三十三枚目
部室襲撃犯の主犯、番堂長介との戦いは意外と楽に終わりそうだ。
『男の三本勝負ッ!』--
『体』の勝負に勝った鈴白。
悔しがる番堂。
それを見ているだけの僕。
「うぉおおおおぁ!」
「かはっ! まぁーたパネルか? 早く出しやがれよォ」
「ぬぅううううんッ! 次は『心』の勝負じゃあああああああああああああああ!」
やはり、番堂はパネルを出し、僕たちに見やすいように、パネルの角を指でつまんでいた。
何だ、意外と繊細じゃないか。
などと--
考えていると、鈴白は呑気に言う。
「成る程! パネルは背中に仕込んでやがんだなァ?」
「なに感心してるんだよ、鈴白……」
「アァン? 皮肉屋は無感動でいけねーな。人間ってのァーー日々、驚きと新しさを求めているンだよ」
「鈴白の哲学を聞くために僕はここに居るんじゃないんだよ。僕はあくまで見張りであり、仲介役なんだから。忘れないでくれよ」
鈴白は実に面白くなさそうに、「かはっ!」と笑った。
「まぁ、皮肉屋はあの部活の部長だからな」
「やりたくて、部長やってる訳じゃないさ」
「ふーん。あっそ」
そろそろ説明に入りたいんだが--、と、番堂長介は僕たちの会話が落ち着くのを待っていたようで、少しモジモジしながら、こちらと目を合わせようとしない。
寂しがり屋かよ!
ライダーの変身を律儀に待っているショッカーかよ!
デカイ図体して、案外気にするタイプだな!
「ああ、もう話は終わったので、続けて下さい」
「ぎはは! じゃあ、次は『ジャンケン』じゃあああああああああああああああ」
ジャンケン……?
グゥ、チョキ、パーを使った簡単な遊び。老若男女が知る、古くから日本に伝わる。
あの、ジャンケンなのか?
「ジャンケンって、あの、ジャンケンですよね?」
堪らず、僕は番堂に聞き返す。
「ぎはは! ジャンケンはジャンケンだ」
「かはは! 俺の苦手分野だな」
何故笑う、鈴白……。
高らかに笑う鈴白に、僕は問うた。
「絶対勝て、鈴白。負けたら許さないぞ」
「かはっ! 脅迫か、皮肉屋ァ」
「完全下校時刻! もう三十分したら門がしまっちゃうんだよ」
「アァン? 門が閉まるんなら乗り越えりゃあいいだけじゃねーか!」
安易だった。
実にシンプル。
--且つ、大胆だ。
「かはは。妹達にも勝てやしねー。もずくにも勝てねーしなぁ」
ジャンケン弱い人間って、確かに居るけれど、そこまでいくと、何だか可哀想だな……。
僕は鈴白の肩に手を置き、ゆっくりと暗示をかける。
「いや、鈴白……自分を信じろ。勝っている自分を想像しろ。イメージは大切だからな」
「かはは! そうだな、やらなきゃなんねー時が、男にはあるからな。それがまさに『今』なんだな!」
鈴白は二三度、うんうんと頷き、番堂の方へと向き直った。
ギラギラと、野獣のように目を光らせ、鈴白は口を開く。
「じゃあ、始めようぜ。オッサン」
「ぎはは! いい目をしておるな。お主!」
「あんたもな。オッサン!」
沈黙。
聞こえてくるのは風の音だけだった。
そして、彼らはジャンケンにおける大切な掛け声打ち合わせ無しに、ピッタリとシンクロさせた。
「ジャン、ケン--」
時間にして--数秒--
一瞬にして決着がつく。
僕は、目を離さない。
そして--
「グゥウゥウウウウウウ!!!」
番堂が、目にも留まらぬスピードで、鈴白の顔面めがけて、右ストレートを繰り出していた。
そして--次の瞬間、
番堂の動きが止まる。
「うごぁあぁあああぁあああぃぃいいいででででで--!!!」
鈴白は動かない。
僕の位置からは、何が起こっているのか、全く分からなかった。見えているのは不良の背中だけだ。
「な、何が起こって……」
「--ジャンケンってのぁよォ……グゥがチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグゥに勝つ…………そうだよなァ?」
鈴白は、誰に言うでもなく続ける。
「だったらよォ……この勝負、俺の勝ちだ」
何を、
言っているのだろう。
僕は鈴白の状況を確認しようと、移動する。
「かはははは!」
口角をくいっと上げ、鈴白は大いに笑っていた。
鈴白は--
番堂の攻撃を、すんでのところで躱していた。というより、顔面スレスレで、番堂の拳を、掌で受け止めていた。
石を包み込む紙の様に--
「が、ぁああああああ!!」
そして、鈴白は今にも崩れんとしている番堂の右手を、握りながら言った。
「この勝負、俺の勝ちだ。異論は認めねー」
なんて勝負だ。
こんなジャンケン見たこと無いよ……。
僕は、肩を落とし、嘆息する。
「なっ! 皮肉屋!」
鈴白は「かはは」とシニカルに笑った。