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#1 プロローグ

#0 プロローグ


 雨が降っている。

 強くはないが肌に染み入ってくるような雨だ。

 その雨の中、わたしは自分の家の帰り道を走っていた。

「大変。今日、『ラブえき』の日だった~」

 『ラブえき』とは最近人気のドラマのことだ。内容は主人公が行く先々の駅で女の人と出会い、恋に落ちるという少しコミカルタッチの強いもの。これで元はノンフィクションというのだから驚かされる。

 わたしはこのドラマの主演男優が好きで毎週欠かさず見ている。いや、見ていた。それだというのに今日は余計な用で遅れてしまった。

「ったく。庸子の奴」

 今日はやけにしつこかった。今度痛い目にあわせてやらなければ。なんならあのことをバラしてしまってもいい。はたしてあの娘はどんな顔をするだろう。

 そう光景を思い浮かべ笑うと、三つ先の街灯の下にポツンと立つ人影が見えた。

こんな雨の中何やってるんだろう。そう思いわたしは目を凝らす。

その人影は全身を覆うような真っ黒なコートを着ていた。フードを下ろしていて顔は見えないが、小柄なことから女の人かな、と思った。

 そんなことを考えながら徐々に街頭へと近づくと、ふとその影が顔を上げた。

「ひっ」

 それを見て、思わずわたしは足を止めた。


 フードの下の瞳が爛々と紅く光っていた。


 具体的に何が怖いというわけではない。なんてことはない。ただ眼の色が少し違うだけじゃないか。

しかし動けない。声も出せない。

その瞳の得体の知れない何かに、ただただ怯えるしかできない。

「……いん……じゅう…まこ…」

 フードの中から声がした。

「誠亮高校2年B組出席番号14番、榊原由真子」

 体が強張る。なぜならそれは、

「…わたし…?」

 そう。わたしだ。

 榊原由真子。確かにわたしの名前だ。それならひょっとして、この人はわたしを待っていた……?

 フードの女はまるでわたしの心の声が聞こえたように小さく頷き、

「榊原由真子。7月9日生まれ」

 パシャと音を立ててこちらに歩きだす。

「小さい頃からおしゃべりが好きで仲良しグループのリーダーになることが多かった」

 パシャ。パシャ。

「成績も優秀で性格も良いことから学校関係者からの評価も上々」

 パシャ。パシャ。パシャ。

「容姿も整っており、登校中に告白されたことも多数。しかし現在交際している相手はいない」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。

 動けない。心は今すぐここから逃げ出したいのに体がいうことをきかない。故に彼女が近づいてくるこの状況から目をそらすこともできない。

そうして固まったわたしの1メートル手前ほどで女が止まった。


「嘘つき」


「!」

 フードの中の口が三日月型に裂ける。そして唐突に口調を変えた。

「『由真子。相談、のってくれる?』」

 え? これ…どこかで…。

「『もちろん。わたし達親友でしょ』」

 これは…わたし?

「『最近、彼の様子がなんか変で…』」

 これは、庸子?

「『わかった。わたしがそれとなく聞いといてあげるから』『ありがとう、由真子』」

 間違いない。これはわたしと庸子の会話だ。

 いったいどうして…?

 疑問を抱いた瞬間、女の口調がまた変わる。先ほどとは違う、妖艶なものへと。

「『ねえ…。いいでしょ?』」

「!」

「『な、お前…』」

 これは…。

「『ね。わたしにしなって。前から気になってたんでしょ』『そ、それは…』『ほら……いいよ』」

 これは……!

「な、んで……」

「………」

 フードが笑みを濃くする。

「嘘つき」

 人影がフードを脱ぐ。そこでようやくフードの中の顔があらわになった。

 美しい少女だった。まるで絵の中から抜け出してきた妖精のような綺麗な顔立ち。しかしそれが逆にその瞳のおぞましさを引き立たせた。

「現在時刻、午後7時4分」

 ああ、もうドラマ始まっちゃったな、と頭のどこか能天気な部分が考える。しかし体はぴくりとも動かない。

「貴方がこんな時間まで家に帰らなかった理由。それは知り合いの三間坂庸子と話をしていたため。内容はこう。『最近、妙に自分の彼氏と会ってないか』」

「!」

 鼓動が早鐘を打つ。

「貴方はこう答えた。『自分は相談に乗っていただけだ』と。そして庸子に言う。『そもそも彼の様子がおかしいのはお前のせいじゃないのか』『お前は彼女としてちゃんとやれてるのか』と」

 なんなんだ。

「それでも彼女は納得しなかったが、貴方はお気に入りのドラマの時間だからと無理やりに彼女の追求を逃れた」

 なんなんだ、こいつは。なんでそのことを知っている?

 庸子と話している現場を見ていた? 否。それだけじゃ説明つかない。

何故誰も知らないホントのことも知っている?

「嘘つき」

 少女が綺麗な顔を歪めて嗤う。

「貴方は彼女のことをなんとも思っていない。もちろん友達だなんていうのは以ての外。路傍の石ころくらいにしか思っていない」

「ちが…!」

「違くはない。なぜなら貴方は彼女の交際相手を当然のように寝取った。そしてそれをなんとも思っていない。だからその男とも何度も寝て、そのことで自分でなく彼女を責める」

「違う…。庸子とは親友で…」

「この場でも嘘をつく、か。じゃあ言おうか。真実を」

 少女の瞳がまるでわたしの身体を射抜くかのように細められる。わたしはそれに気圧され尻餅をついた。

 わたしの顔を少女が覗きこむ。

「そもそも貴方は『友達』というものを作ったことはない。少なくとも貴方が『友達』と思う者は今まで只の一人としていなかった。周りは自分を引き立たせるだけの只の『端役』。もしくは自分を楽しませるためだけの『道化』。それらをまとめて『友達』としていた。貴方は自己を何より尊いものだと考え、人を使うのが上手かった。だからどんな時も自分が中心にいて、自分の意に反した者ははじいて、抹消した。人を動かす際によく使ったのが『嘘』だ。貴方は悪意を隠した嘘を平気で使った。三間坂庸子も貴方の嘘に翻弄された『道化』の一人。さぞや楽しかったろう。自分が浮気相手とも知らずに自分を頼ってくる彼女の姿は。さぞ滑稽だったろう。全て自分が仕組んだものとは知らずに泣きついてくる彼女の姿は」

 一気にまくしたてられてもなにも言えない。なにも言うことができない。だって全部ホントのことだから。

「貴方のようなものを『嘘憑き』という。嘘を『吐く』のではなく、嘘に『憑かれる』者。もはや息をするのと同じように嘘を吐く生き物。嘘なしには生きられないもの。しかし憶えておくといい。悪意のある嘘は他人だけではなく自分さえ傷つける」

 少女がゆっくりとこちらに手を伸ばす。

「それは精神的に、あるいは肉体的に。間接的に、あるいは直接的に。他人と同じ分を自分自身に」

わたしは体を動かそうとするけど震えてうまく動かすことができない。せめて助けを呼ぼうと口を開くが、あ、という言葉以外何も出てこない。

「私は嘘を喰らうモノ」

 少女の冷たい手がわたしの頬に触れた。

「あなたの嘘、いただきます」

 少女が、嗤った。


 * * *


「ゲンさん!」

「どうした」

「被害者の身元、割れました。榊原由真子。K市にある誠亮高校ってとこの2年だそうです」

「…死因は?」

「刺殺だそうです。鋭利な刃物で心臓を一突き。腹部にも同様の傷がいくつかありますね。あと、直接死因には関係ないんですが……」

「なんだ?」

「身体の一部が、切り取られていたそうです」

「…一部?」

「ええ。………舌が」


                               ~プロローグ 完~



ども。初めまして。山田悠史と申します。つたない文ではありますが、どうかよろしくお願いします。

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