三枚目
僕が死闘を繰り広げ生死の境を彷徨い、九死に一生を得て目を覚ました時(誇張が過ぎるのだが……)僕はベッドの上にいた。あれから何時間眠っていたのだろうか、もう日が暮れかかっていた。太陽はその光の残滓を惜しみなく僕に浴びせ、まるで僕を慰めてくれているようだ。
「よう。目ェ覚めたみたいだな皮肉屋」
不良。鈴白酢昆布が保健医の先生が使っているであろう、黒い、コロつき椅子に腰を掛けていた。
「どうして……君がいるのさ?」
焦りを悟られないように聞いたつもりだったが、僕の声は少しばかり震えていた。
「まぁまぁ、聞けよ。皮肉屋。俺は鬼じゃねぇしな。気が乗らなけりゃケンカもしねぇし。無害だよ無害」
「僕めっちゃボコボコにされてるんだけど……」
「ありゃお前ぇも悪いだろ! 俺に怒鳴るなんて命知らずな事すっから。……まぁ楽しかったけどな! それでよぉ、拳を交えた仲だし、お前ぇに話があんだよ」
僕の記憶では拳は交わる事なく終息したと思うんだが、そこには突っ込まずとりあえず話を聞いてみようと思った。
「何? 聞くだけ聞くよ。それが君の頼みなんだろ」
「おお! 良かった良かった! いきなりだけど俺と友達ンならね?」
「………………。は? ななななっ何で!」
「いやぁ、俺さ学校に友達イネーんだよ。話しようとしても皆俺に目を合わそうとしないんだよ。かはは! 変な噂も流れてるしな」
確かに、《天槻の白虎》こと鈴白 酢昆布。あるところでは地震の原因にされたり、人を7人殺してると噂されたり全く嬉しくない噂が耐えない男。だが彼に不思議な親近感が湧いていたのは確かだ。
「別に、僕は構わないけど。でもどうしてだい? 君は友達が居ないなんて柄じゃあないだろ?」
「いやさ、本気でいねぇんだよ……。俺に突っかかってきたのってお前が始めてだし! 」
物凄い考えたけど、僕も鈴白は悪い奴だけどどうしようもない奴ではないと感じていた。どこか僕達は似ていて、そして惹かれたのだろう。
「友達になってくんねぇってんなら……分かってるだろ?」
「…………。オーケイ、もう暴力はゴメンだからな」
こうして七月初旬の月曜日。僕にとって初めての男友達ができたのだった。
「お菓子を食べても怒られない部活に入りたいんだよーぉ!」
学校から帰って夜、八時半にましかからかかってきた電話で彼女は嘆いていた。
「ううー……今日パパにお菓子禁止令くらってしまったんだょう。お菓子食べらんない人生なんて炭酸の抜けたカルピスみたいじゃんかぁー!」
「それって普通に美味しいカルピスになるんじゃないのか? まぁ、そういうなよ、ましか。親父さんもあれで娘大好きだから自分の作ったご飯を美味しく食べてもらいたいんだよきっと」
ましかの家は親父さんが主夫をしてお袋さんが働きに出ているので、必然ご飯を作るのは親父さんの仕事になる。
「でもさぁー。帰り道にお菓子食べるくらいしかしないのにぃ……家でお菓子禁止されちゃったらどこで食べたらいーのー? ましかちゃんはお菓子食べなきゃ死んじゃうんだよー!」
禁止令ってくらいだから、もっと厳しいものを想像していたんだが、縛りは家の中だけなんだな……。ましかパパ、やはり娘に甘いな。
困ってしまったましかに対し、僕は精一杯のジョークと、皮肉を込めてましかに言ってやった。
「そうか。新聞の見出しが気になるな。《女子高生、糖分足らず死亡》ってか? なかなか酷い事になりそうだ。マスコミは僕にも話を聞きにに来るんだろうな。その時は言ってやるよ。『彼女は自分に甘く、可笑しく逝ってしまいました』ってな。葬式の香典にはイカソーメンでも買って行くさ。なぁに気にするな少し柔らかい線香だと思ってくれればいいさ」
ましかは電話の向こうで唸っている。少しの沈黙のすえましかは、あっ! と思い出したように言った。
「あっ! そうだよ!」
「今度はどうしたんだ?」
「部活だよ! 部活ぅ! にっしっし~。ましかちゃんは頭がキレるキレキレ者だよ。という事で明日の放課後ハッチは帰っちゃダメね! 授業終わったら四組に迎えにいくからね。じゃあ、ばびょーん」
さて、明日の放課後か……。火曜日は学校が長いから終わったらすぐにかえりたかったのだが……。まぁ仕方ないか。
「じゃあ、また明日」