目覚めの朝はお日様の笑顔と共に
闇より飛び出して来た異形の襲撃により主人公の命は危機に晒される。そんな中、突如誘われた夢の世界。それは鮮血と哀しみに彩られた、しかしとても愛おしい世界だった。そうして時間は元に戻る。視界に現れたのは白く染まる光景。異形は消え去り現実が姿を取り戻す。そこに居たのは夢の中で見た彼女。主人公を『スサノオ』と呼ぶ朱色の瞳を湛えた女、『アマテラス』だった。
瞑った瞼に当たる陽の光が俺を夢の世界から現実へと引き戻す。
夢を見ていた。楽しくて、哀しくて、嬉しくて、切なくて、愛しい、そんな夢。
瞼を開ける。まず視界に飛び込んで来たのはは見慣れない天井。
(何処だ、ここは? 俺は一体……)
まだ半分夢の中なのか。俺は見慣れぬ天井をボーっと見つめ続ける。
すると、
「おはよう、何時まで寝てるの? お寝坊さん」
「!」
瞬間俺は飛び起きて辺りを窺う。が次の瞬間全身に痛みを感じてまたその場にへたり込んでしまう。
「ちょっとッ、そんな急に動いちゃ駄目でしょ」
言われて今度はゆっくりと首だけを動かし声の主を探す。
「おはよう」
もう一度同じ挨拶をしてくる女。整った顔立ちに美しく長い髪。朱色の瞳を湛えたその女には見覚えがあった。
(そうだ。確か俺は『異形』に襲われて、そして……)
「ま~だお目めが覚めませんか~? しょうがない子でちゅね~」
おどけているのか馬鹿にしているのか、女はそんな事を言ってくる。
けれど俺は女を無視して意識を自分の内へと向けた。
「お~い? どうしたの~?」
相変わらず女は俺に声を掛け続けるが、そんな事は今はどうでもいい。とにかく状況を整理しなければ。
そう、俺は確か友達と遊びに来てて、女の子との出会いを避けて一人別行動を取って。その後寂しく黄昏てて、そうかと思ったら突然『異形』が現れて、死んだと思って、そうして目を開けたら『彼女』が……。
「やーっ!」
「んがぁ!?」
突然柔らかい感触が顔面を覆った。これは……枕?
いきなり押し付けられた枕を引き剥がすと、視線を犯人に向け睨みつける。
「おはよう」
何事もなかったかのように、その犯人は無邪気な笑みを向けてきた。それはまるでお日様の様な笑顔。
(クッ、可愛いじゃねーかよ)
駄目だ、俺の頭は腐ってるらしい。いや違う眠ってるらしい……眠ってはいないか。
そんなアホな思考を内に隠しつつ俺はジト目で犯人を睨むが、当の犯人はこれ以上ないくらい無邪気な笑顔でいまだ微笑んでいる。
「何すんだよ?」
「えー、だって全然返事してくれないんだもん」
ぷくっとほっぺを丸くして拗ねるそんな様も可愛らしく見える。
駄目だ、俺って実はこんなキャラだったのか?
仲間内では無愛想な男で通ってたのだが。
「はあ……」
ため息とともに手で顔を覆って、大げさにぐったりした仕草をしてみせる。
「なによ~。せっかくこんな可愛らしい女の子が起こしてあげたのに~」
自分で可愛いと言い切ってるし。まあ実際可愛いんだけど。
「眠いんだよ」
適当に言い訳をする。実際寝起きは悪い方だ。
「ぶ~ぶ~」
ぶ~ぶ~言っていらっしゃる。
「はあ……」
二度目のため息。
「いきなり人の顔に枕押し付ける奴がブーブー言うな」
「いいじゃない、そのくらい」
「良くない、ビックリした」
「だからちゃんと掛け声掛けて教えてあげたじゃない、やーって」
「やー、……じゃないアホ!」
「アホじゃないもん」
「じゃ何なんだ?」
「ん~……女神?」
「……はぁ」
三度目。もう何かどうでもいいや。
「んで、結局どういう状況なんだ?」
「ん~……、二人で一夜を過ごしちゃいました……ポッ」
「ポッ、じゃないッポッじゃ!」
「だって本当の事だもん」
「嘘付け。なんでお前とそんな深い関係に……」
「同じ部屋で別々の布団の中で一晩過ごしました」
「…………」
「二人で一夜を過ごしました。……合ってるでしょ?」
カァっと顔が熱くなる。やられた、というかやっちまった?
早とちりもいい所、ってか俺恥ずかしい。
「ふふふ」
横では意地の悪い笑顔を湛えている自称女神が一人。
もういいや、話が進まん。
「で?」
「だから熱い夜を……」
「その話はもういい! だから、何で俺はお前と一晩過ごすはめになったんだ?」
「それは……貴方が嫌がる私を力ずくで……って痛っ!」
思わずチョップという名のツッコミを入れる俺。
「いた~い、なんで~?」
「その話はもういいって言っただろ。そうじゃなくて異形が現れてからどう……」
と言いかけてハッとなる。俺は何を言おうとしている? 異形? それが現実?
異形に比べたら俺が彼女を力ずくでって方がよっぽど現実的じゃないか? いや、やらないけど。
言いかけた俺を他所に女は当然のように現実を語り始める。
「異形……餓鬼は私が倒したわ。貴方はその後すぐ倒れちゃったの。泊まってる所も分からなかったから、とりあえず私の泊まってる旅館まで連れて来たのよ。大変だったんだからね~。意識のない人を連れて歩くってあんなに大変だったのね~」
少しムスっとした表情で彼女は俺を一瞥する。
「そして夜、意識を取り戻した貴方は私を……クスン」
ヨヨヨと泣き崩れる振りをするアホはほっといて俺は思案する。
アレは現実? 私が倒した? 餓鬼? 思い出される数々はすべて現実味のない事ばかり。しかし目の前の女はアレらすべてを肯定する言葉を発した。あれらがすべて実際に起こった出来事だとすると、俺は彼女を何と呼んだ? そして彼女は俺のことを?
「おい、いつまで狸泣きしている?」
「狸泣きって何よッ? 聞いた事無いわよそんな言葉」
俺も初めて言ったよ。
「んで結局、俺は君に助けられた。そういう事でいいんだな?」
「お礼は体で返して頂戴」
ベシッ――!
再びツッコミ。
「いた~い、ちょっとした冗談でしょ~?」
「寝起きで頭が回らないんだ、すまん」
「その割には手は動くんですねー?」
「体は別の生き物なんだ」
「ケダモノ~!?」
軽口を叩き合う俺たちはいつしか無言で見つめ合う。その後、彼女の口から出た言葉は……。
「おはよう」
満面の笑顔。
「……おはよう」
眩しささえ感じるお日様の笑顔に目を細める。
ある朝の出来事。
これから先の苦難の道のりも、二人でなら乗り越えて行ける。
未だ訳も分からず途方にくれる状況で、それでもそんな考えが頭を過ぎる。
そんな温かな目覚めの朝だった。