三十七枚目
「番っ!」
夕日を背に、ずらずらと仲間を引き連れて下校してゆく番堂を遠目に見ながら、僕はふと足を止める。
僕の後ろには、ましか、鈴白、御乃辻、切子ちゃんの順に縦並びだった。
何故かって?
いやはや、説明するまでも無いのだけれど、説明する気もまた、無いのだけれど……敢えて、だ。
説明しようか。
やめておくか。
いや、説明するべきだろう。
こんな状況、普通にオカシイ
いやいや、矛盾だ。普通とオカシイは等号では括れない。
ならば、どうだろう。
絶対に、オカシイ
そうか。これだ。
絶対に!
いやぁ、長々と自問自答していたが、この状況は非常に無いな。現代の若者が昔の人々に「新人類」扱いされるのが、そりゃあそうだと納得してしまう。
やれやれ、僕もようやく大人の仲間入りだろうか。
--と、現実に戻る。
「あ……」
「あぁ! もぅ、ハッチ! 先頭が止まったら駄目だよぉ」
「ああ、悪い」
「これじゃ『足跡探し』にならないじゃーん! いっちぬーけたーぁ!」
ましかが提案した暇つぶしゲーム。
『足跡探し』
ルールは説明するまでもなく、前の人の足跡を追いかけていくという、なんとも奇怪なゲームだった。
じゃんけんに勝った僕は、ましか大明神から『先頭』を命じられたのだ。
しかし、『先頭』の任務は馬鹿馬鹿しくもただ先を歩くだけというものなのだ。
そりゃあ、逃げたくもなる。
現実から目を逸らしてしまう。
それになにより、恥ずかしい。
そう。
『先頭』は恥ずかしいのだ。
昔ながらのロープレじゃああるまいし、何だよこの敗北感。じゃんけんに勝ったのは僕だろ!?
「かはは! 下駄箱到着したし、終了だわな!」
三番目を歩いていた奴に、僕の気持ちは分からないだろうな。
「うふふ。なかなか、楽しめました」
御乃辻はキラキラと輝いていて眩しいなぁ。
「うむ! 殿はスリル満点だったぞ! 御乃辻先輩のスカートの中を覗くにはうってつけのゲームだった」
うるさいよ、変態!
--って、マジか!
「ひぇえぇ! み、みみ、見たんですかぁ!?」
「うむぅ……見たと言えば嘘になるな」
「……見てないだろ、それ」
「流石はハッチ先輩! 聡明だな。いや、しかし……惜しいところまでは来たのだ。だがな、やはりスカートの中は見えるか見えないかの所が一番なのだ。見えてしまえば、たちどころに『やり切った感』が芽生え、私の性感が萎えてしまうからな」
「………………」
長々と何を言ってやがる。
お前は、性に目覚め始めて「いやぁ、やっぱり女はケツだ」と自分のフェチを大声で発表する、少し大人を気取った中学三年生かよ!
ツッコミも長々しいわ! 言わなくて良かったわ!
「--まぁ、今日はここで解散とゆー事で!」
ましかが切子ちゃんの話を打ち切り、それぞれがそれぞれの方へ歩き出した。
僕は動かない。
静止だ。
「ましか、先に帰ってろ。僕は大切な物を忘れてしまった」
「ついて行くよ〜」
「うーん……いや、いい。ましかが来ると遅くなりそうだし……」
「なおの事ついて行こう!」
「………………」
来てしまった……。
大した忘れ物でもないのだけれど。
ましかは楽しそうに『足跡探し』を続行しながら、僕の後をついて来る。
「そういえばさ、ましか」
「うにゃあ?」
「部活襲撃の件、誰かに何か聞いたりしたか?」
「うんにゃ、じぇんじぇん」
ましかは『足跡探し』のついでに僕の問いに答えているようだった。
こんなゲームが楽しいか? いささか疑問だ。
「じゃあ、どうして落ち着いていられるんだよ。こんなのんびりと自作ゲームしている場合か?」
「いやぁ、ハッチはホントにわかってないねえ」
「? 何がだよ」
「……っと。だからさぁ、諸々と‐‐」
諸々と……の後は明かされなかった。
何度聞き返しても、「知らない、分かんない」の一点張りだった。
「教室に忘れ物なんだけれど、どうする?」
「つ、い、て、く、よぉ!」
ああ、そう。
知っているけど、話す気は無しってか。
ならば、
と僕は二階へと続く階段を駆けだした。
「うあああ! ハッチ、ずっこいぞぉ!」
と。
僕の足跡に続くましか。
「ははっ。まだまだだな、ましか!」
僕は階段の内側から外側へと踏み込み、その後逆方向に切り返した。そして、内側の手すりをしっかりと掴んで四段飛ばしのジャンプを決めた。
うっひゃあ! まだまだ若いな、僕。
ましかはひいひいと僕の足跡をついて来る。と言っても、もうルール無用で僕を追いかけているだけだったが。
「…………」
その時、ましかが止まる。
四段上にいる僕を見上げるように、
いや、正確に言うと階段の先。
登り切って、上がり切った、二階への到達点を
見上げて、静止した。
「随分と、楽しそうにしているモンだぁね。菓子増」
その声に‐‐聞き覚えのない暗い声に‐‐振り返り見上げるとそこには背の高い女の子が居た。
「うん? 黙りこくってどーしたぁね? 菓子増。ほら、もっと楽しそうにしなきゃだぁね」
「…………」
手すりの広がった部分に腰掛けて、足を組んでいる。
日も暮れかけていて、逆光ということもあり、僕の位置からはシルエットしか分からない。
「ま、マキマキちゃ、ん」
マキマキちゃん。
と
そう言った。
震えながら
怯えながら
恐縮しながら
委縮しながら
静粛に。
ましかはただ、
口を噤んだ。