追憶1 『楽園の終わり』
大学の友人と海水浴に来ていた主人公は、ナンパに成功した仲間たちと別れ一人寂しく時間を潰す事に。人気の無い岩場に腰を下ろし、紅い夕陽を眺めていた。そんな中、突如現れた穢れし殺意が闇の中より手を伸ばす。突然の事に驚き逃げ出すも抗う術は無く。そうしてただ生の終わりを迎えようとしたその瞬間。懐かしい女の声を耳に、意識は記憶の彼方へと誘われる。
……目に映る景色は一面の赤。
業火は楽園だった場所を地獄へと変えてゆく。
「終わりにしましょう……」
変わり行く景色を見つめながら、そう呟きを漏らす女の身は鮮血に穢されていて。
「イザナギ様もイザナミ様も、他の神々のほとんどが奴の前に倒れた。俺たちが奴を食い止めねば世界は滅びる」
女の傍らで相槌を打つ長身の男も同じく体中を血に染めている。
「ああ、俺たちで最後だろう。」
俺の呟きに女は悲しそうに『朱色の瞳』を湛える目を伏せた。
「アマテラス。残念だが悲しみに耽っている時間は俺たちにはない」
「分かってるわ、ツクヨミ」
ツクヨミと呼ばれた長身の男が俺に目を向ける。
「いいな? スサノオ」
俺は頷くと
「俺たちで、奴を止める」
ツクヨミとアマテラス、そして自分自身に言い聞かせるようにワザと大きな声で応えて見せた。
地鳴りとも咆哮とも言える轟音を響かせ、、触れるもの、目に映るものすべてを破壊しながら迫って来るは、おぞましくそしてどこまでも深い闇。
「……来たか、『魔』よ」
近付く暗黒の闇をツクヨミはキツク睨みつける。
『魔』と呼ばれた闇は、俺たちなぞお構いなしに辺り一帯を破壊し続け、神々の楽園を崩壊へと導く。
焼き払われ炭へと変わり果てる木々。空高く舞い上がる大地の肉片。
「……よし、行くぞ!」
崩れゆく『高天原』を前に、俺の一声で三人は『魔』を囲むようにちりじりに空に飛び立つ。
破壊の爆音を縫う空間に三人の言霊が低く静かに響き渡る。
そうして、俺達三人の口から、楽園の終焉を告げる言霊が解き放たれた……。
「「「神技……神威――!」」」
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波の音が夕陽で紅く染まる世界を優しく包みこむ。
そこには己の血で赤く染まった俺とアマテラス、ツクヨミが居た。足下の岩肌は滴る血で夕日の紅から赤へと姿を変える
吹き抜ける潮風は穏やかに、優しく。
赤く優しい世界の中で、俺たちは無言で視線を絡ませる。
全身は真紅。それでも表情は穏やかに。俺たちは最後の瞬間を待っていた。
「誰も……救えなかったね」
美しい声で最悪の結末を奏でるアマテラス。
「結局、俺たちが命を賭けても奴を封印するので手一杯とはな」
俺は悔しさで拳を握り締めようとするのだが、もう……力が入らない。
「誰も救えなかった訳じゃない。天界は墜ちたが、少なくとも地上は救われたんだ。一時の平和とはいえ、今はそれで十分だろう」
そう言葉を紡いだツクヨミの視線は遠く空の彼方へ。
静寂が訪れる。波の音は遠ざかり、目に映る世界は赤から黒へと変わっていく。
夢から覚める様に、現実がすべての終わりを告げる……その瞬間。
「また……この場所で、会いましょう」
「幾千、幾万の時が過ぎたとしても……」
遠くに、けれどハッキリと聞こえた二人の声に、俺もすべての想いを籠めて応える。この想いが、二人にも届くように。
「ああ……また会おう。三人で、必ず。そして、次こそは…………」
こうして、俺達は『約束』を交わし、暫しの別れを向かえた。
でも、最後に俺の心に浮かび上がった想いは、彼女らでは無い別の人達に向けた物で。
(元気でな、スセリ。約束果たせなくてすまない……クシナダ)