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波紋は、朝の教室から静かに始まった。


昨夜の出来事は――まさに、ラノベの表紙から現実世界へ飛び出してきたような非日常だった。


バイクで他人を送迎?

久々に再会した幼馴染?

何それ、どこの異世界転生イベントですか?


しかし、残念ながらそれは夢ではなかった。

事実として現実に叩きつけられたせいで、今朝の俺は疲労・困惑・羞恥の三重苦で全身が鉛のように重い。


──世の中、嘘みたいな話ほど、なぜか真実になるんだよな。


そしてその夜、自作アプリ『ユア便乗』から、とある依頼が届いた。


《依頼No.002:「兄に盗撮されてた。家に帰りたくない。どこか遠くに送ってほしい」報酬:7万円 まなか》


……は?


見間違いかと思った。

どっかの悪ノリか冷やかしか。そう信じて通知をそっと閉じる俺。

なにより怖いのは「報酬:7万円」のリアル感だった。


とりあえず、朝。

重たい身体を引きずってベッドから抜け出し、制服を雑に着込み、愛車……じゃなくて、ただの自転車に乗って学校へ。


地獄って、もっと血の臭いがするもんだと思ってた。

まさか“ただ送迎しただけ”で始まるとは、誰が予想する?


──そして、朝のHR10分前。


本来なら、半分は夢の中。残りの半分は寝坊して走ってくる、そんな静かな時間。

だが、この日の教室は……異様なほどにざわついていた。


いや、正確には。

ポップコーンがフライパンの中で一斉に弾け出した、そんな騒がしさだった。


「えっ、マジ? 昨日の夜、あれで下校してたって?」


「うわ、なんかアニメの実写化失敗したみたいなやつじゃん」


「バイク! 黒! フルフェイス! 後ろに男子乗ってたって、ほんと!?」


俺が教室に足を踏み入れた瞬間、

その“ざわざわ”は、まるでターゲットを見つけたレーダーのように一斉にこちらを向いた。


──全視線集中。全フルスキャン。


「……何か用か?」

と、口に出しかけたが、言ったら負けな気がしてスルー。

俺はいつも以上に空気になりながら、自席へと歩を進める。


だがその努力は──


「おはよう、ドライバーXくん」


──開始3秒で粉砕された。


犯人はもちろん、白峰アイリ。

机に頬杖をつきながら、いたずらっ子のような笑顔でこちらを見上げてくる。


その表情の裏に隠された悪意と愉悦が、まるでネオンのようにチカチカしていた。


「……ドライバーじゃねぇし」


「ふふっ、バイク男子とか絶滅したと思ってたけど、生存確認されちゃったね〜。これは学会案件かも?」


「呼ばれるのは、学会じゃなくて警察か生徒指導だろ……」


──頭痛がしてくる。

昨日の夕方、アイリをバイクに乗せた“あの時間”。

あれがまさか、教室中のエンタメ素材に変貌しているとは――


しかも、見られてた。

派手に、いろんな人に。


「で? どうだった? わたしとの“はじめて”の感想は?」


「その言い方やめろ。爆弾だから」


「ふふっ、ああいう登校って、一生に一度レベルじゃん? 絶対、流行るって!」


「……頼むから流行るな」


しかし、現実は無情だ。

周囲の反応は、確実に変わり始めていた。



---


まずは、陽キャ&ヤンキー勢。


「え、バイクってマジ? ガチの昭和リバイバルw」


「絶滅危惧種ってさ、保護対象じゃん? ウケる~」


「ってか、ウチのクラスって迷惑系YouTuber飼ってたっけ?」


──笑ってる目が、完全に“ネタ枠”としての扱いだった。


次に、陰キャ寄りのオタ層。


「……黒フルフェイスって、鷹志だったのか」


「てことは、後ろに乗ってたの……山下? バグかな?」


「ドゥフw あのバイク、ホンダじゃね? カワサキにしとけよw」


「悲報:鷹志氏、不良転生。続報はYouTubeで」


──もはや伝説化のフェーズに突入していた。


さらに、オタク系斜め上勢。


「放課後、裏門で生徒指導とフルフェイスが睨み合ってたらしい。ボス戦かな?」

「写真手に入れた! ほら、“爆誕:黒の救世主”ってフレーム付きw」


そして、極めつけ。


俺の机の中に、封筒。

開けてみれば――


俺の“後ろ姿”を丁寧に描いた色鉛筆スケッチと、謎の一文。


> 『あなたのケツに、風を感じました。──サイクリング部希望者(仮)』




……無理。理解不能。何このカルト教団感。


“ユア便乗”が、なぜか神話扱いされてるの意味不明すぎる。


俺はただ、校門前でこっちを“乗るでしょ?”って顔で見つめてた白峰に、つい──ほんのちょっと、ノリで──


──とどめの一撃。


「じゃーん♪」

掲示板に貼られていた、謎の手描きイラスト。


爆走する俺とバイクを描いたやたら気合の入ったイラストに、タイトルが添えられていた。


> 『黒の転校生(仮)~ユア便乗編~ ※近日アニメ化!?』




「描いたの、あたし♡」


隣で白峰が、ドヤ顔で親指立ててきた。


「お前……それはやめろ、死んでしまう!」


「ん? あたしじゃないよ? 多分、クラスの誰かじゃない?」


「悪ノリにも限度ってもんがあるだろ」


「むしろブランド化されてて良くない?“選ばれし者だけが乗れる――ユア便乗!”みたいな?」


「……RPGの勇者召喚かよ」


ちなみに今朝のSNSでは、

「黒バイクに乗った姫」「爆誕・謎のドライバーX」

みたいなタグがぽつぽつ現れている模様。


全国トレンドにはまだ乗っていない。が、校内ミームとしての地盤は、確実に固まりつつあった。


──終わった。


俺の、平穏で地味な学園生活。

それは確かに、望んだものじゃなかった。


けど今なら、言える。

……地味でいい。地味が恋しい。


「でもさ、駆がああやって下校してきたの、ちょっと胸アツだったよね〜」


「やめてくれ、そのテンションで言うな」


「ふふ、今日もお願いしようかな? 帰りも送ってもらって“ユア便乗・第2便”ってことで♪」


「やめろ、うちは個人経営だ。今後一切の営業は停止しております」


そのとき、教室の後ろから声が飛んだ。


「なぁ、黒バイクのやつってマジでこのクラスにいるらしいの?」「俺ちょっと写真撮りたいんだけど」「どこのメーカー?ホンダ?てか何cc!?シート高どれくらい!?いやむしろ、俺にも一回またがらせて!!」


騒ぎは教室内にとどまらず、他クラスにも感染していた。


隣のクラスの生徒まで窓越しにこっちを見てニヤニヤしていた。


教室というより動物園のガラス越しみたいな視線だ。


・・・・たとえ実際に見ていなくても。


しかし、笑い声のなか、ひとりだけ笑っていないポニーテールの女子がいた。


ポケットにスマホを押し込みながら、まるで何かから逃げるように──目をそらした。


それだけのことなのに、妙に印象に残った。


そして担任の骨川がやってきた


教員というのにセットなのか寝ぐせなのかわからないボサボサ頭に、頼りなさそうなたれ目のモップ野郎。


しかし、その風貌に反して小うるさくて嫌味っぽい教師だ。


「おい、HR近いんや。静かにせーやガキども。それとも騒ぎたくなるようなお年ごろか?」


そのとき、骨川は俺をにらみつけて言った。


「……鷹志、お前、昨日バイクで送迎したって本当かいな?」


「いやそれ……みんなの脳がバグってただけっすよ。集団幻覚。オカルト案件っす」


「不登校してる間に冗談の腕だけは鍛えたんかい?まぁ噂やからな」


…冷や汗がにじむ。骨川の顔が、蛇みたいにヌメヌメして見えた。


「お前な、進学の面接で“特技:人の送迎です”って書く気か? 面接官、爆笑して不採用やで」


「……うっす。次からはフルフェイス脱いでから乗せます」


「漫才しとんとちゃうで!まじめに聞け!」


その瞬間、教室のあちこちから笑い声が上がった。


俺をあざけるような、笑い。


あーーー!リモコンねぇのかよ!誰か早送り押してくれ!!


こうして1限目、2限目と終わり、少しの休憩時間だ。やっと回復できる・・・


そう考えた俺はバカだった


「さすが“走る男”、今、注目度レッドゾーン突破中!」


「やめろ、俺は見世物なんかじゃ……!」


「駆が始めたんでしょ。なら、最後までやらなきゃ☆」


「どうすれば…!」


「あーあ、やっと動いたのに……また“止まっちゃう”のかな? 駆。」


しかし、そんな時にまたアプリから通知が来る


《依頼No.002:「兄に盗撮されてた。家に帰りたくない。どこか遠くに送ってほしい」報酬:7万円 まなか》


これは冗談なのか?


いや、嘘であってくれ。



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