このままでは駄目だ
遊びに来てくださりありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けば幸いです。
「くるみさん?」
自分の顔を覗く川蝉。その表情は何処か心配そうだ。
「す、すいません」
「何かあったんですか?」
「い、いえっ、でもちょっと最近色々忙しくてっ」
自身でもわかるぐらいの歯切れの悪さであり、きっと冴えない表情を浮かべているのであろう理解はしている。
因み今は川蝉とはくるみという名で約束の金曜日に一緒にグラスを傾けいる最中の出来事。彼は勿論いつもと変わらずだったものの、自分は会社の件も有り以前のように軽快な話が出来ない。その時、いきなり彼がヘラヘラと笑う。
「いやね、先日社内の企画会議に遅刻して、上司に清々しいぐらいに一刀両断されたんです。社会人になってそれなりにやってきたつもりでもまだまだなって…… だからくるみさんも気にする事ないですよ。それこそその上司が本部長ですよっっ かなりやらかした感ないですか?」
話の内容からして励ましてくれているのだろう。そんな彼の優しさに嬉しく感じながらも罪悪感が後を追うように込み上げる。
複雑な感情を抱く自分に彼は、さらに話術と様々な話題を織り交ぜつつも励まされる中、再度一ヶ月後に会う約束した。
自身の秘め事で内心戦々恐々しながらも日々は瞬く間に過ぎ、プレゼン前日となったのだ。今は最後のチェックをすると共に、資料の確認をしている最中である。
「とりあえず、データはこれで良しと。念の為、バックアップを」
「それは自分のノートパソコンに入れときます。データ打ち込むだけの回線とか繋がってない独立したPCなんで」
「じゃあお願いします」
「はい」
「ふうーー これで後は明日を待つだけですね。本当速かったなこの二ヶ月」
「そう…… ですね」
「芹沢さん」
「はい」
「俺、今回のプレゼンすっげー楽しみなんです。一から全部やるって大変だけど楽しいし、知らない事も知れて。何よりも結構面白い案だと思うんです。それに俺も芹沢さんもやるだけの事やったから。だからプレゼン一位狙いましょうね」
「…… ええ」
満面の笑みを浮かべる彼に対し、ぎこちない笑い顔をする自分に再度笑みをみせると、川蝉は書類を手にした。
「とりえず、明日本番なんで帰りましょう。もう8時まわっちゃったし」
「そうですね」
「では明日よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そう言い彼は部屋から出ていく。自分は溜息を吐くと共に深々と椅子に腰をおろすと暫し天井を仰いだ。その時、ふと昼間行った実験データを写し忘れていた事に気づき慌ててPCを立ち上げる。その際、とりあえずフォルダーの中に入れとけば安心である。いつものルーティンであり、無意識の領域でデータをファイルに入れ上書き保存をすると、フォルダの中に入れ込む。
(とりあえずこれで安心だな)
そうして自分もそそくさと帰り支度を始めた。
(何だか緊張してきたな)
プレゼンが始まって1時間が過ぎようとしていた。外は激しい雨が降り、雨粒が窓を叩くもプレゼンは淡々と続いている。そんな中、自分は強度に緊張し、何回か口を潤すものの、隣に座る川蝉は落ち着いており、各組みの発表を聞き入っていた。羨ましさを感じつつ、そうこうしているうちに自分達の番になったのだ。彼に促される様に前へと立つ。すると一斉にこちらに視線が向けられる。
そしてまさしく川蝉がプレゼンを始めようとした矢先だった。遠くで雷の音がしたと思いきや、ぷつりと電源が落ちてしまったのだ。
「停電?」
社員の一人が口にし窓の外を見ている。
(こんなタイミングで落ちるなよ!!)
思わず絶叫したくなるのを堪え、復旧を待つ。が、なかなか復旧しない。そして実際に電気が点いたのは30分後であった。すぐさまプレゼンを始めようとした矢先、川蝉の表情が硬直している事に気づく。
「どうしました?」
「さっき立ち上げといたデータ。今の停電で消えたかも」
「え!! と、とりあえず……」
「芹沢さん。バックアップのデータって」
「あっ、はい。PC持ってきましたから、直ぐに」
そう言い慌てて持参したノートパソコンを開き昨日保存したファイルを開く。しかし、開くファイルには昨夜最後に入れてた研究データが出てくるだけで、プレゼンのバックアップデータが出てこない。
(まさか!!)
一気に血の気が引き、指が震える。バックアップデータがあったというのに、何も考えずいつもの様にデータを流し込み、バックアップデータに上書きされた状態になってしまったようなのだ。
「川蝉さんっ」
隣で画面を覗き込んでいた彼も真剣な顔で見つめる。
「芹沢さんこれは?」
「は、はい」
すぐさま指摘されてファイルを開くもやはりプレゼンのデータは出てこない。そうこうしているうちに、時間は経ち、室内にいる社員達が騒めき始める。その時だ。
「いつになったら始められる」
菊上本部長が鋭い眼光を光らせ問う。
その声に全身全ての機能停止する。何の思考も浮かばないし、本部長の問いにどう答えて良いのかもわからない。そんな自分の目の前に菊上の方に向かう川蝉の姿が視界に入る。そして彼は本部長に深々と頭を下げた。
「菊上本部長すいません。先程の停電でデータが飛んでしまいました」
「だとしてもバックアップはあるだろう」
「はい。しかしこちらの手違いでデータを紛失してしまいまして。これ以上のプレゼンは無理と判断しました」
「そうか。お前らしくないミスだな」
「申し訳ございません」
「では、次の組準備してくれ」
自分はそんなやり取りをただただじっと見つめている事しか出来なかった。
「はぁああああ」
今まで会社では発した事などないような溜息をつき、机に顔を突っ伏す。あの後プレゼン企画は粛々と進み、これと言ったイレギュラーも無く終了した。
自分は即座に川蝉に陳謝するも、彼は『失敗は誰にでもある事だから』と言って自身にうっすら笑みを浮かべ言ってくれたが、その笑みはやはりいつもと違っていて…… うわべを取り繕った様な表情だった。そんな彼と別れた際の背中もまた悔しさが滲み出ていたのだ。多分前夜に彼のプレゼンに対しての意気込みを聞いていたせいもあるかもしれない。
何にせよ今回の件は明らかに自分のミス。イレギュラーが起きたとて、その為の対策をしてたわけであり、彼のその後の本部長に対しての対応も非の打つどころない。かたや自分はただただ気が動転して、そんな彼を見つめる事しか出来なかった。
(本当、情けない)
何も出来ない自分が自身で嫌になると同時に、昨夜の出来事が脳裏を掠めた。意気込みとプレゼン内容に対しての自信にみなぎりからの希望に満ちた顔。そんな彼の表情を曇らせたのは自分。彼に対し劣等感は感じるものの、それ以上に助けられ、励まされているというのに……
唇を強く噛みしめる。そして自分は意を決した。
昼休みが入ると同時にすぐさま営業部門に直行する。そして、部屋に入るなり、周りを見ると、窓際に菊上が書類に目を通していた。自分はそのデスクへと向かう。
「本部長。急に申し訳ありまあせんが、少々良いでしょうか?」
いきなり来た自分に鋭い眼光を向けつつ、少し間が空きながらも、書類を机の上に置く。
「君はプレゼン参加者の」
「はい。研究部門の芹沢です」
「で、用件は」
「今回はお願いに参りました」
「お願い?」
「はい。先程の会議において自分達のプレゼンを聞いて頂く事が叶いませんでした。それはこちら側に非があったからだと重々承知しており、もう取り返しがつきません。そんな状況を理解した上で、大変烏滸がましいお願いなのですが、選出除外でも構いません。プレゼンだけでも何かの機会にさせて頂けないでしょうか?」
そして自分は深々と頭を垂れる。そんな自分に本部長は何も言葉を発せず、その変わりに周りいた社員達のひそひそ話が聞こえた。が、自分は再度声を上がる。
「本部長。検討お願い致します」
自分は再度深々と頭を下げた。
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