十三枚目
何といったらいいのか。この空気。
非常に張り詰めた空気の中、生徒会長である美人で、高貴な雰囲気漂う彼女は言った。
「ああ、料理研究部。あったわね、そう言えば。で? 何故貴方たちはここに居るのかしら?」
「僕が……説明します」
言ったのは生徒会副会長である芒野だった。しかし、明らかに様子がおかしい。会長に対してビビっている、ブルっている、恐怖し、戦慄しているのが傍目から分かる程である。
「当たり前よ、副会長。貴方以外にこの場を説明できる人間が居るかしら? そうでしょう? そうですよね」
「す……す、す、す」
す? 芒野は何をいうつもりなのだ?
体育館裏で緊張の告白よろしく、「す」の後が続かない芒野を僕達はただただ見ているしかなかった。
「すみませんでしたー! 桜井生徒会長。会長不在のため自分が話を訊いていたんですが、彼らに部活申請の件で脅されてしまって、もう怖くて怖くて……。『料理研究部を潰したら黒魔術をかける』とまで言われたので僕の方も仕方なく、渋々だったのですぅー! 会長が来てくれて助かりました! アリガトウゴザイマスゥゥゥー!」
こいつ……裏切りやがった。
見事なまでの手のひら返しをくらい、鳩が豆鉄砲を撃つぐらいの裏切りに正直、感服。
生徒回復会長はどこに行った。仕事しやがれ。
「ふうん……」
そういいながら彼女は僕たちに視線を移す。会長は僕と目が合った瞬間、ハッと何かに気づいたように視線を反らし、左手で前髪を右に流す動作をした。
「で? 貴方たち、元料理研究部は何の用かしら?」
「もちろん。部活申請の件だが? 聞こえていなかったのだろうか」
会長の言葉にいの一番に反応したのは切子ちゃんだった。余計な言葉を付け加えなければ良い反応だ、と切子ちゃんを踏んでやろうと思っていたのだが、ご褒美はお預けのようだ。僕は慌てて取り次ぐ。
「あのですね会長! こいつ、馬鹿なんで勘弁して下さい。反応だけは全盛期の長嶋茂雄と同じだと思う程にですよ」
「例えが曖昧模糊ですね」
そりゃあそうだ。自分でも何の事か分かっていないのに初対面の人に分かられても困る。
場の空気がピリピリしたものからしらけた雰囲気になった。そして空気の読めない馬鹿が会長にずいっと近寄りながら、長身の会長に詰め寄りながら言った。
「ははっ。とにかくその悪い目つきをどうにかしていただかない事には、話になりませんよ先輩」
「……!」
見るからに会長は怒っている。静かに、冷ややかに、凍る様に。もう瞳孔開きまくってて怖いっ!
「貴方たち……。私は怒りました。怒り心頭に発してしまいました。勝手すぎる貴方たちの言動は生徒会長として許せません。不正は見逃しませんよ! さらにその態度。人にものを頼む態度じゃあありませんわ。そうでしょう? そうですよね」
会長はそう言って僕たち三人に部屋を出る様指示した。僕は部屋を出る時に芒野の様子を伺った。
「ウインクしてんじゃねえ」
僕の言葉が発されたと同時に、ピシャリと。勢いよくドアが閉まった。
ええと、状況を整理しよう。頭がふわふわして考えが追いつかない。二人に訊いてみるとしよう。
「なあ、二人に訊きたい事あるんだけどいいかな?」
「何だ?」と切子ちゃん。
「何でしょう?」と御乃辻。
「今の状況を簡潔に、二人で説明してくれないか?」
すると切子ちゃんが反応よく答えた。右手を天高く掲げている。
「我々っ! 料理研究部はー!」
続いて御乃辻が呼応するように、御乃辻も右手を恥じらいながらも挙げて言った。
「廃部が決定致しました」
そうだ。僕たちは、知らず知らずなくなってしまった部を再生させる為にこの放課後を過ごしていたのだ。しかし蓋を開けると、会長を怒らせ、副会長に裏切られ、結局部活は復活せず。
「何も変わっていないじゃあないかー!」
言葉に熱を、身体に微熱を込めながら出た結論は非常に分かりやすく、残念なものだった。
そう、僕たちの料理研究部は廃部が確実に決定してしまったのだ。
調理準備室に帰ると、ましかと鈴白がポーカーをしていた。なんて気楽なんだ。
僕は二人に生徒会室で起こった出来事を包み隠さず、あけっぴろげに、七割り増しで大袈裟に伝えた。途中で切子ちゃんに半畳を入れられたが、僕は構わず話をした。
「うぇぇぇ⁉ てことは何? 廃部⁈ いやだいやだー! ゆっくりお菓子たべらんないじゃあん。ましかちゃんはとーぉっても悲しいよ」
「まあ、生徒会長に喧嘩ふっかけたってぇのは見上げた根性だな。ジャージ子、気に入ったぜ」
「やめてくれないか。鈴白先輩。これでも反省している最中なのだ」
そう言って切子ちゃんは肩を落とした。その仕草がオーバーだった為にわざとらしさを感じ僕はフォローを入れなかった。すると御乃辻がみんなに対して質問した。
「それで、廃部になるとどうなるんですか?」
「…………」「…………」「…………」「…………☆」
「誰だ今ふざけた奴?」
ここはもっとシリアスに考えを巡らせるところじゃあないのか? この状況ならましかか切子ちゃんだな。恐らく。
「ともあれ、廃部かぁ。切子ちゃんが余計な事しなければ通用する手があったのになぁ。全く信じられないよ」
「何なのだその言い方。私だって悪意を持って言ったのではないのだ。つい口をついて出たというか……」
「無意識的に人に喧嘩売るなよ。鈴白でもそのレヴェルには達していないんじゃあないのか?」
「おいおい、皮肉屋よぉ。俺は喧嘩しねぇっつの」
どの口が言っているのか。その口元は僕の専売特許であるシニカルさを十分過ぎる程に、浮かべていた。そして鈴白はこう続けた。
「力差がある闘いは喧嘩じゃねえ、いじめだ。俺は単なるいじめっ子なのさ」
偏った考えをお持ちで、何というか、お疲れ。
「うにゃーーーーーーーーーー! 話が進まないよ。みんな勝手に喋り過ぎ! 《押し売り販売員の電話》くらい喋り過ぎ! 《徹子の部屋出演決定。しかも、3時間スペシャル》くらい喋り過ぎ! 特にハッチ! 熱出してるからって空気に流され過ぎ! ツッコミ過ぎ!」
ましかは小さな拳で準備室の机をガンガン叩きながら言った。
言いたい事が有り過ぎて何をいうか迷ったが一つ決めて言った。
「要求が多いな。お金持ちの買い物かよ!」
「意味分かんないんだけど!」
しゅん。普通に怒られてしまった。
御乃辻に慰めてもらおうかな。
「とにかくさ……。対策だよ。対策。何か良い策を見つけないと、私たちここに居られなくなるんだよ?」
場が沈黙した。
始まってもいない部活が終わってしまった事で、どうなるというわけでもないのだろうけれど。僕は部活をしなければならない。また取調室に軟禁されるのは嫌だからな。
ましかは今にも泣きそうな雰囲気を醸し出していた。女の子を泣かせるのは趣味じゃないんだよな。
そう思い、僕はみんなに対して提案した。
「よし。部活、作ろう!」