二十七枚目
「違う! まずはカラメルソースからだろ!卵はまだ割らなくていい! エロいポーズも禁止っ!」
僕は切子ちゃんをコントロールするのに四苦八苦、十二苦十六苦していた。
「そうケンケンするな、先輩! ははっ! 料理は考えてやるものではないぞ! 身体で! 感じる物だろう!」
鍋に溢れんばかりの水をいれ、卵を投入した。しかも、丁寧に割ってしまった……。
「何をどう感じたら火にかけて直ぐの水溜りに、生卵を投入出来るんだよ! 食材に謝れ!」
「ナマンダブツ!」
「どういうことだよ! 確かに、お前のせいで卵はお釈迦になったけど!」
「おぉ〜!」
本気で、僕に尊敬の眼差しを送る切子ちゃん。いや、拍手してる場合か……。
「とにかく、カラメルから作るぞ。僕のいう通り動けよ」
切子ちゃんは右の小指を自分の下唇に当て、口を「う」の形にして目を細めて言った。
「命令されるのは……やっぱりイイな」
「すみませーん。ペア変わってくれる方居ませんかー?」
居なかった。
「やるか……」
フライパンに水と砂糖をいれ中火にかけ、色が変わるのを待つ。
ようやく真面目に働き始めた切子ちゃん--と言っても見てるだけだったが--に安心していると、新たなる不安の種が僕の土壌に芽をだした。
「すこんぶ君! 絶対これ入れたら美味しいよ!」
「うーん。それポテチだろ? んー。まぁ料理は閃きって、何かで言ってたような……だが薄塩味はどーかと思うぜ!」
「むー。何味ならマッチするのかなぁ?」
「かはっ! 俺の予想だとサワークリームオニオン一択だな!」
「えー!? どーしてぇ!?」
「決まってるだろ? サワークリームオニオンの方が美味いからだ」
「そ、そっかー! じゃあそっちにしよう!」
やれやれ、愉快を通り越して危険な会話だ。ちょっとアドバイスしてきてやろう。
「切子ちゃん、ちょっと火を見ててくれないか?」
「ん! 了解したぞ!」
僕は切子ちゃんにフライパンの中のカラメルソースを任せ、隣の調理台へと急いだ。
「ストーーーーップ! ましか、何考えてるんだ。それじゃあプリンが可哀想だろ!」
間一髪。サワークリームオニオンをフライパンに投入させる寸前に、僕はましかを止めた。てか、こいつら……カラメルソース作る段階からサワークリームオニオンを入れようとしたのか?!
僕がすかさずサワークリームオニオンを回収すると、ましかは頬を膨らませながら、自分のエプロンの裾を掴んだ。
「えー! 絶対美味しいのにーっ!」
「美味くなるはずがないだろ……。どういう基準でこれが審査に通ったのさ」
「美味しい物を一緒にするんだから! 美味しいはずだよ!」
なんだよその単純な法定式は……。
「じゃあ、ましか。お前好きな食べ物何だ?」
「お菓子」
「いやいや、お菓子は一旦忘れてくれ」
「そんな事出来ないっ!」
「んー。じゃあ、アレだ。親父さんが作ってくれる物の中で好きなのは? 何だ?」
「カレーとひじき」
「合わせるとどうなる?」
「………」
よし。僕の勝ちだ。サワークリームオニオンとプリンの衝撃的な出会いを回避したぞ。これで世界は救われた。
世紀末に降り立った救世主の様に自分を褒めるのもどうかと思ったが、やはり食材を無下に、無為に扱うのは間違っている。僕の行為は正しかった筈だ。
だがしかし、ましかは僕に負けじと食い下がる。というよりヒステリックに叫んだだけだが。
「むーーー! うるさい! うるさい! うるさいなぁぁぁ! ハッチィィィ! カレーとひじきも、もしかしたらいい化学反応起こすかもしれないじゃんかぁぁぁぁあ! ましかちゃんは信じてるよ! ひじきの本当の力を! ってかてかてか! よく考えたらひじきって味無いじゃん! カレーが少し黒くなるだけじゃん!」
ああ、やっぱりこうなるのか……。どうするかな。
僕は頭を掻きながら片目を瞑って、ましかをなだめにかかった。
「ん〜……。わ、分かった。分かったよ、ましか。だけど、これだけは分かって欲しいんだ。食材を無駄に、無為に、無下に扱う事だけは……絶対にしないで欲し----」
僕が最後のセリフを言い終わる直前、鈴白が誰に言うでもなく、大きな声で言う。
「ん? おい! なんかコンガリした匂いがすンだけど……何か、焦げてンじゃね?」
ハッ!? フライパン……。いや、こっちでは使っていない。御乃辻は? いや、そんなヘマしない! まさか!
「切子ちゃん! 何してる! フライパンの火止めろーーーー!」
僕はコンロに急いで手を伸ばし、火を止める。熱をもったフライパンからは、もくもくと煙が立ち上っていた。
切子ちゃんはしゃがみ込み、コンロとフライパンの間を唯々見つめていた。僕が火を止めた瞬間、切子ちゃんはあり得ない程あっけらかんとした表情で、僕に言った。
「ん? 先輩に言われた通り、しっかり火を見ていたぞ!」
「ハァ、ハァ……お前は、僕が『死ね』といえば死ぬのかよ……」
「勿論だ。先輩の言う事は絶対だからな!」
「アンフェアな王様ゲームみたいで嫌になるな……。忠誠心がもはや中世だな」
僕は切子ちゃんに通じもしない皮肉を言ってやり、固まってしまったカラメルソースを流しに捨てようとする。
すると向こうの机から、大きな声で叫ぶ女の子が居た。……ましかだ。
「あーっ! ハッチ、食材を無駄にしたーっ! 無意味に無為にして、無限に無下にしてるー! あ〜、いけないんだぁ!!」
「……っ!」
返す言葉もない。
そんな時、教室の前から声が掛かる。
「あのー、材料……まだ有るんで、と、と、とにかく作ってみましょうよ〜」
力無く、もじもじしながら御乃辻は言った。語尾はもう消えていくように小さくなり、否、聞こえていなかった。ごめん、御乃辻。
「もー! 埒が明かない! チャッチャと作るぞ! 放課後は永遠には続かないぞ、先輩方!」
僕は白い目でエセ裸エプロンの切子ちゃんを見て、非常に落ち着き払った気持ちで--例えるなら……いや、もういいや--ビシッと言ってやった。
「いや、お前が言うなよ」
「なんと!」