十四枚目
七月八日~九日0:07
「部活を作ろう」などと勢い込んで言ってしまったのはいいが、さあて困ってしまった。
「作るっていってもなぁ……。結局は会長に認められないといけないんだよなーー」
そう呟いて、僕はベッドに横になる。
もう頭は重くない。熱は動かないと下がらないとは母親からの教訓だが、こうも簡単に治ってしまうとは、僕に喧嘩を売ったウイルスも大した事ないな。
携帯の振動を左ポケットに感じたので取り出して確認した。
「ん? 非通知だ」
僕は非通知という存在が嫌いだ。自分を隠さないと人に電話も出来ないのか、と説教してやりたくなる。まあ、非通知というものは大抵がイタズラ電話かワン切り詐欺の様な会社からかかってくるものである。しかしどうだろう、もう三回ほど鳴らしているのではないだろうか。まあ、僕は大人だから非通知なんて怖くも何ともないイタズラ電話くらいにしか思っていない。
ーーという事で、遅ればせながら電話に出てみるとしよう。
「はい、もしもし。どちら様ですか」
「ふっふっふ、ワタシは闇の住人……。君は素質がある。どうじゃ? ワタシとともに世界を作り変えようではないか」
「…………」
ううむ。ここに来て路線変更という事は起こらないだろう。そんな究極ダークヒーロー目指して怪人をバッタバッタと切り倒すなんてストーリーは用意されていない、はずだ。
もう通話を切ってしまおうとして耳から電話を離そうとした瞬間に、聞き覚えのある声に変わり、俺を制した。
「チョイチョイチョイチョイチョーイ! 僕だよ僕。芒野でぇす。ビックリしたかい? 異世界物ファンタジーの主人公気分は味わえたかい? いやあ、まさかのノーコメンツには肝を冷やしたね! フリーズレバーだよ! なははは。ところで、君は何をしていたのかな?」
こいつか。今日知り合ったばかりなのに、ものすごい勢いで絡んでくるなぁ。正直疲れる。なんとかレバーのくだりは無視しておこう。
「フリーズレバーね!」
「人の心を読むな。にしてもどうして僕の番号知ってるんだ? そこは本気で気持ち悪いぜ」
「だからぁ、僕は何でも知っているんだってばさぁ」
「ああ、そうね。というより! お前よくも裏切りやがったな! 責任逃れしやがってぇ! 僕たち会長に目ぇ付けられちゃって部活できねぇだろ。どうしてくれんだよ!」
「いやいやいやいや。そのことなんだよ。実に話がスムーズだねぇ。嬉しい限りだよ。ところで話は逸れるけど『嬉』て字は何だかいやらしく思えてならないんだ」
「何の話だ! 全然スムーズに話進めようとしてねえじゃあねえか」
「いやさ、尺の関係でね」
「お前は何者だ! 業界人かよ」
だったら巻きでお願いしたいところだ。
芒野プロデューサー。
「まぁ、いいじゃあないか。ほらあれさ、急がば凹れともいうし」
「言わねえよ。ボコってどうするんだよ」
本気でこいつは何がしたいのかわからない。さっさと用件だけ伝えればいいモノを……。電話を何だと思っているんだ。
「うんうん。っま! 困っているだろう料理研究部の君に、僕から情報を提供しようと思ってね」
「何だよ。お前は生徒会側の人間だろ? いいのかそんな事して」
「うーーん。仕方ないでしょ。生徒回復会長の役もあるわけだし。その責務も果たさないとね。ーーで、その情報だけどーー」
一通り話を訊いて僕は電話を切った。
いろいろ詰め込み過ぎた。高校受験を不意に思い出してしまうような詰め込みようだ。
人間は不要な記憶は忘れるらしいが、まぁそうなのだろう。曖昧な事が沢山ある。それは今年の話だけではない。一週間前の夕食のメニューも思い出せない。しかし、大切なことは忘れない。僕は芒野に忘れてはいけない事を聞かされたのだ。
『会長の弱みを握れ。それは確かにある! いいかい? 来週の月曜日までが勝負だ。それ以降は絶対にその弱みは握れない。簡単にいうと『巡り合わせ』だよーーーー何故分かるかって? だから言ってるだろう? 僕は何でも、知っているんだぜ』
携帯をみると『7月9日 0:07(金)』と表示されていた。来週の月曜日がリミットだと言うならば、もう……。
「三日しかないじゃあないか」
ふふふ、と自嘲気味な笑みがこぼれてしまった。できるわけがないという気持ちが大きかった。しかし、やりたくないとは思わなかった。
「部活できるかどうかがこの三日間にかかってるって? なんだそれ。……面白え。ちょっと『頑張って』みようかな」
身体の内側が熱くなるのを感じる。
折角熱が下がったってえのに、本当、やれやれだぜ。
この時、僕は十六年という短い人生の中で一番カッコ良く電気を消し、布団を被り、眠りについた。