三十二枚目
「うぉぉおおおお! 燃えて来た! キテル! キテルぞぉおおおおおぅあぁあぁぁ!」
『男の三本勝負ッ!』、まずは『体』の勝負からと言う事だった。番堂長介は一人で、自分の胸筋を激しくスパンキングし、自分を鼓舞していた。
「ンで? 最初はどんな勝負なんだ、オッサン?」
番堂長介は「ぎははは」と笑ってから、高校生とは思えない程の野太い声で勝負内容を明らかにした。
「最初はァァァァ----『腕相撲』じゃぁあああああああああ!!!」
『腕相撲』? ってアレだよな? 互いのアームがレスリングするやつだよな? あれれ? 番長を決める戦いに必要なのか? ていうか、僕はやる事無しだ! 見てるだけだ!
鈴白は半袖カッターシャツの袖を捲り上げながら意気揚々と答えた。
「かっはは! 案外いい勝負させやがるな、オッサン」
「ぎははは! そうじゃろう? お主の好みに添えるよう、勝負内容を徹底研究したんじゃからなぁぁぁあ!」
仲良しかよ!
幼馴染レベルの親密度じゃないか!
番堂長介マメだな!
僕は心の中でツッコミを入れる事しか出来なかった。
番堂長介の御達しにより、僕が審判という役割を務めることになったわけだが……何だか腑に落ちない。
そりゃあ、暇だなーとか思ってたさ。ああ、認めるさ!
だからって『お主! ぼーっと突っ立っとるなら審判せんかぁぁああああ!』ってちょっとトゲがある言い方だと思わないだろうか。
まあ、やることもないし……甘んじて受け入れたわけだけれど。
鈴白と番堂はうつ伏せになり、互いの右手を差し出し、力強く合わせた。
「よし、じゃあ……準備は、いいですか?」
「たりめーだ! 皮肉屋ァ」
「無論じゃぁあああああああああ!」
二人は僕の台詞に食い気味に応え、僕の抑えている二つの右手に集中していた。
僕は公平になるように--番堂に有利にならないように、また、鈴白に有利にならないように--硬い二つの右手にをゆるゆると解す。
そして僕は----
「レディ…………」
「……かはは!」
「……ぎはは!」
合図を----
「GO!!!」
----かけた!
「勝者ぁ、鈴白ぉー!」
「かははははは! トーゼンだぜ」
勝負は非常に呆気ない物だった。始まると同時に鈴白は右腕にありったけの力を注ぎ込み、番堂を、彼の右腕を--屋上に叩きつけた。
番堂はまだ起き上がらない。
大丈夫なのだろうか。
少々--目玉焼きにかける塩コショウ程度に--心配し、様子を伺っていると、うつ伏せのまま顔を地面にこすりつけたまま「ぎははは」と笑っていたので、僕は心配することをやめた。
「なぁ、この人、壊れちゃったのか? 何か笑ってるんだけど……」
「あー。アレじゃね? いい夢でも見てるンじゃねーの?」
「そんな風には見えないんだけど……」
僕がそう言った直後、番堂は激しく起き上がり、天に拳を掲げた。
まさか、昇天したりしないよな?
僕の期待とは裏腹に、番堂は「ぎはは!」と笑ってから、豪快に言い放った。
「負けてないィィィィ! ワシは負けてないィィィィ!」
僕と鈴白は互いに顔を見合わせ--言葉を発することなく--彼を見やる。
いや、どう見ても……。
どう転んでも……。
アンタ、負けてるよ……。
負けてたよ……。
受け入れなよ……。
現実を……。
呆れを通り越して、尊敬すらしてしまいそうな程の現実逃避の瞬間を目の当たりにし、僕は恐怖すら覚えた。
鈴白は笑っていた。
鈴白トレードマークである、頭に付けた白いネックウォーマーに右手をあて、これまた気持ちいい程豪快に、笑っていた。
「かははっ! 諦め悪ィなー、オッサン!」
「無論、じゃぁあああああああああ!」
彼の言葉の後。
もしこれが、アニメや映画だったら、演出で背景が爆発してるんだろうなぁ……などとのんきな事を、僕は考えていた。
そんな僕は頭を切り替えて、鈴白に耳打ちする。
「なぁ、鈴白。さっさと勝負を終わらせて帰ろうぜ。もう完全下校時刻も迫ってるし」
「ああ。あと二つの勝負に勝ってからな!」
二つの勝負、だと?
二本先取で勝負は決するんじゃないのか?
まさか、三本勝負と銘打つからには、勝ち数で勝負するものだとばかり考えるのは……僕だけなのか?
いや、
だとすると----
恐らく、番堂自身、気づいていないんじゃないのか?
「なぁ、鈴白」
僕が鈴白に重要な事を伝達しようとした瞬間を狙ってか、番堂は大声で僕の言葉を掻き消した。
「つ、次じゃぁぁあああああああああああ!」
彼の声が震えているように聞こえたのは、僕の錯覚だったのだろうか。