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神威  作者: 桐丸
第1章:旅立ち編
8/25

強襲

目覚めの朝。主人公『神薙かんなぎ うみ』と共に朝食を囲むのはアマテラスの魂を内に宿す女。少女の名は『天草あまくさ 空子そらこ』。空子は海が見た夢の中の出来事が前世の記憶であり、そしてあの悪夢が現世に蘇りつつあると告げる。世界を破滅へと追いやる存在『魔』に対して共に立ち向かおうと言う空子。しかし海は彼女の言葉を遮り1人逃げ出し部屋を飛び出したのだった。


 音、波の音。

 夕暮れの刻。

 昨日の悪夢の再現か? 世界は「あかい」世界へと染まっていく。

 人々の喧騒もはるか遠く。あかい世界には俺一人。

 異形も居ない。彼女も居ない。そんな寂しい世界。


「寂しい?」


 思わず口に出したその言葉。

 けれども応える者は無く、自分でさえも答えは出せない。

 夕陽が沈む。

 その光景がどうしてこんなに切なく感じるのか。


「帰らなくっちゃな……」


 言葉にするも体は動かず、視線は沈む夕陽を捕らえて離さない。


「…………」


 帰らなければ。それは分かっている。馬鹿でも分かる事だ。でも動けない。

 動けないのか動かないのか? それすらも今の俺には分からなかった。


「駅に行って、切符買って、着いたら飯買って、そんで……」


 独り言。周りから見たら危ない奴だ。でもいい、どうでもいい。他の奴に何と思われようと構わない……けど。

 目を瞑る。堂々巡りの世界から逃げ出すように。答えの出ない問答を忘れようとするように。

 ――逃げる事すら出来ないのが分かっているのに。


「ふぅ」


 もう何度目になるかも分からないため息。

 そうして、瞑った瞼をゆっくりと開き、紅い夕日と再開した瞬間。



 ――世界が、変わった。



「なっ!?」


 何だコレは?

 肌がチリチリする。まるで焚き火の近くに居るようなそんな感覚。

 違うのは遠くにあるはずの焚き火の位置が正確に分かる事。そして感じる熱は焚き火のものでは無いって事。

 感じる熱の正体を俺は知っている。

 このねっとりとした淀んだ気配。それとは対照的に白く澄んだ気高い感覚。

 瞬間、今まで動かなかった俺の体は、雷光のごとく駆け出していた。



 駆ける、何よりも速く。

 駆ける、彼女の下へ。

 駆ける、それが当然の様に。

 駆ける、自らに答えを示す為に。



 そう、分かっていた。答えなど最初から一つしか無いのだと。

 だけど逃げた。

 何から?

 彼女から?

 そう、ただ怖かっただけ。

 逃げ出した時を思い出す。



 空子の話を聞く限り、彼女に従って行き着く先は自分自身の死。

(そして彼女の死)


 だから逃げる。

(失うのが怖かったから)


 少しでも死から逃れる為に。

(彼女の死から逃れるために)


 いずれその日が来るのは分かっているのに。

(それでも失くしたくないと思った)


 腹が立つ。

(救えない自分に)


 駆ける、今はただ彼女の姿を求めて――。

 ・

 ・

 ・

 駆け抜けた先。やがて視界に求めていた姿を捉える。


「空子!」


 その名前を呼ぶ。

 彼女の前で見せた失態などはどうでもいい。今はただ彼女の傍に。


「海!」


 彼女が応える。その顔に浮かんだ表情は驚きか、それとも安堵か?

 俺は彼女の前に立つ。


「海……どうして?」


 彼女は俺の考えを探るように、朱の瞳を向けて来る。

 俺はその問いに答えず彼女から視線を逸らし、彼女と対していた存在に目を向けた。

 そう、彼女の前には以前見た『異形』の影が一つ。

 いや、以前の異形とは違う。あれは……鬼?

 その姿は正に鬼と呼ぶに相応しい。身の丈は二メートル程。金棒こそ持ってはいないが、毛むくじゃらな体にデタラメなほど膨れ上がった筋肉。頭には角が2本。大きな口からは人の肉を喰う為の物か、凶悪な牙が鈍く光る。

 その圧倒的な存在感に、勇んで乗り込んで来た俺の体はたちまち凍りつく。


「海ッ、逃げて!」


 言うが早いか、空子は俺の体を突き飛ばす。俺はみっともなく地面に這いつくばった。


「う、ぁ……」


 声が出ない。まともに呼吸するのもままならない。今まで体験した事の無い恐怖が体を支配する。

 そんな俺を余所に空子は鬼と気丈に対峙する。よく見れば彼女の体は傷だらけだった。Tシャツは所々ほつれ、ジーンズもボロボロだ。頬にはかすり傷か、美しい顔に一筋の赤。呼吸は乱れ、立っているのもやっとの状態のようだ。

 それでも瞳だけは力を失わず、朱の瞳に強き意志を宿して鬼を睨みつける。


「海……どうして此処に?」


 視線は鬼から逸らさず、それでも俺に対して言葉を紡ぐ。


「貴方は、貴方の道を選んだのでしょう? 人としての道を……」


 胸が痛い。空子の言葉が俺の心を刺し貫く。


「だから戦わなくてもいいの。貴方は優しい人だものね」


 彼女は決して俺を非難している訳では無い。痛いと感じるのは、彼女の言葉が本当に俺の事を案じてくれているから、それが彼女の本心だから。


「目の前の鬼も『魔』も、私が何とかして見せるから。だから大丈夫」


 そう言うと一瞬俺の方に視線を向けて、


「心配しないで。私こう見えても意外と優秀なのよ? 学校では成績優秀、スポーツ万能、品行方正の三拍子揃った完璧超人なんだから。だから、大丈夫。うん、きっと……。今までだって、出来ない事なんて一つも……無かったんだから。だから、私は……大丈夫」


 大丈夫。繰り返される言葉。

 きっと彼女は言葉の通り優秀なのだろう。

 今まで出来ない事は無かった、という言葉も本当のような気がする。

 でも、だったらなんで……。



 泣きそうな顔をしているんだ――?



 どうして震えているんだ? 何でそんなに寂しそうなんだ?


「ゴァーーーーッ」


 鬼が猛る。天にまで届く様な咆哮と共に、空子に対して太い腕を振り上げる。


「はッ」


 唸りを上げる風を纏った鬼の拳を空子は紙一重でかわす。ドスンと重い音を立てて地面を砕く鬼の拳。しかし鬼の動きは止まらず。大地を打ち付けた腕を横へと振り上げる。


「きゃあ!」


 振り上げた腕は、体勢の整っていない空子の体を強襲した。

 地面の上を二転三転する空子の体。


「ッ!?」


 やがてその勢いが収まり体が停止すると、空子はすぐに体を起こそうと地面に手を着き立ち上がろうとする。


「うッ!?」


 しかし立ち上がる寸前、腹を押さえて空子はその場にへたり込む。今の一撃で肋骨でもやったのか? 苦悶の表情を浮かべながらも、歯を食いしばり再び鬼と対峙せんとする。      

 その視線がふいに俺とぶつかった。


「…………《大丈夫だから》」


 まるでそう言わんとするような優しい目で俺を見つめる。

 見つめて来る朱色の瞳が哀しくて、見ていられなくて。

 瞬間、俺の体が無意識に跳ねた。


「うわああああ!」


 気がつくと鬼に向かって突進している俺の体。

 握った拳を振りかぶる。喧嘩慣れなんてしていない。それでもありったけの力を籠めて、鬼に向かって拳を振り下ろした。


「ぐッ!?」


 だが、鬼の体に拳が当たった瞬間、まるで鉄板を殴ったようななんとも言えない衝撃に襲われ、俺は思わず身を丸くする。

 呆気なく弾かれた拳は皮が剥け血が滴り落ちている。骨に異常があるかどうかは分からないが指は動く。それでも今まで体験した事の無い痛みに俺は動けずにいた。

 そんな俺に追い打ちを掛けるは背筋も凍る鬼の雄たけび。


「グオォーーーッ」


 気を悪くしたのか、鬼は狙いを俺に定めたようだ。丸太のような太い腕を振り上げる。だが俺はその場から動けない。


「海!」


 空子の叫びが空しく響く。

 鬼の拳は容赦なく俺の右肩付近を強打して来た。


「うあああ!?」


 あまりの衝撃に自分がどうなったのかさえ分からない。

 体が転がる。衝撃が襲い来る。背中、腕、膝、頬、また背中。

 幾度目かの衝撃の後、俺の体はようやく停止した。


「くッ……う、ぁ……」


 体に力が入らない。たった一撃。それだけでもう俺の中から力が抜けて行った。戦意さえも一緒に。

 それでも鬼は容赦無く。大きな足で背中を踏みつけ俺の体を蹂躙する。


「があああああ!?」


 絶叫。人生初。

 しかし鬼の猛りはなお激しく。

 俺の足首を持ったかと思えば、ブーメランの如く体を振り回し始めた。

 体が軋む。本当に体が真っ二つに裂けてしまうのではないか? そんな事を考えていた最中。


「ウオォーーーーーッ」


 鬼の雄たけびが聞こえたと思った瞬間、ドスンという重い音と共に背中を凄まじい衝撃が走りぬけた。


「―――――ッ!?」


 声にならない悲鳴を上げる。

 終わった。俺は死ぬ。その事実をすんなりと受け止めた。

 何故だか思考はクリーンで、そんな当たり前の事が不思議と怖くない。

 もう体は動かない、それこそ指一本。今現在呼吸しているのかさえ分からなかった。

 視界はあかく、この『あか』が空の朱なのか血の赤なのか、それさえ判別出来ない。


(でも、この『あか』は……俺、好きだったな)


 そんな考えが頭を過ぎる。

 最後は好きな景色を眺めながら眠りにつく。


(それもいいかもしれない)


 そんな俺の考えはお構いなしに、視界には醜い異形の顔。


(邪魔するなよ……。お前の顔なんかに興味はねえよ)


「ウオォーーーーーーーーッ」


 それは勝利の雄たけびか。鬼は止めとばかりに巨体を宙へと躍らせる。

 狙いは……俺の頭か。

 鬼の足の裏が近づく。ゆっくりと、目に映る映像はスローモーション。


(これで終わりか。あっけないもんだな)


 俺は迫りくる死を前にしてすべてを受け入れる。


(ごめんな。結局、哀しませてばかりだったな俺は。昔も……再会しても)


 瞼が落ちる。数秒後闇へと墜ちるその刹那。


(約束……守れなかったな)


 そんな事を想った。

 けれど。

 ・

 ・

 ・

「海―――――ッ!」


 瞼が閉じる寸前、俺の視界に飛び込んで来たのは……。



 哀しくて

 嬉しくて

 切なくて

 楽しくて

 寂しくて

 ――愛しい



 そう……『彼女』との『約束』とは一体何だったろうか……?




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