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神威  作者: 桐丸
第3章:京都編
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蛇竜VS英雄神

夢の中で見たクシナダという女と同じ顔をした巫女を追って、海は社裏の林を掛け抜けた。そうして姿を現したのは巫女を捉えながらほくそ笑むかつての宿敵。伝説に語られる邪神『八岐大蛇』だった。悠久の刻を超えて、英雄神と邪神の戦いがここに蘇る――。


 闇が蔓延る濁った空間。立ち並ぶ木々の隙間を風と共に駆け抜ける。力いっぱい握り締めた右拳。鎌首もたげるオロチの顔面に向かって、風を纏った拳打を気合いに乗せて一気に突き出す。


「はあああああッ」


「ガアァーッ」


 一方のオロチも突き出された拳に対し、鈍く光る牙を以って真正面から相対する。

 走り抜けるドスンという重い衝撃。僅かに震える殺気に満ちた大気。激突する拳と牙に迷いは無く。


「ぐッ!?」


 今まで体感した事の無い物凄い圧力が拳を伝い俺の身を弾き飛ばさんと猛威を振るい、押し戻されそうになる体を必死に支える両の足が大地に靴の痕を刻み付ける。体中からはギシギシと苦しみに耐える叫び声にも似た響き。拳と牙が触れ合った場所から弾け飛ぶ青白い火花が、暗い闇に包まれた場に明滅する。


「くッ!? このッ」


 歯を食いしばり意識を自らの内へ。眼前で牙を剥く邪な力に対抗する為に。


(神気だ……神気を集中しろ!)


 はっきり言って神気の使い方は未だまるで分からない。京都へと向かう道中幾度か試してみた事はあるものの、残念ながら戦いに関して目に見える成果、成長は見られなかった。

 それでも勘に任せてオロチへ向けた拳に、邪に抗う体中に、すべての意識を集中する。

 地面を踏みしめる両足、繰り出している拳、悲鳴を上げている背筋に神気を通すイメージを思い浮かべ意識を注ぎ込む。


「ぐッ……ああぁ……ッ」


 力は互角。一瞬でも気を抜けば後ろへ吹き飛ばされそうになる。


(集中しろ! ただ力を込めても駄目だ。意識を注げ! 神気で全身を満たすんだ!)


 そう自分に言い聞かせる。目の前に在るオロチの瞳が、まるでこのせめぎ合いを楽しんでいるかの様に赤く妖しい光を放つ。その様が何故だか妙に腹立たしい。体が怒りで満たされて行き思考はそこで一旦停止した。ただ感情の赴くままに、俺は雄たけびと共に拳を振り抜く。


「う……お……おお……ああああああああああッ!」


 バチンと大きく弾ける火花。刹那の衝撃が俺とオロチ、互いの体を三メートル程後方に押し戻す。


「はぁはぁはぁ……はぁ……」


 大きく肩で呼吸を繰り返しながらキツク睨み付けた先。そこには対峙する俺とは正反対の余裕に満ちたオロチの姿。


「フム。お互イ情けなくナルような力だナ、スサノオよ」


(表情とか分からないけど、絶対笑って馬鹿にしてやがるな)


 そんなオロチの様子が余計にカチンと来る。


「情けなくて悪かったな。そんな余裕こいてていいのか? 力が互角ってのは決してお前にとって都合が良いって訳じゃないんじゃないか?」


 不思議なもので相手が奴だと戦いに対する恐怖より先に軽口が口を付いて出る。恐怖感よりも嫌悪感の方がより強いのだ。オロチが憎くて仕方がない。


「ナアニ……力が全てデハ無い。戦いとはツヨイものガ生き残ルのではナイ。相手をコロシタ方がツヨイのダッ」


 言うが早いか、オロチはその身を地面に這わせたかと思うと、一瞬にして俺の背後へと回り込み、またも牙を光らせ俺へと突っ込んで来た。

 目で追えない速さでは無かったからか、それとも条件反射か。俺は瞬時に自分の体を左側へと倒れこませる。


「ちッ」


 右肩を掠める凶器の牙。焼ける様な痛みは飛び散る鮮血と共に。

 オロチは止まる事無く素早く距離を取り、対する俺は地面を転がり体勢を立て直す。地面に着地したと同時にとぐろを巻いて牙を剥くオロチ。その威嚇してくる姿を目に、俺の思考は高速で回転し次の命令を体に下す。


(受けに回ると不利か。なら……ッ)


 判断は一瞬。体は再びオロチへと。


「はッ」


 攻撃手段を拳から右の蹴りへと変え足を振りぬく。ツクヨミの様に長い足でもなければ、切れも無いただの普通の蹴り。そしてオロチはそんな俺の攻撃を掻い潜るってかわすと、その勢いのまま三度大きく口を開け、俺の喉元に牙を突き立てて来る。


(くそッ、かわせないか!?)


 咄嗟に左腕で首筋をガードするも迫る凶器に躊躇いは無く、冷徹なオロチの牙に俺の左腕は捉えられた。


「ガァッ」


「ぐッ!?」


 腕を襲う鈍い痛みに堪らず顔をしかめる。けれど怒りと恐怖に満たされたはずの思考は自分でも意外に思えるほど冷静で。


(集中しろ、大丈夫だ! 意識を逃がすな! 普通なら噛み千切られるかもしれないが、俺はもう普通じゃない。信じるんだ自分の力を!)


 頭の中から湧いて出る言葉が混乱しそうになる自分を必死に言い聞かせる。そうしている内にも体は自然と動き続け、次に取るべき行動を無意識に実行へ移す。


「ああああああああッ」


 気合いと共に噛まれた左腕をぶら下がっているオロチごと近くの木へ。オゾマシイその身を叩き潰さんと勢い良く腕を振り抜く。

 だがオロチの奴は木にぶつかる直前スルリと腕から離れてしまい、後に残ったのはドンという重い音と太い木の幹が揺れ木の葉が枝から離れ舞い落ちる様だけ。不思議と木に叩き付けた左腕に痛みは無い。むしろ木の方が痛みを感じているかの様にユラユラ揺れ続けていた。

 そんな様子をいつまでも確認している暇は無く、今度は地面に着地したオロチがその長い体を鞭のようにしならせる。


「がッ!?」


 脇腹を直撃する鋭く焼ける様な痛みに吹き飛ばされ、俺の体は後方の木へと勢い良くに叩き付けられた。


「くッ……かはッ!?」


 息が詰まり暗転する視界。その場にへたり込んでしまいそうな両足を必死に鼓舞して無理やりにでも空気を肺に求める。


「はっ、はっ、……くっ!? はぁはぁ……」


「ドウシタ? もう終ワリか?」


「ふざけ……んな。はぁ、はぁ、はぁ……まだまだ、これ……から……」


 この期に及んでも止まらない減らず口。自分の事なのにそれが嬉しく、そして頼もしい。


(そうとうアイツの事が嫌いなんだな俺は……)


 その証拠に、体はグズグズでも視線だけは強さを失っていない自分に気づく。奴の存在を認めない自分が心の中に居る。


(とは言え……マズイな)


 明らかに奴の方が戦い慣れている。正面からぶつかれば力は互角だが、その力をぶつける手段が今の俺には無い。


(後俺に残さた手段は一つ。虚空だけ……だけど)


 使いこなせていない神技を当てられるのか?

 そんな疑問が頭を過る。


(……無理だな)


 当たればまず間違いなく勝てるだろう。けどはっきり言って、当てられる可能性はゼロだった。


(どうする?)


 見えぬ勝機を手繰り寄せようと思考はひたすら回転を続ける。敗色濃厚なこの戦況を打破する手段を見出す為に。


(考えろ。今俺が持ちうる情報すべてをつぎ込んで、奴と渡り合える方法を)


 無い頭を使ってどうにか作戦を立てようと試みる。しかしこれが正に一瞬の命取りで。気が付いた時にはすでにオロチの姿は視界に無く。慌てて周囲を見回し消えた奴の姿を求め暗黒の空間へ視線を巡らす。

 と、次の瞬間。


「油断シタな……スサノオ」


 俺の顔のすぐ横。右耳の辺りから聞こえて来たのは凍て付く程に淀み濁った低い声。全身が総毛立つ様な悪寒が駆け巡る。


「ッ!?」


 慌てて声のした方に顔を向けると、そこに……俺の目と鼻の先に、オロチの牙が冷たい輝きを放って待ち構えていた。


「終わりダ。最後はタップリと苦しませながらコロシテやるゾッ!」


 言葉の終わりと同時に、オロチの長い体が俺の体に幾重にも巻き付く。一体いつの間に回り込んだのか、存在の不確かな奴の体は俺の身に確かな圧迫感を与えて来る。


「ぐッ……ああ……ああああああッ!?」


 両腕ごとグルグルと巻き上げられた俺は襲いかかる圧力へ必死に抗う。しかし身を締め付けるオロチの途方もない力の前には成す術無く。ただ情けなく苦悶の叫びを上げる事だけが俺に出来るささやかな抵抗だった。


「フフフ……。足掻け、もっと……モットだッ。フハハハハハッ!」


 耳障りな笑い声が暗闇に木霊するも俺の力はジワジワと失われ。。


(マズ、イ……意識が……)


 少しずつ薄れていく意識、霞んで行く視界。必死に視線を彷徨わせ『彼女』の姿を探す。地面に倒れ伏したまま意識の無い巫女服姿の少女。


(護れないのか?)


 もう自分がどうなっているのかも分からない状況の中。それでも意識を手放すまいと抵抗を続ける。『彼女』の姿を追い求める。


(落ちるな! 今俺が意識を手放したら……誰が、彼女を……)


 だが、そんな俺の意志とは裏腹に、体は徐々に抵抗を弱め、ついには瞼が下り始める。そうして身を締め付ける圧迫感が徐々に遠のき、昏い世界に俺は一人取り残される。それと同時に胸に走った鋭い痛みは何だったのか? 

 強く奥歯を噛み締めたのは、力の入らない拳を握り締めたのは?


(誓い……護れないのか?)


 最後に浮び上がった言葉の意味。

 そこに籠められた想いを掴み取る様に、動かせぬ手をそれでも心の中で『彼女』へと伸ばす。

 やがて完全に瞼は落ち、景色は黒一色で塗りつぶされる。けれど……。

 閉じた先に広がった光景。そこに現れたのは真っ暗な絶望の闇では無く。



 大きな月の光が包み込む、哀しくも温かな……愛おしい世界だった――。




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