三十六枚目
風紀委員。
天槻高校生徒会に次ぐ、権力団体。
ここ数年の動きは無いようだが、五年前のプチ学生運動を沈めたのも、風紀委員だったらしい。
彼らは毎年五人で構成され、一般の生徒には知られないよう、秘密裏に動くらしい。
そして、ある年から明らかになった情報が一つだけあり、彼らは名前に「色」を持つらしい。何故か分からないが、毎年そうなるらしい。
--らしい、らしい。と言っているのには理由がある。全て蓬先生から聞いたものだからだ。
この風紀委員が、僕達の、先日の騒動を聞きつけ--と言っても、どの筋の情報だよ--何やら動いているそうだ。
「じゃけぇ、あんまり派手に目立つ事するなよ……たいぎいのぁ、ワシなんじゃけぇな」
蓬先生は本当に怠そうに、紫色した頭を掻く。
「ですが、先生。僕達は……何も」
「そーだぜ! かはっ! 俺はただ、昔の因縁に決着をつけただけだぜ」
快活に高笑いする鈴白。
無理してるように見える……のは気のせいではないはずだ。
「じゃけえ、お前らが派手に暴れると、ワシが困る」
「どうしてですか?」
「アア!? 分からんのか! 顧問の先生として責任問題じゃけぇじゃ!」
なんと、自己中心的な回答だろうか。
教育者の風上にも置けないな。
僕は先生から目線を切り、考える事をやめた。先生はぐちぐちと何か言っていたが、僕の耳には届かなかった。馬の耳に念仏だ。
「--とゆー事で、頼むの。騒ぎは絶対に起こすなよ。風紀委員に絡んだりとか、間違っても喧嘩や勝負なんてするんじゃないで」
そう言って、先生は踵を返し長い廊下を歩き出した。
部室に戻ると、みんなノートを開き、勉強をしていた。僕と鈴白に気付いた御乃辻は「大丈夫でしたか? 何の話だったんですか?」と質問を次々と投げかけてきたが、僕は出来るだけ上手く誤魔化し、難を逃れた。
「で、三人は一体何をしていたんだ? ノートなんか広げちゃって」
「ハッチ先輩は分かっていないなぁ! ノートを開き、やる事と言えばひとつだろう?」
「……一応、聞こうか」
「すごろく作りだ!」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
「ああっ! 待て先輩! 私はすごろく作りだが、ましか先輩は勉強している様だぞ」
ましかはポッキーを咥えたまま、真剣な表情でペンを走らせていた。
「ましか……何だっていまのタイミングで真面目に勉強しているんだよ」
ましかは顔を上げ、くりくりとした大きな目をパチパチっと瞬かせる。
「ハッチ〜。分かってないねぇ。ましかちゃんは夏休みの宿題を先取ってやっているんだよぉ」
「あれ? 宿題の範囲なんて発表されたっけ?」
「ん〜んー。だからぁ、この辺が範囲になるだろうって予想して、勉強してるんだよ」
「何だよ! その出来る奴みたいな行動!」
確かに、こいつ毎年宿題終わらせるの早かったな……。ましかとの付き合いも長いが、ようやくカラクリが解けたな。
僕は少々感心し、ましかの言葉に耳を傾ける。
「だぁってさぁ……やるなら早く終わらせた方がオトクだよ? 夏休みに勉強しないために、夏休み前に勉強して、貯蓄しておくんだよ。勉強溜めだね!」
「そうか。いやはや、感心だな」
「ハッチは勉強駄目だもんね!」
「言うなよ」
掛詞も、ここまでいくと皮肉だよな。
あなかなしや。
「--で、二人は先生と何を話していたの?」
ましかが唐突に言ったので、思わず洗いざらい話してしまいそうになったが、なんとか堪えた。流石、僕。
「……何でもないさ。部活、頑張れってさ」
「ふーん……」
ましかはそう言って、ノートへと目線を落とした。
ふむう……今日の部活動は「自習」か。
そう心の中で呟き、僕は空いている丸椅子に腰掛け、読みかけの本を開いた。