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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
第二章 部活崩壊編
40/42

三十九枚目

 七月下旬。

 悪夢をあえて語らせてもらえるというのならば、あれ以外に無いだろう。

 そう思う。

 それが、いかに凶悪であり、強大であるかなど知る由もなかった頃の僕達は、どれだけ怠惰で、怠慢で、自堕落で、不真面目だったのか。

 知らされた。

 思い、知らされた。

 全ては伏線であり、

 全てが伏線で無い。

 なかなかどうして、絡み合う運命の糸はやがて一つに収束し、終息し、集束する。


 風紀委員


 彼らに出会うまで、僕達はまだ、考えないでいられた。

 正しさの決断を、

 迫られずにいた。

 いられた。


 平和で、居られた--筈だった。




「おはよう。御乃辻」


 七月下旬。

 今日は終業式。


「おはよう。ハッチさん。あれ? 何だか元気そうですね。何かいい事ありましたか」


「ふふふ……分かるか? 御乃辻。僕は、今日という日を待ちわびていたのさ」


「? というと?」


「何故かって? そりゃあ、愚問ってもんだ。何故なら……」


「何故なら……?」


「明日から学校に来なくていいんだぜ?」


 そうですか、と溜息を吐きながら自分の席へと戻っていく御乃辻だった。

 確かにだらしのない発言ではあったが、そこまで呆れた顔をされると僕の心は寂しくなってしまう。しかし、御乃辻の様な綺麗で、清廉な女子に呆れた顔をさせたという妙な「してやったり」感はなかなか味わえる物ではない。普段の僕なら、御乃辻にイイカッコウをする為、『ああ! 夏の暑さに負けない為、今日から毎日ランニングしようかと思って気合を入れていたところさ』くらいの事を言うのだろう。いや、走らないけどさ。

 いやいや、そんな事より夏休みだ。

 僕は終業式をサボタージュするため、予鈴五分前に教室を出た。

 出て向かう先は、まぁ、屋上が妥当だ。何をするわけでもなく、何もしたく無いが故、僕は夢遊病者の様にふらふらと屋上へと向かった。すれ違う生徒は皆上履きの色が違う三年生だったが、あまり僕は気にしなかった。

 だるいなぁ。

 暑いなぁ。

 そんな、ありきたりで平凡な、真夏には有りがちと言っていいであろう気分に、身を任せ、僕は昇降口へと辿り着いた。


「はぁ……」


 楽をするために、敢えて茨の道をゆく。

 ダメだな……全くカッコ良く無いな。何か、こう……名言めいたものが浮かびそうなんだけれど……。

 昇降口を登りながら、そんな事を考える僕は酷く滑稽だったろう。僕は昇降口の鉄製扉を上向きに開き、カンカンに照る太陽の下へと顔を出した。そんな焦熱地獄のような屋上を見渡すと……


「っしゃ。人影無し!」


 よしよし。

 あの給水タンクの陰で昼寝、もとい朝寝をしようではないか。

 ん? 待てよ。これは時間を置いた二度寝になるんじやないか?

 いやいやいやいやいや! 二度寝は自分のベッドでの継続睡眠をカウントするものであり、時間をあけ、さらに学校にまで来ているのに二度寝になるものか。もし、僕の今の行為が二度寝にあたるのであれば、それはもう大変な事だ。朝起きて、学校から帰り、夜寝て、また起きて----一体何度寝だよ! まぁ、人生の三分の一は睡眠だけれど、二度寝の定義を今ここではっきりさせておいた方がいいんじゃないか?

 というわけで、考察。

 二度寝……まずは簡単な所から考えてみるか。

 二度寝の代表といえば、「あと五分〜」というアレだろう。その後「何で起こしてくれないんだよ!」と親を攻め立てるんだよな。しかし、理不尽だよな。「あと五分〜」と言って本当に五分だけ眠る人間に僕は出会ったことがない。

 脱線する前にもう一つくらい考えてみるか。もう一つ……まぁ、引き合いにだすならば、今日の僕の睡眠が二度寝に当たるか、否か……という所が非常に重要な議論点になる筈だ。

 二度寝、ねぇ。

 起きて……まだ寝ぼけていて、

 寝ぼけている間に、

 また眠る。

 あれ? 答え、出たんじゃないか?

 そうだ! 寝ぼけていなければ、睡眠の回数はそこでリセットされるんだ。なんだ、こんな簡単な事だったのか!

 僕は何に悩んでいたんだ。

 簡単な問題をわざわざ難しく考えていたんだな。

 僕は自分に呆れながら、これから行う睡眠を二度寝ではないのだと言い聞かせつつ、給水タンクの陰になった部分へ回り込んだ。


「…………っ!」


「お? ようやく来たね」


 そこには奴が仰向けに、地面に寝転んでいた。誰かって? あまりこいつと話したくないんだよなぁ……僕。


「…………やぁ、芒野」


 芒野秋すすきのあき

 生徒会副会長にして、生徒回復会長。赤い眼鏡はキラリと光り、不気味な程無邪気な笑顔に僕は次の言葉が見つからない。


「ん? どうしたんだい、暗い顔して。まさか明日が地球絶命の日じゃあるまいし」


「まぁ、そうだな」


「なはは! そうだねそうだね。地球の絶命よりも人類滅亡の方が先だからね。とはいえ、その人類滅亡の日よりも僕達の絶命の方が先だから杞憂っちゃあ杞憂なのだけれどねー」


「……スケールが桁違いだな」


 そう言って僕は少し陰に入る。まだ、立ったままだが……。芒野はまくらにしていた両手のうちの左手を残し、右手を天に掲げながら続けた。


「そうだろうそうだろう。宇宙的観測だろう? しかし、人間はさ、こんなに狭い地球の中で、争い、傷つけ、妬み、憎しみ、憂い、嘆いてばっかりだ。自分達がどれほど恵まれているかなんて、これっぽっちも考えて生きていない」


「うーん……」


「僕はさ、そういう人間は嫌いだ。無神経というか、無意識というか、無感情というか、無感動というか……そうだね、今日が無事に終わって、明日の平穏を願い床に就く。そうしてまた似たような朝を迎えるんだ。これってすごくツマラナイ事だと思わない? 決まり切ったように朝が来て、決まり切ったように朝食を摂り、決まり切ったように学校に行って、決まり切ったように疲れて帰り、決まり切ったようなバラエティ番組を横目で見て、決まり切ったように風呂に入り、決まり切ったように床に就く。そして明日がやって来る。ああ、なんて物語性の無い人生だろう」


 僕は言葉なく、芒野の言葉を待つ。


「僕はね、ハッチくん……君を、君達を心配しているんだよ。君が今抱えている、『黄色』の問題だ。というより、ハッチくんそのものが問題なのか。--いやいやいやいや! これは取るに足らない戯言だったかな。しかし--」


 芒野は「よっ!」と身体を起こして、僕を見ずに言う。


「大変な事になる前に、行動した方がいいよ。ハッチくん」

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