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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
一章 部活創設編
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九枚目

やりたい事が見つかりますように

やりたい事が見つかりますように

やりたい事が見つかりますように

「まぁ、ゆっくりしていってくれよ」


 そういって鈴白は台所へと消えた。妹たちに聞けば夕食の準備をするという事らしい。ましかはさっき見ていた番組とは違う番組をもずく君とおとなしく鑑賞している。


「ゆっくりしていけと言われてもな」


 やる事が見つからない僕はなんとなしに鈴白の家の考察を始めた。外観はボロボロではあったが内側は(古いなりに)しっかりしていた。広さは五人で暮らすなら妥当といえる程のものだった。広すぎず、狭すぎずだ。居間に於いては、であるが。


 外が薄っすら暗くなってきた。そろそろ帰らなくては、鈴白家はもうすぐ晩飯刻である。ガーリックの匂いとウインナーを焼く匂いが居間に居ながらも分かった。ましかに帰るぞ、と声をかけて鈴白家を後にしようとするとエプロン姿で御盆を持っている鈴白と鉢合わせた。


「何だよ、もう帰んのか? 今焼き飯出来たから食っていけよ」


「いやいや、悪いし……いいよ」と言おうとした所でましかが僕を遮り言った。


「ご馳走になるんだよ!」


 どこまで不躾なんだよ、こいつは。


「不躾じゃないよ。欲望に忠実なだけだよ」


「人のモノローグにいちいち突っ込んでくるなよ。説明し難い光景になるだろうが」


 えへー。とゆるゆる笑っているましかを見てから、鈴白に向き直ると是非も言わさず鈴白は僕たちを居間へやった。


「まー何言ってるかわかんねーが、取り敢えず食ってけ。ついでだ」


 焼き飯は六人分用意されていたのだろう。鈴白の持っているものと卓袱台に置かれているものを合わせて六皿ある。なんでも鈴白家では帰りの遅い母親は除き、子供達四人揃って合掌をするそうだ。意外と真面目だな、というか頑固なのだろうか。


「じゃあ、頂きます」


 鈴白が言うと続いて妹と弟がそれに倣った。僕とましかも遅れて続く形をとった。「頂きます」をこんなに戸惑いながら言ったのは始めてだ。

 用意されていたのは焼き飯だけではなかった。卓袱台の真ん中にある大皿にはオーソドックスな野菜炒めが大量に盛られていた。僕は先ず焼き飯を口に運んだ。おっ。こりゃあ美味いぞ。


「おーいしーいいい! さっきのニンニクの匂いはこれだったんだねー。ウインナーもいい味だしてる! 玉ねぎと人参が細かくしてあるのはもずく君の為なのかなー? それともましかちゃんの為?」


 ましかの後半のボケは天然なのでフォローはしない。しかし時間もあまり無かったのに、しっかりとした味付けもされているし、何より米がくっついていない……。見事な程のパラパラ加減だ。


「美味いな」


 味についてもそうであるが、鈴白にこんな特技があるなんて知らなかった。いや、最近まで鈴白酢昆布という人間をすら知らなかったのではあるけれど。

 僕は次に野菜炒めに手を延ばした。一口、口に入れる瞬間に分かったので、確認の為鈴白に聞いた。


「ゴマ油使ったのか」


「おおー! よく分かんな! 皮肉屋。まぁ大抵はゴマ油使っときゃはずさねぇからな。かはははは」


 うーむ。ウチでは油はサラダ油しか使わないから、この味は正直褒めるべき点ではあった。


「ご馳走様でした」


 そういって僕たちは食べ終わった皿を台所まで持っていき、お世辞にも広いと言えないシンクに皿を重ねた。鈴白に皿は洗わなくていいと言われたので、皿を置いて僕たちは玄関に向かった。


「お邪魔しました」


「おう、また暇ならこいよ。なーんも出来ねーけどな。かはは」


 そういって鈴白は玄関の扉を閉めた。僕はましかに「帰ろうか」と言って来た道を辿った。帰り道でましかは僕と鈴白の仲の良さに疑問を持ったのだろう。不思議そうに僕に尋ねた。


「そういえばハッチ、鈴白君に目付けられてたよね? 今日はどーしてこんな状況になったのかな? ましかちゃんは不思議なんだよ」


 今更ながらな質問に僕は呆れて嘆息して答えた。


「お前は僕たちの関係がギクシャクしたまま僕があの状況に居たと思ってたのか。なにが哀しくて目を付けられた不良の家で晩御飯をご馳走にならなくちゃいけないんだ。鈴白とはもうしっかりとした友達さ」


「ええ!? ハッチに友達が出来るなんて……新手のジョークなんだよね? それ」


「――――。失礼な。僕にだって友達の一人や二人……」


「いるの?」


「ましかと鈴白」


「少なっ!」


「待て待て! 御乃辻ももう少しで友達になるばずだ。後は、そうだ。切子ちゃんだって友達というに相応しくなると思う。ふふん。どうだ四人もいるんだぜ?」


「もう何も言わないでハッチ……。ましかちゃんは泣けてきたよ」


 幼馴染に同情されてしまった。なんてこった。弁解するわけではないが、僕はちょいと肩を竦めながらましかに言った。


「大体さ、友達と群を作る気質は元々僕には無いんだよ。天涯孤独ってやつさ。人は一人で生まれ、育ち、死んでゆくのさ」


「ハッチは『感謝』って言葉を知らないみたいだね……」


 幼馴染に友達の少なさを同情されながら僕は家に着いた。時計は七時半を指している。僕は今日一日を振り返る為、風呂に入った。ゆらゆら揺れる湯船に形まで浸かり天井を見ながら呟いた。


「部員、探さないとなぁ」


 しくも同時刻ましかもそのように思っていたことは僕の知るところでは無いのだけれど、ましかも、切子ちゃんもほぼ打つ手はないだろう。このままでは部に入れない、となると煎餅先生の長い長い取調べの末、歩みたくもない人生を選んでしまう羽目になる。さて、どうしたものか。


「……やりたい事がないってそんなにいけないことなのかな」


 天井からの水滴が湯船に落ち哀しく響いた。そう言えば今日は七夕ではないか。僕は『やりたい事が見つかりますように』という非常に異常な願い事を二回ほど繰り返し、自分のしている願い事の仕方が七夕にするものでなかった事に気付き三回目を唱える途中に考えるのをやめた。


「これじゃ流れ星だよな」


 そう呟いて僕は少し目を瞑った。

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