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神威  作者: 桐丸
第3章:京都編
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運命の女性(ひと)

前世の仲間ツクヨミとの決別から数日後。行く当てもなく電車に揺られていた海と空子はこれからの行動について話をした。空子の提案により『出雲』を目指す事となった海は1つの確信を胸にある提案をする。それは直接出雲を目指すのではなく、途中立ち寄れる場所をそれぞれ見て回りながら『前世の仲間』を探すという事。そこには、きっと皆が空子の下に惹かれ戻って来るという確かな想いが秘められていたのだった。


「うわ~、すご~い」


 爛々と太陽が照り付ける澄み切った青空の下に歓声が上がる。

 目に映る壮麗な景色に心囚われつつも気持ちは晴れやかに。

 何処までも続くような長い橋。眼前には広大な山々。眼下には陽の光を受けてキラキラと輝く水面が涼しげな音色を奏でている。

 あまりにも有名な観光名所の一つ。観光客で賑わうその橋の中央付近に、俺達は立ち止まり二人肩を並べていた。


「確かに凄いな」


 逞しくも温かな大自然の迫力は、まるで小さな人間を静かに見守っているかのよう。けれど俺達が今こうして立つ古めかしい橋からは、手を取り合った人々の儚い願いや力強さが感じられ。自然と人間の尊さを感じ入る事が出来るその場所は、初めて訪れた俺達を一目で魅了したのだった。


「これでこの憎たらしい暑さが無ければなぁ」


 夏ももう終わりかという時分、それでも灼熱の暑さは衰える事を知らず。爽やかな気分とは裏腹に鬱陶しい汗が額に滲む。


「んもう、海の中には情緒とか風流とかいう言葉は存在しないの?」


「そのはしゃぐ姿のどこに情緒やら風流やらを見つけ出せばいいんだ?」


「海の目は節穴? そんなのこの景色一帯からいくらでも感じられるでしょう?」


「俺はお前の事を言ってるんだが……」


「あ、人力車!」


 聞いちゃいない。茹だる様な暑さも何のその、空子は目を輝かせて小さな子供の様に走りだす。お前は情緒とか風流って言葉の意味を知っているのか?


「ほら~、早く早く~」


 って、人力車乗るつもりか?


「まったく、観光気分じゃ駄目とか言ったのは何処のどいつだよ……」


 愚痴りながらもその背中を追う。腰まである長く艶やかな髪を揺らしながら、元気一杯に掛け廻る彼女の姿に目を細める。

 夏の京都。仲間探しに出てから何日経ったか。

 俺達は未だ、それらしい人物を見つけられないでいた。

 ・

 ・

 ・

「はぁ、さすが古の都ね。そこかしこに歴史を感じるわ」


「さすがに街中に入るとその雰囲気も半減するけどな」


「いちいちケチつけないの!」


「へいへい」


 何処にいても俺たち二人はこんな感じ。やはり情緒やら風流やらとは無縁の所に居るようだ。

 陽が傾きかけ幾分陽射しの和らいだ京都の街中を、俺達二人はあれやこれやと埒も無い話題で盛り上がりながら並んで歩いていた。


「ん?」


 そんな中、ふと俺の目が何の変哲も無い石段の姿を捉える。この上には社があるのだろう。見上げた先に小さな鳥居の姿が確認出来る。

 失礼ながらそんなに由緒正しいとも思えなさそうなその神社はしかし、何故だか俺の興味を惹きつけた。


「どうしたの?」


 立ち止まった俺を不審に思ったのか、先を歩いていた空子も歩みを止め俺の視線の先を追う。


「? ……神社?」


「ああ……。なあ? ちょっと寄っていかないか? 俺おみくじ引いてみたい」


 軽い気持ちでそんな言葉を向けてみる。けれど返って来たのは沈黙で。


「…………」


 てっきりおみくじという言葉に彼女が反応すると思っていた俺は、無言で鳥居の先を見つめる空子の様子に違和感を覚えた。傍によって顔を覗きこんでみれば、彼女の表情は見るからに青ざめ、僅かに身を震わせてさえいる。


「おい! 空子!?」


 肩を揺すりながら少し大きめの声でその名を呼ぶ。

 呼びかけに反応しビクンと体を震わせると、朱色の瞳は徐々に意志を取り戻し始めた。けれどやはり何処か焦点が定まっておらず。


「えっ……あ、ごめん何?」


 少し、というかかなり様子が変だった。心此処にあらずといった所か。


「何? じゃない。どうしたんだお前? 疲れたのか?」


「ううん……大、丈夫。……うん、何でもないよ」


 何でも無い訳がない。あんな表情初めて見た。先ほどの彼女を思い出そうとすると、俺の胸はギュッと締め付けられる。今にも泣き出しそうな、恐怖と哀しみに押し潰されそうな、そんな寂しそうな彼女の顔。


「疲れてるんだろう? 先に旅館に行ってていいぞ」


「えっ!? ……海は?」


「俺はもう少しブラブラしてから帰るよ。せっかくの京都だしな」


 勤めて明るく話す。何かを誤魔化す様に。


「……何で……一緒に帰ってくれないの?」


 小さな呟きが古都の街並みに消えて行く。普段の生き生きと話す空子からは想像も出来ない弱々しさ。いつもなら放っておく事が出来るはずもない、儚い彼女の呟きを無視して、俺は再度帰るように促す。


「ほら、いいからサッサと帰れよ。無理するとこの先の旅にも支障が出るぞ?」


 我ながら冷たい言葉を平然と言ってのけたものだ。さっきから様子が変なのは空子だけじゃない。そう、俺自身も何かがオカシイ。あれほど一緒に居たい、離れたくないと思っていたはずの空子を、今はこの場所から遠ざけたいと思っている。一体何故?

 未だ揺らぎ続ける朱色の瞳。その視線を真っ直ぐに見る事が出来ない。


「大丈夫。……ほら、行こう。おみくじ引くんでしょ?」


 そう言って空子は俺を引っ張りながら石段を目指す。絞り出しているのがカラ元気なのは一目瞭然だ。


「おい、体調悪いんだろ? 無理しないで大人しく……」


 帰れ。そう口にしようとした俺の言葉は空子の激しい一言にかき消された。


「嫌ッ!」


 時間が凍りつく。空子は俺の左腕にしがみつき小刻みに震えている。どう対応して良いかも分からず彼女から顔を背ければ、そこに在るのは小さな鳥居。


「空子……」 


 掛ける言葉が見つからない。俺も空子も明らかに普段とは違う。変わったのはついさっき。この石段の神社に俺が興味を持った瞬間から。

 胸が高鳴る。理由は一切分からない。いやそれは違うか。

 二人腕を組んだまま石段へと足を掛ける。少しづつ、ゆっくりと……。

 胸の鼓動は一段上る毎に激しくなり、腕にしがみつく空子の震えも増して行き、腕を掴む力も大きくなる。

 きっと分かっていたんだ。俺も、空子も……最初から。

 だから俺は空子を遠ざけようとして、空子は俺をこの場に近づけさせたく無かったのだ。

 二人を照らす紅い夕陽が哀しみに暮れる。永遠に続くかと思われた長い長い石段の最後の一段を踏みしめ、俺達はついに小さな境内にたどり着いた。

 そう、そこに……。



 いつか見た夢の中。月の光を背にして儚げに微笑んでいた、遠き日の彼女の姿を見つけた――。



「ッ!?」


 突然の来客に気づいた『彼女』。肩口より長い黒髪。瞳は憂いを含んだ『漆黒の黒』。巫女服に竹箒という如何にもいでたちの少女。やや幼さを残すその顔とは逆に、纏う雰囲気は大人びていて。年は俺達より下にも見えれば同じ位にも見えた。夕陽に照らされたその姿はまるで今にも消えてしまいそうなほど儚げで、今すぐ彼女の下に駆け寄りたい衝動が胸を付く。

 儚げな少女は一歩も動かない俺達を視界に捉えたまま、手に箒を携えてゆっくりと歩み寄って来た。


「……こんにちは。参拝の方ですか?」


 大人の女性の中に少女が残っているような、もしくは大人になりかけの少女のような、そんな甘い声。その声を聞いた途端、涙が流れそうになったのはどうしてだろう?


「お連れの方……具合が悪いんですか?」


 そう言って俺にしがみつく空子を覗き込む。そうして、二人の女は視線を絡めた。


「「……あ……」」


 重なった小さな呟き。そこには当事者達にしか分からない何かがあった気がして、俺はただ彼女達の様子を黙って見つめる事しか出来ない。

 でも二人はお互いを見つめ合ったまま身じろぎ一つせず。結局次に言葉を発したのは、居心地の悪い沈黙に耐えきれなくなった俺自身だった。


「あ~、えーっと……あ、そうそう。おみくじってありますか?」


「……あっ、はい。おみくじですね」


 俺の言葉にハッとなった巫女さんは、俺達をおみくじの場所まで案内しようと体を反転しかける。その瞬間。


「あ……」


 俺と視線が重なった。

 ・

 ・

 ・

 視界が曇る。

 夕焼け空は何処かに姿を消し、代わって現れたのはいつかの夜空。そして夜空に煌めく大きな丸い月。


《お目覚めになられましたか? ……スサノオ様》


《ああ……お前か、クシナダ》


 ・

 ・

 ・

 意識は再び現実の刻へ。

 優しく温かな光を放つ月の姿は何処にも無く、目に飛び込んで来るのは哀しい色を含んだ夕焼けの空。そして、そんな物悲しい紅の世界に佇む漆黒の瞳。

 僅かな時間、お互いの視線が相手を求める。けれどそれも本当に一瞬の事で。


「ッ!?」


 儚げな少女は顔を伏せると突然俺達を押しのけ、境内の奥へと逃げる様に走り去って行った。


「あッ、おい、待て! 待ってくれッ!」


 瞬間俺も後を追おうと身を翻す。しかしその動きは左腕にしがみついていた空子の抵抗に引き留められ。


「駄目ッ!」


「空子!?」


「駄目……行っちゃ駄目。……行っちゃ……やだ……」


 絡まった空子の腕から伝わる体の震え。朱色の瞳が絶望にも似た不安に染まり、傍に居てくれと懇願する。だというのに、俺の体は彼女の体を強引に引き剥がす。一切の躊躇いすら無く。


「くッ!?」


 こうして俺は、境内の奥にある林の方へと走り去った『彼女』を求めて足を踏み出す。空子一人をこの場に置き去りにして。


「――――ッ」


 後ろで空子が何かを叫んでいる。

 しかし俺の体は止まろうとせず。

 行くなと言った彼女の寂しげな表情。その姿は触れれば今にも壊れてしまいそうで、とても痛々しくて……。



 けれど、今の俺は走り去った少女の事しか考えていなかった。




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