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神威  作者: 桐丸
序章:出会い編
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懐かしい声


 照りつける太陽の下、ビーチには大勢の海水浴客がそれぞれ夏の海を楽しんでいる。

 そんな中、火傷しそうな程に熱を持った砂の上をトボトボ歩く俺が一人。


「暑っつ……」


 思わず口を付いた呟きも、周りの喧騒にかき消される。

 こんな場所に来ておいて暑いもクソもないのだが暑いものは暑い。

 目に映る人ごみと、耳に飛び込む賑やかさがいっそう暑さを増徴させる。


「何やってんだか俺は……」


 再び洩れ出た言葉も満ち引きを繰り返す波に攫われて行く。

 止む事の無い、騒々しくもどこか心軽くなる様な人々の明るい声。

 そもそも俺もそんな海水浴客の一人だったりする。

 さっきまで大学の友達数人と一緒だったはずなのだが今は一人である。

 友達の一人がナンパに成功。んで、『皆一緒に遊びましょ』ってな展開になった訳だが俺はさっさとその場を離れた。

 言い訳は人数合わせ。

 もちろんいい年した大学生の集団である。海水浴の最大の目的が『出会い』なのは分かっていた。

 それなのにそんなチャンスを目前にして身を引いた。

 前言撤回。身を引くじゃなく『逃げた』が正解。自分が臆病だから。まあ確かに恋愛に臆病なのは事実だ。

 でも『それだけじゃない』のも事実。

 しかし自分ではその『理由』が分からない。

 でも理由はある……ような気がする。

 そんな堂々巡りを繰り返しているうちに日差しはより強さを増し、喧騒はさらに賑やかさを増してくる。


『適当にぶらついて一人で帰るから』


 友達の一人にメールを送った後、俺は一人喧騒を離れた。

 自分で取った行動とはいえ、中々にしらける事やってるな俺。

 すぐに帰るのもなんなので、少しフラフラしてから帰る事にする。


「暑いならさっさと帰ればいいのに」


 自分に愚痴をこぼしながら、それでも帰る気にならなかったのは……きっと。

 数時間後、俺はその意味を知る事になる。そして恋愛事を敬遠する訳の判らない『理由』も。

 すべては、あの『朱の世界』で――

 ・ 

 ・

 ・

 数時間後――。

 日は傾き、世界の色が青から紅へと変わりだす。

 遠く聞こえた喧騒がいくらかの落ち着きを取り戻す頃。

 俺は何をする風もなく、一人人目に隠れた岩場でボーっと海原の彼方を見つめていた。


「そろそろ帰らなくちゃな……ッ!?」


 ポツリと呟いたその言葉をかき消す一陣の風。

 あまりにも強い波風に思わず目を瞑り体を震わせる。

 風が去った後、瞑った目をゆっくりと開く。

 その世界には寂しく佇む自分が一人。

 そして……


 居るはずのない、見た事も無い、醜い『異形』がそこに居た。


「ギッ」


 奇妙な鳴き声とともに、その異形は大きな目をギョロリとこちらへと向ける。

 と、その口から


「ミツケタ」


 なんなのだろう?

 何だコイツは?

 いつから居た?

 みつけた?

 喋ったぞ?

 そもそもなんだその人間離れした姿は?


 頭が廻らない。いや、違う。頭が廻りすぎる。

 考えがまとまらない。そもそも今目の前にある光景を考えてまとめる常識なんて俺の中にあっただろうか?

 目の前に突然現れた異形。そう、正に異形と呼ぶに相応しいその姿。

 背丈は俺の膝よりちょっと高いくらい。体格の割りに出っ張ったメタボ腹。大きな口からはだらしなく涎と長い舌が、更には大きな歯、というよりは牙と呼ぶ方が相応しい凶器。頭部に髪はなく、変わりにあるのは小さな角が2本。血走った眼球は口とともに顔の面積の大部分を占めている。


『餓鬼』


 風体だけで言えば、その異形は漫画で見た事のある妖怪の姿にそっくりだった。

 異形と目が合う。ニタリ。そんな表現がピッタリの表情を浮かべ、ソイツは俺を見つめている。瞬間、ゾクリと悪寒が背筋を走った。

 相変わらず頭の中はぐちゃぐちゃだ。考えなんてまとまらない。

 でも判る。アイツは駄目だ。近寄っちゃいけない。近づけば死ぬ。逃げなければ。

『逃げろ』と、俺の脳は必死で呼びかける、が体は言う事を聞いちゃくれない。

 体の震えは収まるどころか更に酷くなり、目の焦点も合わなくなる。喉はカラカラに渇き、悲鳴どころか呼吸さえも出来ずにいる。

 悲鳴でも上げられればどれほど気が楽になるだろう?

 胸の鼓動は大きくなり続け、今にも心臓が体を突き破ってくるかと思えるほど。まるでアイツに食われたがっているかのように。


「ミツケタゾ、ワレラガアルジニアダナスモノ。ワレラノセカイヲトジタモノ。ワレラカラスベテヲウバッタモノ!」


 異形の口から放たれる呪い。その今にも飛び掛らんとする姿を前に、俺の体は本能的に走り出した。異形に背を向け走り出す……しかし。

 次の瞬間俺の目の前にあったのは足下にあるはずの岩肌だった。


「痛っ!?」


 痛みは岩に叩きつけられた頬と、背中から。どうやら背中を押されたらしい。

 いや、押すなんて生易しいものじゃない。背中を金属バットか何かで思い切り叩かれた、と表現するのが正解か。

 勢いよく吹っ飛ばされた俺は何が起きたかも分からずに、ただそのままの勢いで顔を地面に叩きつけたわけだ。理由は簡単。後ろに居るはずのソレが、今は俺の目の前にいるって事がすべて。


「ニガストオモウノカ? エイユウシン」


「えいゆうしん?」


 思わず異形の言葉を反芻してしまう。

 が、だからといって訳の分からない異形と会話なんてする余裕はない。痛みに悲鳴を上げる体に鞭打って何とか立ち上がる。

 膝はガクガク、呼吸も乱れ立っているのがやっとの状態だ。

 それでも本能はこの異形から逃げだそうと体を動かそうとする。


「オワリダ。シヌガイイ、アラブルカミヨ!」


「クッ!」


 殺される。そう直感した。訳もわからず殺されてたまるものかと、必死で体を動かそうとする。

 でも動かない、動かない、動かない。死ぬ、死ぬ……死ぬ!

 異形が迫る。だらしなく涎を垂らした大きな口を目いっぱい広げ、その牙を俺に突き立てるために。

 世界のすべてがスローモーションになる。異形の牙がゆっくりと迫る音のない世界。

 走馬灯。そうとしか思えない穏やかな死の世界の中で、俺は、確かに聞いた。

 


 悲しくて、切なくて、そして……とても愛しい。

 懐かしい『彼女』の声を……。




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