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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
一章 部活創設編
2/42

一・五枚目

 さて、今日は土曜日。学校は休み。一世代前までは第二、第四土曜日は学校にいくというはなしを聞いたことがあるが、なるほど昔の人はそれなりに苦労して我々を「ゆとり世代」としているのか。まぁよく考えると土曜日、日曜日と休んでいるのは何も学生だけではない。地方公務員という職業は土曜日、日曜日と休んでいるというではないか。勿論全ての地方公務員が……というわけではないが、「ゆとり世代」の学生としては非常に共感してしまいそうだ。だが、社会人として学生と同じくらい休むなんてけしからん! という批判も僕は浴びせてみようと思う。

 朝からこんなくだらない事をよく考えるなと思う反面、そんな時間が嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 そう、僕は暇をしていた。なにをするでもなくボーッとしている時間こそ愉悦。僕が考える事をやめても世界は止まらないしね。


「よし。少し走るか」


 部屋に置いている時計は六時半を指していた。僕は寝巻きから適当なジャージに着替えタオルを首に掛け、お気に入りのアディダスを履いて家を出た。

 僕の住んでる街は中々レヴェルの高い田舎なので、この時間ならどの道をどう走ろうと自由だ。かといって学校方面に走ることはしない。帰宅部の僕がランニングを日課にしているという噂が流れてしまったら事だ。クラスの目が今以上深刻なものになりかねない。

 いつも通り、学校とは逆方面に走り始めて数分。僕の後ろから何やら物凄いスピードで駆けてくる生命体を感じた。本当に……肌で感じた事になるのだが。

 その猛スピードの生命体は僕に飛びかかって来た。僕はたまらずタイミングを崩しその場に倒れてしまった。


「うぉおお? っててて……ってなんじゃこりゃあ!」


 猛スピードの正体はリードを外された犬だった。銀色が朝日に映える立派なハスキー犬だ。


「オン! オン!」


 尻尾を振って嬉しそうにじゃれてきている。ハスキー犬には珍しい行動だ。よく飼いならされているなと感心するほどだった。暫くして息を切らしながら何かを叫んでいる人が近づいてきた。


「セリヌンティウスー! セリヌンティウスー! あっ、いた! セリヌンティウス~心配したじゃないの」


 このハスキー犬、セリヌンティウスという名前だったようだ。こんなところで親友の名前を使われてメロスはさぞ激怒している事だろう。飼い主が僕の存在に気づくまでそんなことを考えていた。


「あっ、すみません。セリヌンティウス……この子がとんでもないことを……お怪我はありませんか?」


「ええ、なんとか。よく飼いならしてますね。そのセリヌンティウス」


「え? ええ。そうですよね。可愛くって」


 全く容量を得ない会話の後、彼女はもう一度僕に謝ってからずれた眼鏡を両手でもどした。今時ビンぞこ眼鏡とは、珍しい。腰まで届きそうな黒髪をひとつに束ねている。ピンクのジャージはいささかこの街に似合わないように思えた。


「それでは、これで」


 彼女は丁寧にお辞儀をしてセリヌンティウスとゆるりと歩いて行った。余りにも刹那的な出来事に唖然としてしまった僕は歩いて家へ帰った。


 家に帰ってシャワーを浴び、朝食を摂ることなく僕は二度寝と洒落込んだ。二度寝とは今、僕が知る限りの最高の時間の使い方だと思っている。シャワーを浴びると目が冴えて眠れないよ。とましかは言うのだけれど、奴は二度寝を分かっていない。あいつがやっているのは一度寝の延長でしかない。僕のように《寝》にこだわる崇高な人間は一度本気で身体を起こして寝にかかるのだ。不毛だという意見。確かに認めよう。しかし僕は寝る。

 二度寝……最高。


 ピンポーン

 間の抜けた音が僕を現実へと引き戻したのは丁度午後一時。もう昼時じゃあないか……。

しかし最高の時間を過ごせて重畳重畳。

 ピンポーン、ピンポーン

 世間知らずな奴め。誰だこんな時間にインターホンをならしてくる奴は。よし、決めた。


「居留守を使うとしよう」


 ピンポーン、ピンポピンポピンポピンポピンポーン

 連打である……。連打につぐ連打。さながらやまびこ打線の様に。こんな狂ったインターホンの押し方をする奴は僕は一人しか知らない。予想が外れるといいけど……。

 僕はゆっくりと布団から這い出て玄関へ向かい、そっと覗き穴に目を近づけた。

 ぎょろり。覗き穴に対して自分の目を近づけた小さな娘がそこにいた。というか、ましかだった。


「こっち見てくんなやー!」


 驚きと焦りからドア越しのツッコミをいれてしまった。ましかはそれに反応、ドア前で両手を上げて驚きのポーズ。どんだけ仲いいんだよ僕たち……。


 ましかを家にあげて居間へ通し、僕は寝巻きから部屋着に着替えて居間へ行った。白いソファにましかが座っている。


「やっと着替えたねー! 全く上下スウェットに着替えるのにそんな時間かけないでよぅ。今日はいい話持って来たってゆーのに」


「悪い悪い、ちょっと寝てた」


「酷いっ! 幼馴染のましかちゃんが遊びに来たのにっ! 残酷だぁ!」


「冗談だよ。で、いい話って何?」


 二人分の麦茶をついでソファの前のテーブルに置いて、ましかと向かい合う様に座る。


「ふっふっふ。聞いて驚けぇ! ましかちゃんの愛の教育的指導だぁ」


「なんだそりゃ? もう僕は心中穏やかじゃあないぜ」


 これを見よっ! とましかが出したのは《入部届け》に女の子独特な丸文字で《野球部》と書かれた二枚の用紙だった。


 こいつは本当に馬鹿だ……。



 休日を機械的に消費した僕は週始めの憂鬱さを朝日に感じながら午前七時に目を覚ました。早く起きすぎた、とは感じていない。なぜなら僕は学校へ行く前に一時間ほどぼーっとする時間を求めるタイプの人間だからだ。要するに起きて直ぐには動かないぞ、という僕のポリシーなのだが……。

 居間に行くと母が朝食を作っていた。朝からチャーハンを作っているようだ。僕はソファに腰を下ろし、朝の情報番組へチャンネルを合わせた。朝っぱらからアナウンサーは上司に対して愛想笑いか。

 出来上がったチャーハンを食べてから学校の準備をし、家を出た。家の前には、この時季には絶対不必要な袖なし白セーターを着ているましかがいた。


「はよはよハッチー! 今日も一日中がんばろーにぃ!」


「一日中頑張るのはどうかと思うけどな」


「頑張らないと! いい事も起こらないんだよ

! ハッチは何にも知らないなぁー。昔のえらーぁいヒトも言ってるんだよ。おもしろき こともなき世を おもしろくってね! このヒトいい事言うよねー! だれだっけ?」


「高杉晋作だろ? なんか少しニュアンス違う気がするけど……」


「細かい事はいいってーのっ! おっ! いいなこの言葉っ! ましかちゃんの名言の一つとしてもいいんじゃないかなぁ? ねぇハッチ」


「んー。名言ってか迷言を明言してるようにしか思わないなぁ」


 言葉じゃ伝わん無いかな。ましかだし大丈夫か。隣にいるましかは僕の予想通りハテナを作っていた。

 そうこうしているうちに学校到着。やはり学校が近いのはものすごいアドバンテージだな。

 下足場で靴を履き替えて、ましかは職員室に用があると言っていたのでそこで別れた。階段を登り二階に到着。階段を登ってすぐ右に位置している四組が僕の教室だ。ちなみにましかは一組。


「おい、聞いたか? なんか転校生が来るらしいぞ」


「おお! すげえお嬢様がくるって噂じゃねぇか」


 教室でざわざわと行われる会話を一部抜粋。こんな時期に転校生なんて大変な家庭もあったものだ。少しして煎餅が予鈴と共に入ってきた。

 煎餅が転校生が来ている。といったところから我が二年四組は割れんばかりの大歓声。朝からご苦労様なテンションだ。一通りみんなが騒いだあと煎餅が言った。


「では、入りなさい」


 教室の横開きのドアがガラァと開いてウチの学校の制服とは違うセーラー服姿の女の子が入って来た。彼女の長い黒髪は毎日ケアを怠っていないのであろうことが僕にでも分かる。凛とした態度で彼女は自己紹介のため黒板に名前を書き始めた。


御乃辻 沙矢(おんのつじさや)です。よろしくお願い致します」


 ニコッと彼女が微笑みながら言うと、誰からともなく暖かい拍手が贈られた。微笑ましい光景だ。なんて思っていられたのはここまでだ。

僕の平穏だった日常が、少しずつ、少しずつ、変わってゆく。

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