敵わない
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それから数日は生きた心地がしないまま時が過ぎていった。お陰で、仕事でも凡ミスが連続し、同部門の人達に迷惑をかけてしまっている。だが、自分でもどうする事も出来ない程に追い込まれていた。結局自分が何を言っても企画が通る状態がわかっているのだから……
一時辞表を提出するという事も頭を過ったが、存外この職場は居心地が良いので、まだ辞めたくはない。だとしたら自分以外、もしくは彼一人でプレゼンをしてもらっても構わないので、何がしらの代替案を主張しなくてはいけない状況だ。何はともあれ、今日は自身で本部長に伝えにいかなくてはならない。
(行って、出来るだけ足掻いてみよう……)
身も心も重くのし掛かる感じを抱きながら、係長に一言言い部屋を後にする。そして、ゆっくりと本部長のいるフロアまで向かう。その間もずっと、何と言うべきか悶々と考えていたが、結局良い案が浮かばないまま菊上の前に立つ。
そんな自分を本部長は書類に目を通した手を止めこちらを見た。それとほぼ同時に、営業から戻ってきた川蝉が慌ただしく自分の隣へと赴く。一回大きく心音がなり響くと、呼吸が浅くなる。
「…… 川蝉、芹沢。仕事中すまない。と言うか、芹沢。先日もそうだが、顔色が悪いが大丈夫か?」
「…… あ、あのっ」
(とりあえず何か言わなければっ)
焦りで言葉が出てこない。その直後だった。
「本部長。今回のプレゼン企画絶対にうちがとってきます!! 俺等二人で!!」
直近に耳にした川蝉の発言に驚き咄嗟に見る。そんな彼は、まっすぐ視線を菊上に向けていた。その姿を目にした本部長はおもむろに自分に視線を移す。
「芹沢はどうなんだ? 隣のせっかち営業が割り込んだせいで話の途中になってしまった。言いたい事があるなら言ってくれ」
「せっかちってーー」
「川蝉は黙っていろ。芹沢どうなんだ?」
「…… いえ、大丈夫です」
「そうか。では改めて。先日話した通り。川蝉、芹沢の企画を参戦させる。今回の企画は規模が大きく、採用されれば自社の利益も見込める。二人共気合をいれてアピールしてきてくれ」
「はい!!」
熱意漲る返答する川蝉に対し、自分はゆっくりと頷くと共に、怒濤の話の展開に、何も出来ず撃沈した事で半ば呆然と立ち尽くす。そんな中、いきなり川蝉が自身の名前を呼んだのだ。急な事であり、呼ばれると思ってもいなかった為、慌てて彼を見る。すると、彼が背中を向けていた。反応が遅れたせいで、彼の方が行動が早い。そんな中、川蝉は再度自分を呼んだ。
「ちょっと、良いですか?」
「は、はひっ」
声が裏返り恥ずかしさを覚え下を向く。そんな中、彼は前へと歩いていく。自分は慌てて、その後を黙ってついて行くと、屋上にたどり着いた。高いビルに囲まれた社屋は決して眺めが良いとは言えないが、室内よりも風が通り、周りの雑踏の音が耳を掠める。そんな屋上に、彼と二人で足を踏みれていた。
ここまで来る数分は、川蝉の後を着いてきた自分にとって、とても長く感じる。その間ずっと、鼓動は激しく打ち付けられ、口も異様に乾いた状態となっていた。この状況に追い打ちをかける様に、自分達しかいない空間に、為す術なく立ち尽くす。かなり重い空気をヒシヒシと感じつつ、未だに背を向けたままの川蝉の足下に視線を落とす事暫し。
彼の足先が自分の方に向いた直後。
「すまなかった!!」
いきなり重い空気を裂く様な声を上げたのだ。慌てて顔を上げると、彼が深々と頭を下げている。このシチュエーションにどう反応していいかわからず、尚も彼の姿を見つめた。すると川蝉はそのままの姿勢で話を続ける。
「この前、芹沢さんから話を聞いて…… 混乱しちゃって。こういう事は初めてで…… どう、君に接し良いかわからなくて。それで、あんな態度とってしまった。芹沢さんにとっては断腸の思いで告げたのに…… 本当に申し訳なかった」
彼の姿勢に、それが本心なのだと感じられ、胸の重たさか少し軽くなり、強ばっていた顔が綻ぶ。
「あ、頭上げて下さいっ。自分も、そのいきなりカミングアウトされて戸惑っているんだろうなとは思っていて。でも、きっとあの姿であってる時に話している事って会社では言えない事を話してくれてるだろうなって思ったら、自分だけ色々知っちゃってる状態が申し訳なくなって…… 急に身バレ発言したというか…… だから、その川蝉さんだけのせいではないのでっ」
「ほんとーに許してくれる?」
「は、はい」
すると、川蝉はヘタリと座り込むと、薄雲はる空に顔を上げた。
「良かったーー」
そう声を上げた途端、破顔をこちらに向ける。その姿に一回大きく胸が脈打ち思わず目を見開くと同時に、久々に見る彼の晴れやかな顔から目が離せない。
「俺のせいで芹沢さんと話せなくなるなんて、御免だったから、本当に許してもらえて嬉しいよ」
「許すも何もっ、それこそ自分の正体を、最初に企画始まった時に言えばこんな事にならなかったんですが、趣味がその、女装なんてっ、言えなくて……」
「そんな事言う必要性なんてないですよ。ただ、今回の件は偶然が重なって俺が芹沢さんの別の顔を知れたってだけですから」
「で、でも引きませんか? 一般からみて変わった趣味というか……」
「確かに俺の周りには今までいませんでしたけど、本質の芹沢さんは変わらないんですから俺は別に気にならないですよ。って言っておきながらさっきまでしょうもない態度でしたけど、こうやって話せた事で俺自身ホッとしてます」
「自分もです。で、その…… 自分の趣味の事なんですけど」
「勿論誰にも言いません。俺だけの秘密にしておきます」
「ありがとうございます」
「いえ、社会的立場もありますけど、芹沢さんの俺しか知らない秘密があるって凄く特別感あって嬉しいくないですか?」
「そ、そんな特別感って」
その言葉に気恥ずかしさを感じ彼から目線を反らす中、自分の心情を知ってか知らずか川蝉がくすりと笑い自身の名前を呼ぶ。
「なかなか今は希薄な関係多いですからね。でも、今回仕事上でもプレゼン一緒にやるんですからそのぐらいの特別感必要ですよ。そうだ!! せっかくなので二人でプチ決起会しませんか? その…… ここ最近俺かなり失礼な事ばかりしてたのでそのお詫びも兼ねて俺が奢ります。後、人となり知った手前、例の格好でどうですか?」
「決起会は構いませんが、そのっ例のって女装ですか?」
「はい。だって、出来る機会そうそうないんですよね。それなら事情知りってる俺には気兼ねする事ないですし、趣味の回数も増えて一石二鳥じゃないですか。それにあの格好の時の方が色んな事話してくれるので、芹沢さんの知らない所が知れて尚親近感が沸きますし」
「まあ、こちらも趣味を隠す事ないので気が楽ではまりますけどっ」
「じゃあ決まりですね。昼間や、休日は営業なんで仕事入っちゃう事あるんですけど、アフターなら自由ききますんで、仕事終わりで良いですか?」
「は、はい」
「因みに何か食べたものとか、店とかは? もし特にないようなら俺決めちゃってもっ」
「か、構いませんっ」
立て続けの質問に反応が鈍る。そんな戸惑う自分の姿に、彼が苦笑いを浮かべて、頭を掻いた。
「すいません。ちょっと質問が早急過ぎましたよね」
「い、いえ」
「でも、今から凄く楽しみです!!」
すると彼が子供のような無邪気な満面の笑みをこちらに向ける。そんな姿がとても微笑ましく感じ、自分もつられて笑みを浮かべた。
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