二十八枚目
ようやく、僕たち最初の部活動、「プリン作り」が終焉を迎えた。
思えば大変な道のりだった。主に変態を抑えるのに苦労したわけだけど、ようやく、僕たちは本日の課題であるプリンを作り上げた。
「かはっ! 案外楽勝だったな!」
鈴白がエプロンを外しながら言う。ましかがそれに続いてかしましく応えていた。
「うんうん! 色々あったけど、上出来だよ! 味は保証出来ないけど見た目はイイよ! なんか、レストランのショーウィンドに飾ってもいいくらいだよ!」
展示品作ってんじゃねーよ。と言ってやりたかったが、僕は持ち前のスルースキルを惜しげ無く活用し、その場をやり過ごした。はぁ、マジックポイントが心配だよ全く……。
調理器具を一旦水につけて、僕は席に着いた。
エプロンを外さないまま席についていた切子ちゃんが、僕の顔を覗き込んだ。
「どうした? 先輩。今にもため息をつきそうな顔をして」
「どんな顔してたんだ、僕は……」
「んん? いつものキレはどうしたんだ、先輩? 曲がらないシンカーの様だな」
「それはどう言う風に受け取ればいいんだ」
「回転だけはイイ。と言う答えになるなっ! ……まっ、待て待て先輩! おもむろにフォークを掴んで、な、な、な、何をするつもりだ!?」
切子ちゃんは焦っていた。エセ裸エプロン姿のまま、両手をバタバタと動かしている。その手は明らかに僕の攻撃に備えている様だ。ご期待に添おうか。
「なぁに、お前を三振させようとな……」
「へ、変化球投手か!? ハッチ先輩!」
僕がフォークを切子ちゃんにお見舞いしてやろうとすると、御乃辻から声が掛かった。
「では、みなさんの作ったプリン。お楽しみの試食タイムといきましょうか」
幾分高くなったテンションを抑えきれていないのか、御乃辻は上ずった声で皆に向けて言った。
「ででで、では……ハッチさん・局さんチームは私が。私の作ったプリンは菓子増さん・鈴白さんチームが、それぞれ試食しましょう」
御乃辻は自分の作ったプリンを二つ、ましかと鈴白の席へと運んだ。切子ちゃんはプリンを一つ持ち、御乃辻の席へと進む。鈴白は僕の席へとプリンを二つ持ってきた。
「かっはっは! 皮肉屋ァ! 自信作だぜ!」
そう言って僕の目の前に置かれたプリンは、フルフルと震えていた。
「なんだよ。本当に見た目はイイじゃないか」
「食べるとビックリだぜ? 俺は恐ろしくて口にしてねーがな」
「うぅ……。まぁ、そうだろうな」
見た目は普通のプリンを目の前にし、切子ちゃんの帰りを待った。皆が席に着いた所で、御乃辻が静かに手を合わせて口を開いた。
「では、合掌してください」
僕たちは御乃辻に倣って合掌をする。自然と僕は目を閉じていた。御乃辻の透き通る声が聞こえる。
「せーのっ!」
「いただきますっ!」
全員で「いただきます」をして、スプーンを手にする。さあ、どんなプリンを作り上げたんだ? ましか。
スプーンでプリンを一掬いしてみる。すると……。
「な、なんだこりゃあ……!?」
黄色い外側から……赤い固形物が、顔を覗かせた。
「あ、赤いな! 先輩」
「ああ……。切子ちゃん……出来れば、最初の一口は君に譲ろうと思うんだけど」
「いやいやいやいやいや! 先輩こそ、お先にどうぞだ。私の様な若輩者はプリンを口にする事すら畏れ多い……さぁ!」
「まーてまてまてまて! 先輩だからこそだ! 後輩に花を持たせるという僕の気持ちを汲めよ……さぁ!」
プリンから顔を出している物体Xに、僕たちの心拍数は上がるばかりだった。何だこれ!? めっちゃ怖い! プリンの中に何を入れやがった、あいつ!
「まぁ、言い合っていても始まらんな。一口目は……すぅーー、はぁぁぁーー。私が行こう」
切子ちゃんは意を決して、否、胃を決して、物体Xを含めたプリンをすくい上げた。僕は押し黙って、敬礼した。
「いざ!」
切子ちゃんは口に入れたプリンをもぐもぐと噛み締めていた。切子ちゃんの表情はみるみる青くなり、三角コーナーへと口の中の物を吐き捨てた。
水道水で口をゆすいで、口の周りの水を拭きながら切子ちゃんは言った。
「せ、先輩……これ、グミだ」
はぁ?! グミ? ああ、だからもぐもぐしていたのか。ましかめ、なんて事しやがるんだ。
「さらに、なんだか口の中がザラザラする……」
「ポテチじゃないのか?」
「いや、ん〜……何だろうなこれは。砂ズリのようなザラザラ感だが……」
なんだそのフワッとした食レポは……。
僕は持っていたスプーンを静かに置いた。
「食べない方がいいな……」
そう呟いて、僕は顔をあげた。そう。他の班の様子を確認するためだ。
僕たちの隣の席には御乃辻の作ったプリンを食べる鈴白とましかが居た。
「なんっ!? だ! コレは!」
「うわわわわぁ〜、プリンプリンだよー! んぁぁあ〜! どうしよう! 美味しいって形容詞以外に当てはまる物が見つからないよぉぉ!!!」
鈴白とましかは目をキラキラと輝かせ、休むこと無くプリンを口へと運んでいた。『美味しい』しか言わない二人はあっという間にプリンを平らげてしまった。
「かはーっ! 美味かったぜ! 既製品よりも美味いプリンなんて初めて食ったぜ!」
鈴白に続いてましかが御乃辻を賞賛する。
「うんうん! すごいよ! すっごいよ! 店が出せるね! 一個二百五十円で東京を中心に話題になるよ! 大御所のレポーターも『宝石箱やぁ〜』だよっ!」
そんなにすごいのか? まぁ、ましかが満足そうにしているなら、それ相応の物なのだろう。
御乃辻は、ましかの発言にニコッと笑って、僕たちの作ったプリンを口にしていた。
何もコメントが無い……と言うことは? いったいどうなるのだろう。僕は小声で、切子ちゃんに訊いてみることにした。
「なぁ、切子ちゃん……御乃辻の評価、気にならないか?」
「私達のプリンの評価か?」
「ああ。何も言われないってのは少々キツイものがあるからな」
「ふむう。よし! ここは先輩のために、私が一肌脱ごうではないか。まぁ、私はこれ一枚しか着ていないのだけれど」
「やめろ」
しゅんとした。しかしその反省は一瞬だった。切子ちゃんは席を立ち、御乃辻の居る前の調理台まで走った。らんらんと目を輝かせているな……。
「やぁ! 御乃辻先輩! 私達のプリンはどうだっ----」
切子ちゃんが珍しく普通に、御乃辻にプリンの評価を訊こうとしたその時、物凄い音が教室に響き渡った。
「な、何っ!?」
誰とも無くそんな声が聞こえる。
状況を理解するまでに少々時間がかかったが、物凄い音の正体はガラスの割れた音だと悟った。
今思えば、それは僕らが受けて当然の事だったのかもしれない。しかし、僕たちはまだ……この時は何も知らなかった。