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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
第二章 部活崩壊編
41/42

四十枚目

「どう言う事だ」


「おいおいおいおいおーい! そんなトゲトゲしく接しないでくれよ。ハッチくんは急に顔色を変えるのが得意だねー。怖いよー」


 ワザとらしく、芒野は肩をすぼめて怖がりながら振り返る。

 ただでさえ暑くて鬱陶しいのに、芒野の行動は僕をさらに苛立たせた。


「いいから……芒野。何か知ってるんだろ。教えてくれないか」


 僕は給水タンクの影に腰を下ろした。ザラザラとした床に、躊躇ためらいなく。

 芒野は紅いメガネ越しに僕を見ながらサラリと言う。


「何か、知っている? あははは! 僕は何でも知っているんだぜ」


 この台詞……


「そうかよ……なら教えてくれてもいいんじゃないか? 僕の抱えている問題が何なのか……当てた上で説明してくれよ。生徒回復会長さんよ」


 僕はいつになく、真面目に……というより、芒野に静かにすごんだ。


「ん? あははは! 売ってくるねぇ。喧嘩を売るねぇ。大安売りだ。バーゲンだね。眼光も鋭いし、僕への威嚇がビシバシ伝わってくるねぇ! まぁ、別にいいよ。話してあげても」


 意外とあっさり、芒野は僕の威嚇を促した。そして僕の予想を覆す一言を放った。

 僕は戸惑いながらも先を促す。


「だったら……!」


「だけど! ひとつ。お願いを聞いて欲しいんだ。いいよね?」


 お願い?

 何だろう。


「あ……ああ」


 僕は呆気にとられ、とりあえずに、とりあえずの約束を、口約束ながらに……

 内容も聞かずに約束してしまった。


「あははは! 君ならそんな感じで了承してくれると思っていたよ」


「随分と見透かした様な事を言うもんだな」


「うん。知っているからね」


「…………」


 ああ、ダメだ。

 こいつに皮肉は通用しない。


「で、約束の話だけれど--」


「待て! 約束の話より先に、まずは僕の話の方が先だろ!」


「えー! そんなぁ! うーん……まぁ、いいか。多少のズレも計算内だったし」


「お前が言うと本当に感じ悪いよな」


「まぁ、計算といっても検算な訳だけれどね」


 そう言って微笑んでから、芒野は笑顔のまま続けた。


「うん。じゃあまずは君の、君達の抱える問題から言い当てようか」


「予言、か?」


「いいや……未来だよ。近い内に君たちが向き合う事になるであろう未来を、そうだね……予知するよ」


 芒野は僕に背を向け、言う。

 五月蝿い程に鳴いていた蝉の声をピタリと止めたように、ハッキリと、澄んだ声で、芒野は言った。


「君の幼馴染は、このままだと非常に危険だよ。菓子増ましか。彼女の問題を最優先に解決すべきだ。鈴白酢昆布の件は一応は落ち着いたみたいだけど、彼は彼なりに何とかなるから」


 そうか……

 やはり……

 ましかの様子がおかしかったのは、


「黄巻真希。弱肉強食の黄色い風紀委員。彼女に目を付けられた菓子増さんが不憫でならないね」


 僕の思考を先回りして、芒野は説明を始めた。僕は、静かに耳を傾ける。


「『弱肉強食』についてのエピソードは割愛していいのかな? いやいや、冗談さ。説明するよ。しかし、僕は説明下手でね……よく会長に怒られるんだ」


「桜井生徒会長か……」


 『そうでしょう? そうですよね!』と言う彼女の台詞が僕の頭にふとよぎる。

 芒野は僕をチラッと見て、クスクスと笑った。


「ま、会長の事はさて置き……黄巻真希の話だ」


 自然と流されかけていたが、芒野は本流へと引き戻す。


「黄巻真希の言う『弱肉強食』というのはね、風紀委員に与えられる称号なのさ」


「称号だぁ? なんだよ、えらく大層なものいいだな」


「まーねぇ。一生徒に称号を与えるなんて大仰な話ではあるね。まぁ、簡単に言うと周りから皮肉られている渾名あだなみたいなものだよ。君達にもあるだろう? 二つ名みたいなものさ」


 そんなものはない。

 と、芒野に言おうとした所で僕は思い出した。会長との話を--

 確か、会長は言っていた。

 僕達、部活メンバーの二つ名を--

 しかし、それがなんだと言うんだ。

 僕は心の中の言葉を掻き消す様に、芒野に正解を、回答を、解答を求める。


「--いやぁ、まぁ、だからさ。風紀委員は色の他に大層な、四字熟語の二つ名があるんだよ。彼らをまとめて『十人十色』ってね。いやはや、誰が考えるんだろうねぇ」


 芒野は愉快そうに言ったが、芒野の愉快に反比例して僕の表情は不愉快の気色けしきを浮かべる。


「それでね。風紀委員は自分達の皮肉られ方を非常に鼻にかけている様な、鬱陶しい連中なんだよ。そうだね。例えるなら、仕事をしない事で有名な人間が、みんなの期待通りに仕事をサボっちゃうって感じなのかな?」


「いや、僕に聞かれても……」


「君には聞いていないさ。欲しいのは同意、同調さ。まぁ、僕の言葉に疑問はない。すべてを知っているからね。いやぁ、知りすぎるというのも、中々に鬱陶しいものだけれどねぇ」


 芒野は立ち上がり、尻についた汚れを払いながら言う。


「要するに、黄巻真希。奴らはそういった連中だってことさ。はい。じゃあ、僕のターンだよ」


「待て待て待て待て」


「なにさぁ!」


「全く話が解決してないじゃないか! お前は僕達の抱える問題を全て僕に教えてくれるんじゃなかったのかよ!」


 そういう約束だ。

 その代わりに、こいつのいう事を聞かなければならないんだ。なんて取り引きだろうか。


「ん? ああ……菓子増さんは、黄巻真希にいじめられているよって事さ」


「…………!?」


「分からないのかい? 全く、何年幼馴染やってるんだか……」


 芒野はわざとらしく、眼鏡をくいっとあげてみせた。


「まさか……ましかが? そんな」


「信じられないって? ジョーダンはよしてくれよ。君が一番知っているはずだろう? 彼女がどんな性格で、どんな気質で、どんな資質で……どんな人間かって事くらい」


 俯きかげんに、芒野はいつもの陽気さを思わせない様な、暗い顔で言った。

 抜ける様な青い空には、不吉な積乱雲が遠くで一つ唸り、僕たちに近づいていた。

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