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依頼No.1──俺はただの送迎バイク便のはずだったのに、なぜか命とJKがセットでついてくる件について

夜の国道。

俺の愛機《CB400スーパーフォア》が、漆黒の闇を裂くように滑っていく。

風の唸りが、ヘルメット越しに俺の鼓膜を叩き、同時に──心の奥まで冷たく吹き抜けた。


《……ってか待て。何やってんだ俺》


──夜、国道、JK(※しかも幼馴染)を乗せて。

──そして、仕事。


《これ、バイトってレベルじゃねぇから!》


保険未加入!職務内容ほぼグレー!命、地味に賭けてます!!


「ところでさ。なんで男子生徒のフリしたの?」


インカム越し、わざとらしく“真面目スイッチ”を入れて聞いてみると──即レス。しかもノリが軽い。


「駆ってさ、目つき鋭いし無愛想じゃん?変な目で見られたくなかったの」


「……まあ、言いたいことは分かるけどよ」


「でしょ?依頼人に“変態アウトロー”って思われたら困るじゃん?」


「アウトローは事実。変態は名誉毀損だ」


「真顔で言わないで。コワッ!」


──こいつ、やっぱうぜぇ。

けど、アイリの軽口の裏で、俺の心は揺れていた。


《本当に、俺でいいのか?》


“誰かを助ける”なんて、俺にその資格があるのか。

胸の奥で何度も繰り返される問いを、アイリはあっさりえぐってくる。


「でもさ、あたしがいて良かったでしょ?駆ってさ、頼まれたら断れないタイプだもんね」


図星すぎて、歯を食いしばる。


《俺が“いい人”で損してきた回数、数えてから言ってくれ》


──でも、否定できなかった。

そういう性分なんだ。放っておけない奴の声には、勝てない。

バイクの鼓動が、地面に伝わる。その鼓動に混ざって、俺のスマホに届いていた“依頼”を思い出す。


『2年B組男子/親やばい。殴られる。てか今すぐ出たい。誰か、ファミレス横のゲーセンまで送って。校門前、19:30。報酬3,000円。』


──金額だけ見りゃバイト神案件。でも、内容がシャレになってねぇ。


「駆、さっきの依頼……“家に帰りたくない”って、それだけかな?」


インカムから聴こえるアイリの声が、急に“素”に変わった。

からかいも、軽口も、一切ない。


「……たぶん、それが“全部”なんだろうな」


「うん……だよね」


アイリが、微かに笑った。けど、それは痛みを含んだ笑みだった。


「ねえ、駆。“誰かのヒーロー”になれるって思ってる?」


「思ってねぇよ」


「ふーん。でも、じゃあなんでこんなことしてんの?」


答えは、もう自分の中にあった。


「……俺が、助けてほしかったからだ」


声をあげられなかった、あの頃の俺に。

「助けて」って、言えなかった過去の自分に。

だからこそ──他人の「助けて」が無視できなかった。


CB400は、静かに減速する。

コンビニの明かりの下、スマホを握りしめて立っていたのは──山下だった。陰キャ寄りのメガネ男子。

制服はヨレヨレ、目の下のクマが痛々しい。手の震えが止まらない。


《……分かる。その顔、俺もしてた》


「ヘルメット、忘れずにね」

アイリが囁く。


「“ドライバーXくん”、出番だよ」


俺はヘルメットのあご紐を締め直し、フードを被り、ジャケットの裾を直す。

──正体は隠す。俺は、ただの“送り屋”だ。


「お、お前が……」


「《ユア便乗》のドライバーだ」


名前も素顔もいらない。ただ、送るだけだ。


「なんで、こんなことしてくれんの……?」


「理由なんか、ねぇよ。俺が、そう決めただけだ」


……いや、我ながら中二病くさいな!?

でも、こうでも言わなきゃ、この子の震えた心には届かねぇ気がした。


「乗れ」


震える手で、彼はヘルメットを受け取った。

エンジンが唸る。闇夜に溶けるように、俺たちは走り出した。

ゲーセンの駐車場から出たのは、夜八時ちょうど。

CB400のエンジンが低く唸り、俺と山下を乗せて、街灯の薄明かりをくぐり抜けていく。


「なあ、ひとつ聞いていいか」

俺はインカム越しにぼそっと言った。すると、後ろからピクリと肩が動いたのが分かった。


「な、なんすか……」


「“家に帰ると親がヤバい”って依頼だったよな。で、今向かってるのは友達の家?」


「う……うん……」


「なんで?」


「……あの、実は……別に家がヤバいわけじゃなくて……」


「風で聞こえん、もっとはっきりしゃべれ。」


声がワントーン低くなったのが、自分でも分かった。ヘルメットの下の顔は、間違いなく“キレそう一歩手前の顔”だ。


「……塾サボって、そのまま家帰ると親にバレるから、しばらく時間潰したかっただけで……」


「塾サボり。」


「うん。」


「で、“家に帰ると親がヤバい”」


「語弊はあるけど、間違っては……ない、かな?」


「リストラされた社畜みたいだな。」

俺は思わずバイクを路肩に寄せて停止した。

エンジンがアイドリングの音だけを響かせる中、俺は深くため息をつく。


「……俺はな、戦場みたいな投稿文を読んで、どこの地獄だって突っ込んでやる覚悟で来たんだよ。で、蓋開けてみたらただの“サボり魔”って肩透かしかよ。」


「それの何が悪いんだよ・・・・!逃げちゃダメなのか・・・・・!?」


「で、俺は何だ? 鬱陶しい現実からの“バイク便”か?」


「……ごめん、そうだよな。俺、クズだよな……」


「3000円って、もしかしてゲーセンのメダル代に消えた?」


「……バキバキ使い混みました。」


ため息すらもったいねぇ。

思わずヘルメットの中で頭を抱える。どうしてこう、人生ってやつは俺にだけこんな厄介なクエストばっかり投げてくるんだろう。


「……でもな」

俺は再びバイクを走らせながら、静かに言った。


「たとえクソみたいな依頼でも、一度引き受けたからには届ける。それが俺のポリシーだ」


「……ありがとう」


「礼を言うなら、塾に行け。あとでLINE送っとけ。『腹痛だったけど回復したんで明日行きます』って」


「了解っす……」


ギクシャクした空気のまま、俺たちは住宅街へ入った。路地が細くなり、車一台がギリギリ通れるかどうかの道に差し掛かったとき。


──その時だった。

背後から、「グォォォォッ」とエンジン音が膨れ上がった。


「……トラック、だと!?」


振り返る暇もなく、俺のバイクを大型トラックがすれすれで追い越そうとしてきた。


「殺す気かっ!!」


俺は咄嗟にハンドルを左に切った。バイクは一瞬傾き、俺の膝が路面スレスレを擦る。山下が後ろで叫ぶ声が聞こえた。


「うわあああああ!!死ぬ!!俺たち死ぬぅぅ!!」


「喚くな!バランス崩れる!!」


トラックは、まるでこちらが存在していないかのように、ドカドカと走り去っていく。俺はどうにか体勢を立て直し、なんとか道路脇のスペースにバイクを滑り込ませた。

エンジンを止めて、二人ともしばし無言。


「……おい山下」

“キーン”という耳鳴りの中で、奴の震える声が返ってきた。


「は、はい」


「今死にかけた理由、もう一回言ってみろ」


「……塾、サボったせい、です」


「正解。今度から命をかけずにサボれよ。命がもったいない。」


「は、はいぃ……」


俺はもう、どこからツッコめばいいのか分からなくなっていた。命の危機をギャグみたいに回避しちまったせいで、脳が現実感を拒否している。

とりあえず落ち着こう。そう思いながら、ヘルメットの中で深呼吸をする。

ようやく友達の家の前に着いた頃には、俺も山下も完全に無口だった。

彼が降りるとき、気まずそうに言った。


「……でもさ、俺、ちょっとだけヒーローに助けてもらった気分になったよ」


バカか、と思いつつも……悪くない気分だった。


「……勝手にしろ。あとで3000円、放課後頼むぞ。」


「うん。ありがとう。」


「バレないようにな。あんたどんくさいから。」

山下が門をくぐって消えていく。その背中を見送って、俺はひとり、またヘルメットをかぶり直した。


──依頼No.1、完了。

収穫は、命の危機と自分のメンタルを10年分ぐらい削っただけ。

でも、まあ……悪くなかった。

バイクをまた走らせる。

闇の中に、今夜も誰かの声が、救いを求めてる気がした。



これは、誰かの“逃げ道”になる旅だ。

でも、この時までは地獄の片道切符が発行されたことをしらなかった。

スマホの中で、次の投稿が画面に表示されていたことを


『2年C組女子/義兄に盗撮されてた。誰にも言えない。どこか遠くに送ってくれる人、いますか?報酬:7万円。でも、逃げたいです。まなか』


スマホを見つめ、眉間にしわを寄せて、口を結んだままつぶやく


「これは……“本物の地獄”かもな。」


──この時の俺は、まだバカだった。地獄の入口で、カッコつけたつもりになってた。逃げたことのあるやつが、他人を救えるとでも?

でも、もう戻れねえ。走り出したエンジンは止められない。


──ようこそ、非合法ラブコメ学園革命へ。

人生、簡単に燃える。ついでに、俺の胃も。



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