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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
一章 部活創設編
22/42

二十一枚目

 泣いているましかを人ごみの中、泣きやむ様に必死に対応する僕の姿は、はたからみてどうだったろう。

 あはれだったか、侘び寂びがあったか、幽玄だったのか。感じ方は人それぞれだろうけれど、周りの人の反応は『あらあら、大変ね。お兄ちゃん』というものであった。

 そんな事を回想しながら、僕はテーブルに肘をつき頬杖をついて、氷が溶けて薄くなったコーラを飲んだ。


「美味しいー! 美味しいー! ハッチのおごりだと思うと三割り増しで美味しく感じられるんだよ! んーポテトうまっ!」


「しかし、こんなジャンクフードで良かったのか? まだ他にも食べる所はあっただろ」


 ましかは今まさに食べようとしていた、ベーコンエッグバーガーをトレイに置き、エルサイズのメロンソーダを持ちながら言った。


「いーのー! ましかちゃんが食べたいものを食べている事実がひじょーに大切なんだよ! わかる? ハッチ」


 そう言いながら、ましかはアヒル口でストローをくわえた。


「まぁ何にしても、喜んでもらえて良かったよ。ところで、これ食べた後どうする? ゲーセンもあるし、何かやって----」


「ハッチ」


 いきなり、真剣な表情で僕を見つめるましかの目はいつになく、大きく見えた。まだほんのりと赤い目で、僕を見つめている。ましかはその表情のまま、話し続ける。


「部活……。作れるのかな」


 ここで、ましかの視線は下に落ちる。眉間にしわが寄り、目は薄くなり、泣きそうだ。崩れてしまいそうだった。

 そんなましかに対し、僕はできるだけ冷静に問うた。


「お前は、どうしたいんだ?」


「作りたいよっ! みんなで、楽しく仲良く出来る場を作りたいっ! でもね、ましかちゃんは、何も、なんにも、協力出来てないと思うの」


 一旦顔を上げたあと、ましかはまた床とお見合いを始めた。どんな言葉で繕っても壊れそうな、飴細工のような雰囲気だったが、女の子を泣かせるのは好きじゃあない。僕は、なるべく自然なトーンでましかに言った。


「お前が気にするのはそんな事か。そんな事、部長である僕に任せておけ。部活ができるかどうかを心配している? 協力できてない? お前は、ましかは……充分に、僕の支えになっているよ。しかも、何もヤル気が無かった僕に道を示してくれたのは、他でもないましかじゃあないか。僕は絶対に部活を作る。御乃辻や、鈴白や、切子ちゃんや、ましかの為に。それでもって……食べるんだろ? おやつ」


 ましかは泣いてしまった。しかし、同時に笑っていた。ましかの頬を伝う涙は今日見たどの涙よりも透明で、透き通っていて、綺麗で――美しかった。

 ましかは涙をぬぐう事も忘れ、僕に微笑みながら言葉を紡ぐ。


「うん。まかせたよ。部長キャプテンっ」


 僕とましかの席だけ切り取られた空間にいるような錯覚に陥り、他の人の話し声や、ポテトの揚がる音が遠く、遠く、訊こえていた。



 一通り買い物をし終えて、俺たちは来た道を戻り、駅に到着した。僕が今両手に抱えている荷物は全てましかのものだけれど。


「ほらほら、ハッチ! 置いてくよー! 早く早くー」


「待てっ! ちょっ……ちょっ! ったく本当にっ!」


 僕は右手にある荷物を手首に下げ、右手に切符を持ち改札口に向かった。左手も勿論荷物だったので、僕は改札口で半身になり、右手に持っている切符を投入する。手首にある荷物を素早く右手に持ち、それらを持ち上げながら僕は改札を抜けた。

 荷物、多過ぎだろ……これ。


「ふぅ、やっと落ち着いた」


 僕とましかはホームにおり、水色のベンチに腰を下ろした。荷物は床に置かざるを得なかったのだが。


「ひとまず、お疲れ様ハッチ。はい、ジュース」


「おう、サンキューな。ましか」


 僕はましかからジュースを受け取り、ふたを開けた。一口ジュースを飲み、吐息をはいた。

 ましかは僕の横にちょこんと腰を下ろした。


「今日はありがとう。ハッチ」


 いきなりのましかの感謝の言葉に、僕は戸惑いを隠せないでいた。少し照れてしまった僕はましかから顔をそむけながら言った。


「い、いきなりなんだよ。いつもの事だろ? ましかのわがままに付き合うのは慣れてるさ」


「えっへへへ。いいじゃんか! 学校では最近ましかちゃんのわがまま聞いてくれないし、休日くらいはましかちゃんの為に使ってくれてもいいじゃん! 楽しめたでしょ? 久しぶりに。たまにはこうして買い物しに行くのもいいもんでしょー」


「まあ、たまには、な」


 軽い音楽と共に轟音ごうおんを響かせながらホームに入ってくる電車に乗るため、僕とましかは荷物を持ちながら黄色い線の内側でドアが開くのを待った。

 電車に乗り込むと同時に、ましかが「あっ!」と叫んだ。電車に乗っていた人々が僕たちを一瞥し、また元のように視線を戻す。


「ばか。いきなりでかい声出すなっての。で? どうかしたのか」


「ううう……。新刊買うの、忘れちゃった」


 僕は小さく溜息をついて、辺りを見回した。土曜日の夕方、車内に空いている席は見当たらなかったので、僕は荷物を持ったまま閉じてしまったドアに体重を預けた。

 動き出した電車は次第に速くなり、景色が時間に置き去りにされるように停止していた。僕は窓から見える景色をただ漫然と見つめていた。

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