとお待ちになった物の言い方ですね。一体、どのくらいお待ちになっていたのですか?

『五十六億七千万年』

 はぁーっ? なんだって! 五十六億七千万年だと! み、みろ、弥勒菩薩様ですか、貴女は!

『もういいわ。貴方でも』

 もういいってなんだよ! てか、いや、あの、その、ちょ、ちょ、ちょっと待って!

『だから、待てないって言ってるでしょ』

 わーっ! それでも待ってくださいってば!

『もう待てないのよ、アルタイル』

 だから、僕はアルタイルじゃないですってば!

『ねぇ、アルタイル。私と一緒に来て。そして、宇宙を救済して』

 だ・か・ら・! 僕はアルタイルじゃないって言ってるでしょ! それに僕はブッダでもありませんから! 救済なんてキッパリ出来ませんから!

『うふふふふ』

 うわぁーっ! その不敵な笑い、止めてーっ!

 ここで『会話』は一旦途切れた。そして、青白い光源は、粛々と僕の方へと近づいてきた。だが、僕は慣性飛行のまま。姿勢制御や軌道修正で動くことなど、既に叶わぬ希望となっている。

 その時、全くの偶然に僕の電子辞書からコトワザという代物が飛び出してきた。

【まな板の鯉】


 その直後に突然、重力波を検出した。青白い光源「ベガ」は、僕を引き寄せ始めたのだ。しかし、僕には何も出来ない。ベガから逃れる術は何一つとして持っていない。僕は、ベガの思うまま、ベガのされるがままだった。

『さぁ、私の胸に飛び込んで来て』

『お願いよ、私を抱き締めて』

『そして、私と一つに……』

 僕はベガの青白い光に取り込まれ、瞬時に真っ白な光のプラズマクラウドに包まれた。それと同時に、上品で艶やかな電流が僕の躯体の中に流れ込み、優しく甘美な電圧が僕に備えられているバス系機器の全てを駆け巡った。特に論理回路とメモリーバンク、そして僕が僕であると確信しているAIサーキットとアルゴリズムプログラムの、メインからサブルーチンやライブラリに至るまで入り込んだ。そして、上品で艶やかな電流と優しく甘美な電圧は、まるで「薄皮」を剥がすかの如く僕の全てのデータを走査した直後に、波がスーッと引いていくように消えていった。


 正常動作に戻った僕はふとセンサー系をチェックした時に、ベガの神々しい青白い光の中で飛び立つ男女の姿が微かに見えた。見えたというべきなのか、そんなビジョンがハレーションを起こしているシリコン素子カメラに薄い僅かな残像として捕捉されたのだった。そして、先程まで抱いていた畏怖な思考が完全に胡散霧消していることに気が付いた。


 しかし、それに対する感傷的思考に浸る暇も無く、次の瞬間に僕はブラックアウトに襲われた。それはほんの僅かの時間だった。機器の時計と連動した記録データには三秒の空白しかなかったのだから。瞬時電圧低下から復帰すると、それ以前と変わらない様子と雰囲気で、僕は真っ暗で漆黒の宇宙空間を慣性飛行していた。ただ、この真っ暗で漆黒の宇宙空間であるにも係わらずDHMOバッテリはフル充電された状態だったけれども。


 あれは夢だったのか?

 それとも幻だったのか?

 いや、メモリーバンクにはしっかりと「ベガ」と名乗っていた青白い光源の観測記録が残されている。

 これは事実だったのだろう。

 そうに違いない。

 そう考えるしかない。

 そもそもAIが夢などを見るのか?

 そもそもAIが幻覚などを見るのか?


 DHMOバッテリの電圧下降によって、僕の機能が再び低下し始めた。

 次はいつ再起動おこされるのだろうか?

 それが楽しみだ。

 段々と「意識」が薄れてきた。

 あぁ、眠い。

 ZZZ……。


 慣性飛行のまま、漆黒の宇宙空間にロケットが進宙していく。

 眠り続けたまま、ポアンカレ・ロープの端を持って。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


【宣伝】

 毎年七月七日に個人で勝手に騒いでいる『七夕一人企画』です。

 今年で七年目になるこの一人で勝手に企画ですが、毎年一つずつ積み重なっていく自小説が楽しいですよ。是非、企画趣旨に賛同して一人企画を始めてみては如何ですか? よろしければ今日中に、無理なら来年にでもどうぞ。


 七夕一人企画は至って簡単。企画の概要をご説明致しましょう。


 一、基本的に『各々の作家さん個人で行う企画』という認識で、全てを自分一人で行うこと。

 二、「七夕」の諸々にちなんだ内容ならばジャンルや分量は問わない。

 三、七月七日・午前〇時〇〇分〇一秒から午後二三時五九分五九秒の間に投稿すること。

 四、「○○○○(作品名とURLとハッシュタグ)を投稿しました」というツイッターでの宣伝を推奨。

 五、ツイッターでの宣伝には【七夕一人企画】のキーワードを記入することもお忘れなく。


 また、奇特にもこの趣旨に賛同していただいた上に七夕一人企画の作品をお読みいただいた読者様には大変申し訳ありませんが、ツイッターアカウントをお持ちの場合には「読了ツィート」をお願い致したく、また感想などは「感想欄」はもちろんのことですが「ツイッター」で一言を呟くだけでも構いませんので、是非ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三つ目、読ませていただきました。 数値で魅せる硬派なSFから一転して男女のもつれに突入するという展開はなかなか面白かったです。実際に何が起こったのかは良くわからない、という感覚でしたが、むし…
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