八枚目
家庭の事情に首は突っ込めない。
本日二度目の尾行は案外あっさりと遂行された。拍子抜けと言えば拍子抜けだが、こんな所に鈴白が住んでるのか。と僕は目の前にある築50年は軽く超えているであろう一軒家をみて思った。僕は隣にいるましかにそれとなく訊いた。
「僕らの地元にこんなボロ家あったんだな。何と言うか、時代に追いてけぼりな感じがするなー」
「確かにねー! ふぇー! すっごいね。ボロボロだぁー」
ましかの発言だけを取り上げるとどれだけ逼迫したボロさか伝わらないだろうが、これは酷い。最近ではこう言った家は取り壊して新しい家を建てたりするものだが……。例えるなら、そうだ。『田舎のお婆ちゃんの家』といえば何となく伝わりそうだ。いや……忘れてくれ。
さて、家を突き止めたがどのように勧誘したものかと考えていると後ろから声をかけられた。
「あ、あのー。ウチに何か御用でしょうか」
そこにはましかと同じくらいの背丈の女の子がいた。小麦色に焼けた肌がとても健康的な印象だ。この制服は見覚えがある。というか僕とましかの卒業した中学のモノだ。
「あっ、すみません! 僕ら決して怪しいモノではーー」
と言った所で横開きの玄関が勢いよく開く音が聞こえた。立て付けが悪いこともあいまってガラガラと大きな音を立てていた。
「ヒトの家の前でうるっせーぞ! シメられてーのか――――って、皮肉屋じゃあねぇか。おっ? めかぶ、帰ってたのか」
「お兄、ただいまー」
苦笑いしながら彼女は鈴白にふらふらと手を振った。ん? お兄と言ったか。この娘。ああ、なるほどね。
「早く家入れよー。んで? お前らも何なら上がってくか。茶ァぐらい出すぜ」
「いや、鈴白。お邪魔するの悪いしまたーー」
「貰い物の茶菓子もあンだけど……」
「おっ邪魔しまーす」
ましかは茶菓子に反応してずんずんと物怖じする事なく鈴白の家に入って行った。僕と鈴白は呆然と顔を見合わせた。
「あいつ、お前の彼女か。なかなかファンキーな性格してんな」
「幼馴染な……」
居間に案内されるとましかはもう足をだらしなく投げ出しテレビの前に陣取って教育番組を鑑賞していた。居間にはましか一人じゃなく、三~四歳児くらいの小さな男の子もいた。
「あーまたしらないしとだぁー」
僕に向かって舌ったらずにそう言ったのは鈴白の弟らしい。『ヒト』と発音できないようだ。そうこうしていると鈴白の妹さんがお茶を持って来た。
「ごゆっくりしていって下さい」
実に教育が行き届いている。できた妹さんだ。あついお茶と茶菓子を持って来た妹さんの後ろから鈴白酢昆布が入って来た。
「おお、二人ともゆっくりして行ってくれよ。こら! もずく! そのちっこいねーちゃんに迷惑かけんじゃねーぞ」
「あーい」
もずくと言うのは鈴白の弟の名前らしい。ましかは『ちっこい』と言う言葉に敏感に反応していたが、話をした事がない鈴白に対し怒りを表すことは自重していた。
「話があるって顔してるけど、やっぱり昼のことだよな。本当、悪りぃけどこの状況だ。保育園にもずくを迎えに行ったり、晩飯用意したりしなきゃなんねーのさ。だから部活なんてやってらんねーのさ」
なるほどね。そういう事か。一応確認しておくか。僕は大体の予想がついていたが鈴白に訊いた。
「親御さんは……?」
「オヤジの事は知らねえ。母ちゃんは夜遅くまでパートだ」
ふぅ。やはりか。頑なに部活勧誘を断っていたのはこれが理由か。まぁ仕方無いか。鈴白がそう言った所で玄関の扉が大きな音を鳴らした。
「ただいまーっと。およ? 兄貴お客様かい? 中々個性あんねー!」
まだ兄妹がいたのか……と呆れたが、あれ? さっきのめかぶちゃんと全く同じ顔だ。
不思議そうにしている僕に鈴白は言った。
「ああ、こいつはめかぶの双子の妹、わかめだ。ちゃんと挨拶しろよわかめ」
もう何がなんだか……。酢昆布、わかめ、めかぶ、もずく。何という兄妹弟だ。面白くて吹きそうになったが何とかこらえていた。
「まあ、鈴白と部活できたらそれはそれで楽しいだろーけどさ。そういう事ならしかたないよな。他にアテはないけど何とかするよ」
悪いな。と短く言った鈴白の後ろで双子がなにやら小声で話しているのを横目に、僕は少し冷めてしまった薄いお茶を一気に飲み干した。