二枚目
出会いは宝です。
不良。道から外れた傾奇者。
僕は何故こんなギラギラした目の男を目の前にしているのだろう。
「全く……。不良との超絶バトルなんて、ガラじゃあないんだけどな」
時間を戻して説明しよう。
令嬢。御乃辻 沙矢が転校生として学校へやってきたその日、僕は事件に遭遇した。あった。当たった。いや、当たられた。さらにいうと当てられたのだが……。
僕の通う《私立天槻高校》はこの辺の地域では珍しくない普通の高校だ。偏差値でいうと50ということになるが。故に色んな人間が集まってくるわけである。良い子、悪い子、普通の子。『沢山の人間との交流なくして人は育たない。』というのが校長先生の考えらしい。(受験案内のパンフレットに大きく書かれていた。)
そんな天槻高校の廊下で僕は不良と肩がぶつかった。正確にはぶつけられたように感じる。
「どこ見て歩いてる?」
典型的。実に嘆かわしい程のボキャブラリーの無さ。不良なんて大嫌いだ。
「すみません。前方には注意してたんですけどね。避けた方向にまで幅を利かせるなんて全くもって感心しますよ……では」
そうそう、言いたい皮肉は言ったし、この場合は目を合わさずに早急に立ち去るのがいちばんーーーー。
「おい、逃げんな。何だその言い方は? 今俺はものすっげぇイライラしてんだよ。……殺されたいのか?」
低く凄味のある声に僕は動けなくなってしまう。まだ僕は彼の足元しか見ていないのだが足の長さから分かる。こいつは背が高い。
俯いている僕の胸倉をぐいと摑んで持ち上げる。
「聞いてんのか? オイ!」
自然と顔が、目が合う。
身長からいうと180cmは超えているだろう。痩せ型だが、しっかりした腕力を胸倉に感じた。白いネックウォーマーを頭につけ、ピアスを右に二つ開けている。噂に聞いた事がある、こいつ三組の生徒だ。やばい奴に皮肉スキルを使ってしまった……。
鈴白 酢昆布。一年生にして当時の三年生の不良グループを入学式の最中に潰したと聞いている。(本当に噂なのだが……)
そんな大不良が僕に何の用だ! とは言えない僕。そもそも身長差があって僕はほとんど地に足がついていなかったので何も言えなかったが。
時間にして十数秒くらいだったが、鈴白は「フンッ」と言って僕を放り投げた。ひょいと。いや、ポイッかな? 軽く数メートル投げられたのだ。
「目ェくらい合わせろっての……。まぁいいや。お前の顔、憶えたから」
と言って三階に続く階段を登って行った。
僕は少しの間その場から動けなかったが、ふと気づいた。何故三階に行くのだ? 三階には三年生の教室しかないはずだが……。
そんな事を思っていると後ろから声をかけられた。
「はっぴーお昼だわんだほ~。ぉぉ? そこにおはすはハッチじゃんかっ! なにしてーんの! お昼まだなら一緒にドゥ~よ?」
「ましかか……。嫌、不良に絡まれちゃってさ。顔覚えられちゃったよ」
「うわぁ……。ハッチ目立たないように過ごす天才だったのに……。悲惨だね……」
本気で引いてやがる……。ましかは感情が表に出やすい、否、感情を裸にして歩いている人間なのでこの表情に悪気はないのだろうが。
「ねぇ、もしかしてだけどその不良さん、頭にネックウォーマーしてなかった? だとしたら……」
「うん、してたけど? 何?」
「ひゃあ~……。ハッチ終わったぁぁぁ」
「何? やっぱり噂通りヤバイの? 彼?」
今更ながら後悔だなぁ。なんで皮肉っぽく言っちゃうかなー僕は。まぁ性格に難ありなのは昔っからだから友達が出来ないんだけどね。
「もう凄いらしいよー! アバレンジャーレッドは裸足で逃げ出すねーうん。さらにいうなら暴れん坊将軍を暴れられん坊将軍にしちゃうくらいの暴れん坊だよぉ。この前少し大きい地震あったじゃん? うんうん、震度3のね! あの原因じゃないかとか、もうすでに人を七人殺してるって聞いたりもしたなぁ。さすが《天槻の白虎》と呼ばれるだけはあるよねぇ! んまぁ全部噂噺なんだけどにん。ところでハッチお昼まだなら一緒に食べようよー」
「正直、何も食いたくない……てか悩み過ぎて吐きそう……悪いが今日は付き合えないな」
うっぷ。と身体の内側から酸性汁が上がってくる感覚……憂鬱だなぁ。僕は残りの授業を全て置き去り、早退を決め込むことにした。
ましかを学校の中庭に送った後僕は早退するため保健室へ行った。保健室は中庭から見える位置にありそこからは下足場も図書室も見える。保健室と下足場が近いというのは早退しやすくていいのだけれど、教室に鞄あるんだよなぁ……。
「仕方ない、取りに行くか」
僕は下足場を右に見ながら階段のあるところまで歩いて行く。そして階段を登ろうとした時、また彼に会ってしまった。
ここで僕が出来る選択は二択だ。
1.目を伏せて何食わぬ顔でやり過ごす。
2.お得意の皮肉を言ってやる
迷うな! 1だ! 頑張れ僕!
「あーん? さっきの皮肉屋じゃーねぇか。なんだ? また俺に絡みに来たのか? ケンカならいつでもやってやるよ」
「…………」
下を向いてやり過ごそうと、僕は頑張った。いや、駄目だ。顔に出てしまう。
「おい! 聞いてんのかよ? 皮肉野郎」
胸ぐらを掴まれて僕は顔を上げざるを得なかった。当然、鈴白に僕の表情が晒される。
「なんだよ。言いたい事がありそうな顔してんじゃねーの? 言えよ。ムカついたら殺してやっから」
ああ……。
「んだよ。結局、ビビっちまったか。かっ! つまんねぇ野郎だ」
もう駄目だ。
「……どくさいな」
「ああん?」
「不良って人種は本当にメンドくさいなって言ったんだよ! これだから、不良なんて大っ嫌いなんだよ!」
廊下にまで、中庭にすら届いただろう僕は大声をあげていた。そこから何を言ったか、相手がどんな反応をしていたか憶えてはいないけれど、僕の言葉が切れたところで物凄いスピードで拳が飛んできた。
当たり前の如く僕は吹き飛んだ。何故不良と知りながらケンカ売ったんだ僕は……。
でも、言ってしまったことは仕方ない。自分の言葉に責任を持ちなさいと沢山の大人たちが若者に言ってきたように、僕も自分の言葉に責任を持つことにした。
「うおおおー!」
半ばヤケクソで拳を挙げたが、鈴白は僕が拳をあげるが早いか身体を地面に近づけて僕の足を薙ぎ払った。デカイ図体しているが動きが速い。流石は不良。スポーツやってないのに反応がいい。いちいちムカつく。
横転した僕を今度は蹴りが襲う。顔……ではなかったが二三発腹に入って僕の体内はミキサーか何かで掻き回されているかのように感じた。痛みが、苦しみが、憤りが、悔しさが、情けなさが僕の中で混ざり、色を変えていく。圧倒的な力の前に敗色は濃厚だった。いや始めから勝とうなんて思ってなかったけどさ。
「ぐぅ……ガがっ……ゴホっごほッ」
「何だよ? もう終いか? やっぱ、つまんねえな」
正直、ここで黙ってボコボコにされたままでいたらよかったのだが、僕は意地っ張りで皮肉屋で負けず嫌いだった。じゃあな。と言って去っていく鈴白の背中がかろうじて見える。
僕は最後の力を振り絞り、鈴白の背中目掛けて頭突きを繰り出した。しかし、騒ぎを聞きつけて止めに入ってきた教頭先生に僕の頭突きはクリーンヒットした。そこからは僕も記憶が無い。
教頭先生は異常な程の石頭だった。