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昼休みの接近者


昼休み。


平和とは、基本的に他人事だ。


《依頼No.002:「兄に盗撮されてた。家に帰りたくない。どこか遠くに送ってほしい」報酬:7万円 まなか》


たとえ、こんな通知が来ていてもだ。


少なくとも俺・鷹志(たかし)(かける)にとって、昼休みは「無風地帯」として機能していた。


教室という戦場の最前線において、昼休みだけが唯一、誰にも話しかけられずに済む、聖域だったのだ。


――だったのだが。


「なあ鷹志。お前さ……山下の送迎、やったんだって?」


昼飯の袋を開けた瞬間、それは“侵入者”の声とともに崩壊した。


教室の端っこ、窓際の壁を背に飯を食う“俺専用ゾーン”に、数人の陰キャが集結していた。


中でも前に出てくるのは、シャツが汗ばんでいることで有名なクラスメイト・藤井。


彼は俺のことを「話しかけても怒鳴られない陰キャ代表」くらいに認識している節がある。


残念だが節穴だ。その期待に応えたつもりはないし、これからもない。


社会経験を積むんだな藤井くん。いつか騙されるぞ。人のこと言えないけど。


「……知らん。」


「嘘が下手だな。どころでさ、あいつ、あれから少し機嫌よくなってさ。まさか昼飯とジュースおごってくれると思わなかった。」


「……それは、よかったな。今度あんたがおごってやれよ。」


そっけなく返したつもりだった。が――


「……でさぁ、ワイも乗せてくれん?いや別にさ、毎日じゃなくていいし?週2くらいで……あ、燃料代は払うから。あと車内BGMはA○o固定で頼む。勝手に変えたら即ブロックな」


「てかさ、ガチで料金いくら?山下はいくら払った?証拠動画ある?Xにタグ付けしていい?」


「我、酔いに超弱き者ゆえ、超低速運転を所望す。ドライバーX殿、いざ、まかり通らん!」


次々と手が挙がる。


「おいおい、ここはなんだ?陰キャのカープール募集会場か?」


「うっわ、なにその塩対応?ドライバーX、評判ガタ落ちやんw」


「これ、普通にカスタマーハラスメント案件で草。タカシ氏、ちょっと謝罪会見開いてくれん?」


「星一レビュー爆撃開始のお知らせ。Googleマップ震えて待て」


行動力のない陰キャどもが!口だけだから、教室の隅の埃みたいな扱いになってることが理解できんのか?!


まぁ、つい最近まで不登校決めた弱虫が言えるセリフじゃないので飲み込んだ。俺は大人だからな。


肩をすくめる姿勢を俺は取る


「……断る。悪いが、例のドライバーXじゃない。」


俺が淡々と告げると、彼らはがっかりしたように肩を落とす。


その一方で、後ろの方にいた数名はコソコソとスマホをいじりはじめた。


なんだよ、まさか俺の送迎スキャンダルを録音でもしてんのか?


なんで、あいつらのノリに巻き込まれなきゃいけないんだ。俺の“聖域”は、笑い声で汚されていた。胃が重い。喉が渇く。俺は屋上へ逃げた。


全くいい天気だ。教室の喧騒とは大違いだ。うるさい陽キャも厚かましい陰キャもいないここは楽園だ。


自販機で買ったミルクティーの甘さが、喉を通っていく。


遠くで、カラスが鳴いた。――いや、違う。


「ふーん、あの頃と変わんないね、駆って。まるで、時間が止まってるみたい」


唐突に差し込まれる、妙に芝居がかった声。


その声を聞いた瞬間、俺は内心でうっすら悪寒を覚える。


アイリは勝手に俺の隣に来ると無邪気に笑った。


その笑みは、虎がニヤつくのと同じくらい不吉だ。


「あの頃て、いつだよ?」


「小学校の時のことだよ、他人を避けて、あたしとべったり。駆、離さないぜ☆」


「べったりは余計だ。そういうアイリは中学どうしてた?」


ふと、疑問に思った。小学校時代は知ってるけど中学はまるで知らない。どうせ他人を煽っているのは想像がつくが。


しかし、アイリは空虚な顔で空を見つめていた。まるで心ここにあらずだ。


アイリが一瞬こちらを見て口を開きかける。


でも、笑って誤魔化す。


「ねぇ、この空、すごく青いね……駆と一緒に見られたら、きっと楽しかったのに」


「答えになってないし、突然メンヘラ発言かよ」


「ウザッ!そういう乙女心が分からないからモテないんだぞ~」


そういうと俺の頬をツンツンとニヤけながら指でつついてくる。


でも心なしか笑顔が口だけ動き、涙目になっていた。


「ところで、駆は虎太郎叔父さんのように真似をしたいんでしょ。」


「真似って?昨日の件で俺の気は晴れた、後は知らん」


「“知らないって”、 まるで政治家みたいないい方ね」


「いや、知らないっていっただけで……」


「じゃあ、気が向いたってことで、他の子も乗せてあげたら?」


「……いやいや、それは筋違いだろ。あいつらは“客”じゃない」


「でも、あたしから見たら駆が“営業”してたようにしか見えないけど?」


お前、何を……と思った瞬間、アイリはスマホを俺の顔の前に突き出してきた。


そこには、俺の送迎を目撃したらしき誰かが撮った「鷹志駆、山下を車に乗せる瞬間」の動画が映っていた。


しかも、なぜかBGM付き。編集されてる。


誰だよ、編集して投稿までしてんの……お前らヒマ人の才能、謎すぎだろ……


さらみその投稿、再生回数がすでに500回を超えていた。


二人とも身バレ防止の変装はしてるからダメージは少なっ・・・そんなことは重要じゃない!


「ちょ、なんでそんなもん持ってんだよ!?」


「あとね、革命の火種ついでに、送迎依頼フォームも爆誕させといた☆あたしって、有能?」


「…………何?しかも、送迎依頼フォームのタイトルが『ドライバーX革命軍・市民申請窓口』って……バカか、こいつ……!」


「さっき“社会実験です”って添えて、クラスLINEにも爆撃しといたよ♪みんなノリ良かった~!」


俺は思わず立ち上がりかけた。冗談だと思いたかったが、あの女の顔に浮かぶドヤ顔はガチのやつだった。


「お前、それ……ふざけてやってんのか?」


「ふざけてるわけないでしょ。これは正義。需要があるのに供給がない。あたしはただ“革命の仲介者”として、民の声を駆に届けてあげてるだけよ?」


アイリは俺の手に握っていたミルクティーをすかさず奪い、口から飲料がこぼれているにも関わらず勝者の顔で一気に飲み干した。


完全に“自分は正しいことをしている”顔だった。


「……余計なことすんな」


「じゃあ聞くけどさ、あんた、山下くんの依頼断った?」


「……それは」


「ほらね、自分で火つけたんだから、ちゃんと最後まで焼かれなよ?」


その一言が、まるで“クロージング”のように響いた。


これは俺が始めた物語。鬱屈した日常に火をつけるために始めたくだらない反逆(リベリオン)


鼓動が早まる。体が熱い。まるで砂漠をさまよう旅人――いや、現実は、もっとアホらしい。


……俺の平穏をぶっ壊した張本人を、なぜか否定しきれなかった。心のどこかで、望んでいた気さえする。そして、一呼吸置き、白峰にこう言い放つ。


「自分が始めた物語に責任もてということか。馬鹿らしい。」


「そーいうこと。逃げないでね。ドライバーXさん♪」


そうだ。俺が気まぐれで引き受けた、たった一度の“送迎”。


それが今、クラスという名の局地的経済圏で、サービスとして“商品化”されていた。


そして、白峰アイリという“燃料投下系SNSテロリスト”が俺の日常を爆破する。


「断るのも自由よ?でも、その場合は“誠意あるキャンセル対応”が求められるよね~“シート硬い”とか“会話が陰気”とか書かれたらどうすんの?マジきつくない?」


なんなんだこの学園……俺は一体、どこで間違えた?


いや、間違えてない。間違えたのは“アイリに関わったこと”だけだ。


それ以外は、完璧だったはずなんだ。


しかし、現実はどうだ?昼休みの孤独は破られ、陰キャたちは勝手に希望時間を記入し、白峰は笑顔で炎上を楽しんでいる。


――俺の選択肢なんて、最初から存在してなかったのかもしれない。


「……で、駆。これからどうすんの?乗りかかったクルマに、みんな乗せてあげるの?」


アイリの問いに、俺はため息混じりにこう答える。


「俺の車は二人乗りだ」


「それって、あたしの分は空けといてね♡って意味?」


「違う。お前は歩け」


「……でも、並んで歩くのも悪くないっしょ?」


だけど、アイリのニヤけた顔を見てると――少しくらい、遠回りしてもいいかもなって。そんな気もしてくる。


……笑うなよ、俺。お前が笑わせてきてんのに、なんで俺が負けた気分なんだよ。


ああもう、こいつ、面倒くせぇ……!


でも――


その面倒くささが、なぜか少しだけ心地よかった。






スマホが震え始めた。グループLINEが早速騒がしい。


「夜勤のバイトがあるから、今日も送って〜!」 「遠距離恋愛中の彼女んとこまで、マジでお願い!」 「バイクレースしようぜ。掛け金三万、負けたら払えよ?」


……おいおい。

あぁ、人気者ってつらいな。

……いや、違うだろ。完全に便利屋扱いじゃねーか。パシリと勘違いしてんのがムカつくんだよ。


そのとき——

グループLINEの通知音とは違う、ピロンと控えめな音が鳴る。

俺がこっそり作った依頼アプリ、『ユア便乗』だ。


表示された依頼No.002:


> 「なんで無視するの?まなか」




……一瞬、目の前の景色がグラついた気がした。

鼓動がズレて、身体の芯から熱がすぅっと抜けていく。



アイリが、俺の横で立っていた。

表情は、いつもと変わらない。だけどその瞳だけが、鋭く、まっすぐに俺を射抜いてくる。


「まなかちゃんのこと、そろそろブロックしないで向き合ったら?」


……え、俺、顔に出てた?てかなんで知ってんの?お前アプリのログでも見てんのか。


俺は目をそらし、空でも見上げた。

空の向こうには分厚い雲が見えた。

夕方には雨が降るだろう。

まるで、逃げるなと言わんばかりだった。


「ねえ、駆。天気予報は心の予報と連動してるの。知らなかった?」


アイリは、どこか得意げにそう言ってにっこりと笑った。




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