朱(あか)の世界
現実を突き抜けた突然の白昼夢。夢の中で主人公は『スサノオ』と呼ばれていた。そんな彼の傍らには『アマテラス』という女と『ツクヨミ』という男が。血にまみれた三人は迫り来る闇の化身『魔』と対峙する。そうして彼らは命を落した。最後に、再会の約束を交わして。こうして夢は終わりを告げ、現実が再び動き出す――。
世界が染まる。鮮血の赤でも絶望の黒でもない。
迫りくる『死』の世界は突如現れた眩い『光』によってその姿を『白』へと変える。その輝きは、あらゆる闇を消し去るような強さと優しさをもって『異形』を白へと包み込む。場を満たす清浄な白の閃光。余りの眩しさに、思わず俺は瞳を閉じる。
そうして、世界は音を取り戻す。耳には遠く人々の喧騒。
恐る恐る、ゆっくりと瞼を上げた先。目に飛び込んで来たのは真紅を纏った夢現。
世界はすべてを『あかく』染め、心の中を『朱く』染める。
足下には白い光に包まれた異形が、赤く染まって横たわっていた。不自然なほど大きな目は見開かれ、だらしなく開かれた口からは涎と共に赤い血を垂れ流している。
「!」
声を発する事も出来ず、釘付けになった視線は物言わぬ躯の姿へと。
潮風が吹き抜け、夕焼けに染まる空へと吸い込まれ消えて行く。
やがて異形はその姿を塵へと変えて、音もなくその場から消えてしまった。
潮の香りが俺の鼻腔をくすぐる。そこに血の匂いはない。風に乗って伝わって来たのは、潮の香りに混じったほのかに香る甘い香り。
誘われる様に顔だけを上げる。
そこに『彼女』が居た。
長く美しい髪が風に舞う。小さな唇は優しい笑みを浮かべ、かつての『彼女』をダブらせる。憂いを含み俺の心を貫くのは忘れるはずもない『朱色の瞳』。
悠久の刻を越えたこの時代で、かつて約束を交わしたこの場所で、彼女の微笑む、この『朱の世界』で……、
「おかえりなさい……スサノオ」
「……ただいま、アマテラス」
俺達の物語は、幕を上げた――。