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#2 宝栄の三鬼

#1 宝栄の三鬼


 T市。

 最近になって開発の進んできた新興開発区。その煽りを受けたものは少なくない。特に東区は再開発予定となったまま廃棄された建物が数多く存在した。

その内のひとつ。廃墟同然の建物の中に、おおよそ20人くらいの少年たちがたむろしていた。

彼らは手にパイプや角材を持ち、目の前の獲物達を取り囲んでいる。

獲物は三人。いずれも女学生。

先頭にいるのはしかめっ面をした少女。肩に棒状のケースをかけている。そのやや後ろには無表情をした少女とニコニコと笑った少女が並んでいる。

彼女らは男たちに囲まれたこの状況を平静に受け止めていた。


 * * *


 嫌な匂いがする。

 この廃墟がそうなる前からあった匂いか、それとも廃墟になった後に生まれた匂いか、はたまた周りを取り囲む男たちからの下卑た匂いか。

 まあどれにしても不快なのには間違いない。あたし――三条真はそんなことを思いながら溜息を吐いた。

 おそらくそれが気に入らなかったのだろう。男たちの中からガタイのいい奴がひとり、こちらに近づいてきた。その顔にはいやらしい笑みを浮かべている。

「おいおいお姉さん達。どうしたの? もしかして道に迷っちゃった?」

 男たちの中から失笑が漏れる。この辺には人の住めるようなまともな建物はほとんどない。誰でも知ってることだ。

 あたしは再び溜息を吐いてさっき言ったセリフを繰り返した。

「だからさっきも言ったろうが。お前らが盗ったウチの後輩のバッグ出せっつの」

 ガタイのいい男はニヤニヤしながら周りの男たちを見まわす。

「おいおいおい。いきなり泥棒呼ばわりだよ。まいるな~~」

 周りの男たちがそろって「マジかよ」「キチー」と下卑た笑いをあげる。

 ……いちいち癪に障る野郎どもだ。

 あたしは男の文字通り目の前に指を突き出す。男は指に突かれたように一歩下がるが、別に目つぶしってわけじゃない。出した指は三つ。それが意味することは、

「お前らが盗んだという根拠は三つ」

 三本立てた指を一度しまい、新たに指を一本だけ立てる。

「まずひとつは中央区の東側付近でひったくりをする集団は限られている。っていうかお前らしかいない」

 T市には大まかに分けて5つの区域がある。ひとつは再開発予定のままほっとかれているこの東区。裕福な人々が暮らす高級住宅が立ち並ぶ西区。一般住宅地である南区。公共機関が多く存在する北区。そして繁華街である中央区。

 この男たちはその中央区の東側を最近賑わせている盗人集団だ。盗むといってもバイクや車を使ったひったくりがほとんどで、怪我人はほぼいない。しかし警察をかなり警戒しており、周りにあまり人がいない状況でしか犯行を行わないため、警察も困り果てている。

 そして先刻あたしの知り合いの後輩がこいつらの被害にあった。あたしたちは彼女のバッグを取り返すためにここにいる。

 しかし目の前の男は呆れたような顔をあたしに向けた。

「はあ? それだけで俺達疑うわけ? 傷つくなー」

 オーバーリアクション気味に傷ついたフリをする男。見るに堪えないので二つ目の指を立てる。

「二つ目。バイクのナンバーくらいは隠しとけ」

 男たちの内、後方にいた奴の一人がビクリと反応する。

 バッグを盗られた彼女はバイクのナンバーを憶えていた。そしてそのナンバーのバイクがこの建物の前にあったのだ。

 ……まあそれだけじゃここにあるってことは分からないんだが、そこは裏技を使わせてもらった。あたしにしかできない裏技を。

 ガタイのいい男が物凄い形相で反応した男を睨む。睨まれた男は蛇に睨まれた如く固まった。しかしすぐに向き直ると今度はこっちを睨む。

「……実はあのバイク、さっき拾ったんだよ。そうだよな?」

 さっき睨んだ男に確認をとるように首を回す。睨まれた男はブンブンと首を縦に振る。ガタイの良い男はそれに満足したように頷く。

「まあそういうことだ。悪いが……」

「ウダウダ言わずにさっさと出せって言ってんだよ。このハゲ」

 言った瞬間、場が凍りついた。

 気まずさに後ろの二人に顔を向けると、二人ともいつもの表情の中に困ったようなものを覗かせている。

 振り向くとガタイがよくて生え際の交代した男の顔が引きつっている。こめかみにも青筋が浮いてまあ。

 ……でもまあ謝る必要もないだろう。ていうか今までよく我慢した自分。そんなことを思い、苦笑しながら三本目の指を立てる。

「三つめ。人相悪過ぎだお前ら」

 堪忍袋の緒が切れたのか、ハゲ男が手に持った角材を振り上げた。

 ―――遅い。

 あたしは肩にかけたケースからそれを取り出すと男の腕に叩きつけた。

 うめき声をあげてハゲ男が角材を取り落とす。その視線はあたしの獲物――木刀に注がれていた。

「て、手前ぇ…」

「やっぱ話し合いは性に合わねえわ。こっちの方が分かりやすくていい」

 あたしが木刀を抜いた途端、男たちの間に動揺が走る。

「お、おい。あれ…」

「まさか……」

「お、お前ら何してる。ヤれ!」

 ハゲ男が声をあげる。しかし男たちの中に率先してかかってくるような奴はいないようだ。つまらん。

「どうした! なにしてる!」

「あ、兄貴。こいつら『宝栄の三鬼』ですよ」

「だからなに…………ってえええーーー!」

「あの『裂』の彫りの入った木刀。間違いないっす」

 あたしは男たちの反応に三度目の溜息を吐いた。

 『宝栄の三鬼』とはあたしと後ろの二人――四条院刹那と二条牡丹――の三人組に不本意にも付けられた字名だ。

 あたしたち三人が今年から通うことになった北区にある宝栄女学院。入学早々そこでちょっとした事件があった。

簡単に言えば不良のカチコミ。そこであたしらは不本意ながら大活躍をしてしまったわけで……。

「おいおいマジかよ。ホンモノじゃん」

「わ、目があった」

「気を付けろ。ガンつけられただけで吹き飛ぶらしいからな」

 んなわけあるか。

 と、気付くと目の前のハゲがプルプルと震えている。まあ仲間に裏切られたのだから無理もない。

 気の毒に思ってハゲに手を伸ばすと、男はその手をガシッと握ってきた。マズイと思い引き剥がそうとした瞬間、

「ササ、サイン下さい。ファンなんです!」

 ガタイのいいハゲの大男は少年のようにキラキラとした瞳であたしにそう懇願したのだった。


 ガタコンガタコンと電車に揺られながら帰路に就く。

「あー、メンドかった。ったく。何が悲しゅーて不良の集団にサインして回らにゃいかんのだ」

 結局あの後態度の豹変した、というかもはや只のミーハー軍団と化した男たち全員にサインをする羽目になったのだ。正直サインなんて持ってなかったから本名を普通に書いたのだが、それに狂喜乱舞する不良どもに何やらむず痒いものを覚えた。

「お疲れ様、真ちゃん」

 そう言って柔和に笑うのは私の友達の一人、二条牡丹だ。誰にでも優しく接し、さっきの不良ども相手でも丁寧で柔らかな物腰を崩さなかった。そのおかげかどうかは知らないが、不良どもの何名かは帰るときこいつに熱い視線を送っていた。なんというか、お姉さんというかお母さんというか、そういう母性を感じさせる奴なのだ。

「でもいきなり仕掛けるなんて吃驚したよ。我慢できないんだから。もう」

 そう言って牡丹がめっと指をこちらに突きつける。なんというか、めっちゃ可愛い。やはり男なんぞにこいつはやれんな。

「しかしあそこで真がやってなければ、私があいつの顔面を破壊していたわ…」

「せっちゃんまでそんなこと言う」

 顔面破壊とか物騒極まりないことを言ったのはもう一人の友達、四条院刹那。非常に嗜虐的傾向の強い、分かりやすく言えばドSだ。常にツンケンオーラを出していて、牡丹とは反対に周りを落ち着かない気分にさせる天才だ。しかもそれを分かっていてやっているのだから始末が悪い。

 二人ともあたしの幼馴染であり親戚だが、こう温度差が違ってよく仲良くできるなと思う。

「でも牡丹。正直あいつの口臭は明らかにそこらの小鳥を殺すレベルよ。いうなれば人型殺鳥剤。鳥を愛する私がそんな存在を野放しにできると思う?」

「え、えと。それとこれは話が違うような……。ていうかせっちゃんが鳥愛好家っていうの初めて聞いたよ~」

「そうね。嘘だけど」

「ええ~?」

 ほんわかとツンツン。牡丹と刹那でプラスマイナスゼロってとこか。ちょうどいいバランスだからだろうか。

 え? じゃああたしはどちらかって?

 あたしはどちらでもない。只の天秤。それがあたし。


 さほど人のいない西区の改札口から出て、あたしは大きな欠伸をした。その様子を見て牡丹がまためっと指を突きつける。

「もう。はしたないよ」

「全くです。次期当主としての自覚が足りませんね。真お嬢様」

 聞き覚えのある声に眉をしかめる。声のしたほうを見ると、そこには予想通り巨大なベンツと、いやな奴がいつも通り姿勢よく立っていた。

「……山下。なんでここにいる」

「それは観念的な意味合いでしょうか」

「ふざけるな。もう一度言う。何故此処にいる」

 思わず舌打ちをする。この男はこのように人を苛立たせるのが上手い。特にあたしをだ。

二条家専属のくせに腹が立つ。

 その腹が立つ男はいつもの様に腹が立つ仕草で礼をすると、蛇のような眼で私を見る。


 わたしを、視るな。


「実はお嬢様に客人が来られていまして」

「……あたしに、客?」

「は。日下部源十郎様に御座います」

 恭しく礼をする山下に苛立ちながら、あたしは客の名を頭の中で反芻する。

確か二条家の血筋の、つまり牡丹の親戚のおじさんだったはずだ。まあおじさんというよりかはおじいさんといった方がいいような年齢だったはずだが。何度か会ったことがあるし、そのとき刑事だとか聞いたことがあるような気がする。

しかしそれだけだ。本条家に連なる十の連条には横の繋がりが薄い。会ったその数回も年始参りとかその辺だったはずだ。

 あたしよりよく知っているであろう牡丹の方を見るが、彼女もふるふると首を振る。

「その源十郎おじさんが何の用だよ」

「さあ? 伺っておりませんので」

 こういうところがこの男の嫌なところなのだ。こちらが苛立つのを承知で苛立たせるようなことをする。

 ――蛇男め。

 あたしはこれ以上の問答は暖簾に腕押しということが分かっているため、黙って車に乗り込むと棒のように立つ二人に声をかける。

「牡丹と刹那も乗れよ。途中まで一緒に行こうぜ」

「う、うん…」

「分かったわ…」

 いきなりのあたしの変わりように驚いたのか、緊張したように車に入る二人。怖がらせてしまったか。あたしは努めて明るく二人に笑いかける。

「大丈夫、大丈夫。山下は口の減らない野郎だけど、運転中だけは静かだから」

 いつものあたしの調子に戻れただろうか。自信はない。しかし彼女らの顔から少し緊張がとれたということは効果はあったということだろうか。


 この国最古にして最大の名家、本条家。その分家として存在する連条の内の一家が三条で、その本家は古くから存在する日本家屋だ。その中では女中やらなんやらがいつも忙しく仕事している。

「あ。真お嬢様」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「お帰りなさい。お嬢様」

 皆わたしに気付くとすぐさま笑顔で礼をする。しかしその目にあるのは怯え、蔑み。好意的なものは只の一つもない。


 ――この屋敷にあたしの居場所はどこにもない。


 あたしは自分の部屋で制服から屋敷内での服、着物に着替えると客間に赴いた。そこには確かに微かに記憶にある人物が座っていた。横には茶を出したと思われる女中。

 彼は女中にありがとうと言って下がらせると、あたしに座るよう促す。あたしはそれに応じず立ったまま端的に尋ねる。例え年上だろうと警察だろうと、この屋敷内ではあたしの方が立場が上だ。へりくだる必要はない。

「何の用だ」

「……物怖じしないお嬢さんだ。聞いたとおりだよ」

 そう言うと彼はスーツの中から数枚の写真を取り出し、こちらに差し出す。あたしは渋々それを受け取り、目を通す。

「……誰これ」

 そこには見たこともない、おそらくあたしと同じ年頃であろう女子が、写真の枚数と同じ数だけ映し出されていた。

 目の前の男、日下部源十郎はあたしが写真に興味を持ったのに我が意を得たりとニヤリと笑い、あたしにとって衝撃の一言を発した。

「君には彼女らを殺した犯人を見つけてもらいたい」


今思えば。

これこそ悪魔の誘惑だったのか。

そんなこと、今になっても分かりはしない。


~宝栄の三鬼 完~


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