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神威  作者: 桐丸
第3章:京都編
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追憶7 『邪神 八岐大蛇』


 鳴り響いていた地鳴りが、一層激しく木霊する。

 巨大な衝撃が辺りを襲い、風が渦巻く。

 空からはポツポツと雨が降り出していた。

「ウオォーーーーーーーーーーー!!!」

 この世の恐怖をすべて纏ったような雄たけびが、枯れ果てた大地に木霊した。

 その元凶、『八岐大蛇』。

 山の様な大きな体に蛇のような長い首が八つ、巨大な尻尾が一つ。

 それぞれの首の先には血のような赤い瞳を煌々と輝かせた頭。

 その頭には血のような赤い瞳が煌々と輝いている。

 巨大な口には人の体など触れただけで砕かれてしまいそうな凶悪な牙。

 皮膚は鋼の刃をも弾き折るような堅い甲羅を思わせる。

 巨体からはすべてを穢れさせる様な巨大な妖気が溢れ出ている。

 ――邪神

 そう思わせるのに十分な禍々しさを持って八岐大蛇は姿を現した。

(こんな巨大な妖気を気づかせもせずに潜んでいたのか)

 改めてこの魔物の恐ろしさを痛感する俺の視線の先には、オロチとその前に一人佇む生贄の姫。

 邪神と生贄の姫。

 そんな光景を目の当たりにすると、思わず今すぐにこの場を飛び出してしまいそうになる。

 俺は今、クシナダとオロチの居る場所から少し離れた場所に気配を殺して隠れている。

 オロチに気配を気づかれないよう、なおかつ何時でもクシナダを庇える距離。

 そんなギリギリの場所で俺は息を潜めていた。

 クシナダとオロチの様子を窺う俺の耳に、またも地響きかというような、オロチの低く響く声が聞こえてきた。

「貴様が今回の生贄か……。なるほど、今までの姫もなかなかだったが、今回はなお一層美しい姫よナ、フハハハハ!」

 下卑た笑い声が辺りに木霊する。

 オロチはその巨大で長い首を巡らせ、クシナダをマジマジと見やる。

 視線でクシナダが穢されてしまうのではないかという思いに、またも体が飛び出しそうになるのを懸命に抑える。

「美しい姫よ、名は何と申す?」

「クシナダ……と、申します」

 オロチの禍々しい姿を前にして、気丈にも正面から瞳をみつめてクシナダは答える。

「クシナダか。良い名ダ。それにその瞳、その霊力。フハハハハ、素晴らシイ。強く穢れ無き澄んだ意志。その瞳が恐怖と絶望に染まる時が今から待ち遠しいゾ!」

「っ……!」

 思わず身をすくめるクシナダになおもオロチは穢れた思いを告げる。

「そう心配するナ。今までのオンナ達も初めはそなたの様に身を縮こまらせていたが…、なあに、少し我が愛でてやったら最後には女の悦びを得て満足そうにしていたぞ」

「――――ッ」 

 俯くクシナダが唇を噛む。

「そう、最後には悦楽と恐怖と絶望の表情を浮かべながら皆死んでいったわ! フフフ点…フハハハハハハ!」

 気持ちが悪い。

 オロチの下卑た言葉の数々に悪寒が走る。

 俯いたままジッと身を縮こませるクシナダの姿を見つめながら俺は思う。

(やはり無理か)

 俺の策。

 天界の酒でオロチを酔わせ、酔い潰れた所を倒す。

 オロチに酒を進めろと言ったはいいが、あのおぞましい姿を前にしたら恐怖で体が動かないのも無理はない。

(だが……)

 普通に考えれば邪神を前に言葉を発する事さえ女には、いや人間には酷だろう。

 しかし俺は確かにと見た。クシナダの『生きたいという意志』を。

(あいつなら、クシナダなら、きっと)

 ほんの数刻前に出会った女。

 だがしかし、何故か俺は彼女ならばきっとやり遂げると信じていた。

(早くしてくれ、俺の方が我慢の限界だ)

 そう、体は今にも飛び出して行ってしまいそうなのだ。

 ほんの数瞬でもクシナダ一人をオロチの前に居させたくなかった。

 そんな俺の思いが通じたのか。

 穢れた空間を浄化するかのような、クシナダの美しい声が辺りに響く。

「八岐大蛇、様。村の……者が、お酒を用意しており、ます。まずは一杯、いかがですか?」

 そうとうの恐怖なのだろう。

 恐怖で途切れそうになる声を、それでも懸命に絞り出してクシナダは告げる。

「ほほう、これはコレハ。外見だけでなく中身も器量良しとは。気に入ったぞ、クシナダよ! フハハハハハ」

 上機嫌になるオロチ。

 それとは逆にますます気分が悪くなる俺。

 吐き気さえしてくる。

 淀んだ目で彼女を見るな。

 汚い言葉で彼女を穢すな。

 濁った声で彼女の名を呼ぶな。

 我慢も限界に差しかかる俺を余所に、オロチはその長い首を一斉にある方向に向ける。

 そこには村人が用意した大量の酒樽がある。

 オロチはその巨大な口を目一杯広げたかと思うと、樽ごと酒を飲み込む。

「ほぅ、コレハ……素晴らしい…」

 そう言ってオロチは再びクシナダの傍に首を寄せる。

 その光景を目の当たりにしたクシナダは身を震わせるも、気丈にオロチに語りかける。

「こ、こちらにもご用意しております」

 ふるふると震える手で俺の渡した『とっくり』を捧げ持つ。

 が、オロチはその赤い瞳でクシナダを見下ろすばかりで、一向にクシナダのお酌を受けようとはしない。

「フム、すまぬな。せっかくの申し出だが我はもう十分に酒を堪能シタ」

 オロチの言葉に腰が引けるクシナダ。

「それよりも、我はそろそろお主を味見してミタイのだがな、クシナダよ」

「――――」

 小刻みに震える手から捧げ持っていたとっくりが地面に転がる。

 そんなクシナダに向かってオロチが言葉を掛ける。

「ほれ、見てみよ我の体を」

 そう言って、八つある首の内の一つをクシナダの前に持ってくる。

 その首は明らかに他の七つの首と異なっている。

 他と違って、差し出された首は黒い水で出来ているような、なんとも存在が曖昧な今にも消え入りそうな頼りない姿だった。

「巫女の力が消えかけておるのダ。もうすでに妖気も弱まりつつアル。後数日で我の体を保っている巫女の霊力は完全に消え去ル」

(あれで弱ってるのか!?)

「だがその前に、お主の霊力を奪い尽くしてくれようぞ!」

 言い終わるや他の七つの首がクシナダに一斉に襲いかかった。

「!」

 瞬間、俺はへたり込むクシナダに向かって足を踏み出す。

 オロチの牙がクシナダに届くその間際、俺はクシナダの体を抱え、迫りくるオロチから引き剥がした。

 大蛇の首が地面にめり込み地面を震わす。

 奴から十二分に離れた所で、俺は体を止める。

 抱えた腕からクシナダの体の震えが伝わる。

 クシナダは俺の顔を見ると安堵の表情を浮かべすがり付いて来た。

「良くがんばった。後は、任せろ!」

 俺の呟きに無言の頷きが返って来る。

 そっとクシナダの体を地面に下ろすと、俺はオロチの首の前まで歩み出た。

「……ナンダ貴様は?」

 あからさまに不愉快そうな声を出し、殺気を募らせた瞳で俺を睨むオロチ。

「俺か? 俺は荒ぶる大海原の神、生命の守護者、スサノオ。邪神八岐大蛇よ、貴様を滅ぼしに来た……」

 静かに威圧感を込めた声で告げる。

「スサノオ? ……そうか、高天原の手の者か」

 ニタリと面白い物でも見たかのように弾んだ声でオロチが言葉を投げかける。

「あいにく高天原は関係ない。これは俺個人の意志だ」

 あくまで冷静に、俺はオロチに向かって語りかける。

「そうかまあ良い。それにしてもスサノオか。天界最強と謳われる英雄神と対面出来るとは……フハハハハ、今宵は実に気分が良いゾ!」

 心底可笑しそうな笑い声が辺りに響く。

「しかし英雄神よ。なぜ貴様がここに出てクル? 貴様ら神々にとってあそこにいる巫女が死ぬ事は大した問題ではあるまい?」

 ギロリと赤い視線を遠くのクシナダに向けるオロチ。

「言っただろう? 俺個人の意志だと」

 オロチの視線をクシナダから遮るように体を移動する。

「貴様個人の意志? フハハハハ、可笑しな事を言う。ならば聞かせてもらおうか…。貴様の意志とやらを!」

 どこまでも面白がっているオロチを見据えながら俺はオロチに言い放つ。

「そうだな、強いて言うなら……クシナダは俺のモノ……とでも言えば満足か?」

 ニヤリと冷たい微笑を浮かべながらオロチを見据える。

「フフフ、アハハ、アーハッハッハッハ! なるほど、そうキタカ。だがオカシイな? 我の所に届いている話では貴様はかの太陽神と――」

「黙れ――!」

 オロチを見据える視線に殺気を込める。

「…………」

 俺の圧力を受け、先ほどまで人を小馬鹿にしたような態度のオロチの体に緊張が走る。

「……本気カ?」

「…………」

 オロチの問いかけに無言で構えを取る。

 そんな俺を見据え。

「いいダロウ、余興だ。英雄神の力、とくと見せてみヨ!」

 言い終え、オロチは八つの頭のすべてで、その牙をむき出しにして俺に襲いかかって来た。





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