二十六枚目
「ええ、コホン。では第一回の部活を始めたいと思います----って、聞けぇぇ!」
僕たち製菓研究会はお菓子を作る部活だ。何のために部活をしているのか。答えは単純明快。教師に強いられたからだ。いや、進路希望調査書に何も書かない僕を見兼ねて、担任が部活を勧めた。強いられたなんて言い方は煎餅先生に失礼だ。
しかし、初めての部活らしい部活に多少の高揚感が無いわけでは無い。このメンツといると、何かすごい事出来そうな気さえしてくる。
故に僕の話を聞かない奴ら--八割がた切子ちゃんとましかだが--に怒鳴らなくてはならないのだ。
「いいか、みんな! 僕は部活をしなくちゃ、またあの進路希望調査ナントカに悩まされるんだ。生徒会の目もあるし、真面目に部活してる所を見せなければならないんだぞ」
エプロンを着けながら鈴白が首を傾げる。
「ナントカ希望ナントカって何だ? オレ書いてねーんだが」
「ああ、鈴白は特待生みたいなもんだからな……。要は将来の夢みたいなもんさ」
「かはっ! んなもんテキトーでいいじゃねーか。パイロットとか医者って書いときゃ先公は満足すンだろ」
「……じゃあ、鈴白は将来パイロットになるのか」
「たまんねーなっ! 皮肉屋ァ、オレは将来の夢あんぜ」
「意外だな……」
「かっははは」
鈴白は腰に手を当てて笑っていた。実に気持ち良く、白い歯を見せて。
ようやく、みんなの準備が整った。ましかは食べる専門だと言って聞かなかったが、みんなの説得により、--主に僕の説得だが--なんとかエプロンを来せることが出来た。調理室にあった白いエプロンだったので、皺くちゃで、ボロボロだった。
御乃辻は黄色いフリルがあしらってある白いエプロンをしていた。鈴白は青いチェック。そして、切子ちゃんだが--。
「お前は何処まで変態なんだよーーーー!!!!」
切子ちゃんはなんと裸エプロンだった。
「なんでエプロン着けて通常時より露出が多くなるんだよ!」
「ふふふ……見誤ったな、先輩」
切子ちゃんは手を後ろに回し、エプロンをほどいて見せる。
「うおぉおおぉぉ!?」
「ああー!」
「きゃー!」
「…………」
切子ちゃんは胸にサラシを巻いて、下にはハーフパンツをまくしあげて履いていた。
「ふふん! どうだ? 気分は新婚。先輩のハートキャッチ! プリキュアっ!」
「いや……ぶっちゃけアリエナイ」
「なんとっ!」
切子ちゃんは大袈裟に驚いていた。両手の中指と薬指を折った状態で、左手は頭の上、右手は口元に持ってきていた。高橋留美子作品かよ。驚き方が伝統芸だよ。
さて、作業開始だ。蓬先生は今日は来ていないが、時間も無いし始めようということになった。よって、今日の先生は御乃辻という事になる。
「では、始めて行きましょう。まずは材料の確認からですね」
今日は二人一組でプリンを作るということだった。机にはそれぞれ、材料が置かれていた。机の右側にはコンロ、左側には流し台、シンクがある。御乃辻は一番前の机で、僕らに正対して先生役をやっている。
「はい。じゃあ、最初に……タマゴ。ありますね?」
元気だけは常人の三倍ある幼馴染は実に清々しく返事をした。
「はーい」
「次に、牛乳、生クリーム、砂糖、水、バニラエッセンス、あとはプリンの容器ですね」
僕の隣でエセ裸エプロンが独り言の様に呟いていた。不本意ではあるが、僕は切子ちゃんとペアになってしまったのだ。
「ほほぅ。バニラエッセンスか。これを使って……。ん? どうした先輩。舐める様に私の身体を見て」
「見てない」
「そうか? 存外、舐められて悪い気はしないがな」
「あー……分かった分かった」
こいつにはもう、つける薬が無いのだ。僕は、そう感じていた。
御乃辻の説明をしっかりと聞いていたのは僕と鈴白だけだった。切子ちゃんはずっと僕の隣で変態行為を行っていた。ましかはいつも通り、お菓子を食べていた。
ポテチ『サワークリームオニオン』味か……。期間限定みたいだし、まぁ、買うよな。
「すこんぶ君、食べるでしょ?」
ましかは『当然食べるよね?』という顔をして鈴白を名前で呼んだ。鈴白は「あぁん?」と、ましかを睨みつけて言う。
「俺を名前で呼ぶんじゃねぇ」
「えー。期間限定だよ? 今を逃せばいつ食べられるか分からないんだよ! 勿体無いよ! そうだ! 飴あげる! 飴! 飴は食べるでしょ!? 甘い奴!」
「んー? イラネ」
ましかはスカートの左ポケットから、黒と赤の小さな袋を取り出して、鈴白に差し出した。
「男梅もあるよ!」
「……ひとつくれ」
貰うのか、鈴白……。信じてたのに。というより前で説明をしている御乃辻の声がどんどん小さくなっていく。これは不味い。
僕は二三度手を叩き、みんなの注意を促した。
「おい! みんな! 御乃辻の説明を聞いていたか? ホワイトボードに順番まで書いてくれてるのをみんな分かってるのか?」
御乃辻は目をウルウルさせながら、ホワイトボードの黒マーカーを両手で握りしめていた。
みんなの視線が御乃辻に集まり、御乃辻は恥ずかしそうに下を向いた。
「……じゃあ、実際に作ってみましょうか」
その声に元気が無かったのは気になったが、兎にも角にも、僕達の第一回目の部活が始まった。