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40:世界最強の魔女

 くるぶしの高さまで生えた草が風に揺れて私の足元をくすぐる。

 澄み渡った空には雲が浮かび、夏の強い日差しは等しく万物に降り注ぐ。


 ラスファルの街の外、北側に広がる草原である。


 ドロシーは世界最強の魔女だ。


 万が一を考えた場合、街中で召喚するのは危険すぎる。


 だからリュオンは草木以外に何もなく、街から遠く離れたこの草原をドロシーの召喚場所として選んだ。

 でも、戦闘だけは絶対に回避しなければならない。


 セラの補助があっても勝てるかどうかわからない、ドロシーは世にいる魔女とは次元が違う――リュオンはそう評価していた。


 それでも彼は必要とあれば挑むだろう。命を懸けて。


 肉が抉れ、真っ赤な血が滲んだ彼の左腕を思い出して全身に震えが走る。


 ――大丈夫、アマンダさんは良い人だった。彼女がドロシーなら、話せばきっとわかってくれるはず。


「じゃあ破るわね」

 努めて冷静を装い、私は紙片の端に指をかけた。


 リュオンがどれだけ力を込めても破れなかった紙片はあっさり破れた。


 ぶわり、と。


 まるで意思を持った生き物のように、魔法陣は二つに分かれた紙片から分離して虚空に浮いた。


 手のひらに収まる大きさの紙片に描かれていた魔法陣は一気に膨れ上がり、自動的に複雑な図形や文字が書き込まれていく。


 凄まじい速度で展開されていく馬鹿げた大きさの魔法陣。畏怖の念を抱かずにいられない。リュオンの言葉は大袈裟でも何でもなかった。


 本当に、彼女は次元が違う。私も一応魔女の端くれだからこそ、彼女の異常性がよくわかる。


 こんなこと、『大魔導師』の称号を持つリュオンにだって出来ない。


 これはもはや、魔女というより神の領域だ――


「――何があっても手を離すな。セラがドロシーに捕まったら終わりだ。世界の全てがドロシーのものになる」


 リュオンが私の右手を掴んで囁いた。

 魔法陣を睨む彼の顔つきは険しい。まるでいまから死地へ赴く兵士のよう。


 左の腰に二本の剣を下げたノエル様もユリウス様も緊張した様子で光り輝く魔法陣を見ている。


「ええ。離さないわ。決して」

 私はリュオンの指と指との間に自分のそれを絡めて、しっかりと握った。


 眩く光り輝く魔法陣の中心にやがて一つの影が生まれた。


「はぁーい! お困りですかー?」


 能天気な声とともに両腕を広げ、両足を揃えて軽やかに草原に着地したのは、見たことのない緑の髪の少女だった。


 年齢は十歳前後。

 長い髪は三つ編みにして顔の両側に垂らし、愛嬌のある顔にはそばかすが散っている。


 くりっとした大きな瞳は闇に灯る篝火のようなオレンジ。

 華奢な身体に纏うのは緑と黒の縦縞模様のワンピースだった。


「ああ。お前のせいで困ってるんだよ、ドロシー・ユーグレース」

「ありゃっ? やだなー、お兄さん、ドロシーって誰のこと? あたしメグっていうんだけど?」

 少女は左手の人差し指を顎につけ、可愛らしく小首を傾げた。


「とぼけるな。自分を召喚するための召喚魔法を巻物スクロールに保存できる魔女なんてお前以外にいるわけがない――」


「リュオン、待って。落ち着いて。ユーリ様の魔法を解きたくて焦る気持ちはわかるけれど、脅すような言い方をしたら駄目よ。それではメグさんも機嫌を損ねて帰ってしまいかねないわ。お願いをしたいなら、誠意を示さないと」


 私はリュオンを嗜めて、メグと名乗った少女の前で屈んだ。目線を合わせて言う。


「こんにちは、メグさん……でいいのかしら? 私に巻物スクロールをくれたのはアマンダさんという女性だったのだけれど」

「あーそっか、アマンダさんだったか。こりゃうっかり。アマンダさんのほうがいいならアマンダさんに変身するよ?」


 少女はこともなげに言って肩を竦めた。


「……そんなに簡単に姿形を変えることができるのか。どれだけ探しても見つからないはずだ。姿形が定まらないものを見つけられるわけがない」

 ユリウス様の独白は少女の耳に届いたらしい。


「ん? お兄さん、あたしを探してたの? 何かあたしに用事でも?」

 三つ編みを揺らして、少女はユリウス様に顔を向けた。


「俺の顔に見覚えはないか、ドロシー。八年前、ラスファルの公園で俺は貴女に猫になる魔法をかけられた」

「……。……。あー!!」

 少女は――やはりドロシーだったらしい少女は、しげしげとユリウス様を見つめた後で、ぱんっと両手を打った。


「思い出した!! この世の終わりみたいな顔で猫を抱いてた男の子かあ!! まー大きくなったわねー。人間の成長は早いわねー、そのうちよぼよぼのおじいちゃんになって死んじゃうんでしょうねー。いやー百年も生きられないなんて儚い生き物だわー」


「まるで百年以上生きているかのような物言いだな。気にはなるが、いまは追及よりも頼みたいことがある。俺にかけた変身魔法を解いてくれ」

 ユリウス様は深々と頭を下げた。


「あら、あんなに辛そうだったのに、また人間やりたくなったの? 猫のほうが気楽でいいでしょ? いや絶対猫のほうがいいって。可愛いし。もふもふだし。癒されるし――」


「いや、俺は人間がいい。どんなに辛いことや悲しいことがあっても、人間でいたいんだ」

 頭を下げ続けるユリウス様をドロシーは数秒、表情もなく無言で眺めた。

 固唾を飲んで見守っていると、ドロシーは不意に微笑んだ。

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