神技
鬼に襲われていた空子を救うべく立ち向かった海。しかし鬼の力の前に成す術無く返り討ちにあう。そうして死を迎えようとした瞬間、またも前世が蘇る。それは大好きなお日様の笑顔を浮かべる少女との、幼い約束の記憶だった。
白昼夢は去り、現実の刻が動き出す。
迫りくる鬼の巨体。俺を庇う様に間に身を滑らす空子。
異形の背後には紅い空。脳裏を過るは朱色の瞳。
空に向かって手を突き出す。
自分を庇う彼女に触れる為でも、空を掴む為でも無い。
それは遠き日の想い出の中。
突き出した掌に、
(キラキラ~ってなって~)
――収束する、白銀の光。
目の前には『彼女』の姿。
(じゃあ、いつか私が悪い人に襲われたら、その神技で私を助けてくれる~?)
確かに交わした幼い二人の『約束』。
(どうしてなのか?)
(いつからなのか?)
(小さい頃からいつも一緒だった、お日様のような女の子)
――彼女の笑顔を曇らせたくない。そう思うようになったのは!
死が迫る。すべてが閉じるその刹那。
『おかえりなさい……スサノオ』
あの瞬間、彼女はどんな想いで俺を見つめていたのだろう?
逃げ出した俺の姿は、朱色の瞳にどう映っていたのか?
分からない。
だから……今はただ、彼女の笑顔を護る為に!
(ビューンってなって~、ドッカーンってなるの~)
「神技――虚空!」
閃光が走る。
真名を解き放つ言霊と共に、収束された白銀の光が轟音を伴って掌より飛び立つ。
女神の未来を遮る悪意の渦を撃ち抜く為に。遠き日の誓いを果たす為に。
天に伸びるは邪を穿ち貫く銀の輝き。
一筋の光となった想いの神技は一直線に鬼の巨体を目指し、
「グギャアァーーーーーーー!?」
いとも容易く異形の腹を突き破り、紅き空へと……駆け抜けた。
・
・
・
静寂が訪れる。
一拍置いた後、ドスンという重い音と共に、鬼の巨体が地に落ちる。
物言わぬ躯へと姿を変えた鬼の体は、灰となって音もなく消えていく。
風が吹き抜ける。
残されたのは血に塗れた男女。
美しい顔を血に穢された女と、ボロクズになった男。
折り重なるように横たわる二人。
「約束……守れたかな?」
呟きは男のもの。
「うん……うん!」
応えるは女のもの。
「ごめん、逃げ出して……」
謝罪の言葉。
女は男の胸に顔をこすり付けるように首を横に振る。そこに涙は無く。
「こんな情けない奴だけど……一緒に居てくれるか?」
「……うん」
紅い空は隠れ、表れたのは満天の星空。
妖しい星の煌めきの下、重なり合った俺達は、ただ互いの温もりを確かめる様に、いつまでもそうしていた。
こうして、まだ見ぬ未来へと続く過酷な道を、俺達は共に歩み始めた――。