追憶2 『二人だけの約束』
神薙海は天草空子から逃げ出し一人思い悩んでいた。そんな中、不快な違和感を感じとった海はその場所を目指し駆け抜ける。そこには傷ついた空子と巨大な異形『鬼』が対峙していた。海は恐怖に震えながらも鬼に立ち向かうのだがまったく歯が立たず。そうして死を覚悟し瞼を閉じようとした瞬間、脳裏を過った『約束』という言葉。意識は再び優しき記憶の彼方へ――。
心地良い。
そよぐ風。温かなお日様の光。香る草花の匂い。そして鼻腔をくすぐる……草?
「はっくしょん!」
むず痒さに耐え切れなくなって『僕』は思いっきりクシャミをした。
「あはははは」
ころころと転がる鈴の音の様に、賑やかな笑い声が聞こえる。
「何するんだよ~? アマテラス~」
むくれる僕。
「おはよう」
満面の笑みで迎える『彼女』。
「だ~か~ら~、何するんだよって言ってるの」
「おはよう」
僕の非難も何処吹く風、お日様のような笑みもそのままに、再び彼女は同じ言葉を口にする。
「はあ……」
「お・は・よ」
「……おはよう」
「うん! よ~く寝てたね」
「おかげさまで」
ちょっとムスッとした顔で応える。
「ふふふ」
「なんだよ?」
「寝顔……可愛かったぁ」
一瞬で顔が紅くなる。
「ばっ……お前、まさか……」
「うん。ずっと見てた~」
無邪気な笑顔で死刑宣告。
「~~~~ッ」
あまりの恥ずかしさに彼女の顔が見れない。
「スサノオちゃん、ほっぺたツンツンすると幸せそうな顔するの~。おかしかったぁ」
さらに追い討ちをかけてくる笑顔の少女。
「ぶー」
ぶーたれる僕。
「ふふふ」
そんな僕を可笑しそうに見つめるお日様の笑顔。
「ほらほら~、いつまでもそんな顔してちゃ駄目でしょ~。それよりも、今日は何して遊ぼうか~?」
そう言って僕の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
「僕にはやる事があるの。遊ぶならツクヨミと遊んでよ」
「やる事って、また神技の練習?」
「……そうだよ、文句ある?」
ちょっと意地悪く言ってやる。
「文句はないけど~。最近全然遊んでくれないじゃな~い」
「自分で言っただろ。神技の練習するんだよ。遊んでる時間なんてないよ」
「でもぉ……私たちまだ7才だよ~? 神技は大人になってからじゃないと使えないんだよ~」
「そんな事ないよ。だって、ツクヨミは僕たちと同じ年なのにもう神技が使えるじゃん」
「ツクヨミちゃんはすごいよね~」
「すごいよね~…じゃなくて、ツクヨミが出来るんだから僕にだって使えたっておかしくないだろ?」
「それはそうだけど~。……私はスサノオちゃんと遊びたいよ~」
「僕は早く神技が使えるようになりたいの」
「どうして~?」
少女の澄んだ瞳が真直ぐに僕の目を覗き込む。
「神技が使えるようになるって事は強くなるって事でしょ?」
「だから~、どうしてそんなに強くなりたいの~? ツクヨミちゃんもそうだし~。男の子ってみんなそうなの~?」
「僕には早く強くならなくちゃいけない理由があるんだよ」
「理由~?」
首をかしげる少女を放って、僕は頭の中で自分の目的を再確認する。
(そう、早く強くならなくちゃいけないんだ。早く強くなってお母さんに会いにいかなくっちゃ………)
「あーーーー」
「! 何だよ急に?」
「わかった、わかった~」
今まで以上の笑顔を浮かべて少女は僕を見つめる。
「スサノオちゃんの早く強くなりたいって理由、分かっちゃった~」
「そう……だったら……」
「強くなって、わたしを悪い人から護ってくれるんだよね~?」
「そう……って違う!」
「そっか~。へへへ~、そうだよね~。やっぱり女の子のぴんちには男の子が助けてくれないとね~、えへへ~」
「だから違うって……」
「それで~、神技の形とか名前とかはもう考えたの~?」
聞いちゃいない。
「ツクヨミちゃんの神技は綺麗だったよね~? お月さまをそのまま技にしたような~」
面倒くさいのでそのまま話を続けることにする僕。
「はぁ……そうだね。僕の神技は~、神技は~……」
「…………」
「…………」
「……何にも考えてないの?」
「うるさいな、考え中なの! どうせならものすご~く強い技にしたいんだから!」
「ふ~ん」
胡散臭そうな目でこっちを見てる少女。
「……」
いきり立ったはいいが、まったく考えなしの僕。若干居心地が悪い。
「じ~」
うう、視線も痛い。
「……ふぅ。じゃあじゃあ、私が考えてあげようか~?」
「アマテラスが~?」
「なによ~。私が考えたのじゃ不満なの~?」
「不満っていうか……不安?」
「なんで~!? 私だって三貴士の一人なのよ~。神技くらい考えられるわよ。やーーーって」
「やーってお前……。じゃあ聞くけど、どんな考えがあるの?」
「んっふっふ~。聞いてビックリしないでよ~」
なんだ? 本当にいい考えがあるのかな?
「あのね~、こうキラキラ~ってなって、ビューンってなってぇ、ドッカーンってなるの~」
「…………」
「あれ~? どうしたの~?」
「いや、やっぱりお前の考えなんて聞くんじゃなかった……」
「えーーー、ひっど~い、どうして~?」
「まったく参考にならないよ」
「えー、でも強いよ~?」
いや、まったく分かりません。
「それにかっこいいよ~」
それも分かりません。
「う~、せっかく考えたのに~」
ちょっと涙目。
「だとしても、まったく分からないよ」
「う~、せっかくスサノオちゃんが私を護る為に作ろうとしてくれた神技なのに~」
いや、それは誤解です。
「う~~~、……ごめんね~スサノオちゃん。私役立たず……」
かなり落ち込んでいる。ちょっと罪悪感。
「~~~~ッ」
お日様のような笑顔は何処へやら。アマテラスの顔は曇り空。
「……分かったよ」
「えっ?」
僕の言葉に顔を上げるアマテラス。その表情には未だ影が差していて。
「今すぐは無理だけど、いつかきっとそのキラキラ~でビューンでドッカーンって神技を使えるようになってみせるよ!」
(泣いてる顔は見たくない)
「ほんと~?」
曇り顔に日が射す。
「ほんと!」
(どうしてなのか?)
「ほんとにほんと~?」
「ほんとにほんと!」
(いつからなのか?)
「じゃあ、いつか私が悪い人に襲われたら、その神技で私を助けてくれる~?」
「ああ」
(小さい頃からいつも一緒だった、お日様のような女の子)
「助けてみせるよ絶対!」
「うん! 約束」
笑顔が戻る。その表情は本当に眩しくて、見ているこっちまで幸せになるような顔で。
「スサノオちゃんの神技なら、たくさんの人の笑顔を護れるよ、ウン、絶対!」
彼女の笑顔を曇らせたくない。そう思うようになったのは――。