三十四枚目
「ぐぁああああ--」
番堂の悲鳴は続く。
まるで、人を食ってしまう鬼のような番堂ではあるが、叫ぶ。叫び続ける。
まさに、鬼の目にも涙だ。
「なぁ〜、次の勝負は何だよ〜? オッサぁン」
「はっ……離せ、手を、テガ! 手、テ、て、手がっ! がっ! がっ!」
鈴白は、ここでようやく番堂の右手を解放する。
「ハァ、ハァ……まるで鬼じゃのぅ!」
「あんたが言うか……」
「かっはっは! ちげぇねーや」
番堂は右手をさすりながら、涙目で僕たちを睨んでいた。
子供かよ……番堂長介……。
「じゃが、まだ……最後の勝負がっ!」
やれやれだ。
やはり、彼は三本勝負の本質を見抜いていないようだ。
僕は居住まいをただし、いつもより格好つけ、番堂を指差し--
「それは違うぞっ!」
的確に、
迅速に、
鋭く--論破した。
番堂は驚いた表情で僕を見た。いや、睨んだ。
「なんじゃと? おい、そこのちびっ子……説明せい!」
ちびっ子だと?
この僕が!?
えぇ!? 何何? ワカンナイ!
「どういう事だ。説明しろ、ちびっ子屋」
「鈴白! お前まで!」
「かはは! そう怒るなよ皮肉屋ァ。敵を貶すにはまず味方からって諺が--」
「ねぇよ!」
僕の身長をいじるのはヤメろ!
というより、お前らの背が高過ぎるんだよ。この不良共っ!
「……僕の身長の事はもういい。いや、良くは無いけど--ともあれ、勝負が着いたのは明確だ」
「ぎはは! 小さいくせに中々面白い事を言うな。ちびっ子の癖に、やるではないか!」
「…………。いや、あの……まぁ、普通に考えて、三本勝負という事はさ、二本先取した方が無条件で勝ちになるんではないか。……と、そう考えるのが妥当かと」
番堂は答えに困った様で、口をぽかんと開けていた。
鈴白も……以下略だ。
「つまりさ、二本目の勝負を終えた今、鈴白の勝ちは揺らがないし、番堂……さんの負けは、揺らがない」
「…………はっ!」
鈴白は三本勝負の本質に驚いていた。
本質という程大仰なモノではないが……。
しかし、とにかく--
「なっ。勝負はこれにて終了だ」
「かっははははははは! だぁな! ……で、何の勝負だったっけか?」
馬鹿か、こいつは……。
「全く……」と僕は呟き、番堂の方を見ながら続けた。
「部室に石を投げた連中を突き止めるんだろ? ……で、アイツが主犯だった。だから部室襲撃の理由と、抑制の為にお前は戦ったんだ」
しかし、お前が勝負に夢中になってしまって、色々と、番堂に聞きたい事を聞けていない。
全く面倒臭い……。
近道をゆっくり歩いて目的地へ向かった感覚だよ、もう……。遠回りした方が早かったんじゃないだろうか……。
「ぎはは! ぎーはははははは! ぎーっははははははははは!」
番堂が何の前触れもなく、唐突に笑い出した。僕たちは動かずに彼を見る。
「ぎはは! 確かに三本勝負はこれにてお終いじゃが……ワシは鈴白に勝つまで勝負をやめんぞぉおぉおおお!」
「かっはっは!」
何故こうなる。
どうして不良という生き物はこうも勝負にこだわるのだろうか。
理解に苦しむ……。
まぁ、ここは引けないな。僕だって早く帰りたい。これ以上騒ぎを起こすと、色々と面倒な事になりそうだ。
「……あのさ、聞いてる? お二人さん」
「かっはっは!」
「ぎはははは!」
「えぇ……何故笑う」
一通り笑い終えた所で、彼は……。
番堂長介は……。
「皆の物! かかれぇえええええええいっ!」
番堂が、右手を天に掲げ、学校中に、いや、近所にまで届きそうな声をあげた。
僕は振り向く。
出入り口を、
無意識的に。
「こんな人数……いつの間に」
出入り口からぐるっと円をかくように、僕と鈴白は囲まれた。
目と口が開いている、銀行強盗がよく被っている。アレだ。
「バンチョ! バンチョ! バンチョ!」
貯水タンクの後ろからも、続々と不良達が現れる。こんなに不良達が居たのか。この学校……。
いくら自由な校風だからって、風紀委員は何をしているんだ!?
「かはっ! 結局は、コレしかねーよなァ! 俺みたいなヤツラは結局、拳で語るしかねーんだ」
鈴白は拳を握り、「だが--」と続ける。
「皮肉屋の言うように、ここは大人しく負けなきゃなんねーかな」
「だな……」
「恐いか?」
「まさか。お前にメンチ切られる方が幾らか恐ろしいさ」
「かはっ! 言ってくれるぜ」
そうだ。
事前に鈴白には言っていたが、僕達の部活を、廃部にさせない為には、平和的に解決するしかなかったのだ。
痛い思いをするという方法もあったが、どうやらこちらの方が濃厚のようだ。
痛いのは嫌いだ。
痛いのは正直、恐い。
だが、あいつらの思い通りになるのも……やはり、癪だ。
「全員! やれぇぇええええええ!」
堰を切ったように、不良共が僕達目掛け、突撃してくる。声にならない声が、互いに重なり、僕らを刺す。
「スマンな……皮肉屋」
「意外と思いやりがあるじゃないか--っと、来たぜ」
「アァ! 気合入れて殴られっか!」
もう、夕陽も沈みかけている。
夏独特の太陽の長さに薄暗い哀愁を漂わせ、僕達は--
ただただ、殴られた。