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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
第二章 部活崩壊編
39/42

三十八枚目

「誰だ、あの子」


 僕は当然のように聞く。

 ましかに、

 しかし、ましかは話さない。


「たっははははははは。君は何も知らないんだぁね。菓子増の幼馴染」


 笑われた。

 地声は低いが、笑うとやはり女の子だとわかる。

 いや、何より、スカートを履いているから、どう検討しても女子なのだけれど。


「ようし、菓子増の幼馴染。こうして話すのは初めてになるかな」


 「よっ」と、彼女は手すりから飛び降り、後ろ手でスカートのほこりを払った。


「あっしは黄巻真希きまきまき、菓子増と同じクラスの優等生だぁよ」


「……よろしく」


 自分で優等生とか言っている。

 なんだ、この痛い感じ。

 ようやく眼が慣れてきたようで、彼女の全体像が露わになる。背が高く、夏だと言うのに紺色の長袖セーターを着込んでいる。袖が長く、その先には指がチラッと見えるだけだった。

 夕陽をバックに映える寝癖がなんとも--

 ……って、寝癖!?


「んんんん? ああ、あっしの髪型ねぇ。寝て起きたらボッサボサになるだろう?」


「普通な……」


「普通の女子は直すだぁね?」


「普通な……」


「あっしは直さないからこうなんだぁね!」


「直せよっ!」


 我慢できませんでした。ツッコんじゃいました。

 さらに彼女は堂々と言う。


「朝は時間が無いだぁね!」


「生活リズムから直していけ!」


「いやぁ、たははははは」


「いや、褒めてないし!」


 彼女はニヤリと笑いながら続ける。


「たはは。別にあっしがどんな髪型でも、菓子増の幼馴染は困らないだぁね」


「確かに、そうだけれど……寝癖は--」


「新しい萌え要素だぁね! 今のご時世、阿保毛なんかが萌え要素として語られているだぁね。あれと同じだぁね」


「ん? そんな風潮ないでしょう」


「馬鹿だぁね、菓子増の幼馴染。ドラゴンボールにいるだぁないか。ほら、あの体の大半が緑の--」


「ピッコロ様を舐めんなァア!」


 あれは決して阿保毛では無い! 断じて、無い!

 なんだか、この人嫌だ。

 ものすごい疲れそう。

 ツッコミ疲れ? そんな感じ。


「ところでさ、菓子増」


 と、彼女は階段の上からましかを見下ろしながら言う。


「例の件はどうなったのさ。夏休みはもうすぐそこだぁよ」


「…………」


 言葉なく、ましかは俯いた。


「んんんん? どうした、菓子増。可愛い顔が見えないだぁよ?」


 そして彼女は「たはは」と短く笑って続けた。


「つれないだぁね。菓子増。菓子増ましか。あっし達ぁ、イイ友達でしょうが。何故にそんな顔をするのだぁね。もしかして、嫌われているのかね? 何故だろうね。たははは。いやぁ、笑えない。笑えないだぁね。たっはははははは!」


「あの……」


「あん? どうしただぁね。菓子増の幼馴染」


「ええと、黄巻……さん」


「マキマキでいいだぁよ」


「……マキマキさん。少しいいですか?」


 と、僕は切り出した。

 もう、この時点で僕は警戒レベルを最大にまで上げ、細心の注意を払ってマキマキさんに言った。


「ええと……『キマキマキ』って、どのような字を--」


「たっははは! 赤青黄色の「黄」に、舌を巻くの「巻」、「真」実の「希」望で黄巻真希だぁよ」


 やはりか。

 こんなにも早く出会ってしまうとは……。

 彼女は--


「たーっははは! そんな回りくどくしなくても、『風紀委員ですか?』って訊けばいいだぁないか。んんんん? 菓子増の幼馴染」


「……そう、なんですか?」


「んんんん? ああ、そうだぁよ。『弱肉強食』黄巻真希たぁ、あっしの事だぁよ。なぁ? 菓子増」


 風紀委員の一人。

 黄巻真希。

 彼女は、ましかを突き刺すように、見下した。にいっと笑った彼女の顔に、僕は戦慄するより他に無かった。



 教室に忘れ物を取りに行き、帰り道。ましかは黙ったままだった。

 僕から何か話を振っても良かったのだが、まぁ、黙っていた。

 しかし、黄巻真希。

 『黄』を名に持つ、風紀委員……

 『弱肉強食』と彼女は言った。

 それが何を意味するか--

 分からない。

 先生は確か、目を付けられない様に気を付けろって話だったような……。話半分にしか聞いていなかった事が悔やまれるな。

 いや、そもそも、僕らはたまたま、マキマキさんに出会っただけなのだろうか。まさか、見張られているんじゃないのか……。

 いや、それは無いだろう。

 だって、そうだろ。

 彼女はましかのクラスメイトと言ったのだ。クラスメイトの奴がたまたまましかに出逢い、お話をしただけじゃあないか。

 しかし--


「………………」


「……ハッチ、どこ行くの?」


 僕はましかに呼び止められ、振り向いた。

 ましかは唖然として立っていた。

 気が付くと、僕は自分の家を通り過ぎていた。なんて事だ。こんなにも愛おしい我が家が、目に映っていなかったとは……。


「じゃあね。ハッチ」


 また明日。

 と、いつになくしおらしく……

 というより、淋しそうに、ましかは言った。

 僕は無言で右手を上げ、ましかの挨拶に応えた。そして愛しい我が家の玄関に正対し、ノブを引こうとした。

 瞬間……


「ハッチ! また、明日! 部活で、ね!」


 歯切れの悪いましかの言葉に「ああ、また明日な」とだけ言って、僕はましかに手を振った。

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