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神威  作者: 桐丸
間章
15/25

仲間を求めて

過酷な運命に空子と共に立ち向かおうと心に決めたある日。前世の仲間ツクヨミが突如海達を襲う。圧倒的な実力差を見せつけるツクヨミに対し、海は己のすべてを神技に乗せて放ち、なんとかその場を凌ぐ事に成功する。しかしツクヨミは海達に決別の言葉を残して2人の下から去って行ったのだった。


 夢を見ていた。

 視界には夜空。

 夜空には大きく丸い月。

 太陽の光を受けて放つその輝きは、真昼に感じる眩しさとはまた違った温もりがあった。

 でも……その時感じていた温かさは、きっと月の光のせいではないのだろう。

 視界には夜空。夜空には大きく丸い月。その月の光を背に受け、俺を見つめる『女』が一人。


「お目覚めになられましたか? ……スサノオ様」


「ああ……お前か、――ダ」


 月下美人。

 どこかで耳にしたそのフレーズがしっくり来る。

 黒く長い艶やかな髪。優しい慈愛を含んだ漆黒の瞳。俺の頬に当てられる柔らかな手の温もり。

 漆黒の瞳は今にも泣き出しそうで、それでも俺に対する愛を感じて。彼女の瞳を見つめていると、何故か俺も泣きそうになった。

 ・

 ・

 ・

《ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……》


 クラッシックなBGMで目を覚ます。

 時折揺れる車両に合わせて隣にいる彼女と肩が触れ、その度に心臓が高鳴った。

 静かな電車の中。車内には俺達の他に数名の乗客。

 隣にいる少女に目を向けると、彼女は手に持った雑誌に夢中のようだ。

 窓の外に目を向ければ、そこには雄大な山々がそびえ立つ。

 その姿に、神と呼ばれる力を持ちながらも、自分はちっぽけな存在なのだと、そう言われてるような気さえして来る。

 空にはうっすらと白い月が見えていた。

 夢を見ていたような気がする。

 あれは一体いつの夢か?

 もう顔も思い出せない『彼女』の存在がやけに恋しい。懐かしむ様に真昼の月をぼうっと眺め続けた。


《ガタンッ》


 再び揺れる車両。

 またも触れ合った肩越しの感触に、俺は隣にいる少女の存在を再確認し、追想から呼び戻された。


「なあ?」


 視線はそのままに、隣に座る彼女に声だけを向ける。


「ん? なあに?」


 彼女は手元の雑誌から顔を上げ、微笑みと共に俺を見上げる。そこに在ったのはお日様の笑顔。見つめて来るのは優しく澄んだ朱色の瞳。


「……なんで四人掛けの座席なのに隣に座ってるんだ?」


「ん? 嬉しい?」


「何でそうなる?」


「嬉しいんだ~?」


 絶対からかって遊んでるな。

 悪戯っぽい笑みがその証拠だ。擽ったそうに彼女は目を細める。そんな姿が、また愛らしい。


「そうじゃなくて、窮屈なんだけど……」


「ふふ~ん、どう? 私の体?」


 体をすり寄せる彼女の動きに合わせ甘い香りが身を包む。

 顔が紅くなってないだろうか? そんなどうでもいい心配が脳裏を掠めた。


「空いてるんだからそっちの席でいいだろう?」


 言って彼女の真向かいの席を顎で示す。

 会話の相手は頷きつつも、しかしその場から動こうとはせず。


「はいはい、素直じゃないわね~」


 なんて事を口にしながら、再び視線を雑誌へと落とした。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れた。それは安堵のため息。


《嬉しいんだ?》


 問われた瞬間、俺の心臓は跳ね上がった。

 そう、実際俺は嬉しいのだろう。

 それはそうだ。彼女ほどの美人に懐かれて(?)悪い気分になる男はおそらくいない。

 わざわざそんな話題を出した自分自身、きっと彼女の口から俺を肯定する言葉が聞きたかったからに違いない。

 なら? …と思う。

 俺は彼女の事が気になっている。それは事実だ。一緒にいて楽しい……と言うよりひと時も離れたくないとさえ思える。

 ――それじゃあ、俺は彼女の事が好きなのか?

 その問いの答えは何故か出てこない。



《お目覚めになられましたか? ……スサノオ様》



 ふいに、先ほど見た夢の中のセリフが蘇る。

 そっと隣に居る空子の様子を盗み見れば、真剣な眼差しで雑誌を読みふけっていた。そんな姿が微笑ましくも愛おしいとさえ感じる。

 ならば何故、俺は彼女を求めないのか?

 もちろん彼女自身の気持ちもあるだろう。というか当然の事だ。

 でも……おそらく彼女は。彼女の想い人は……。

 ならば問題ないはず。俺が彼女を求めても。きっと彼女も受け入れてくれる。

 自意識過剰と思われるかもしれないが、俺の勘は間違っていないだろう。勘というよりは実感か。俺に向けられる彼女の瞳が、なによりもその胸に秘めた想いを伝えて来るのだから。

 では何故?

 こんなにも彼女を愛しいと感じるのに、大切に感じるというのに。どうして俺の心は彼女の想いから目を背ける?



 ――何故、彼女の想いを真直ぐに受け止められない?



 訳の分からない自分自身にうな垂れる。頭の芯はぼうっとして、頬にはひんやりとした感覚……ひんやり?


「ッ!?」


 予想もしていなかった感覚が突然訪れ思わず飛びのく。車両の窓ガラスに頭を打ち付けたのは、まあお約束だ。


「~~~~ッ!」


「あはははは」


 無邪気で明るい笑い声。ぶつけた頭を擦りながら無邪気な悪魔に抗議する。ちなみに俺はちょっとだけ涙目だ。


「……何すんだよ?」


 しかし返って来る笑みは動じる気配すら無く。


「だってぇ、何かぼーっとしてるんだもん。まだ寝ぼけてるのかな~? と思って」


「思って……じゃねえよッ馬鹿! ビックリしただろ」


「勝手に頭ぶつけたのは海だも~ん。私のせいじゃないも~ん」


「きっかけはお前だろう?」


「知~らない」


 この女神様はまったく……。


「はぁ……」


 少し意地悪なお日様の笑顔に完敗した俺の体は完全に脱力し、もう何度目かになるか分からないため息を付く。と言うか、俺最近ため息ばっかじゃねえ?


「はい、これでも飲んで元気だしなよ青年」


 そうして空子が差しだして来たのは、先ほど人様の顔に押し付けていた缶ジュース。

 寝起きで喉が渇いていた事もあり、腑に落ちないながらも素直にジュースを受け取った。


「……さんきゅ」


「五百円になりまーす」


「金取るのかよ!」


 しかもぼったくりだ。


「はぁ……」


 飽きないと言うか疲れると言うか。彼女に出会ってから退屈しないのは確かだった。


「んぐっ……んぐっ……はぁ」


 ジュースを口に注ぎ込む。オレンジの甘く爽やかな香りが鼻腔を擽り、胸の中のモヤモヤを和らげて行く。


「美味しいでしょう?」


 柔らかく笑い掛けて来る彼女の微笑みは、まるで子供をあやす母親のそれにも似た温かさ。しかめっ面だった自分の顔が自然と緩んで行くのが分かる。


「ああ……つぶつぶだったのは予想外だったけどな」


 なんて事を言いながら、どちらからともなく絡めた視線。


「「あはははは」」


 こんなどうでもいい事さえ、幸せだと感じた……。

 ・

 ・

 ・

 カラになった空き缶を手の中で弄びながら俺は改めて空子に声を掛けた。


「んで、とりあえず何処を目指すんだ?」


 ツクヨミとの再会、そして決別から数日が経っている。あの戦いの後、俺と空子はこれからの行動について話し合った。

 ツクヨミの真意は分からない。けれどいつまでもあの場所に居ても仕方が無い。

 そう結論づけた俺達は、目的地も決めず電車に乗り込み、こうして電車に揺られているのだった。。


「とりあえず出雲かなぁ?」


「出雲? そこに仲間がいるのか?」


 仲間。俺たちと同じ神の生まれ変わり。空子の話によると俺たち以外にも神の転生した人間がいるらしい。

『魔』と戦うにしても情報はほとんど無い。武器も無い。ましてや俺は記憶があやふやで神気もまともに扱えないような中途半端な状態だ。

 現代に復活しようとしている『魔』を滅する可能性は俺と空子、そしてツクヨミの『三貴士』と讃えられた三人で放つ『神技 神威』だけ。とはいえ、三人だけではどうしようもない。そこで空子が提案したのはかつての『仲間』を見つけ出そうという事だった。


「ん~……分かんない」


「分かんないって……。じゃあ、なんで出雲って言い切ったんだよ?」


「だって、神話といえば出雲じゃない?」


 根拠の無い理由を告げる女神様。当然文句の一つも言いたくなるのだが、眼前には満面の笑顔があったりして。


「ね?」


「……ま、いいけどさ。」


 その笑顔は反則です。


「あはは……。まあ、正直私もどうしていいかはあんまり分からなくって」


 ちょっとうつむき加減になった空子が顔を曇らす。


(ま、それもアリか……) 


 どうせ俺の持っている情報は役に立たないし、だからといって空子一人にすべてを委ねるのも卑怯だ。どうせ当てが無いのなら、気の向くままに行動した方がよっぽど建設的だ。

 何となくだけど、ツクヨミもまた俺たちの前に表れるような気がする。

 奴とは別に『魔』の復活を目論む連中も居るらしいし。敵さんからしても俺達の存在は邪魔だろうから、ちょっかい出してくるはずだ。


(それに……)


 隣で顔を伏せる少女を横目で盗み見る。そんな姿すら絵になる様な彼女だが、それでも寂しそうな姿は見たくないと素直に思う。だから俺は一つ頭に浮かんだ案を提示してみる事にした。


「なあ? どうせなら出雲に直接行かないで、色々な所を見て回りながら行ってみないか? 京都とか奈良とか…広島のお好み焼きとかも食べてみたいし」


 最後は若干ふざけて見せる。

 そんな俺の姿を目にした空子の頬は子供の様にぷくっと膨らみ。


「もう……観光が目的じゃないのよ」


 でもそんな様が可愛くて、嬉しくて。


「良いじゃん。どうせなら楽しみながら目的を達成しようぜ」


 らしくも無い軽口が零れる。


「移動するのだってお金が掛かるのよ? 私達程度の貯金なんてすぐ無くなっちゃうんだから」


「う……」


 痛い所を突く。確かに電車代は馬鹿にならない。


(俺の口座いくら残ってたかなぁ?)


 移動に関しては車も考えたのだが壊した時が恐ろしいので止めた経緯がある。知らない道走るのもおっかないし……。何より少しでも身軽な方がイザと言う時何かと都合が良いと判断したのだ。

 そうやって現実と預金残高に顔をしかめる俺に対し、空子の方は呆れ顔だ。でも向けられた声色は優しくて。


「まあいいわ。確かに焦っても仕方ないものね。そんなにゆっくりもしていられないけれど、海の案に賛成~」


 陰っていた表情に陽が差す。その眩しさを目に、俺は自分の考えが間違っていないと改めて実感した。

 そう、俺の提案。それには一つの確信があった。

 お日様の少女。温かい帰るべき場所。少なくとも俺はそう思う。なら……。


「ねっ、ねっ、私ココ、嵐山行ってみた~い」


 そう言って突き出して来るのは先ほど睨めっこしていた旅行雑誌。


「なんだよ、自分だって観光気分なんじゃないか?」


「いいの~」


 拗ねた物言い。でもその瞳は期待に彩られていて。


「じゃあ俺は舞妓さん見学だな~。舞妓さんの中に仲間がいないかな~?」


「な・ん・で・そういう考えになるの~ッ」


 ほっぺを引っ張られる。

 車窓から漏れる陽差しが心地良い。

 遠く雄大な景色に目を細めながら、きっと……と思う。

 まだ見ぬ前世の仲間たち。過酷な運命が待ち受けていようとも、彼らもきっと惹かれ戻って来るはずだと。



 俺の目の前にいる、この優しくて純粋な、お日様の少女の下に――。




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