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神威  作者: 桐丸
第2章:ツクヨミ編
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幕間1 『空子とツクヨミ』

空子と共に行く決意を固めた海。神の力に関してまるで知識の無い彼は空子から一通りの説明を受けていた。しかし突然場に響いた『聞き覚えのある男の声』を耳に海は意識を手放す事となった。


 目に映る光景。

 待ち続けた想い人。

 灼熱の太陽の下。

 ついに出会ったその人は。

 黒き月に飲み込まれ。

 彼女の前で崩れ落ちた――。



「海―――――ッ!」



 倒れ伏す神薙海。

 瞬間的に駆け出す空子。

 その前に……黒き影が立ち塞がった。

 知っている、その影を。

 覚えている、その顔を。

 心震える、その想いを。



「……ツクヨミ」



 呟いた先にはツクヨミと呼ばれた男が一人。

 長身長髪。その顔立ちはモデルも顔負けの色男。瞳には強き意志を宿し、醸し出す雰囲気は人を寄せ付けず。全身黒い服に身を包んだその男は、昔と寸部違わぬ姿で空子の前に立っていた。

 それでも、懐かしいとも嬉しいとも感じなかった。その理由はただひとつ。

 そう、彼は空子の知っているその姿とは決定的に違う所があったから。

 小さい頃からいつも三人一緒だった。

 一番上がアマテラス。真ん中がツクヨミ。末っ子がスサノオ。

 三人の真ん中でありながら一番のしっかり者。困難な状況にあっても、二人を支え続けてくれた頼もしい存在。いつもアマテラスとスサノオを見守ってくれていた優しい瞳。



 その瞳に秘めた強き意志が、明らかな『敵意』を含んでいた。



「ツクヨミ、どうして……?」


 空子の問い掛けにツクヨミからの返事は無く。沈黙を以って答えを成す。


「ッ」


 腰が引ける。それはそうだろう。ただでさえ圧倒的な存在感を放つ長身の男が、敵意丸出しで睨みつけて来るのだ。この威圧感を前にしたら女ならずとも男だって、いや一流の格闘家でさえ逃げ腰になるに違いない。

 それでも彼女は気丈に振舞う。彼の真意を知りたかったから。


「答えてツクヨミ! なんで……どうして海を……スサノオを攻撃したの!?」


 本当はこんな言葉を掛けたかった訳では無い。

 一人待ち続けた時間の中で再会の言葉を思い描いた。

 大切な二人との再会のシーンをあれこれと夢想する日々。


(どんな言葉で迎えようか?)


(キリッとした表情作れるだろうか?)


(服は何着てればいいんだろう?)


(髪形変えてみようかな? ビックリするかな?)


 ひとりぼっちの時間が流れる中。待ち続けた彼女にとっての儚くも幸せな夢物語。

 なのに……現実は彼女の幻想を引きちぎる。


「答えてッ!」


 なおも問い詰める空子。

 ツクヨミはそんな空子から視線を外し、意識無く足下に倒れるスサノオの魂を宿す男、神薙海へと目を向ける。


「呆れたものだ」


 漏れ出た言葉には一切の感情が無く。


「コレが天界最強と謳われた英雄神の生まれ変わりか」


 その表情には何の色も浮かんでいない。


「情けない」


 それで終わり。ツクヨミは興味を失ったとでも言わんとする様に、かつての仲間から視線を外す。


「ツクヨミ!」


 それでも必死にその名を叫ぶ空子を見据え、ツクヨミは冷酷に言い放つ。


「お前も死ね……アマテラス」


 瞬間、空子の全身が跳ねる。

 死の宣告。空子の言葉は届かない。黒き月の男が紡いだそれは絶望の言霊。

 悠久の刻を経て叶った感動の『再会』は、今ここにその姿を現した。決別という名の姿を――。

 ツクヨミの体が揺らぐ。反射的に空子は身構え迎撃の為腰を落とす。

 地を蹴ったツクヨミは正に黒き風の如く。

 鞭のようにしならせた長い足。空子の体に向かって振り抜かれた右足に躊躇は無い。


「ッ!」


 とっさに両腕でガードするも、ツクヨミはお構い無しとガードの上から華奢な体を強打する。

 両腕に伝わる重い感覚。体格さ故か、空子の体はいとも容易く吹き飛ばされる。


「きゃあ!?」


 強打を受けた空子の体は、ガードした体制のまま十メートルほど後ろまで弾かれ。僅かな砂埃をまき散らしながら、地面に靴の跡を残しつつ、空子の体は停止した。

 しかし息つく暇も無くツクヨミの攻撃は続く。

 繰り出される左右の拳。防御に徹する空子の両腕は悲鳴を上げるが、耐える事しか出来ない。

 拳から逃れようと後へ飛びずさる。けれど追撃が止む事は無く。ツクヨミはその長い足を振り上げる。


「――――ッ!?」


 獲物を捉える豪快な一撃。わき腹を抉られた空子の体は勢い良く地を滑った。


「くッ……あ、ハァハァ………」


 まともに息も出来ない状態ながら何とか身を奮い立たせると、空子は気丈にツクヨミの視線を真っ向から受け止める。

 攻撃は止まず。更に繰り出されるツクヨミの攻撃に身構える空子。

 そう、身構えてガードする。それしか彼女には出来ない。それほどツクヨミの攻撃は速くて重い。空子に攻撃の隙など無い。少しでも防御以外の事を考えようものなら、その瞬間に攻撃を浴びる。

 絶望的なまでの実力差。空子とて昨日今日神気に目覚めた訳ではない。どちらかというと戦闘は苦手だが、それでも損所そこらの妖魅に引けは取らない程度の力は備えているつもりだった。

 しかし、目の前で猛威を振るう黒き月の男の実力は桁違いで。それこそ先日の鬼なぞ一瞬で塵へと還せるであろうほどに。


「きゃあ!?」


 もう何度目になるかも分からない衝撃を受けて空子は再び大地を転る。


「ハァハァハァハァハァ……うっ!? ……げほっ」


 立ち上がろうとするが手にも足にも力は入らず。競り上がる吐き気を必死に耐える。

 衣服は破れ赤い血が滲み、白く美しい肌を青黒く犯して行く。

 もう防御する力も残っていない。

 そんな彼女を見下すツクヨミの口は、無情なる断罪の言霊を紡ぐ。


「裏神技――月戒」


 天に向かって突き上げられたツクヨミの右腕。



 その頭上に姿を現すは、黒き深淵の月―――



 出現した光の真円。それは裁きの体現。その直径五メートル程の暗黒の煌めきが、血に染まる女神を飲みこまんと唸りを上げ突進する。


「くっ!?」


 力の入らない両腕に鞭打って、空子は迫り来る黒き月に向かって両手を突き出す。目を閉じ意識を、残った神気のすべてを両の掌へと。

 だがしかし、最後の抵抗に意味は無く。月の裁きは呆気なく空子のすべてを飲み込んだ――。

 ・

 ・

 ・

 ポツポツと地面を濡らす小さな音が木霊する。

 いつからなのか。あれほど自分を主張していた灼熱の太陽はその姿を隠し、代わって現れたのは悲しく淀んだ暗い空。

 天の涙は徐々に勢いを増して行く。

 雨粒は場に佇む黒き月を優しく濡らし、地に伏せる女神をも包み込む。

 女神は動かない。

 ツクヨミはただ無言で地に伏せる彼女を見つめ続ける。その瞳に一筋の感情が宿っている事を知っている者はこの場に居ない。


「……終わりだ」


 誰に向けての呟きか?

 朦朧とする意識の中に身を委ねる空子に向けての物なのか。自分自身に対してか。それとも……。

 掲げられるツクヨミの右腕。頭上には三度月の戒めが。

 そっと瞳を閉じる彼の心は己の内へ。

 そうして、再び目を開いたツクヨミは最後の審判を下す。

 その瞬間。


「ツクヨミ……、どうして……?」



『俺』は、確かに彼女の声を耳にした――。




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