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神威  作者: 桐丸
第2章:ツクヨミ編
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空子先生の補修授業

一時は空子から逃げ出した海。それは彼女の死から目を背けようとした愚かな行為だった。しかしそんな彼を叱咤するかのように状況は目まぐるしく動き続ける。異形に襲われる空子を助ける為駆け付けた先、蘇ったのは前世で交わした幼き日の彼女との約束。鬼が海と空子を押し潰そうと迫る中、目覚めた記憶と共に海が繰り出した約束の神技『虚空こくう』によって鬼は撃退される。こうして、海は空子と共に過酷な運命に立ち向かう決意をするのだった。


 灼熱の太陽がその存在をはばかりもせず主張している夏の午後。

「暑い……」


 決め事の様な呟きを漏らしながら、これまたお約束の様に額の汗を拭う。


「ホントね~、今年の暑さは異常だわ」


 だが、俺の呟きに澄まして答える彼女の顔は、暑さなど感じてないかのように涼しげだ。

 腰まである長く艶やかな栗色の髪。整った顔立ちに抜群のプロポーション。ジーンズにTシャツというありふれた服装にも関わらず、その姿を写真にでも収めれば、りっぱなファッション雑誌の一ページにでもなろうかという立ち姿。その空間だけじっとりとした炎天下の熱気から切り離され、爽やかな空気が流れているかのよう。

 けれど今俺が目にしている光景は現実で。

 それらすべてが真実である事を証明するかのように、真っ直ぐで穢れ無き朱の瞳はどこまでも深く切ない。

 傍らに立ち遠く海原の彼方を見つめる少女。

 空子。それが美しい少女の名。

 真夏の空は青く何処までも澄んでいて、まるで彼女そのものを現しているかのようだ。


(周りから見た彼女はどう見えるのだろうか?)


 ふと疑問が湧き起こる。

 綺麗な娘。可愛い娘。優しそうな娘。少なくとも悪い意見は出てこないだろう。

 ましてやその身を血に染めて己が運命に立ち向かっているなんて事、きっと誰からもそんな意見は出て来ないはず。

 だけど、俺は知っている。いや、知ってしまった。

 彼女が生きるのは鮮血に彩られた世界。自身の体を深紅に染めながら、それでもお日様の様に温かく、優しい微笑を湛えている事を。

 その胸の内にはどのような想いを抱えているのか?

 今の俺はその一部すらも分かっていないのだろう。

 いつの日か、理解してあげられるだろうか?

 その時俺は彼女に何をしてあげられるのだろう?

 それらの問いにまだ答えは出せない。だから、今は彼女の隣いる事しか出来なかった。


「じーーーーっ」


 気がつくと眼前に彼女の顔。


「うわあ!?」


 思わず飛びのく。そりゃそうだ、、いきなり眼前に可愛い女の子の顔が現れれば誰だって驚く。……驚くよな?

 少なくとも女性に免疫の無い俺の心臓は、さっきからバクバクいってどうしようもない。初めて餓鬼に襲われた時以上の動揺かも。


「失礼ね。それが可愛い女の子に対するリアクション?」


 可愛い女の子だからこそのリアクション……などとは口が裂けても言えない。


「いきなり出てくるからだろ」


 こんな言葉を口にするのが精いっぱい。


「出てくるってのも変な表現ね。まあ、いいわ」


 そういって空子は大人しく身を引いた。

 置き土産に甘い香りなぞを置いていく辺り、なかなかの小悪魔っぷり。女神に対して悪魔ってのも変な話だが、要はまだ俺の動揺は続いているってだけの話。


「体の調子はどう?」


 小首をかしげて尋ねてくる。そんなちょっとした仕草にも動揺する俺。つくづく免疫無いな。


「……まあ、やっと普通に動けるくらいには回復したかな」


 内心の動揺を押し隠して何とか応える。


「そう、良かった。目覚めたばかりだから心配してたの」


「目覚めたばかり? 心配って?」


「あのね~、普通に考えてみてよ。貴方どんな目にあってそんな怪我したの?」


「そりゃあ、鬼に殴られて、振り回されて、地面に叩きつけられて、踏まれ、て……?」


 自分で言っててゾッとしてくる。


「そう、普通に考えて人間に耐えられる事?」


 確かに……そうだ。鬼の力は異常だった。振りぬいた拳は地面にめり込み、殴った人間の体は、トラックか何かにぶつかったかのように転がった。普通に考えたら……。


「死んでる、よな」


 でも俺は生きてる。って言うか、最低病院送りになりそうな怪我を負ったにもかかわらず、その数日後には普通に動ける程度には回復?


「……あれ? なんで?」


 首を傾げながらそんな言葉を声に出してしまう俺は、大間抜け以外の何者でもないだろう。


「ふぅ、海って案外抜けてるのね。って言うか、細かい事気にしないのかな? 細かい事でもないような気がするけど、まあ昔っから大雑把だったもんね」


 可憐な女の顔は呆れていて。

 バツの悪さに正面から顔が見れず、ついと視線を逸らしてしまう。


「悪かったな、まだ混乱してるっていうか、状況が飲み込めてないっていうか」


「考えてないだけでしょ」


 鋭いツッコミ。

 いや、考えてない訳じゃないぞ。実際考える時間は十分あった。というか、動けずに寝ているしか出来なかったんだけど。その間に俺だって少しは考えた……はず。


「いや、だから、やるべき事ってのはなんとなく理解してきたんだけど、自分の体に関してはよく分からないっていうか、考えてなかった……あっ!」


 ポロリと洩れ出る本音。

 慌てて口をつぐむ……が。


「じーーーーっ」


 ジト目。弁解の余地無し、と言った所ですか。


「分かった分かった、俺が悪かった。まだよく分からないので教えてください空子先生」


 結局泣き言を言う自分が少し情けなかった。


「よろしい、それでは補修授業を始めますので、よ~く聞いてくださいね。神薙君」


 何故か勉強の出来ない子にされてしまったが大人しく頷く。


 あのね、神様ってのは世間一般のイメージ通り人間とは少し違うの。それは身体能力から傷の治り具合まで様々ね。海は前世の記憶を取り戻した事で神の力、『神気』に目覚めたの。神気はその名の通り神の気。体を守り、時には相手を傷つける事も出来る力」


「よく漫画なんかで見かけるやつか?」


「うん、解釈的にはそれで間違いないわ」


「要は神気が大きければ強く、小さければ弱い」


「極論を言えばそうね」


「ふ~ん」


「前世に目覚めてからいろいろ変わった事もあるでしょ?」


「そうだな確かに……。それこそ漫画じゃないけど人の気配が分かるようになった」


「うん」


「それに人以外の気配も。気配の感じ方で、良い奴か悪い奴かも分かりそうな気がするな」


「ちなみに私は?」


「悪い奴」


《ベシッーー!》


 頭を叩かれる。まあお約束だ。


「んもう! 真面目に話して! とにかく、貴方は神気に目覚めた。鬼に大怪我をさせられたのに無事ってのはそういう事」


「神気ってのに目覚めたから防御力も上がったし、回復も尋常じゃなくなったって事か?」


「そういう事。でも過信しないでね。私達がこれから相手にするのも、人の力を超えた存在なんだから」


「分かってるよ」


「本当に分かっているのかしら?」


 疑いの眼差しを向ける空子。俺はそんなに信用無いのか?

 ……心当たりが在り過ぎる。


「まあ、とにかく、俺たちは強くなって『魔』って奴を倒す。そういう事でいいんだよな?」


「極論すぎる! まったく……本当に変わらない、そういう所」


 そんな事を言いながらも、何故か空子は少し微笑んだ。

 その様子にドキリと心臓が跳ね上がった俺は、適当な話題を出して話を逸らす。


「で? さしあたっては修行でもするのか?」


「修行? 何で?」


素っ頓狂な声を出す空子の顔にはハテナマークが浮かんでいる。


「だって、お前は分からないけど、俺は目覚めたばかりで弱っちいじゃないか。『魔』を倒すにしても強くならなきゃ話にならないんじゃないのか?」


 俺としては当然の疑問。

 しかし空子は静かに首を横に振る。


「ひとつ勘違いしているみたいね。いい? 貴方の神気はすでに目覚めている。例えるなら前世の貴方の神気の大きさを百とすると、今の貴方の神気の大きさも百よ」


 つまり何か?

 元々の俺は鬼一匹にも歯が立たなかったのか?


「ちょっと待ってくれ。俺ってそんな弱っちかったの?」


 結構ショックだ。


「あのね~、貴方の前世は誰ですか~?」


 呆れながら問う空子先生。


「スサノオちゃんです」


 ふざけて返す。


「馬鹿……。貴方は荒ぶる大海原の神、神話に語り継がれる英雄神、スサノオノミコトその人なのよ?」


「でも鬼にはまったく手も足も出なかった」


「そこが勘違い。いい? 神気は目覚めてる。でもね、どんな力も使い方が分からなければ意味が無いわ」


「使い方?」


「うん。攻撃する時に繰り出す拳に込める神気。相手の攻撃をガードする時に体に纏わせる神気。状況に応じて百ある力を最大限有効に使う方法。そう言ったもの。貴方は前世での戦い方って思い出した?」


「いや、全然」


「そう。これは私の考えだけど、おそらく前世の記憶を思い出したからといって戦い方まで元通りになる事は無いと思うの」


「じゃあ、どうしろと?」


 問いに次ぐ問い。何か俺、劣等生全開だな。


「こればかりは実際に実戦をこなすしか手はないと思う」


「慣れろと?」


「うん」


「…………」


 気が遠くなる話だった。慣れる前に先日の鬼みたいなのに遭遇したらどうすればいいのだろうか?


「いい? さっきも話したけど、貴方は天界最強と謳われた英雄神の生まれ変わりなの。弱いはずが無いわ。力の使い方もすぐに取り戻すはず。誰もが敵わないくらい強く、ね」


 少し気落ちした俺を気遣ってか空子は明るく俺を諭す。

 だが紡いだ言葉は最後に力を失ってしまい。


「そう、きっと私なんか必要じゃなくなるくらい……」


 聞こえるかどうかも分からないほど小さな呟き。

 その言葉に籠められた想いは何なのだろうか?

 それは彼女にしか分からない。なのに……。


「OK! 分かったよ。まあなんだ、ぼちぼちやってくよ」


 必要以上に俺の口から元気な声が出たのは何故だろう?

 けれど理由はすぐに理解出来た。


「ぼちぼちって……もうちょっと引き締まるセリフはなかったの~?」


 呆れ顔の空子に戻る。

 それだけで少しホッとした。

 きっと俺は彼女の沈んだ顔を見るのが嫌だったのだ。


「いいんだよ。言葉なんか何だって。それに奥の手もあるしな」


 そう言って俺は自分の右手を見つめる。

 そう、まさしく『奥の手』。絶望的な死の瞬間垣間見た、遠き日の約束の神技。


「少なくとも、この間の鬼程度なら倒せる手段はあるんだ。かなり疲れるけどな。もっと強い敵が現れる前に、自分の神気の使い方をマスターすればいいだけの話だよ」


 勤めて楽観的に言う。自分の不安を彼女に気取られないように。

 何か言いたげな空子だったが、すぐにいつもの笑顔に戻り、


「うん、その意気。あ、でも神技はまだあんまり使っちゃ駄目だよ」


「え、何で?」


「だって、海ったらまだ全然使いこなせていないでしょ?」


「全然って……少なくとも鬼を倒せるくらいには使いこなしてるじゃん」


 そう、本当に最低限だろうが、それでもあれだけの威力を実際発現させたんだ。


「あのねぇ……」


 心底呆れた様子の空子。

 少しだけ得意になっていた俺にはちょっと残念なリアクションだ。


「この間海が見せた『神技しんぎ 虚空こくう』はせいぜい掌と変わらないくらいの大きさの閃光だったでしょう?」


「ああ、実際あれだけ硬かった鬼の体を易々と突き破ったじゃん」


「私の記憶にある昔の貴方、スサノオの神技虚空はそんなものじゃない。少なくともあの鬼程度なら、お腹を突き破るどころか、全身を一瞬で塵にするぐらいの巨大な白銀の閃光を放っていたわ」


 全身を一瞬でって……あの鬼の体、ニメートル以上あったぞ?。

 空子の言葉に改めて自分の右手に視線を落とす。


「さっき力の使い方って言ったけど、神技も一緒。同じ神技でも一の力しか乗せてない神技と、百の力を乗せた神技じゃ大きさも威力も異なるわ」


「でも、例え一だろうと敵を倒せる威力を出せるんならいいんじゃないか?」


 俺の言葉に空子は表情を硬くする。


「冷静に考えて。いい? 海は神技の威力を調節出来ない。一の出力しか出せない時もあれば、五十の出力になる事だってきっとある」


「強くなる分には問題ないんじゃないか?」


「神技を使うって事は、それだけ切羽詰った状況って事よ。倒したい相手の傍に護りたい誰かが居たらどう? 貴方は狙いを外さず敵にだけ神技を当てる自信がある? 掌大の閃光が出ると思っていたのに、突然その何倍もの大きさの閃光が出たらどうするの?」


 諭す彼女の瞳は真剣で、


「私達が戦うのは人々の暮らすこの大地。漫画みたいに戦いの場に他人を寄せ付けない都合のいい結界なんてものは無い。予想外の大威力の技を放って、敵どころかその後ろの建物や人間まで巻き込んだら? 守りたい物を自分の手で壊してしまったら? 貴方は……」


 だからこそ、俺の事を本気で心配してくれている事がひしひしと伝わって来る。

 言い終えた空子の視線は力無く地面へ向けられ。

 そんな彼女に俺が掛けた言葉は……。


「ちぇっ、せっかくすごい力を手に入れたのにな~。この技で可愛い女の子を颯爽と助けたりしたら、きっと俺モテるはず! つーか、ハーレムも夢じゃない?」


 ワザとらしく大きな声で言ってみる。ちなみに普段の俺は仲間内でもこんな事滅多に言わない。


「…………」


 目が点になる空子に対してべーっと意地悪く舌を出す。

 彼女は目を吊り上げて、ついでに手も振り上げながら、


「この~、海の馬鹿ー! エッチッ、スケベッ、女の敵~ッ!」


 手をブンブン振り回し、逃げた俺を追って来る。


「待て~、スケベ男~! 大体、何でその神技を他の女の為に使おうとするのよー!」


 逃げる俺の顔には自然と笑みが零れ。これで良いんだと心から頷ける。

 そう、彼女に沈んだ顔は似合わない。いつでも笑顔で居て欲しいから。


「ま~て~!」


 なおも追ってくる空子から逃げつつも、背後を振り返って俺は素朴な疑問を投げかけてみた。


「そういえばー、お前の神技って何て名前なんだ~?」


 彼女も神技を持っているはず。彼女の神技なら、さぞや美しい技なのだろう。


「…………」


 その問いに彼女は足を止めて立ち止まる。

 そうして返って来るのは穏やかで優しいお日様の笑顔。


「何言ってるの? 貴方はもう見てるでしょう? 私の神技を」


「あれ? 見た事あるっけ?」


 俺も立ち止まり思案する。彼女の神技……彼女の力。

 見た事があるとすれば、それは……そう。俺が初めて異形に襲われた時。目の前が闇で閉ざされようとしたあの瞬間。命を救われた『白の光』。


「思い出した?」


「ああ……うん。そうか、あれが空子の……」


 名前は?

 そう聞き返そうとした俺の言葉は、突然の寒気と威圧感、そして……『聞き覚えのある男の声』に遮られた。


「裏神技――月戒げっかい



次の瞬間、俺は体に重い衝撃を受け、そして……意識を手放した。




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