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11:とある宮廷魔女の受難

   ◆   ◆   ◆


 その瞳に金あるいは銀の《魔力環》を持ち、人知を超えた魔法を操る魔女として生まれた者の中で、宮廷魔女に憧れぬ者はいない。


 富、名声、地位、権力。

 宮廷魔女となれば、それら全てを得られるのだから。


 宮廷魔女となる道は非常に険しいが、私は十六歳で官僚試験に合格し、二年に渡って下積み生活を送った。


 国内の主要都市に支部を持つ《賢者の塔》の総本部は王宮の南側。

 天高く聳え立つ王城を挟んでちょうど王国騎士団寮の対となる場所にある。


《賢者の塔》の支部や関連施設から相次いで魔力増幅アイテムが盗まれた事件に関与しているとして、イノーラが《国守りの魔女》の称号をはく奪され、身柄を拘束された一週間後。


 私は今日も今日とて《賢者の塔》の十三階にある自分専用の研究室に閉じこもり、新たな魔法の開発や研究に励んでいた。


 今日中に提出予定のレポート作成が一息をついたところで休憩を挟むことにした。


 二番目の妹が一か月前の私の誕生日にくれた、可愛らしいウサギが描かれた手作りのコップに茶葉を入れ、パチンと指を鳴らす。


 私レベルの魔女となると長ったらしい呪文は要らない。

 指を鳴らす、たったそれだけの動作で描かれた魔法陣はコップの中に適量の水を生み出した。


 さらにパチンと指を鳴らせば、水は一瞬にしてお湯へ変わる。


 茶色に変色したお湯がぐつぐつと煮えたぎるコップを資料が山積みされた机に置く。


「よっ、と」

 立派なクッションや背もたれがついている分、結構な重さがある回転椅子を両手で持ち上げ、窓際に移動させる。

 椅子に腰掛け、そのまま半回転してコップを手に取る。


 コップから立ち上る湯気がたちまち私の眼鏡を曇らせた。


 眼鏡を清潔な白い布で磨いて再び装着。


 綺麗になったレンズ越しに改めて窓の外、眼下に広がる風景を眺め、自分好みの熱々のお茶をゆっくりと飲む。


 誰にも邪魔されない、至福の時間。


 ――ここに至るまでは長く大変な道のりだった。


 ほうっと熱い息を吐きながら、翡翠色の目を細めてしみじみ思う。


 何しろ私は生まれつきコネがあるお偉いお貴族様とは違って平民の出だ。


 史上最年少記録に並ぶ十六歳という若さで官僚試験を突破した私に先輩魔女たちは冷たかった。


 中には不正な手段を用いたのではないかと囁く者もいた。


 要するに嫉妬である。


 昔、通っていた魔法学校でも同じような目に遭った。


 魔女しかいない魔法学校で学年主席を取ったら「平民の分際で生意気な」とお貴族様にネチネチグチグチ言われていびられた。


 すれ違いざまに肩を小突かれたり、頭上から水をかけられたり、教科書を隠されたり。


 女のイジメというのは本当に、ほんっと~~~に! 陰湿だ。


 もういっそ直接的な暴力に訴えてくれればこちらも正当防衛という名目で正々堂々反撃できるのに、連中と来たら証拠を残さないよう徹底していた。


 先生方はもちろん見て見ぬふり。


 なんたって相手は泣く子も黙るお貴族様。

 魔法学校に莫大な寄付をしている大公爵や公爵のご令嬢だ。

 誰だって我が身は惜しい。


 魔法学校でいじめられたのは私だけではなかった。


 セレスティア・ブランシュもいじめられっ子の一人だった。


 しがない田舎の農夫の娘である私とは違い、伯爵令嬢という立派な肩書がある彼女がいじめられたのは「魔女なのに魔法が使えない」から。


 セレスティアは知識や記憶力が問われる座学では私と学年主席を争うほど優秀だったが、実技は全て0点。魔法が使えないのだから当然である。


 同じいじめられっ子の私から見ても彼女は本当に可哀想だった。


 なにせいじめを扇動しているのは彼女に良く似た美しい双子の妹。


 在学中に《国守りの魔女》となった彼女は校長すら傅かせる学校の女王様。


 妹や妹の取り巻きからは直接的にいじめられ、侍女を通り越して奴隷扱い。

 他の魔女や実技科目の担当教師からは嘲笑あるいは無視される。


 それでも自らの意思で退学することは許されない。


 セレスティアの境遇には深く同情したけれど、私は私で手いっぱいで、とても彼女を庇う余裕はなかった。


 私は歯を食いしばって陰湿ないじめに耐え抜き、学校を飛び級で主席卒業した。


 あの地獄のような学生生活に比べれば《賢者の塔》のイジメなど鼻で笑ってしまうほど生温かった。


 学生時代とは違い、いまこの瞬間にもお給料が発生している!


 そう思えば使い走りにされても笑顔でいられたし、嫌いな先輩や上司に媚び諂うことだってできた。


 知識を脳に詰め込み、魔法の腕を磨く。

 その一方で愛想を振りまき、先輩や上司にゴマをすってコネを作る。


 そうして地道に努力した結果、私は宮廷魔女となった二年後に専用の個室と研究室を得ることができた。


 たった十八歳で《賢者の塔》の研究室持ち。快挙である。

 父や母は涙を流して喜んだし、四人の弟妹たちは「お姉ちゃんすごーい!!」の大合唱。


 このまま出世街道を驀進すれば《賢者の塔》を牛耳る《大魔導師》にだってなれるはずだ。


 愛情を持って育ててくれた両親に雨漏りしない新築の家だってプレゼントできるだろう。


 いやあ、人生って素晴らしい。


 号泣する両親の姿を思い描いてニヤニヤしながらお茶を飲んでいたそのとき、扉がノックされた。


「ココ。筆頭宮廷魔女が貴女をお呼びです。いますぐ塔の最上階へ行きなさい」


 ――ぐふっ!!?

 危うくお茶を噴きそうになり、私はむせ返った。


《賢者の塔》の頂点に立ち、国王にすら意見を許される筆頭宮廷魔女からの呼び出しなど不吉の前兆でしかない。


 少なくとも基本給の増額といったありがたい話でないことは確実だ。


 脳が激しく混乱する。


 なんだ、私は一体何をした?

 必死になって過去の記憶を掘り越しても、筆頭宮廷魔女から呼び出されるほどの悪事を働いた覚えはない。


 行きたくない。

 猛烈に行きたくない――が、行かないわけにはいかない。


「……承知しました」


 私は立ち上がった。

 断頭台の階段を上る死刑囚のような気持ちで。





 二時間後。

 私は宮廷魔女の証である金の刺繍が施された黒のローブを羽織り、多くの都民で賑わう王都の中央広場に立っていた。


 目の前の噴水広場では子どもたちが噴き上がる水と戯れ、母親や恋人たちが噴水の縁に座って談笑している。


 死んだ魚の目で平和な光景を眺めていると、その腰に剣を下げた二人の男性が私を見つけて歩いてきた。


 一人は歴戦の戦士の風格を漂わせる、右頬に傷痕を持つ筋骨隆々な赤髪青目の大男。

 もう一人は貴族らしき、細身の金髪緑目の男性。


 彼らも私と同じく死んだ魚の目をしている。


 この任務に全く乗り気ではないらしい。同士だ。友よ。


「……初めまして。宮廷魔女のココです。よろしくお願いします」

 私は肩口で切り揃えた灰色の髪を揺らして頭を下げた。


「中央騎士団所属のブラッドだ」

「同じく中央騎士団所属のエミリオ・クライトです。よろしく……若いね。いくつ?」

 少しでも重い空気を紛らわせようと思ったのか、エミリオは砕けた口調で言って微笑んだ。


「十八です」

「えっ。十三歳くらいかと思った」

「……宮廷魔女になれるのは十五歳からですよ」


 ごめんごめん、と笑うエミリオを見つめて、私はほんの少しだけ唇を尖らせた。


 彼が誤解したのは身長のせいだろう。

 私の背は150センチにも満たず、大柄なブラッドとは頭一つ分以上の差がある。


「僕は二十歳。ちなみにブラッドさんは二十七だよ」

「年齢などどうでもいいだろう。呑気に雑談している場合か。これが王命である以上、俺たちは速やかに任務を果たす義務がある。イノーラと良く似た人物が目撃されたというボスタ港へ向かうぞ。ついてこい」


 ブラッドが歩き出したため、仕方なく私もエミリオも雑談を止めて後に続いた。


「よくこんな任務にやる気を出せますね、ブラッドさん。僕は正直、いますぐ騎士団寮に引き返して布団をかぶって寝たいです。この一日をなかったことにしたい」


「同感です」

 私は右手の中指で眼鏡を押し上げ、ため息をついた。


 筆頭宮廷魔女から聞いた話はこうだ――あろうことか、クロード王子が手引きしてイノーラは貴人用の牢から脱走し、そのままクロード王子と共に逃亡した。


 イノーラの隣の牢に収監されていた罪人が二人の会話内容を聞いていたのだが、イノーラは「こうなったのも全部セレスティアのせいだ、セレスティアが自分に呪いをかけたに違いない」と酷く恨んでいたらしい。


 セレスティアを逆恨みしていたというならば、イノーラは失踪したセレスティアの足取りを追うだろう。


 そしてそれは、皮肉なことに追手である私たちにとって好都合だった。


 国王は私たち三人にイノーラとクロード王子、さらにセレスティアの捕縛を命じた。


 表立って軍隊を動かさないのは出来る限り内密に、穏便に済ませたい理由があるからだ。


 イノーラとクロード王子の件は単純に、王家の醜聞だから。


 セレスティアの件はより深刻だ――《《国の存亡に関わる危険性があるから》》。


 周知の事実としてセレスティアがいなくなった途端にイノーラの魔力は大きく減衰した。


 そこから導き出される結論はただ一つ。

 セレスティアは魔力増幅アイテムと同じ力を持っていたのだ。


 本人が自覚しているかどうかは定かではないが、セレスティアには並以下の魔力しか持たない魔女を《国守りの魔女》に押し上げるほどの力がある。


 もしこの事実が公になれば世界中の国がセレスティアを求めるだろう。

 その途方もない価値を考えれば、彼女を巡って戦争が起きてもおかしくはなかった。


 国王はセレスティアが他国の手に渡ることを危惧している。


 仮にセレスティアが敵国であるウルガルド帝国の大魔導師級の魔女に与した場合、間違いなくレアノールは滅びる。


 それも、ただの魔法の一撃で。


 だから国王は筆頭宮廷魔女の口を通して私に極秘任務を授けた。


 セレスティア・ブランシュを捕まえて、余の前に連れて来い、と。

 もしも彼女が他国にいて、レアノールに戻る意思が見られないならば殺せ、と。


 エミリオと並んで青空の下を歩きながら、何度目かわからないため息をつく。


 国の重鎮たちの間でどんな駆け引きがあったのか知らないが、一体何故私に白羽の矢が立ったのか。


 平民だから任務に失敗して死んでも構わないと思われたのか。

 私の才能に嫉妬した貴族の嫌がらせか。それともその両方か。


 脳裏を過るのは、魔法学校でいつも俯いていたセレスティアの寂しそうな横顔。


 私はこれからあの子を捕まえて国王に引き渡さなければならない。


 王命に逆らえば私は反逆者として田舎にいる家族共々殺される。

 それはエミリオもブラッドも同じ。


 ああ、全く――クソみたいな話だ。

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