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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
一章 部活創設編
6/42

五枚目

 二重人格。一般に『解離性同一性障害』とよばれている。昔のトラウマや急性のストレスを感じる行動から『離脱』し『健忘』する事がこの二重人格の症状(本当はもっと難解なものらしいが……)なのだが、まぁもっと簡単に例えるならば『ジキル博士とハイド氏』のようなモノだ。昼のジキル博士と夜のハイド氏……。確か本では博士がクスリを開発して飲んでいたんだっけ? とにかく、二重人格。美男子という言葉がお似合いの天槻高校一年生女子、局切子(つぼねきるこ)。彼女は僕達に「自分は二重人格だ」と打ち明けた。


「私は包丁を持つと性格が変わる……らしいのだ。自分に自覚はないのだがな。包丁を持った時の記憶が全て飛んでしまっている。いや、全てでもないが……夢見心地というか、そうだハッチ先輩、そのトランス状態という奴でな。元々料理に興味があったんで、これを機にと思って入部したのだ。その時は先輩が何人かいてな、優しかったなぁ。だが私は自分がそんな二重人格(せいかく)だなんて知らなくて……。思ってもいなくて……。私は……私が部を去ればそれで解決すると思った。だけど先輩方は『私達は3年だから』と理由を付けて私から遠ざかった。違うな、私に譲ってくれたの方が正しいのかもしれない。必然、人数の足りなくなった……否、人が居なくなった部活は排除される。これは学校のとる措置としては妥当であり、正当だ。この料理研究部は今年五月から私一人で活動している。そして、廃部まで残り一週間となってしまったのだ」


彼女は俯き拳をきつく握りしめその手で近くの壁を叩こうとしたが、直前で手を止めた。


「うーん、切子ちゃんが難しい問題を抱えているのは理解できたよ。でもさでもさぁ! ハッチとましかちゃんが入部したんだから万事おーけーじゃないの? グッドな感じのタイミングだったんじゃないかなぁー?」


 えへへー。と笑いながらましかは上目遣いで切子ちゃんの手を取った。切子ちゃんは今にも泣き出しそうに瞳に涙をためている。そして僕もましかに続いて切子ちゃんに近づきながら言った。こんなところで後輩の女の子に泣かれては堪ったものではない。


「そうだよ。もう心配ないじゃないか。僕達が部に入ることで部は存続するんだろう? だったらこの場に涙は要らないよ。切子ちゃんは今、笑って部の存続を喜ぶべきなんだよ」


 僕は女の子を泣かせない様にする方法は知らなかったので出来るだけ丁重に、まるで壊れかけのラジオのチューナーを合わせるように慎重に、切子ちゃんに接した。

 だが残念な事に切子ちゃんは泣いてしまった。泣き出してしまった。下を向いたまま唇を噛みながら静かに、丁寧に、涙を流しながら言った。


「優しい先輩方で……本当によかった……だがもう一つだけ言わせて欲しい」


 フゥ、と。切子ちゃんは一息でスイッチを切り替え、真摯な目つきに変わり空いている窓を見やり呟いた。


「ではあと、2人……か」



 晴れて料理研究部員になった僕とましかはいきなり壁にぶち当たった。部として残しておく為には5人の生徒が必要なのだ。という切子ちゃんの言葉に戸惑いを隠せない。

 積極的に部活に入りたいというわけでは無かったのだけれど、先輩もいないし、何もしなくていい。こんな好都合な部活他にないというのに……。これでは煎餅にまた拉致監禁くらうではないか。


「むーん。困ったよねー。部員の数って最低5人必要なんだねぇ。剣道部や柔道部なんかは個人競技あるでしょー? 1人でも部活として成り立つジャンかぁー。料理だって基本は1人で作るでしょー。なんだかオカシイよーこのガッコの部活システムぅー」


 そう言いながらましかは家から隠し持ってきていたトッポを2本ずつ食べながら我が校の部活制度に悪態をついていた。ちなみに今僕たちは調理準備室(調理室の横にある幅が狭い縦長の部屋だ。丁寧にテーブルと椅子が何脚かあったのだ)にいる。こんな部屋があったなんて知らなかったな。


「ましか先輩は講釈タレだな。っはは。大丈夫だろう、あと一週間。時間に直せば24×7だから150時間強はあるだろう」


「アバウトすぎるだろ切子ちゃん。正確には168時間だよ」


「ああ、私は掛け算に愛されていないタイプの人間だったからな。手を動かして計算するのは面倒なので頭の中で計算すると大体の数字がでてくるな。因みに前回の数学はギリギリ赤点だったぞ」


「切子ちゃんそんなレベルで頭悪いの?」


 驚く僕。確か漢字も得意ではないと言っていたが、果たして彼女に得意な科目はあるのだろうか。


「ああ! もちろん! 不詳、局切子。得意な科目は道徳だ」


「いい小学校知ってるから紹介してやるよ」


「おおい! ハッチ先輩っ! 道徳は人間の永遠、永久の学問だぞ。あんな崇高で高尚な学問を私は寡聞にして知らないぞ。スイマーの話は実に心にきたなぁ」


「スイミーな。どこの小学校が必修で素潜りの勉強をするんだよ」


 こいつは、本当に筋金入りの馬鹿なのだと。出会ってまだ一時間もたたないうちに僕は見抜いてしまった。

 ましかは早々にトッポを食べ切り、スナック菓子の袋を開けた。とても嬉しそうにお菓子を食べるな、と感心したが僕は見ているだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。


「つかぬ事を聞くが、ハッチ先輩とましか先輩は恋人同士なのか? ーーなんだ違うのか、幼馴染か! いい響きだな羨ましい。少し焼いてしまいそうだ」


「そうか? 幼馴染っつっても本当にただ家が近くて通う所が被ってるだけだろ」


 なぁ、ましか。と同意を求めたが、そうだね。と不機嫌そうに返事をしたかと思うとスナック菓子を自棄食いし始めた。僕何か悪いことしたっけかな?


「やれやれ、まぁ私は今日はもう帰るつもりなのだがお二人はどうする? 残るのか?」


「いや、僕たちも帰るよ。ましか、帰るぞ」


「へーんだ。家が近くて通う所が被ってるただの幼馴染のましかちゃんは一人で帰ります。ぷんすかぷん」


 何でこんな怒ってるんだ。まぁ帰りにコンビニでなんか奢ってやろう。機嫌治るといいんだけど。


 と思いながら僕は早足で帰ろうとしているましかに小走りで駆け寄り、コンビニ行く? とだけ聞くとましかはこくりと頷いた。自転車を取りにいっていた切子ちゃんと合流し三人でコンビニへ向かった。


 グラウンド独特の熱気を肌に纏わせながら僕たち三人は学校を出た。


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