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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
一章 部活創設編
11/42

十枚目

七月八日木曜日。

僕は遅刻というものをしたことがない。朝が苦手な人には信じられないかもしれないが、僕は目覚まし時計を使う事なく起きることが出来るほど朝に強い。

そんな僕が何故八時半という時間にまだ家にいるのか。もうとっくにホームルームが始まり、煎餅先生が僕の名前を呼び終わっている事だろう。

多分、熱がある。非常に微妙な熱感を身体に感じる。頭皮が痛い。昨日風呂に入った後長い間パンツ一丁で過ごしていたのがまずかったのか……。


「夏風邪かよ……。全く」


僕は枕元にある携帯に手を延ばした。予想通りと言えばなんとも図々しく聞こえてしまうだろうが、やはりましかから連絡があった。


『昼休憩に調理準備室集合だよぉー! 絶対にーん』


なんて無機質なメールなんだ。今時お年寄りでも絵文字機能を使いこなすというのにこいつは……。


ここで僕は微熱ではあるが母親が息子を起こしに来ていない事に気が付き、リビングへ行った。テーブルには冷めてしまった朝飯と置き手紙があった。僕の予想はものの見事に的中した。


『東京へ行きま~す(^^)お父さんと会ってくるね~(笑)』


「てめーは若すぎるだろ!」

四十代が顔文字とか(笑)とかつけるな。正直寒いわ。ともあれ、父さんか……。最近会っていなかったな。会うと憂鬱になるから別にいいんだけど。


僕は制服に着替えた。頭は少し痛かったがましかの頼みだ。学校へ行かないとな。だが、学校へ行くのはもう少し遅くてもいいやという気持ちになり出発を遅らせた。



学校に着くと三時間目が始まってしまっていた。僕は微熱があったことを職員室にいる煎餅先生に伝え、教室に向かった。

三時間目は移動教室だったようでガランとした教室の自分の席に腰を下ろし背もたれにもたれかかった。


「三時間目はいいやー」


まだふらふらする。朦朧とまではしないがやはり頭痛がひどい。こりゃあ早退と洒落込むべきか等と考えていると、一人の男が入ってきた。


「どうした! 君は! 授業中にガランとした教室で、こういう授業もあるのか?」


知らなかった、と頭を抱える姿を見て僕は思った。この人は頭が悪い。小柄な体躯に赤い眼鏡が嫌に特長的であった。彼は少しの間独り言を言っていたが、僕は熱でそれどころではないコンディションだったので何も話さなかった。全然知らない人とガランとした教室に二人なんて最悪だ。

なぜ熱をだしてまで気を使わなくてはならないんだ? 悪いのは僕か? そうなのか?

そんなことを考えていると赤眼鏡が僕に話しかけてきた。


「君二年生だろ? 同級生だ。ばばーん。僕もだよ。二年一組、芒野秋(すすきのあき)。生徒会副会長をしてるんだ。よろしく」


「よ……よろしく」


一組、という事はましかと同じ優等生クラスか。何故こんな所に優等生が……。授業中だぞ。かくいう僕もそうなのだが。


「ああ、僕は今日の範囲は勉強し終わってたからトイレにこそこそいってたのさ。その帰りに君を見つけて声をかけたわけさ」


「そいつはどうも」


正直、今は話をしてくれるな。眠くはないが頭が痛い。微熱×初対面の人間との会話なんてハード過ぎる。手持ちナイフだけでバイオハザードをクリアするようなものじゃあないか。もっとマイルドな設定にできないものだろうか。僕は少しの間沈黙していると彼は言った。


「へえ、中々面白い人なんだね。熱を出してまで学校に来るのは偉いけれど、授業に出ないなら家に居るのと変わらないよ。昨日パン一でぶらぶらしたりとか変わった事してるから風邪をひくのさ。菓子増さんの幼馴染として恥ずかしいね。実に愉快だよ。おっと、話しすぎちゃったかな。これじゃみんなに怪しまれそうだ。まあ、困り事があればなんでも聞くさ。ハッチくん」


何でそんな事分かるんだ? それにこいつ、僕の名前を……。教室を出て行こうとする芒野を呼び止めようとしたが、彼はひらりと後ろ手を振りながら言った。


「僕はなんでも知ってるから」



無人教室で少し休んで少し体調を戻した僕は四時間目の授業をなんとか受けることができた。そして昼休憩、調理準備室へ足を運んだ。ドアの鍵はかかっているかもしれないがもう誰か来ているだろう。


「待ってくださいよーハッチさーん」


後ろを振り向くと御乃辻が小走りでかけてきた。制服はやっと届いたのだろう、学校指定のものに変わっていた。美人は何を着ても似合うが僕はセーラーが好きなので少しがっかりした。夏なので薄手のシャツという所は褒められた所ではあるのだけれど……。


「お熱らしいですね。視線も定まっていないようですし、平気ですか?」


「いや、いやいやいや……。勘違いするな別に変な事考えてなんかいなかった」


「変な事? 会話もままならないんですね。心配です。あまり無理していると治るものも治りませんよ」


よかった。御乃辻にはばれていないようだ。そうさ。僕は紳士だからな。熱を理由にやらしい事ややましい事を想像したりはしない。絶対にだ!


「心配サンクス。だけど御乃辻、今日はどうして昼休憩なんかに集まるんだ? 何かましかから聞いてる?」


「ええ、重大発表があるそうで」


へえ、そりゃあ期待してしまうな。なんに於いても重大発表という言葉に秘められた魔力は魅力的で絶大だ。しかしプレゼン者がましかだから期待は薄い気もしないでもない、事もない。やれやれ、混乱してしまったのは熱のせいにするとしよう。さて、そろそろ調理準備室だ。




「重大発表どぅぇす! 鈴白くんがメンバーに加わりました」

いきなり過ぎてビックリしてしまったのは僕だけではないだろう。いや、僕だけだったようだ。切子ちゃんと御乃辻はキョトンとしながら僕に視線を向けた。


「鈴白……さん、は有名人なんですか?」


「確かにな。私もハッチ先輩の反応にビックリしてしまったが何やら只者ではない空気を感じざるを得ない」


「いや、単なる学校一の不良で単なる僕の友達なんだ。それよりましか、どんな魔法を使ったんだよ。鈴白を説得したのか?」


ましかは購買で買っていたパンを頬張りながら言った。


「んーんー。電話があったんだよ、家の方にね。妹さんから。お兄ちゃんをよろしくお願いしますってさ。だからましかちゃんは鈴白君を部のメンバーとして申請したのだぁー!」


「大丈夫なのか? 妹さんは大丈夫にしても弟さんは心配だろ。鈴白が何と言うか」


「説得は終わらせたってさぁー。そろそろくる頃じゃない?」


ましかがそう言うと、調理準備室のとびらが開いた。鈴白酢昆布の登場は以外にもあっさりしたものであったが……。何にせよ期日までに人数も集まったし、後は部活申請書の更新をするだけだな。


「おお! ここだったか。妹達がメーワクかけたみたいだな、すまん。まぁ、晩飯代も浮かせられるだろうし、よろしくな」


「ああ、よろしく」


という挨拶が終わらないうちに校内に響き渡るほどの声をあげたのは切子ちゃんだった。「あー!」とも「ぎゃー!」とも取れない台詞は調理準備室の全員を固まらせた。そして切子ちゃんはこう続けた。


「非常に言い辛い事なんだが……。申請書の期日……おとといまでだったらしい」


ジワジワと背中に汗を感じる。調理準備室には蝉の声だけが五月蝿く聞こえるばかりだった。

こうして七月八日木曜日、料理研究部は廃部となった。

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